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第7話 陰陽寮



 いったいどういう仕組みなのか。


 無許可で【陰陽寮】に立ち入る者は、結界の力で敷地外に放り出すという、防犯セキュリティを担う御祭神への参詣を終え、寿々はそのまま神社の裏手へ。


 風を防ぐ防風林のように一列に並んだ木立を抜けた先には、想像以上に広い敷地が広がっていた。


 道幅は3メートルほど。真砂土の道が緩いカーブを描きながら奥へとつづいている。


 道に沿って大小の家屋が建ち並び、途中、道を横切るように流れている小川には、小さな橋が架けられていた。


「こちらは陰陽生のいる養成校の建屋となります。そしてあちらに見えてまいりましたのが、陰陽課などがあります母屋になります」


 敷地のなかでも大きい二棟を、千夜子は指差した。


 どちらも和風建築で、手前にある養成校は二階建て。カーブの先に生垣が見える母屋は平屋だ。


「母屋には、【陰陽寮】の三役である陰陽頭おんようのかみ陰陽助おんようのすけ陰陽允おんようのじょうがおり、三役の執務室と管理課、きよめ課はおなじ地上階にあり、地下には陰陽課と救護室。離れにはそれぞれの課の宿舎がございます」


 このあたりから真砂土の道の両脇には玉砂利が敷かれ、千夜子の話を聞きながら、養成校の前を通り過ぎようとしたときだった。


 上からいくつもの視線を感じる。


「もしかして、あれが光の人……じゃない?」


「たぶん、そうだ。トンネルも、境内も……」


「いくらなんでも眩しすぎるだろ」


 ささやき声も聞こえてきた。


 けっこうな人数から好奇の目にさらされている。


 その居心地の悪さに、寿々が身体を小さくするやいなや、左近之丞と千夜子が、陰陽生たちが押し合いへし合いしている二階の窓に向けて声を荒げた。


「下っ端どもが、見るなっ! 目玉えぐり取るぞ!」


「寿々姫様を見下ろすな! が高いっ!」


 互いを嫌い合っているわりには、なかなか息が合っている。


 覗いていた陰陽生たちは、「ヒイィッ」とすぐに頭を引っ込めたが、ひそひそ話は継続して聞こえてきた。主に左近之丞について。


「今の金髪の人、ダレだよ⁉」


「怖ええっ! 殺気ハンパねえからっ!」


「綾小路班長の知り合いかな?」


「知らん……にしても、なんであんなに禍々しい霊力なんだ?」 


「1班の班長より、口が悪そうだったな」


「ヤバめ。本庁からきた支援員の陰陽師だったらどうする?」


「あんなの、触らぬ神に祟りなしのレベルだろ!」


 金髪で殺気のハンパない、禍々しい霊力を持つヤバめ陰陽師は、その口の悪さを発揮して、千夜子に食って掛かっている。


「寿々さんをジロジロと見やがって、あの無礼なヤツラはなんだ!」


「貴様が礼儀をとやかく言うな! 無礼千万ヤロウがっ!」


 左近之丞を一喝した千夜子だが、眉を八の字にして、すぐに寿々を振り返った。


「教育が行き届いておらず申し訳ございません!」


「気にしないでください。大丈夫ですから……あっ、ここも、黒いモヤモヤが溜まっていますね」


 首を振りながら寿々は、養成校の前にある石造りの水場を手で、パパッと払った。


 これで、この動作は五回目だ。


 というのも、木立から奥の敷地に入ったとたん――大小の建屋の窓枠、壁、玉砂利の上、植え込み――至るところに、トンネルで感じた邪気を漂わせる黒いモヤモヤとしたモノが付着している。


 悪霊特有の纏わりつくような気配を放つそれらを見つけるたび、寿々はいつものように手でパパッと払っては、弾き飛ばしていた。


「ありがとうございます。それしても、何度見てもスゴイです。このように手で払うだけで残滓ざんしを弾き飛ばせるなんて」


残滓ざんし』とは――


 道中の車内で、左近之丞もちらりと触れていたが、悪霊や魑魅魍魎を祓った際に、陰陽師たちに付着する邪気の残留物で、ひとつひとつは目に視えないほどの粒子なのだが、塵も積もればというやつで、それらが蓄積されていき、黒いモヤモヤとなった不浄の塊が、陰陽寮の敷地には点々としていた。


