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第20話 生首



 南東に向かって左近之丞は駆けていた。


〈下れ、下れ……右、左……ん? いや、そのまま右だ〉


「コラッ、ボケてんじゃねえぞっ!」


〈だまれ、小童! いいから、すぐに鞘から我を抜け、首だ! 首が飛んでくるぞ!〉


 直後、風切り音がした。


 木々の間をすり抜ける矢のように、激しい腐臭をまき散らしながら生首が飛んできた。


 そのひとつ、真正面に飛んできた一首を、左近之丞は〈六連星〉を抜くと同時に斬り捨てる。


 切り口から黒炎が吹きあがり、生首が滅せられた。しかし、その間にも左近之丞の脇をすり抜けるように大量の生首が、東に向かって飛んでいく。


 その数――百をゆうに超えている。


「アイツら、どこかに向かっているな」


〈小童、追いかけるか!?〉


 鋭い視線の左近之丞が、前方を見据えた。


「……いや、うしろからブスと2班が来ている。邪気で空気が揺れているところをみると、また前から飛んでくるだろ。ここで落とせるだけ落とす!」 


 その言葉どおりに、すぐさま第二陣の生首が飛んできた。ざっとみて、さっきの倍以上の数。


「一気に落とすぞ。ろくでなし、出力をあげろ!」


 霊力をあげた左近之丞が、常人には見えない高速の太刀筋で生首を斬り落としていく。


 あらかた斬り終わって、東に戻ろうとしたときだった。


「――おいっ! 臨時陰陽師! そう、オマエ!」


 首塚がある南東から、なかなかの速さで駆けてくるのは、白髪に黒色法衣の坊主がひとり。 


 左近之丞の前で急停止すると、周辺に散らばる黒焦げになった生首の残骸を見て訊いてきた。


「……これ、全部、オマエが落としたんか? あ、ワシは快春。古寺の僧なんだが……マジで最終兵器やな。で、綾小路の姐さんは? うしろか?」


 ブスの名前が出て、幾分は警戒を解いた左近之丞だったが、「ああ」と短く応えて、すぐに後方に向かって走りはじめた。


 驚いたのは、うしろから声がしたこと。


「待て、待て、ワシを置いていくな」


 けっこうな速さで駆けているのに、息を切らすことなく快春という名の坊主は追いついてきた。そのまま、苦も無く話しかけてくる。


「ワシも首塚でだいぶ落としたんだが、どんくらい、うしろにいった?」


「……ひゃく」


「綾小路の姐さんたちは、どんくらい落とせると思う?」


「いいとこ……半分か、そこらだろう」


「そうだろうなあ~」


 そのままふたりは最高速で木立を駆け戻っていると、応戦中の2班と遭遇した。


 千夜子が叫ぶ。


「そのまま、行けっ! 半分ほど逃した! おそらく北東の胴塚に向かっているぞ! 首と胴をつなげさせるなっ! やつら、悪霊どもをおびき寄せる気だ――」


 状況を把握した左近之丞と快春が、そのまま走り抜ける。


 前方には生首の一団がいて、たしかに北東へと向かっていた。


「胴塚か……なるほどな。おそらく、姐さんの読みは当たってんな。悪霊どもは、死霊の腐肉を好むからな。腐肉を餌に、さらにおびき寄せるつもりだ」


 生首を追いかけながら、左近之丞が毒づく。


「だから、首も胴も掘り起こして、さっさと滅してしまえば良かったんだ。祟りがどうとか、怨みがどうとか、呪術師のくせにジジイどもがビビりやがって」


「まあ、そういうなって。昔から処刑された死者の魂ってやつは怨みが強い。だからこそ、蘇りを恐れて、首と胴を別々に埋めてんだからな。それを今さら掘り起こして、万が一にも祟られでもしたら――って考えるお偉方の気持ちもわからんでもない。しかしだなあ……」


 ここで快春は、翠眼を訝しげに細めた。


「それよりも気にならねえか」


「なにが?」


「昨日も思ったけどな。今日もまた、やけに計画的じゃねえか。廃屋近くの胴塚が手薄になりそうな頃合いを見計らって、生首を飛ばすたあ……やり方が人間じみていて、面白れぇじゃねえか」


