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第34話

 散々迷って結局ペスタン、カリバーニャの両方行くことにした。


 だって、どっちも楽しそうだもん。選べなかったっていうのが大きい。


 それをグラディス様に伝えたら「リザベルと一緒に行くのならどこでも楽しみだし、それに、二日も一緒にいられるのだろう?」とさも嬉しそうに言うせいで、ちょっとときめいてしまいそうになった。


 あの時、使用人に言われた言葉がこんなに頭に残るだなんて思ってなかったわよ。


 ちょっと気恥ずかしくなったけど、慌てて誤魔化した。


 いや、だって、ここでグラディス様のことが気になり出したとかさ、なくない?


 多分これは使用人たちの言葉が頭に残っていたからよきっと。


 だから、グラディス様のことを変に意識する必要はない。


 というか、こんなんでグラディス様のことを好きになるとかあたしチョロ過ぎじゃない?


 うん。多分好きじゃない。


 使用人たちにからかわれたのをいつまでも覚えてないで現実を見ないとね。


 あ、でも、婚約し続けるんだったら好きになった方がいいのか?


 あたし本のキャラクターにキャアキャアとときめくことはあっても、実際の人を好きになったことってあったっけ?


 実際の人もキャラクターに見立てて自分とはどこか別の種類の人間だと思っていたようななかったような。


 あ、そうだ。


 ラウルス先輩。


 グラディス様との婚約で色々と吹き飛んでいたけど、ラウルス先輩のことが気になっていたのに、あたしってばどうしたいんだろ。


 いえ、グラディス様と婚約したのだからラウルス先輩のことは思い出すこともせずにこのまま忘れてしまった方がいいに決まっているわ。


 うん。見た目だけならタイプだったけど、グラディス様をむやみやたらに怒らせる必要もないからこのまま忘れてしまった方がいいわよね。


 ラウルス先輩はグラディス様のことを気にしているみたいだからあまり下手につつかない方がいいのはさすがのあたしも分かる。


 うん。ラウルス先輩に声を掛けられない限りは自分から近付かなきゃ問題にならないでしょ。


 ラウルス先輩はグラディス様の婚約者のこと探ってるみたいだし、自分から近寄って行く必要はないというか、寄らない方がいいのはマリアに相談するまでもない。


 騒がしいのはあの誘拐騒動の時だけで十分。


 もうあたしの人生に波風なんて立たなくていいの。あたしは出来るだけ平穏無事な人生を送りたい。


 グラディス様の婚約者になった時点でそんなの夢のまた夢かもしんないかもしれないけど、でも、今のところあたしが想像していたよりも静かな生活を送れているんだから思っていたよりは悪くない。


 これからのことはとりあえず今は考えたくはない。


 とりあえず今はお祭りの行き先も決まったし、建国祭初日に着ていくドレスのことを考えようかな。


 グラディス様っていう婚約者が一応いるんだからグラディス様の髪とか瞳の色を取り入れた方がいいのはあたしでも知っている。


 ドレスの色はグラディス様の瞳の色にしてアクセサリーは金のアクセサリーで揃えればいいよね。


「あなたがリザベル・シュリアン?」

「え?」


 ドレスを仕立てるために仕立て屋に入ろうとしていたところで声を掛けられて振り返れば、あたしよりいくつか幼い感じの女の子。多分12.3歳ぐらいかな?


 きちんと手入れされた黒い髪と真っ白い肌に真っ直ぐ伸びた背筋と豪奢なドレスにどっからどう見ても貴族だろう。


 彼女の後ろにはお付きの侍女と護衛の騎士までいるから高位貴族だろうということは分かるけど、こんな子学園では見たことない。


 それなら学園に入る前の高位貴族の子なんだろうけど、あたし趣味の方が大事だったからあまり詳しくない。


 多分学園で顔を見かける人たちなら何となくどこの家ぐらいか、関係とかも分かるけど、この少女は全く分からない。


 黒髪の貴族なんてそこそこいるし、というか呼び止めたのなら名乗ってよ。


「……あの、あなたは?」


 高位貴族の子なら失礼があってはいけないんだけど、顔が分からないのだからこの場合仕方ないわよね。


 マリアがいてくれたらこの子のことも教えてくれたでしょうけど、どうしてあたしは今日マリアと行動を共にしてなかったのかしら。


 ドレスを買うだけだからと思ったのが悪かったのか、近所だからとうちの使用人も連れて来てなかった。


「……あら、失礼しましたわ。あたくしは──」

「お嬢様」


 名乗ってくれる直前に女の子の後ろにいた侍女が咎めるような声を上げる。


 何で邪魔するのか分からなくてちょっとムッとしたけど、侍女の厳しい視線はあたしに向けられている。


 もしかしてあたしの方が身分が低いからあたしから名乗れってこと?


 もうここまで来たのなら別にこの子から名乗ったっていいんじゃない? それに、あたしはドレスを買いに来ただけだからすぐに帰りたかったのに。


「……あたしはリザベル・シュリアンと申します」


 文句を言いたかったけど、護衛の騎士の眼光が思ったよりも鋭くて怖かったとかじゃなかったからね。


 後々面倒なことになるのを避けたかったっていうのが、一番の理由なんだからね!


 だから護衛の騎士の方そんなに睨まないでください。


「人違いではなさそうでよかったわ。あたくしはユーリアン・シナリリル」


 内心騎士にビクビクしているたら、黒髪の貴族令嬢はシナリリル家のご令嬢だと名乗った。


 シナリリル家って確かあれよね。10年か前に没落したっていう男爵家だったはず。


 だけど、目の前のご令嬢は着ているドレスも使用人を連れて歩いているところからも高位貴族だって思うじゃない。


 というか、男爵家の使用人だというのならどうしてあたしが睨まれなくちゃいけなかったのか意味が分からないんだけど。説明してくれたりしないのかなと思ってちらりと視線を向けたのに、当の本人は知らん顔していてイラッとした。


 文句言いたいけどそれは置いといて、没落したはずのシナリリル家の方が値段の張るドレスを着ているのも気になる。だけど、今はそれよりもユーリアンはあたしに何の用なんだろう。


 あたしたち接点なんてないよね。


 お父様の仕事関係でも関わりはなかったはずだし。分からない。まあ、聞けばいいだけよね。


「そのシナリリル家のご令嬢が何か用なのかしら?」


 あたしの方が家格も年齢も上なら敬語を使う必要はないよね。


 ユーリアンの後ろの使用人たちの視線が怖いけど、街中だし物騒なことしてこないでしょうと思いたい。


「ええ、そうでしたわ。あたくしリザベル様のことをお茶に誘いたかったんですの。もしよろしければあたくしのお茶会に来てくださる?」

「えっ、はぁ……」


 お茶会? 急に何でと思わなくもなかったけど、ドレスを買う予定以外は特に予定もなかったので、ユーリアンに着いていくことにした。


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