 これら不浄の塊を浄化するのが〖浄め課〗に所属している巫女や神職の役目であるのだが、


「実戦部隊の陰陽師たちの穢れや不浄を祓うのに手一杯の状態で……それも間に合っていない今、とても敷地内の残滓にまでは手が回らない状況なのです」


 ということだった。


 そういうことならと寿々は、黒いモヤモヤを見つけるたびに手で払って、弾き飛ばしているのだった。


 これも、禮子さんの頼みごとのひとつだし、と思いながら。


 それにしても、本当に多い。


 禮子が言っていたとおり「陰陽寮は万年人手不足」というのは、たしかなようだ。


 陰陽課がある母屋に近づくにつれ、黒いモヤモヤは数を増し、さらに色濃くなっていく。


「あそこも。あっちも。あの上にも」


 養成校の建屋を過ぎてから立ち止まること十回以上。


 黒いモヤモヤを手で払いつづけて母屋に到着した寿々を出迎えたのは、


「お待ちいたしておりましたーっ!」


「お疲れさまにございますーっ!」


 上がりかまちギリギリの床間で正座をし、額を式台につけんばかりの勢いで頭を下げている男女だった。


「寿々姫様、こちらは管理課の立花と浄め課の桐生です。ふたりとも神社仏閣庁から派遣されてきた支援員です」

千夜子のあとにつづき、


立花たちばな良太郎りょうたろうと申します!」


桐生きりゅう撫子なでしこと申します!」


 顔を上げて名乗ったふたりは、口々に賞賛する。


「なんと神々しい……さきほど信じられないほどの清き風を感じました。貴女様でしたか。管理課も騒然といたしております」


「敷地内の残滓がつぎつぎと消え去っていくのを、遠目から拝見いたしておりました。なんと凄まじき浄化力……玉依姫様が御遣わしになったと聞いております。なにとぞ、よろしくお願いいたします」


「はじめまして、蓬莱谷寿々です。こちらこそ、よろしくお願いします」


 寿々が声をかけると、「ありがたや~」立花も桐生もすかさず拝みはじめ、千夜子が「寿々姫様とお呼びしろ」と告げると、「ハハ~ッ」と平伏した。


 コの字型の母屋の廊下をすすみ、用意されていた客間に通されるまでの間、このようなやり取りは二回ほどつづいた。


 母屋の間取りは、屋敷の中央に配置された中庭の三方を廊下でつなぎ、建物がない方向は山に面している。


 障子を開け放つと山が見えるコの字型の中央にある客室に案内され、御茶を淹れた千夜子が「寿々姫様の御到着を三役に報せてまいります」と席をはずしたとたん、これでもかと口を尖らせた左近之丞から不平不満があふれ出す。


「アイツら、寿々さんに声をかけてもらいたくて次々と出てきやがって……」


「それにしても、人手不足は深刻そうだね」


 黒いモヤモヤの放置もそうだが、立花と桐生はしきりに謝っていた。


「本来であれば、課の上長が出迎えるべきところを申し訳ありません。昨日、大きな討伐がありまして、ただいま事後処理にあたっており……ご容赦ください」


 それについては千夜子も、こうべを垂れてきた。


「悪霊が同時多発的に発生した昨日は、1班から4班までの陰陽師、それから一部の陰陽生まで討伐に向かい、なんとか収束できたのが明け方近くでして」


 寿々としては、ここまで丁寧に応対されるとは思っていなかったので、なにひとつ問題なかったのだが、


「玉依姫様より、くれぐれも丁重にと、仰せつかっておりましたのに……我々のような下位の者が出迎える形となってしまい、誠に申し訳ございせん」


 このうやうやしい態度からしても、禮子の存在がいかに大きいがわかる。


 それにしても【陰陽寮】は、居住環境にしても労働環境にしても、著しく悪いようだ。ブラック企業ならぬブラック機関。


 しかし左近之丞は、


「ここは、前からずっとそうです。僕がいたころは本庁からの支援員なんていませんでしたから、いまよりもっと荒れていましたよ。3日3晩、悪霊悪鬼と山で追いかけっこなんて日常茶飯事でしたから」


 御茶なんてだれも淹れてくれなかったと、ひとくち飲んで「渋ッ」と文句を言った。





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