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第13話 桜散塚一心



 変態サイコ陰陽師ヤロウ——その呼び名が、妙にしっくりくるのを、寿々は感じた。


 そうなのだ。


 この桜散塚一心という陰陽師。


 寿々が残滓や邪気を弾き飛ばす前の状態は、ヘドロ化した黒いモヤモヤに全身を覆われ、見てくれ的にはほぼアメーバ・モンスターだった。


 そのアメーバを、寿々の強烈な光によって弾き飛ばし、せっかく顔があらわになったというのに、その顔もまた申し訳ないけれど、常人とは思えない異質さを放っていた。


 要するに、残滓と邪気を弾き飛ばす前と後では、別モノのモンスターが現れた、という感じだ。


 非常に残念。左近之丞と同じくらい美形なのに……


 その顔つきは、常人にが見れば9割が、何かしらの異常性を感じ取ってしまう。その一番の原因は、やはり目だろう。


 琥珀色の瞳といっても、その中心は瞳孔の開いた黒目で、それを色濃く縁取っている部分が琥珀色という、一風変わった光彩。


 そのさらに外側にある白目よりも、琥珀色の割合は大きく目立ち、いわゆる鷹の目と呼ばれる猛禽類の目つきをしている。


 ハアハアとした激しい息づかいとともに、


『結婚してくれ。できれば今夜、アンタとちぎりた……』


 などと言われたときは、さすがに背筋がゾクリとして、肌が粟だった。


 しかも、である。その直後に、怒髪天を衝いた左近之丞の霊力が、稲妻となって襲いかかり直撃。


 無抵抗のまま槍先のような稲妻に串刺しにされ、中庭の端から中央近くまで飛ばされたというのに……


「へへへ、何だ?」


 顔をゆがめることなく、逆にニタ~と笑みを深めてムクリと起き上がり、寿々から目を逸らすことなく、


「へへへ、ちょっと遠くなった。でも、俺の視力は4.0、しかも望遠だから、ちゃ~んと肌のキメ、産毛まで視えているからねえ~」


 際立つ異常性。


 そしてふたたび、


「可愛いらしい人。俺の探し求めていたファムファタールは、キミなのか。それは今夜、契ってみればわかること――」


 いかがわしい発言を繰り返したところで、左近之丞の手からは、二発目の青い稲妻がほとばしった。


 そうしてはじまったのは、さきほどの陰陽頭の取っ組み合いとは別次元の、左近之丞 VS 桜散塚の超接近戦。


「クソがっ! 今日が貴様の命日だっ!」


「なんだ、見たことあると思ったら、景近の弟か。オマエの生意気な顔よりも、俺は景近の顔が見たかった。あっちの方が、断然、キレイだからなあ。俺、男は面食い派なんだ」


「うるせえ!」


 殴り合い、蹴り合いではあるのだけど、その激しさに、陰陽課の陰陽師たちからは、どよめきが起きた。


「桜散塚さんと互角って……だれ、あの金髪の人」


「さっき、綾小路班長といっしょに歩いていたから、たぶん、知り合いの陰陽師じゃないのかな?」


 若い陰陽師たちの疑問に応えたのは、寿々の3点セットですっかり若返った陰陽助・倉橋美湖。


「北御門左近之丞よ。5年前に陰陽寮ここを去るまで、陰陽課1班の陰陽師だった。わたしが知る限り、現役最強の陰陽師である桜散塚一心と対等にやり合えるのは、今も昔、彼だけよ」


「そんなすごい人なんですね。でも、それならどうして陰陽寮を去ったんですか? それほどの陰陽師なら――ん? 北御門……左近之丞って、もしかして北御大社の三男?!」


「……うわあ、それじゃあ、あの人が噂に聞く、天上天下唯我独尊の異端児ですか」


 若い陰陽師ふたりが、みるみる顔を引き攣らせるなか。


「相変わらず、チャラチャラしやがって、この変態クソ野郎がっ!」


「オマエもさあ、相も変わらず口が悪いよなあ。五つも齢をくったら、少しは成長しとけよ」


 激しい攻防を繰り広げる異端児と異常者。


 繰り出される手数のほとんどは、寿々の目では追えない速さだ。


 その攻防がある意味、息ピッタリな打撃の応酬にも見えてきたところで、隣室から左近之丞を追いかけてきた陰陽允・山城惟和は、今度は止めに入る様子もなく、「ああ、やっぱり」と肩をすくめた。


「たぶんこうなると思ってたんだよ~」


 菓子を運んできた千夜子も、廊下を縁側がわりにしている寿々のそばに膝をついて、眉をしかめるだけだ。


「寿々姫様、お疲れさまです。ああ、うるさい。5年経ってもあの二人は、何かっていうとすぐに取っ組み合いをして……話し合いというものを知らない馬鹿タレどもです。山猿の方が、よっぽど賢い」


