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第6話 御祭神



 楼門を過ぎてから境内までは、千夜子が色々と教えてくれた。


「玉依姫様よりすでにお聞きおよびかと存じますが、ここ【陰陽寮】は神社仏閣庁の支配下組織となります。飛鳥時代からつづく【陰陽寮】は、平安時代に最盛期を迎え、史実では明治時代に消滅したとありますが、じつのところ政府の一機関として今日こんにちまで、この地で存続しておりました。というのもここは、此の国でもっとも悪霊悪鬼、魑魅魍魎が巣食う場所だからです」


 千夜子の話では、周囲の山々には、上位の悪霊から怨霊にちかい最上位の悪霊クラスが、そこかしこにひしめいているという。


「それを抑え込んでいるのが、西の【陰陽寮】をはじめ、東西南北に配置された呪術師たちが所属する機関となります。それぞれ30キロほど離れた場所に拠点があり、東には、密教僧たちの【古寺】があり、北には、山岳信仰の修験道しゅげんどうに通じた山伏たちの【道場】があり、南には、審神者さにわと祈祷師たちがいる【三重塔】がございます」


 禮子が言っていたとおりだ。各機関の拠点は近い。


 その理由について千夜子は、


「30キロ四方の東西南北に各機関の拠点が配置されているのは、この地を守る結界の役割も果たしているからです」


 と、付け加えた。


「この地に巣くう悪霊たちは多いですが、逆に、この結界内から外に出ていこうとする悪霊もいます。我々の役目は、この地に集まる悪霊たちを祓い、結界の外に向かおうとする悪霊たちを討伐することです。しかし――」


 千夜子の顔が曇った。


「宗派を異にする呪術者たちがときに共闘してもなお、討伐を逃れ、結界をすり抜け、山を越えて浮遊していく悪霊も多くなってきました」


 それらの霊は、討伐隊が追いかけることもあれば、禮子のように霊力の強い巫女や神職、僧侶たちが各地で祓い、除霊しているそうだ。


 千夜子の話に耳を傾けている間に、楼門から境内へとつづく階段をのぼりきった寿々は、


「まずはこちらに」


 神明造の屋根を持つ拝殿の前に案内された。


 正面中央には、カランカランと音の鳴る本坪鈴ほんつぼすずが吊るされている。賽銭箱は無い。


「こちらは少し特殊な神社でして、【陰陽寮】に立ち入る者の識別をする結界が張られています。本日の朝拝にて、寿々姫様とブサイク男が訪れることは祝詞にて御祭神にお伝えしておりますので、鈴を鳴らしましたあと、本殿に向かってお名前をお伝えいただけますか」


 まずは千夜子が見本をみせてくれた。


 鈴緒を揺らしてカラン、カラン、カランと三回鳴らし、二拝二拍手のあと、


「陰陽課2班 綾小路千夜子にございます」


 その後、一拝。


 これでいいそうだ。


 つづいて左近之丞が一連の動きをしたあと、


「北御大社 北御門左近之丞」


 ブスっとした顔で告げて、一拝。


 ふたりが名乗ると本殿の奥からは、千夜子にはそよ風が吹き、左近之丞にはパシュッと破裂音をさせた空気砲が放たれた――が、


「ワンパターンなんだよ。馬鹿め」


 信心深さの欠片もない左近之丞は、慣れた様子で首を横に倒して空気砲を避けていた。


 いったい、どんな神様なんだろうか。


 左近之丞とのやり取りを見る限り、好き嫌いはありそうだけど……


 少し緊張しながら本坪鈴ほんつぼすずの前に立った寿々は、拝殿の奥にある本殿に目を向けた。


 正面に見える扉は、もちろん閉ざされているけれど、その扉の奥にいる御祭神が、こちらをジイィィ~ッと視ている気がする。


 そうして目の錯覚でなければ、吊るされた鈴緒に手を触れたときから、扉がキラキラと輝きはじめていた。


 これは、歓迎されていると考えいいのだろうか、と思いつつ――カラン、カラン、カラン――寿々が鈴を鳴らし終えた瞬間に、それは起きた。


 上空を覆っていた薄雲の隙間から、境内に無数の矢のような日光が射しこみ、光のなかで二拝した寿々が、パンパンと柏手を打ち鳴らすと、社を囲う森にも眩い光が降りそそぐ。


 しっかりと目を開き、両手を合わせて、本殿にいる御祭神に名を告げる。


「蓬莱谷寿々です。高原市から、こちらにまいりました」


 風が吹いた。


 本殿から清涼な風が吹き抜けていき、寿々の黒髪をなびかせる。


 合わせていた手をおろして一拝したときには、玉輿神社の奥宮で感じるような澄んだ空気が境内を包んでいた。


 千夜子が絶句する。


「お、お浄めになられた……」


 左近之丞は口をへの字にした。


「もう……絶対、このあたりにいるヤツには、全員バレた」







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