「ふぅふぅ……あまり使いたくなかったのですが仕方がない。この分身は僕のスキル『
勝ちを確信した瞬間にジニアが切り札をだしてきやがった。しかも、さぞ当たり前のようにスキルという言葉を使っている。もし魔物全てが聖剣を持つ勇者のようにスキルを扱えるなら厄介だ、詳しく聞いておかなければ。
「今、スキルって言いやがったな? 魔物は聖剣のような道具がなくてもスキルを扱えるものなのか? それともジニアが特別なのか?」
「答える義理はないのですが、貴方はもうすぐ死ぬことですし教えてあげましょう。人間はどうか分かりませんが魔物は……いえ、動物や虫ですら程度の違いはあれどスキルを開花させる素養を持っていますよ。スキルの定義は各々違いますから断言はできませんが」
「スキルの定義? それは効果量とか実用性とか希少性の話か?」
「ええ、まさにその通りです。毒蛇で例えれば毒の牙攻撃をスキルだと呼ぶものもいれば否定するものもいるでしょう」
「……まぁ、ただの体質と言えなくもない気がするな」
「僕もそう思います。そして同じく蛇の顔には離れた位置の温度を感知する器官が備わっているのですが、こちらは毒の牙以上に独自性があって視認し辛いです。なのでスキルと呼びたくなりますよね? ですから僕は強くて珍しい能力をスキルだと呼んでいます」
物は言いよう……な気もするがジニアの言葉も一理ある。むしろ聖剣の力を借りてスキルを発動する人間より魔物の方がよっぽど生物として優れている気がしてくる。聖剣を手にしてもなおスキルを使えない俺からしたら尚更だ。
「じゃあジニアの
俺が褒めるとジニアは天を見つめて恍惚とした表情を浮かべている。よっぽど自分の優秀さに酔っているのだろう。おまけに俺がピンチだと思っているだろうから尚更だ。
「ふふふふ、理解が早くて助かります。他のガーゴイルには石像化の能力こそありますが僕のような分身スキルはありません。それどころか人語を話すガーゴイルすら世界で僕だけだと思います。ですから僕に負ける事は恥ではありません、安心して死んでください」
ジニアはもう勝った気でいるが当然俺は負けるつもりなんかない。それどころかスキルの弱点すら見えている。調子に乗らせたままではいさせない。
「気持ちよく喋っているところ悪いがジニアのスキルは大したことないよ。お前はかなりギリギリの状態で初めてスキルを発動した。それはつまり手軽に使えないからだ。おおかた魔量の消耗が激しいんじゃないか?」
「やかましいですね。それがどうしました? 消耗が激しかろうが底をつく前に倒せばいいだけですよ!」
みるみる顔に怒りの皺を増やしたジニアが分身と共に俺へ向かって走り出す。2体同時に攻撃を仕掛けてこられた俺は早めに分身をやっつけるべきだと判断し、分身のみに狙いを定めてダメージ覚悟で前蹴りを放つ。
すると腹に蹴りをもらった分身が血を吐きながら吹き飛んだ。まさか血まで再現できるとは本物と見分けがつきそうにない。
とはいえ分身を吹き飛ばしたから後は本体に集中すればいいだけだとジニアに視線を向ける。するとジニアは飛んでいった分身の元まで駆け寄って手を握り、分身を自分の中に取り込んでから再び分身を作り出した。
再出現した分身のダメージは見事に治っている。どうやら1度本体に取り込めば完全復活するようだ。
「どうですゲオルグさん? 分身を攻撃する意味がなくなって絶望していますか? 貴方は決着がつくまでずっと1対2の戦いをしなければいけません。諦めてもいいですよ?」
ジニアの言う通り普通なら諦めたくなる戦況だ。だが、
再び拳を構えた俺は激しく地面を蹴り、ジニアに向かって走り出す。
「諦めの悪い勇者ですね。いいでしょう、分身と共に葬ってあげ……え?」
ジニアが驚きの声を漏らす。それは俺が分身には目もくれず全力で本体に殴りかかったからだ。当然、本体のジニアは防御態勢をとり、フリーになった分身は俺の側面や背後から打撃を繰り出している。
分身に顔を殴られ、横腹を蹴られ、痛みが蓄積していく……が、耐えられないことはない! 俺の考えは分身からの攻撃を全て受けながら本体に集中攻撃する作戦だった。
その考えに至った理由は初めて分身から顔に蹴りをもらった時のダメージだ。あの時、意識外から放たれて無防備だった俺の顔に渾身の蹴りが放たれた…………にも関わらず頭へのダメージはそれほどでもなかった。
このことから分身体の攻撃力は本体の半分程度だと推測できる。逆に言えば打撃をもらう覚悟で本体のみに集中すれば本体にダメージを与えつつ本体からの攻撃を捌くことにも専念できる。
結果的に俺の狙いは当たりだった。耐久力にものを言わせた俺の一点強行突破はジニアの顔をみるみる曇らせる。俺はガード態勢に入っている本体のジニアを何度も何度も殴りまくった。ガードしている腕そのものを破壊するつもりで何度も何度も。
「うぐっ! うぐっ! こ、この! 貴方は脳みそが筋肉なのですか!? ふ、ふざけるな! こんな戦い方が……」
「戦略的力押しと言ってほしいな。こっちも分身に殴られる対価を払ってお前を殴っているんだ」
敬語も抜けてきて限界が近くなってきたジニアはとうとう腕のダメージが限界に達したのかぶらりと両腕を下へと垂らす。チャンスと見た俺は右拳にありったけの力を込める。しかし、ジニアは手足のみに纏っていた石を全身に、しかも最初の頃よりも分厚い石で覆い始めた。
