客間と中庭を隔てる幅2メートルほどの廊下。横一列になって正座をしているのは、陰陽課2班の陰陽師4名。班長の千夜子は、寿々のとなりにいる。
数分前。
陰陽頭をはじめとする3人に懇願された寿々は、呪物や呪具の残滓を払う前に、これまでの任務で残滓が溜まり、本来の力を発揮できないでいる陰陽師たちの穢れから払うことになった。
呼び出しを受けた男3名、女1名は、離れの宿舎から重たい身体を引きずり、中庭を横切って客間に向かっていたが、いつになく空が青いことに加え、客間が近づくにつれ空気が澄んでいくのを感じて首をかしげる。
「なんだ、なんだ? いつもとちがうぞ」
「さっきも清い風が吹くのを感じたけど……」
「玉依姫様でも、いらっしゃったのかしら?」
「ちがう。これは、玉依姫の霊力じゃない。けれど……それ以上に強くて清らかな、浄化の御力を感じる」
そうして全員が立ち止まった。障子が開け放たれた客間。そこから発せられる神々しい後光を目にして――手を合わせて「ありがたや」と拝んだ。
中庭で横一列に立ちどまった2班の陰陽師たちを見ていた寿々は、
「うわあ。全員、黒いモヤモヤだらけだ」
その状態の悪さを班長の千夜子に伝える。
「やはり……昨日は4人とも、かなり精細を欠く動きでした。ここしばらく浄め課による浄化を受けおらず思うように動けずにいました。寿々姫様、どうか、あの者たちの残滓や邪気を滅してください」
「もちろんです」
千夜子が立ち上がり、廊下まで歩みでた。
「早くこい! 寿々姫様をお待たせするなっ!」
一斉に走りだした4人は現在、廊下でも横一列になって正座をしているわけなのだが、呼び出された理由はもちろんわかっていない。
客間にいる寿々のことが気になるのはもちろんなのだが、それとは別に、そのとなりにいる自分たちの班長、同席している陰陽頭、陰陽助の顔を見て、全員が顔を引きつらせていた。
「綾小路班長が……ついに若返りの秘術を……」
「陰陽助まで……最近、顔の小ジワを気にされていたから」
「あれ、ダレ? あんなイケオジいたかな?」
「それより、あの神々しい御方が……寿々姫様?」
ささやき声に青筋をピクリとさせながら、千夜子は寿々を紹介した。
「こちらは玉依姫様が御遣わしくださった寿々姫様だ。我々をありがた~い御光で癒してくださる」
「おおっ」と、期待に満ちた目を前にして、
「それじゃあ、三点セットを、パパッとやっていきましょう」
寿々は両手をひろげた。
◇ ◇ ◇
『払い』と『浄化』と『回復』
陰陽頭が命名した〖寿々姫・三点セット〗である。
黒瑪瑙のような寿々の黒瞳が、左から順に陰陽師たちを見つめる。
同じように廊下に腰を落として、スッと手を伸ばした。
「右目の下。あ、顎の右側にも、それから右肩……なんか、右に集中していますね。あっ、メガネ、はずしてもらってもいいですか?」
「承知いたしました」
「それじゃあ、右目から。ちょっとグリグリしますよお~」
「はいっ……」
いつもはクールな上条が、サクランボみたいに両頬を赤くしていた。
そうなるのは、致し方ないだろう――と千夜子は、『払い』と『浄化』を同時にする寿々の姿を、上条よりも惚けた顔で見つめていた。
なんて、美しい御魂をお持ちなのだろうか。
神々しい後光を放ちながら『浄化』をしつつ、指先でグイグイ~っと上条の顔についた邪気を消し去り、つづいて肩に触れ「ちょっと強めに叩きますよ」と、パッパッパッと身体に付着している残滓を御手で『払い』落としていく。
最後に、上条の頭の上で柏手を打ち鳴らして、霊力を『回復』せた。
霊視だけなら、稀代の巫女姫・玉依禮子にならぶと称される能力で、千夜子は柏手を打ち鳴らすときに一段と輝きを増す寿々の
御身体に近い部分は、
ブルーレンズのサングラス越しでなければ、とても凝視できない光彩の強さは、あらゆる悪霊、霊障、穢れを弾き、寄せ付けないだろう。
うっとり。
この御方の存在そのものが、奇跡としかいいようがなかった。
あっという間に4人の残滓を払い、浄化し、霊力を回復させた寿々が、「終わりましたよ」と千夜子を振り返った。
「ありがとうございます。寿々姫様、お疲れではないですか?」
「まったく。まだまだ、いくらでも払いますよ」
「それでは、残りの班の者たちを連れて参りたいと思いますが、よろしいでしょうか」
「もちろん」
その後、1班、3班、4班の陰陽師たちが続々とやってきて、『寿々姫・三点セット』で、穢れが払われ、本来の霊力を取り戻していった。
しかしそのなかに、もっとも三点セットが必要な陰陽師の姿がないことに、千夜子は気づいた。
「
1班の陰陽師・
「昨夜から手の空いている巫女に来てもらって、宿舎で『浄化』を受けているのですが、あまりに残滓が酷くて……こちらに来る前、俺が見たときは床から起き上がれる状態ではありませんでした」
霊剣『七星剣』の使い手である陰陽課1班の班長、
精鋭ぞろいの一班のなかでも、実力は抜きんでているといっても過言ではない。
桜散塚と対等にやり合える陰陽師がいるとすれば――千夜子の脳裏に浮かんだのは、腐れ縁である北御門左近之丞、ただひとり。
その北御門左近之丞が陰陽寮を出ていったのは、5年前。
それからというもの、上位級の悪霊祓いは桜散塚がほとんど引き受けてきた。それゆえ、邪気の影響も受けやすく、残滓も溜まりやすいので、浄化は優先されてきたものの、残念ながら今の浄め課には、高い浄化能力を持つ巫女がいない。
浄化されないままに上位の悪霊を除霊、祓いをする桜散塚の体内には、残滓が蓄積され、常に邪気を纏っているような状態がつづいている。
このまま祓事をつづければ、いずれ悪霊に憑かれ、生霊になってしまうのでないかと、だれもが心配していた。
「連れてこられるか? 寿々姫様ならきっと……」
九十九は大きく頷いて、
「背負ってでも連れてきます」
宿舎の方へと走っていった。