 千夜子につづいて寿々のそばに膝をついた陰陽允は、もうそれ以上、中庭の方を見ることなく、「ところで、寿々姫様」と笑顔を向けてきた。


「休憩のあとは……そのぉ、よろしければ、神具ですとか、呪物などの『払い』の方をお願いできますと…大変ありがたく」


「はい、わかりました」


 そうして休憩後、陰陽允の指示のもと、廊下の先の先まで、ズラリと並べられた神具や呪物の数々。


 さっそく、腕輪や指輪、念珠といった小物類から払いに取り掛かった寿々だが、こちらは手で払うだけではこびりついた残滓や邪気は取り切れず、ひとつずつ手にとって、くすんだアクセサリーを磨きあげるように、布で汚れを落としていく必要があった。


 ゴシゴシ、キュッキュッ。


 汚れを落としたあとは5、6個並べて、パンパンと柏手を打ちながら「キレイにな~れ」と口にすると、寿々の声に反応するように、腕輪や指輪は一斉にキラキラと輝きだした。


「素晴らしいですっ!」


 陰陽允を真ん中にして、顔を寄せてのぞきこんでいた管理課の面々からも「おおおおおっ!」と歓声を上がった。


「これも、こっちも! すべて霊力が戻っています!」


「こんなことって……」


 霊力を取り戻し、輝きを放つアクセサリー系の呪物が、丁寧に箱にしまわれていく間、寿々は自分の掌を見ていた。


 なんとなくだけど、「払い」の感覚を掴んできたかも……


 陰陽師たちを払うときは、霊力や血のめぐりを意識すると、より効率よく残滓や邪気を取り除くことができた。


 呪物では、ゴシゴシ、キュッキュッとやりながら、刻まれた紋様や刻印、埋め込まれた石などに宿る思念に寄り添うにようにしてみると、根を張るように深く染みついた禍々しい邪気が薄れていき、汚れやくすみが落ちやすい気がする。


 仕上げに「キレイになれ」と言霊といっしょに柏手を打つことで、残滓もろとも邪気を弾き飛ばすことができた。


 この感覚を覚えてからというもの、つづく壺や皿、鏡に櫛、釘や針などの汚れ落としは、ぐっと楽になった。


 回数を重ねるごとに上達し、そのうち布でひと拭きすると、呪物も神具も、劇的な変化をみせた。


 寿々よりも周りが驚く。


「えええっ、亀裂が……消えたぁ!」


 ひび割れていた皿は元通りになり、鏡面の曇りは消えてピカピカに。ところどころ歯が欠けていた櫛も、キレイに歯がそろい、新品同様になる。


 陰陽允も管理課の者たちも、生まれ変わったような輝きを放つ数百年前の呪物を手にして絶句。


「神の御業だ……」


「寿々姫様、バンザイ!」


 そうして小物系が片付くと、次はいよいよ刀や剣といった武器系になった。


 こちらにも黒い粘着物が、柄や剣身などにベッタリと付着している。


 なかでも――


「これ……さすがに、ヤバ過ぎませんか」


 寿々が思わず口にしてしまったのは、〈七星剣〉という霊剣で、ちょうどいま中庭で左近之丞と殴り合いをしている桜散塚一心の剣だという。


 使い手もアメーバだったけど、剣の方も負けず劣らずの状態で、剣身が見えないどころか、柄すら見えない。


 どうやって握ればいいのか困惑するレベルの邪気と残滓まみれの剣は、黒い棍棒みたいになっていた。


 さすがに剣が可哀想で、柄の握り部分だと思われる位置から――さぞかし、不快だってしょう――と心で話しかけながら、慎重に布でふき取っていく。


 ここまで残滓や穢れが蓄積されていると、さすがに一度や二度拭いた程度はキレイにならず、剣身に刻まれた美しい紋様がみえてくるまで、ひたすらゴシゴシ、キュッキュッ。


 ――乾いた米粒よりも、厄介ですね~


 ――この邪気を剝がせたら、イケメンな剣になるのでしょうね~


 心で語りかけながら、強めに何度も拭くこと数回。


「よしっ、こんなもんかな。それでは、キレイにな~れ!」


 パンパンッ! 


 柏手と言霊で仕上げると、剣身がキラキラ~~~~ンッ!


「おおおおおおううううっ!」


 ひときわ大きな歓声が上がったとき。


 コの字型の廊下を走ってくる者がいた。


「東より緊急要請です!」


 走り込んで来たのは、母屋で出迎えてくれた立花良太郎だった。







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