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第19話 機密事項



 結界内では、じわじわと最上位の悪霊が押されはじめていた。


「ヤリよるなあ、アイツ。マジで頭のネジが5本は飛んでんのなあ。ヤバイって」


 となりで「うひょー」とかいいながら喜んでいる男も、頭のネジは確実に3本以上飛んでいることを、千夜子は知っている。


「桜散塚のほかにも、あんなのが陰陽寮にいたとはなあ。はじめてみたぞ、図体が三倍はありそうな悪霊に、真正面から斬り合う呪術師なんて……おうおう、どんな霊力してやがる。下からカチ上げやがった……で、ダレ? あのヤバそうな陰陽師」


 好奇心に満ちた目をした快春が、素性を知りたがる。


 厄介なヤツに目をつけられたな、と眉間にシワを寄せた千夜子だが、ここまで派手にやっていては、すぐに噂が広まるだろう。


「いっておくが、陰陽寮の正式な陰陽師ではない。たまたま別件で、ここを訪れているときに、古寺そちらから緊急要請が入って……ちょっとまあ、色々あって臨時でアイツが要請に応じたまでのこと。北御門左近之丞という。北御大社の者だ」


「ふーん、北御大社か……なるほどなあ。神道そっち方面のことは詳しく知らんけど、むかし陰陽寮を追い出された、っていうヤツがいたな。たしか、北御大社の倅だったような……つまり、アイツか?」


「そうだ」


「へえ~ あんな戦闘力の高いやつを、陰陽寮はよう追い出したな。うちで欲しいわ」


 快春の口元が嬉しそうに弧を描いたとき。


 回転しながら振り抜いた左近之丞の一太刀が、最上位の悪霊の首を飛ばした。


 見事な一太刀。


 しかし、人間とちがって首を落としても終わりではないのが悪霊である。


 邪気がある限り動きつづけるのだが、その力はすでに左近之丞が持つ〈六連星〉よって半分以上、喰われていた。


 もはや中位の上くらいの邪気しか残っておらず、封印するなり、滅するなり、さっさとやればいいのだが――


「この、クソボケ霊がっ! すぐに滅してもらえると思うなよ。もう二度と此の世を拝みたくないってほど、ボコボコにしてやるから、覚悟しとけっ!」


 ろくでなし刀を鞘に収めた左近之丞に、いまは素手でボカスカ殴られている。


 興味が失せたらしい、快春が立ち上がる。


「それじゃあ、ワシはあっちに行くとするか。こっちに最高位の悪霊がでたっていうから、わざわざ引き返してきた――ってのに、陰陽寮から最終兵器がやってくんなら、戻らんでも良かったな」


うしとらの廃屋に向かうのか?」


「ああ、そうだ。北東は上位クラスの悪霊だから大丈夫だろうとは思うが、なにせ、古寺こっちも手負いが多くてな。まともに動けるヤツがおらんのよ。ワシも、本調子とはいえんけど……あれ、そういや綾小路の姐さん、昨日、あれだけ暴れたのに、ずいぶんと霊力が戻っているじゃねえか。うん? 陰陽寮のヤツラ全員……嘘だろ、霊力がフル充電されてんじゃねえか! どういうこった!? ついに秘薬でも作ったのか? そんなら古寺うちにも回してくれよ~」


 目ざといというか、相手の霊力値をはかれる良い眼を持っている快春は、昨日の今日で、霊力が全回復している陰陽師たちの秘密を知りたがった。


 寿々姫様のことは、軽々しく話せない。


 班員たちに――話すなよ、と目配せしてから、「機密事項だ」と千夜子はそれ以上の追求を遮断した。


 そのかわりに、吉報をひとつ教える。


うしとらの方角だけどな、戻る必要はないと思うぞ。あっちにも、陰陽寮から何名か向かっているからな。我々より先にでているから、もうとっくに到着しているだろう」


「何名かって、アイツみたいな最終兵器がいってくれてんのか?」


「まあ、それに近いな。霊力が全回復した元気いっぱいの桜散塚が飛び出して行った」


「元気いっぱい!? あの残滓まみれヤロウが?! 昨日なんて、あのまま生霊になりそうだったんだぞ。どうやって?」


「……機密事項だ」


「またそれか!」


 快春が文句を言いかけたときだった。


「――阿闍梨! 報告します!」


 密教僧がひとり、駆け寄ってきた。


「南東の首塚が、何者かによって破壊されました。封印していた死霊どもが流出中とのこと!」


「はああぁっ!? だれだ、そんな罰当たりなことしたヤツは! くそっ、昨日は北で、今日はこっちかっ! なんでこうも連続しやがるんだ! 仕方ねえなっ、ワシが行く」


 錫杖しゃくじょうを手にした快春に、千夜子が声をかける。


「我々も行こう。アイツはどうする? 連れていった方がいいか?」


 結界内へと、千夜子と快春が同時に目を向けると、


「くたばれ、クソボケ霊がっ!」


 ふたたび刀を握った左近之丞が、悪霊をみじん切りして滅したところだった。


「連れてきてくれ。場所はわかるよな。ワシは先に行く!」


 快春が南東に向かい、千夜子はすぐに左近之丞を呼び寄せた。


「はあっ!? 南東の首塚だぁ?!」


 しかめっ面になった左近之丞が「帰る」と騒ぎだしたが、そこは千夜子が一枚上手だった。


「寿々姫様には、北御門にしてはめずらしく良い仕事をしておりました――と報告しても良いのだがな。なにせ、寿々姫様は、仕事の出来る男がダイスキなのだから」


「南東の首塚――!」


 弾丸のように飛び出していったブサイク。


 千夜子は後ろを振り返り、班員たちに告げた。


「これよりたつみの方角、首塚に向かう! 死霊の首が飛んでくるぞ。隊列を維持しろ!」





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