これが奴にとって最も硬い防御形態なのかもしれない。だが、どんな殻で覆われようが関係ない。ありったけの拳を叩き込むだけだ。未だに羽虫の如く攻撃してくる分身を完全無視した俺は呼吸を整えて腰を落とし大きく踏込み――――
「セイッッッ!」
体重を乗せた渾身の正拳突きをジニアの胸へと放つ。石という名の殻に包まれていたはずのジニアの体は俺の拳を中心に蜘蛛の巣状のヒビを広げ、前面の殻を全て弾け飛ばす。
「ぐええっっっ!」
潰れたカエルの方がよっぽどマシだと思える呻き声をあげてジニアはゴロゴロと地面を転がった。四散したジニアの殻は遅れて破片の雨を降らせる。
破片が全て落ち終わった直後、分身体は光の粒となって消えていった。なるほど、意識を失えば分身も消えるみたいだ。
「ふぅ~、なんとか勝ててよかったぜ。徹夜のあとに100匹討伐とジニアだもんな。流石にちょっと……疲れて……」
まずい……眩暈がする。なんとか倒れないようにしようと両足を広げて踏ん張ると俺の左右と後ろから誰かの手が伸びてきた。視界がぼやけているが誰かは分かる。エミーリアとワイヤーとログラーだ。
俺は3人の手を借りてゆっくりと地面に座らせてもらった。エミーリアは痣だらけとなった俺の体に手を当てて治癒魔術を発動する。
「かっこよかったですゲオルグさん。まさか聖剣を使わずに魔王の右腕を倒してしまうなんて」
「はは、ありがとな。と言っても俺は聖剣スキルを使えないし、紋章もあまり光らせられない。だから聖剣を持っていても良さを引き出せないんだけどな。これじゃあ聖剣勇者じゃなくて正拳勇者だな……なんつって」
「……脳にダメージが蓄積しているようですが他は元気そうですね。このあとはどうされますか? どこか近くの洞窟で安全に体力を回復させた方がいいと思いますが」
「ダジャレは脳のダメージじゃない……いや、まぁいい。体力回復も大事だが今はとりあえずジニアを拘束してくれ。それが終わったら俺を近くの丘に連れていってほしい。平原の戦況を確認したいからな。司令塔のジニアがいなくても他の魔物はグリーンベルへの攻撃を続けているかもしれない」
「分かりました。では私の馬の後ろに乗ってください」
ジニアの拘束をワイヤーとログラーに任せてエミーリアと共に近くの丘へとあがった俺はグリーンベル周辺を見渡す。
どうやらまだグリーンベルの東側で人々と魔物が戦っているようだが、ジニアが倒れたせいか半分以上の魔物が散り散りになって逃走しているように見える。
これはもう勝ったと言っていいだろう。俺がホッと胸をなでおろしているとエミーリアが突然血相を変えてグリーンベルの西側を指差した。
「み、見てくださいゲオルグさん! 東側の魔物と戦ってくれていたはずの西側の魔物が列になって町に入り込んでいます!」
「なんだって!?」
俺はエミーリアから双眼鏡を借りて改めて西側を凝視する。確かに魔物たちは列になって町に入っている様に見える。これはもしかしたら攻撃対象が東側の魔物から町の人間に移っただけなのかもしれない。
非常にマズい……。エミーリアと頷き合ってすぐに馬へ乗り込んだ俺たちは全速力でグリーンベル西側へと走り出す。
列になって町に入っているという奇妙な状況はジニアみたいな司令塔がいるのではないかと思えて不安になる。もしジニアと同じぐらい強い奴がいたら俺にはもう戦う力が残っていない。パウルが頼みの綱となるだろう。
嫌な汗を拭いながらグリーンベル西入口へ到着した俺は馬から降りて絶句することとなる。なんと大通り沿いにいるパウルが50匹以上の魔物に包囲されているのだ。
何故パウルだけが囲まれているんだ? しかも魔物たちが動き出さず見つめている理由も分からない。だが、これはきっと嵐の前の静けさだ。パウルも長い戦いで疲れているだろう。ここは俺が体に鞭を打って助け出さなければ。
「待っていろパウル! 今、助けてやるからな!」
――――待ってくれ! オッサン!
俺が走り出した直後、パウルから制止の声が発せられる。何故、助太刀を拒否されたのか分からず呆然としているとパウルは非常に大人しい魔物の群れを縫って俺のすぐ傍まで駆け寄り、聖剣バルムンクを天に掲げた。
今ここで聖剣を掲げる意味も分からない。困惑に困惑が重なった俺は堪らずパウルに尋ねる。
「なあ、パウル。この状況は一体何なんだ? 魔物はやたらと大人しいし、パウルは魔物を攻撃するなと言うし……意味が分からないぞ」
「びっくりせずにオイラの話を信じてくれオッサン。実は今、西側にいる大勢の魔物は悪い魔物じゃないんだ。オイラたちを襲わないと約束してくれた」
「約束? まさかここにいる魔物たちも人の言葉を話すのか?」
「人の言葉? 違うよ、彼らは人の言葉を話せないし、人の言葉も知らないよ」
「だったら味方かどうかなんて分からないじゃないか。単に襲ってこないから味方だと言っているのか?」
いまいち要領を得ないやりとりを続けているとパウルは聖剣の紋章を以前よりも少し大きく光らせてから言葉の真意を語り出す。
「ううん、そうじゃないぞ。オイラはその……覚醒させたんだ。魔物の言葉が理解できて話せるようになる聖剣スキル『ヘルメス』を」