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第3話 トンネル



「さあ、どうぞ」


「あれ、この前とはちがう車だね」


 左近之丞が助手席のドアを開けた車は、前回、真理愛の除霊をお願いしたときに乗ってきたスポーツカーとはちがった。


「聞いているかもしれませんが、行く場所がけっこう山奥なんですよ。途中までは舗装されているんですけど、山の中腹あたりからは砂利道になっていて、平坦とはいえない悪路がつづくので」


 そのため、本日はオフロードタイプなのだという。


 もうすでに、左近之丞は文句タラタラだ。


「林道に入ってからは整備もろくにされていないので、草も木も伸び放題、荒れ放題で、日当たりも悪い。せっかく、こんなに天気がいいのに」


 秋晴れの空を見上げて口を尖らせた。


「やっぱり【陰陽寮】に行くのなんかヤメて、海にでも行きましょうか? 車高の高い車で砂浜を走ったら気持ちがいいですよ。それに、よくよく考えたら、あんな山奥にまで僕たちが届ける必要なんてないですよね。必要なら、アイツらの方から取りにくればいい」


 正直なところ寿々は、山でも海でも、どっちでもいい。今回の目的は、ただひとつ。請求書の相殺、それにつきる。


 しかしそれを正直に言ってしまったら、左近之丞は眉間にシワを寄せて「そんなものは、伊勢崎あの男に払わせればいい」となるのが目にみえているで、


「ダメ。わたしは海より山派。それに証拠品を届けて、禮子さんから頼まれた簡単なお使いをするだけで、温泉付きの旅館で、美味しい料理とお酒を楽しめるんだから、行かない理由はない」


 と、【陰陽寮】行きの理由は、そういうことにしておく。


「美味しい料理とお酒がある温泉付きの旅館が良ければ、それこそ僕が、最高のおもてなしができる日本百名山の絶景宿を、いますぐ予約――」


「左近くん、【陰陽寮】へ」


「はい」


 渋る左近之丞を説き伏せた午前九時過ぎ。


 オフロード車は、地図にはのっていない秘境に向けて出発した。


 車内での会話は自然と、これから向かう【陰陽寮】について。


 アメリカから19歳で帰国。京都で神官の資格を取得した左近之丞は、21歳から3年ほど【陰陽寮】に在籍していたそうだ。


「陰陽寮の役割はいくつかあるのですが、一番はやはり、悪霊や魍魎が発生した場合の討伐、除霊、封印をすることです。その任務を担うのが、陰陽課の陰陽師たちになります」


 【陰陽寮】の陰陽課は現在、1班から4班まであり、それぞれ班長1名、班員4名の編成となっている。


 このうち1班は、現役最高位の陰陽師たちで編成され、怨霊クラスの上位悪霊を討伐する任務についている。


 次いで2班、3班、4班と討伐難易度の高さで任務が割り当てられるそうだ。


 陰陽寮にはそれ以外にも、呪物や呪具、神具や祭具を取り扱う管理課があり、今回の証拠品である呪物ナイフや呪符の鑑定、検査を担当するのもここになる。


「あとは、討伐任務で霊障や残滓が蓄積した陰陽師を浄化したり、呪具や呪物の穢れを祓ったりするのがきよめ課の巫女たちです。それと、陰陽師を育成する養成校が、おなじ敷地内にあります」


「左近くんは、陰陽課だったんでしょ? 何班だったの?」


「僕は……その一応は1班の所属でしたけど、集団行動が苦手というか……単独で討伐に行くことが多かったですね」


 それは、ぼっち陰陽師なのでは……


 寿々が思うに左近之丞は、集団行動が苦手というよりも、もっと別の理由で単独任務をさせられていた気がしてならない。


 そんな話をしつつ、高速道路を車で1時間ほど走って下道に降りると、周囲は四方を山に囲まれた田園風景が広がっていた。


 またしばらく走り、山小屋風カフェに立ち寄って休憩を挟んでから、さらに1時間ほど走ると、車はいよいよ林道に入った。


「ここから、40分ほどのぼります」


 それから5分もしないうちに寿々は、オフロード車で良かったと思った。


 道路の両脇にある樹林が急に鬱蒼としはじめ、陽射しを遮る。


 左近之丞が言っていたように日当たりの悪さもあって、昼間だというのに周囲は薄暗く、車窓から見える節くれだった樹木は不気味でしかない。


 さらに進むと林道は道幅が狭くなり、未舗装の砂利道となった。


 ところどころ陥没している箇所があり、車体が左右、上下に振られる悪路がつづき、ついには巨大な岩盤が立ちはだかった。


 ほぼ垂直にきりたった断崖絶壁。


「――行き止まり?」


「のように見えますが、ちがいます。この先から【陰陽寮】の敷地になるので、目隠しの結界が張ってあります。ちょっと待っていてください。結界を……」


 左近之丞が車を降りたので、「わたしも」と寿々もつづいた。


 高さ20メートル、いや、もっとあるだろうか。


 左近之丞のとなりに立って、そびえ立つ岩肌をコンコンとノックしてみた。


 触れた感触も響いた音も、まちがいなく岩盤だ。


「この先に、道が?」


「ありますよ。少々お待ちください」


 そういって左近之丞は、右手の人差し指と中指を伸ばし、2本の指に霊力を纏わせた。


「刀印です。これで結界を一時的に切ります」


 目線の高さにある岩盤に刀印を滑らせて、上から下に向かって文字を描くような仕草をすると、濃灰色の岩肌には指先が描いた通りの曲線が浮き上がった。


 それを今度は、右上から左下に向かって刀印で袈裟懸けすると――


「あっ、見えた」


 寿々の目の前にある岩盤が、ポッカリと大きな口をあけた。


 入口の真上には、巨大な注連縄がある。


 左近之丞がいっていたとおり、結界の先には巨大な岩盤をくり抜いて通したトンネルがつづいていた。


 コンクリートで固められ、照明がある一般的なトンネルとちがい、掘っただけの表面はゴツゴツとしていて、照明などはもちろんない。


 真っ暗闇のトンネルはどこまでつづいているのか。


 目を凝らしても出口は見えないし、なにより真っ暗闇の奥から漂ってくるのは、


「なんか……すごく、たくさんいそうだね」


 ねっとりとした纏わりつくようなイヤな気配。


「このあたりは霊の吹き溜まりみたいな場所で、トンネル内の悪霊祓いは、養成校にいる陰陽生の担当なんですけどね……」


「手が回っていないのかな」


「そのようです。まったく……車で突っ切ることもできますけど、少し待っていてもらえますか」


「どうするの?」


 首や手首を回して、軽く身体をほぐした左近之丞が「祓ってきます」と凶悪な笑みを浮かべた。








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