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第18話 キング・オブ・ブサイク



 緊急要請のあった古井戸に、千夜子が到着したとき。


 古井戸は焦げた瓦礫となって跡形もなく、その瓦礫を中心に、奇妙な真四角の焼け野原が出来ていた。


 およそ30m四方の焦土と化した更地は現在、四面プラス上空という五面張りの結界が張られていて、東西南北の結界一面につき、密教僧が三人がかりで強化している。


 結界によって焼け野原になるのを逃れた周辺の木々も、そのほとんどが切り倒されていて、そのうちの一本、ほどよい傾きの倒木に胡坐をかいた密教僧が、千夜子を振り返った。


「よう。綾小路の姐さん」


 白髪に翠眼の密教僧は、名を快春かいしゅんという。


「ワシら、緊急要請はしたけどな、なにも最終兵器を寄こせとはいってねえからな……アイツ、このあたりの木を斬り倒しながら、中央突破してきたかと思ったら、いきなり刀から黒い炎をだしやがって、あと少し、結界を張るのが遅れたら、このあたり一帯、マジで焼け野原になるところだった。ああ、上は心配すんな。ワシが張った上空結界だからな」


 この辺り一帯もそうだが、結界の中を見て、千夜子には何が起きたか、おおよそ理解できた。返事をする気が失せるほどの惨状とはこのことだ。


 上位クラスだったはずの悪霊4体は、まるで原型をとどめていない。斬り刻まれたうえ、その上から漆黒の業火で焼かれたのだろう。もうほとんど灰になりかかっていた。


「何もかもヤベえけどな。ひとまず、あの黒い刀はなんだ? たったひと振りで、悪霊四体をまとめて胴体から切り離しやがった。そのあとは、アイツがさいの目に切り刻んで、切り口からまた黒炎がボオォォーッ、だ」


「あの打刀は、覚醒された〈ろくでなし様〉だ」


「ろ、ろくでなし様!? なんだ、そりゃ?」


「元怨霊で、悪霊を燃やして喰う妖刀だ」


 大日如来の秘術を授けられた密教の高僧・阿闍梨あじゃりである快春でも、さすがに驚きで目を瞬いている。


「元怨霊の妖刀!? また、えげつない刀を隠し持ってやがったな陰陽寮は……まあ、それぐらいじゃないと、四体まとめてブッた斬るのは無理だよな」


 妙に納得した顔をした快春は、またすぐに結界へと顔を戻す。


 そちらの方が気になるのだろう。


 なぜならいままさに、結界内では最高位の悪霊と左近之丞が激突しているからだ。


 五年前と同じように北御門左近之丞は、周囲のことなど何一つ気にせず、殴る、蹴る、斬ると、やりたい放題だった。


 隊列を組むとか、連携などという戦術は、あのブサイクにとって、足かせでしかなかった。


 ――どけっ、邪魔だっ! 弱いくせに前にでるな、ブスッ!


 罵声を浴びせられながら、何度、背中から斬られそうになったことか。


 いま思いだしても腹が立つ。それは千夜子だけではなく、当時の陰陽課のほとんどの陰陽師がそう思っていたはずだ。


 実力は突出しているが、いつも我先にと突っ込んでいき、サポートしようとする仲間に怪我を負わせかねない陰陽師では、何班であろうと使えない。


 加えて、あの性格の悪さ。単独で飛びだしていくことを何度、陰陽頭に諫められても、「うるせー」というばかり。


 当時、1班の班長から「何か理由があるのでは?」と訊かれていたが、


「僕が一番強いんだから、好きにやらせてもらう。それが嫌なら追い出せば?」


 そういって、またひとり討伐に向かっていった。


 ある日、ついに陰陽頭がキレた。


「貴様のような、傍若無人な若造などいらんわぁぁぁ! 出ていけえええ!」


「あっそ、じゃあな。弱い者同士、力を合わせてガンバレよ」


 一度も振り返ることなく、北御門左近之丞は陰陽寮を去った。


 正直なところ、千夜子を含めた陰陽師たちは全員、ホッとしていた。


 これで、だいぶ平穏になると。


 ただひとり、桜散塚一心だけは不機嫌な顔をして、こう言った。


「もう、左近アイツはいないから、明日からオマエら全員、死にもの狂いでやるしかないな。霊力も温存できなくなるから、配分には気をつけろよ」


 その言葉は、すぐに現実となった。


 出動するたび、あきらかに増えていく重傷者。霊力は日々、カツカツで討伐の成功率は一気に落ちていった。


 成果のあがらない連日の討伐で疲労と苛立ちが溜まり、仲間同士の諍いが増えてくる。そうなって、はじめて気づいた。


 北御門左近之丞が、いかに自分たちの盾になっていたか。


 自分たちが、いかに北御門左近之丞に頼り切っていたか。


 事実、北御門左近之丞が突っ込んでいけば、だれも怪我をしなかった。助太刀しようとして蹴り飛ばされたことはあったけれど、だれも斬られはしなかった。


 あれらがすべて、自分たちを悪霊の攻撃から逃すためだったのだと、遅ればせながら気づいたとき、千夜子は無性に腹が立った。


 浅慮だった自分自身に、幼馴染である自分にすら、何ひとつ打ち明けようとしなかった性格の悪いあの男に。


 腹立たしさが、徐々に後悔へと変わったとき。


 千夜子は――もしかして、と桜散塚に訊いたことがある。


 あのブサイクは悪者になることで、班員たちの苛立ちをすべて自分に向けさせていたのではないかと。だとすれば、とんだ天邪鬼だと。


 しかし、それについては、桜散塚に一笑に付された。


「それはないな。あの性格の悪さは、もとからだろうよ。景近がそう言っていた」


 北御大社の三兄弟の真ん中。北御門景近之丞と仲の良い桜散塚は、陰陽寮を去ってからのブサイクのことを教えてくれた。


「しばらくはブラブラしていたらしいが、最近はヒマさえあれば、討伐を逃れた悪霊たちを、片っ端から片付けているそうだ。しかも素手。笑うよなあ」


 やってられない、と思った。


 自分たちが全力以上の力を出しても討伐できなかった悪霊を、たったひとりで片付けてしまうのだ。しかも素手で……


 むかしのことを思いだして、千夜子の口から悪態がもれた。


「おのれ……キング・オブ・ブサイク」


「えっ、なんだって?」


 訊き返してきた快春に「こっちの話だ」と千夜子は返した。





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