結界内では、じわじわと最上位の悪霊が押されはじめていた。
「ヤリよるなあ、アイツ。マジで頭のネジが5本は飛んでんのなあ。ヤバイって」
となりで「うひょー」とかいいながら喜んでいる男も、頭のネジは確実に3本以上飛んでいることを、千夜子は知っている。
「桜散塚のほかにも、あんなのが陰陽寮にいたとはなあ。はじめてみたぞ、図体が三倍はありそうな悪霊に、真正面から斬り合う呪術師なんて……おうおう、どんな霊力してやがる。下からカチ上げやがった……で、ダレ? あのヤバそうな陰陽師」
好奇心に満ちた目をした快春が、素性を知りたがる。
厄介なヤツに目をつけられたな、と眉間にシワを寄せた千夜子だが、ここまで派手にやっていては、すぐに噂が広まるだろう。
「いっておくが、陰陽寮の正式な陰陽師ではない。たまたま別件で、ここを訪れているときに、
「ふーん、北御大社か……なるほどなあ。
「そうだ」
「へえ~ あんな戦闘力の高いやつを、陰陽寮はよう追い出したな。うちで欲しいわ」
快春の口元が嬉しそうに弧を描いたとき。
回転しながら振り抜いた左近之丞の一太刀が、最上位の悪霊の首を飛ばした。
見事な一太刀。
しかし、人間とちがって首を落としても終わりではないのが悪霊である。
邪気がある限り動きつづけるのだが、その力はすでに左近之丞が持つ〈六連星〉よって半分以上、喰われていた。
もはや中位の上くらいの邪気しか残っておらず、封印するなり、滅するなり、さっさとやればいいのだが――
「この、クソボケ霊がっ! すぐに滅してもらえると思うなよ。もう二度と此の世を拝みたくないってほど、ボコボコにしてやるから、覚悟しとけっ!」
ろくでなし刀を鞘に収めた左近之丞に、いまは素手でボカスカ殴られている。
興味が失せたらしい、快春が立ち上がる。
「それじゃあ、ワシはあっちに行くとするか。こっちに最高位の悪霊がでたっていうから、わざわざ引き返してきた――ってのに、陰陽寮から最終兵器がやってくんなら、戻らんでも良かったな」
「
「ああ、そうだ。北東は上位クラスの悪霊だから大丈夫だろうとは思うが、なにせ、
目ざといというか、相手の霊力値をはかれる良い眼を持っている快春は、昨日の今日で、霊力が全回復している陰陽師たちの秘密を知りたがった。
寿々姫様のことは、軽々しく話せない。
班員たちに――話すなよ、と目配せしてから、「機密事項だ」と千夜子はそれ以上の追求を遮断した。
そのかわりに、吉報をひとつ教える。
「
「何名かって、アイツみたいな最終兵器がいってくれてんのか?」
「まあ、それに近いな。霊力が全回復した元気いっぱいの桜散塚が飛び出して行った」
「元気いっぱい!? あの残滓まみれヤロウが?! 昨日なんて、あのまま生霊になりそうだったんだぞ。どうやって?」
「……機密事項だ」
「またそれか!」
快春が文句を言いかけたときだった。
「――阿闍梨! 報告します!」
密教僧がひとり、駆け寄ってきた。
「南東の首塚が、何者かによって破壊されました。封印していた死霊どもが流出中とのこと!」
「はああぁっ!? だれだ、そんな罰当たりなことしたヤツは! くそっ、昨日は北で、今日は
「我々も行こう。アイツはどうする? 連れていった方がいいか?」
結界内へと、千夜子と快春が同時に目を向けると、
「くたばれ、クソボケ霊がっ!」
ふたたび刀を握った左近之丞が、悪霊をみじん切りして滅したところだった。
「連れてきてくれ。場所はわかるよな。ワシは先に行く!」
快春が南東に向かい、千夜子はすぐに左近之丞を呼び寄せた。
「はあっ!? 南東の首塚だぁ?!」
しかめっ面になった左近之丞が「帰る」と騒ぎだしたが、そこは千夜子が一枚上手だった。
「寿々姫様には、北御門にしてはめずらしく良い仕事をしておりました――と報告しても良いのだがな。なにせ、寿々姫様は、仕事の出来る男がダイスキなのだから」
「南東の首塚――!」
弾丸のように飛び出していったブサイク。
千夜子は後ろを振り返り、班員たちに告げた。
「これより