「ううん、そうじゃないぞ。オイラはその……覚醒させたんだ。魔物の言葉が理解できて話せるようになる聖剣スキル『ヘルメス』を」
聖剣スキルを開花させたと宣言するパウルは意外にも落ち着いているようだ。パウルは優秀だからそう遠くないうちに紋章を全て光らせるだろうと思っていたが、まさか紋章を全て光らせるよりも先に聖剣スキルを会得するとは。
となると聖剣バルムンクは基本的にパウルが所持して戦闘の時にだけ返してもらうのが良さそうだ。魔物と会話ができて無駄な争いを減らせるならこれほど有用なスキルはないと思う。だが俺には1つ疑問があった。俺はなるべくパウルの気を悪くしないように言葉を選ぶ。
「おめでとうパウル! 俺は凄く嬉しいぞ。ただ、少し意外だったのがスキルの方向性だな。歴代勇者の聖剣スキルは戦闘に役立つようなスキルだったと歴史の授業で聞いたことがある。パウルは他の勇者とは違う活躍をする運命なのかもしれないな」
――――それはパウルの人間性が手繰り寄せた運命じゃと思うぞ、ゲオルグよ
周りの人々と魔物の間をぬって出てきたのは新しく仲間入りした医者エノール爺さんだった。エノールはパウルの肩をポンと叩くと歴代勇者について語り始める。
「一説によると聖剣スキルはスキル開花の資格を得た者が、その時に望んでいる能力を会得するとも言われている。斬撃が増えるスキル、瞬間移動ができるスキルなど、歴代勇者の大半が魔を滅する為の力を望んだのは確かじゃ。だが、例外もおる」
「例外? どんなスキルだ?」
「日照りが酷い時代の勇者は雨を降らせるスキルを得たことがある。流行り病が猛威を奮った時代は病を消し去れるスキルを得た勇者もいたそうだ。だからワシはこう思う。戦争を止めたい、無駄に魔物も殺したくない、と願ったパウルが聖剣スキル『ヘルメス』を会得したのだと」
「…………」
パウルは図星を突かれたからなのか恥ずかしいからなのか分からないが無言で俯いている。どうやら俺の勉強が足りなかっただけで非戦闘的なスキルも得ることがあるようだ。
「なるほど、勉強になったよエノールさん。じゃあ、数日続いたグリーンベルの戦いはこれで終わりだな。パウル、改めて聖剣スキルの詳細と俺がいなかった間のグリーンベルのことを教えてくれるか?」
「うん、分かった。始まりは3日前の夕方だったんだ。町の監視塔から望遠鏡で東を見つめると大勢の魔物がグリーンベルに向かっていたんだ。そこでオイラたちは――――」
パウルは時系列に沿って全てを話してくれた。話を要約すると、どうやら3日前の夕方にグリーンベルに攻め込まれたタイミングでは今日以上に魔物の数が多く劣勢だったようだ。パウルは自分が前線に立たなければと思い聖剣バルムンクを手に取ったらしい。
その時に必死になっていた影響なのかヘルメスを開花させたパウルは一旦西側の平原をうろついているゴブリンに話しかけて東側の魔物を止めて欲しいと協力を要請したらしい。
しかし、ゴブリン曰く東側の魔物は『パウルはおろかゴブリンでも会話が通じないし、凶暴だから説得は通用しない』と断言したそうだ。
パウルが頭を悩ませているとそのゴブリンは『ある条件』を飲めば共に戦ってやると言ってくれたらしくパウルは条件を飲んで共闘して今に至るとのことだ。
ある条件とやらが気になる。俺が「条件とはなんだ?」と尋ねるとパウルは俺たちの会話を傍観していた魔物の中の1匹であるゴブリンに近づいた。
そのゴブリンは普通のゴブリンより5割増しぐらいで大きくパウルより少し背が高い。しかし、腰が曲がっていて年老いており皮膚は一般的なゴブリンに多い緑色ではなく青い。そんなゴブリンの肩にパウルは手を置いた。
