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第35話

 シナリリル家の王都の邸宅はこじんまりとしてるものの、古いけどとても手入れされているのが分かるいい雰囲気の邸宅だった。


「今日は天気がいいから庭でお茶をしかったのだけれど、庭はまだ手入れの途中なので」


 そう言われて案内されたのは、ユーリアンの私室だった。


 手入れされてないっていうけど、パッと見そんな感じはしない。


 本人的にはこだわりがあるのかもしれないので特に詮索もせずに、ユーリアンに案内されるがままソファに座るとすぐさまティータイムの用意がされた。


 ユーリアンの部屋は子どもらしくぬいぐるみとか置いてあるのかと思っていたのに、飾り気のないこざっぱりとした部屋にちょっとだけ驚いた。


 もしかしてシナリリル家は見栄っ張りな家? でも、没落するぐらい散財癖なら服だってあんなにお金は掛けられないと思うけどどうなのかしら?


 あ、でも、見栄っ張りならこんな殺風景とも取れるような部屋には案内しないわよね。


 じゃあ違うわよね。


 あたしが知らないだけで新しい事業でも立ち上げたのかしら? 帰ったらお父様に聞いてみよう。


 シナリリル家の財政状況は気になったけど、ユーリアンに聞いても子どもだから分からないかもと思って聞かなかった。というか、人の家の事情をあれこれ詮索するのもあれよね。


 お父様に軽く聞くだけにしてあれこれ詮索しないようにしましょうっと。


 ユーリアンはさっきから天気の話だったり、最近の流行だったりとわざわざ面識のないあたしを招いた意味がないような話ばかりで何であたしを呼んだのかも分からない。


 グラディス様と婚約したことで有名になったせいで、どこかであたしの顔を知っていてたまたまお出かけ中に出くわしたから呼んだとか?


 というか、普通の貴族令嬢のような話よね。


 あたしがユーリアンぐらいの年にはお気に入りの本の話とかお父様のお仕事にくっついて仕事の見学とかしていたから他の同世代の話にたまについていけなかったから分からなくても当然なのかも。


 でも、そろそろお茶に誘った理由ぐらい話して欲しいんだけどとユーリアンの顔を見れば、ユーリアンは優雅にお茶を飲んでいる。


 というかこの子あたしみたいにそんなに爵位の低い家の子って感じがしないんだけど、なんでだろ。


 高位貴族に憧れてとかなんだろうか。


 多少気になったものの、深く掘り下げてまで聞くほどは興味がなかった。


 あたしが今一番気になっているのは次のケーキは何にするかだ。


 今食べているのは桃のタルトだ。甘くておいしいから次はさっぱり系のケーキにしようかな? あ、でも、あっちの苺のショートケーキも食べたい。


 あっちもこっちもおいしそうで目移りしてしまう。


「ふふ可愛いらしい方ですわね」

「? そう?」


 あたしのこと? ただの食いしん坊なんじゃないの?


 ケーキをどれから食べようか迷っていたところだったから一瞬反応が遅れてしまった。


 よく分からなくて首を傾げれば、ユーリアンに再び笑われてしまった。


「グラディスお兄さまが夢中になるのも分かりますわ」

「? グラディス様と仲がよろしいので?」


 そんな話聞いたことがない。


 一応婚約者になったのだからグランノワーズ家についても知っておいた方がいいと言われて勉強までさせられているんだけど、グランノワーズ家とシナリリル家が関係があるって聞いた記憶はない。


 もしかしてあたしがまだ知らないだけで何か関わりがあるのかしら?


 そうだったら下手なことを言わないように気をつけなくちゃ。


「ええ、もちろんよ」


 そう思って聞いてみればユーリアンは自信満々に答えてきた。


 もしかしてこれって前の誘拐騒動の時の女の子たちみたいに何か勝手な想像を膨らませてとか?


 だとしたら着いてきたのって間違いだったかも。


 ちょっと前の自分のした行動殴りたくなったけど一旦落ち着こう。


 ここで自分殴り出したら変な人だもん。子どもの前でそんなことしちゃったら教育的にっていうか、ここの侍女怖いからやめておいた方がいい。


 あとでグラディス様にシナリリル家のことを聞いてこの場は穏便に逃げ出そう。


 ユーリアンの話に適当に相づちを打ってお開きになる時間までなんとかやり過ごそう。


「あたくしグラディスお兄さまと結婚したかったんですけれども──」

「えっ」


 結婚? グラディス様と?


 そりゃ見た目もよくて頭もいいし、将来安泰かもしれないけど、性格かなり酷いよ?


 あたしを知っていたのも、お茶会に呼んだのもこれが目的だったんだ。


 グラディス様との婚約が気に食わないからあたしに文句を言うためにお茶会に誘ったんだ。


 ほいほい着いて来るべきじゃなかった。


 後悔しても遅い。


 次からは気をつけるとして今はどうやってこの場を切り抜けよう。


 というか、グラディス様は自分の気に食わない生徒を簡単に国外追放出来るぐらいの能力あるし、グラディス様と一緒にいるとよくないことにも巻き込まれたりするから一緒にいられる人ってそれなりに限られてくると思う。


 まだ小さいのだからわざわざ危ない人に近寄って行くことなんてないのにと考えた辺りで、グラディス様と婚約してしまった自分は何なのだろうと思い至り落ち込んでしまった。


 あれは不可抗力というか、深く考えずに自分のやらかしをなかったことにしようと慌てていたせいだから自業自得なんだけど。


 うん。このことに深く掘り下げるのはやめよう。でないとどこまでも落ち込んで初対面のいたいけな女の子の前でいきなり落ち込み出したら変な人よね。


 話をさっさと切り上げて帰ってから落ち込みましょう。


「あの、実は失礼を承知でお尋ねしますわ。リザベル様はお兄さまのことが好きなんですか?」

「へ?」

「好きじゃないのなら婚約を解消してあたくしにお兄さまを譲ってくださいませ」

「ええっと……」


 グラディス様のことは好きではない。


 でも、今好きになろうとしているところだし、婚約は家と家の取引だからあたしが今からごねたところで運よく解消出来たとしてもだいぶ先になるんじゃないの?


 そういったことをこの小さな子にどうやって説明すればいいのかと考えようとするものの、ユーリアンの視線があまりにも真っ直ぐで思わず何も言えなくなってしまった。




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