 人間じみている――その言葉に、左近之丞の目も鋭くなった。


「わざわざ離して祀っていた胴塚と首塚の在りかを知っているのは、内部のヤツらだけか?」


 のぼって、くだって。隆起する地面を最高速で駆けながら、快春は首を振った。


「いや、そうとは限らねえ。なにせ、あの首塚と胴塚ができたのは、キリシタンが弾圧を受けて処刑されていた寛永のころだ。史書のひとつやふたつには、何かしらの記録が残されているだろうな」


「首塚も胴塚も、キリシタンたちの供養塚か? それ以外の首は混じってないか? 斬り落としたとき、もっと古そうな首もあった気がした」


 そこでニヤリと快春が笑みを浮かべる。


「そのあたりは、察しろ。とりあえずは、いろ~んな理由でこんな山奥に、わざわざ首塚と胴塚をつくったってことだな。人知れず葬りたかった怨霊のひとつや、ふたつ、封印されてっかもなあ~ ああ、こわい、こわい」


 軽そうなわりに、内部事情に詳しそうな快春に、目を向けていたときだった。 


 身に覚えのある感覚が迫っているのを察知した左近之丞は急停止。


 わずかに遅れて「えっ?」と通り越しかけた快春の法衣の襟首をつかんで、勢いよく地面に伏した。


 空気を切り裂く白い閃光が、ふたりの頭上を通過していったのは、その1、2秒後だった。


 閃光は一筋だけではなく、直線的な光の斬撃が重なり、網の目のようになって次々と、高低差をつけて襲ってくる。


 左近之丞が気づけていなかったら、ふたりはまともに斬撃を受け、裂傷、流血は免れなかっただろう。


 いま、その斬撃の餌食となったのは、前方を飛ぶ生首ども。斬撃によって四等分から六等分にカットされ、ボタボタと地面に落下した。


 襟首を乱暴に引っ張られたときは、怒気をはらんだ声で「おいっ! てめえ――」となった快春であるが、襲ってきた斬撃の一筋で、白髪の毛先が宙を舞ったとき、何が起きたかを理解し、


「……わ、わりぃ、あんがと」


 地面にへばりつきながら、左近之丞に感謝した。


 腹ばいになったまま、ふたりは視線を前方へとやる。


「なんだ、いまの? 新手か? 殺気どころか、気配すらせんかったぞ……おい、えーと、北御門くんだっけ、オマエ、よう気づいたな」


「気配のない光速の斬撃……まちがいなく、あの変態サイコ野郎の〈七星剣〉だ。見境なく、ブン回しやがって」


 自分のことは棚にあげて、舌打ちする左近之丞に、低い体勢を維持したままの快春が、小首を傾けた。


「ちょっと、待て。七星剣って、桜散塚のだろ。ワシ、昨日もみたけどな、あれはナマクラだ。こんな力はねえ。霊剣とかいいながら、霊力もからっきしだったぞ」


「……それは、まあなんというか、とある尊い御方が汚れを落として、本来の霊力を取り戻した、というところだ」


「なんだよ、それ。汚れを落としたら霊力が戻るなんてこと――あっ! そういや、陰陽寮のヤツラ、霊力がフル充電されとったな。つまりは、その尊い御方っていうのは、人でもモノでも、なんでも霊力を回復できるってことか! そうだよなっ!」


 左近之丞は口を噤んで、プイッと顔を背けたが、それが快春に確信を与えてしまう。


「まちがいねえな。そりゃ、すげえや。桜散塚にしろ、あのナマクラにしろ……ということは、だ。その御方に頼めば、ワシの錫杖しゃくじょうも元気になるってことか! なあ、頼む。北御門くんから頼んでくれよ~」


 急に猫なで声で縋りついてきた快春に「離れろ、クソ坊主がっ!」とやっていると、


「あれ? 快春と問題児じゃねえか。ここで、何してんだ?」


 前方から、やたら顔色のいい桜散塚が現れた。






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