「この、お婆ちゃんゴブリンの『カリー』が条件を出してきた奴だ、オッサン。彼女が出した条件はシンプルで『人間には手を出さないし、
「そうか、よろしくなカリー。ところで
「あ、そっかオッサンはまだ教えてもらってなかったな。どうやら魔物は大きく分けて2種類存在するらしいんだ。1つが『食事や縄張り争い以外では滅多に他の生き物を攻撃せず、群れでも調和的な行動がとれる
「……それはブレイブ・トライアングルがひっくり返るような新情報だな。つまりカリーたちにとっても
俺の言葉を訳した後にカリーの返事を聞いたパウルが再び訳す。
「カリーはこう言ってるよ。これまで分かり合う手段の無かった人間と
「めちゃくちゃ賢くて理性的じゃないか……。馬鹿な貴族の代わって施政に関わって欲しいぐらいだ。カリーを
俺はパウルに言葉を訳してもらったあとに手を差し出して握手を求めた。ゴブリン族には握手で友好を深める文化は存在しないらしいが彼女はすぐに俺の気持ちを真摯に受け止めて握手を返してくれた。
一時は本気でグリーンベルの西側が壊滅させられるかと思ったけれど平和に終わってよかった。他の魔物たちもカリーの言う事を聞いて大人しくしてくれているからありがたい限りだ。
さて、一旦
ワイヤーとログラーがそろそろ気を失ったジニアを運んできてくれるかもしれない。俺は一旦仲間たちを連れてギルドに戻り、待機する事にした。
ギルドの中に入った俺は仲間たちにジニアの件について話しながらワイヤーたちの到着を待っていると隣の椅子に座ったエミーリアが俺に耳打ちをして提案する。
「少し心配な事があるのですが、このままジニアをパウルさんに会わせてもいいのでしょうか? ジニアが色々と話しているうちにルーナスが仇敵だと気付いてしまう可能性があると思いませんか?」
「あ! 確かにそうだな、うっかりしていた。駄目だな、全然頭が回らなくなってきた」
「徹夜と大移動と連戦があったのですから頭が働かなくても仕方ないですよ。私も今、気付いたばかりで対処法も思いついていないですし」
「ん~、確かにどう対処したものか……。そうだ! 村長に上手いこと誘導してもらえないか頼んでみるか」
俺が村長ヨゼフに耳打ちしてパウルの誘導を頼むとヨゼフは迫真の演技で
「そうじゃ! 周辺の村や町にはまだ聖剣スキル『ヘルメス』のことを連絡できていなかった。実際に見せるのが1番理解してもらえるだろうから今から行こうか、パウル!」
と言って自然にギルドからパウルを連れ去っていってくれた。
流石はヨゼフだ、これで心置きなくジニアに尋問ができる。この尋問は場合によっては暴力的になる可能性もあるから幼いパウルには極力見せない方がいいだろう。
パウルに対して普通に『外に行っていろ』と言っても駄々をこねていただろうしヨゼフがいて本当に助かった。
そんなことを考えている内にギルドの扉が開き、ワイヤーとログラーに運ばれたジニアが姿を現わした。ジニアは未だに気絶しているがガーゴイルの見た目が凶悪だからギルド内の人間たちはギョッとした目で見つめている。
俺は少し前にギルドの隣に増設した牢屋の中に椅子を置き、ジニアを座らせてロープで縛りつけた。本当はグリーンベル内で悪い事をした人間を捕まえる為に作った牢なのだが最初に入ったのが魔物になるなんて皮肉な話だ。
俺たちがジニアを囲んで起きるのを待ち続けること1時間――――呻き声をあげながらゆっくりと頭を起こしたジニアは光の少ない目を俺に向けて動かない手足を認識すると弱々しく擦れた声で呟く。
「僕は……そうか、貴方に負けて捕まったのですね勇者ゲオルグ」
「ああ、理解が早くて助かるよ。これからジニアには色々と質問に答えてもらう。嘘をついたり誤魔化したりするなよ?」