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第26話 尋問




「ああ、理解が早くて助かるよ。これからジニアには色々と質問に答えてもらう。嘘をついたり誤魔化したりするなよ?」


 俺が命令するとジニアは結ばれている手足部分以外を石像化した後、強がっているのか鼻で笑いはじめる。


「フッ、どうでしょうね? 僕は僕なりに返答させてもらうつもりですが」


「……強がりたいのなら石像化は失敗だったな。どうせ目の動きや表情から推測されたくなくて覆ったのだろう?」



「…………」


「まぁいい、最初の質問だ。魔王ルーナスには目的があると言っていたな? それはなんだ?」


「フフ、右腕である僕は魔王様の目的を部分的に知っていますが教えるつもりはありません」


 まぁ、ルーナスに惚れこんでいるジニアならこう言うだろうと思っていたから問題ない。直接的に教えてもらえないなら迂回した質問で情報を探っていくとしよう。


「なら少し質問を変えよう。お前たちが戦争を仕掛けた理由はなんだ?」


「戦争を仕掛けた理由? そんなものはいつの時代のどんな場所でも同じでしょう。奪う為ですよ」


「奪う? 人間を奴隷にでもしたいのか? それとも資源や食糧や領地そのものが欲しいのか?」


「どれも魅力的だとは思いますが1番は領地……つまりブレイブ・トライアングルの大地そのものが欲しいと思っています。魔王様はどうか分かりませんがね。少なくとも僕や他の魔物たちは望んでいます。オルクス・シージは魔物たちにとって狭いのです。内側にも外側にもね」


 ブレイブ・トライアングルとオルクス・シージは二重丸で言えば前者が内円、後者が外円の関係性のはずだ。より正確に言えばブレイブ・トライアングルの南側は一部海に繋がっている箇所はあるけれど基本的には超広大なオルクス・シージに包囲されているという認識だったのだが…………違うのだろうか?


「ちょっと待て。オルクス・シージが狭い訳ないだろう? 先代勇者の中にはオルクス・シージの深さを調べていた者もいた。彼らは結局最奥まで辿り着けなかったし、その時点で少なくともオルクス・シージの広さがブレイブ・トライアングルの5倍はあると推測していたぞ?」


「ほう、たかが人間の割によく調査できていますね。大体合っていますよ。ですが、魔物というのは数も種類も多く、食べる物もバラバラなのです。豊かな大地はいくらでもほしいものです」


「正解と言ってもらえたのは後輩勇者として嬉しいが、それならなおさら面積の狭い内側の俺たちと戦争なんかしないで外側に手を伸ばせばいいんじゃないか? もしかしてオルクス・シージの外側にはもっと手強い敵がいるのか?」


「敵……ならばまだ楽だったでしょうね。オルクス・シージの外側には敵も味方もいません。あるのは多種多様な死の大地です」


「死の大地だと?」


「ええ、あるところは延々と砂漠が続き、またあるところはマグマと雷が激しい山岳地帯が広がっています。オルクス・シージの外側……東西南北どこに行っても生き物の過ごせる場所ではありません。三重丸の外縁は夢も希望もないのです。これで分かったでしょう? 僕たちが人間の領土を欲しがる理由が」


 これは小さい子供なんかには絶対話したくない残酷な現実だ。大人の俺ですら結構ショックなのだから。だが、捉えようによっては死の大地である三重丸の更に外側に行く方法さえ確立できればブレイブ・トライアングルとそう変わらない人間の暮らす大地が見つかる気もする。


 それに今はカリーを初めとした聡魔そうまと話し合うこともできる。砂漠や火山地帯がどれだけ広いかは分からないがオルクス・シージの中に人間と聡魔そうまが協力しあう拠点を置くことができれば、いつかは死の大地を越えられそうな気がする。


 お世辞にも良い奴とは言えないジニアに提案しても無駄な気もするが一応言っておこう。


「それならば人語を話すジニアと聡魔そうま、そして人間が協力し合って死の大地を超える方法を模索し合ってはどうだ? まだ詳しくは言えないが俺たちは聡魔そうまだけならある程度コミュニケーションをとる手段を手に入れた。長き歴史を見ても魔物側がブレイブ・トライアングルから大きく領土を奪ったことはないんだ。奪い合いではなく協力こそが最善じゃないか?」


「ほう、聡魔そうま狂魔きょうまの区分を知っていましたか。平和を愛する勇者らしい提案ですが、お断りします。人間と手を組むくらいなら今日のように狂魔きょうまを操って人間や聡魔そうまと戦います。僕も魔王様も基本的には人間が嫌いですから。人間が害虫を嫌うのと同じようにね」


 ジニアたちの価値観がまだ分かっていない以上、俺たち人間が害虫扱いされる理由も分からない。まぁ、この点は追々詰めていけばいいだろう。それより今、気になるのが『狂魔きょうまを操る』という言葉だ。


 平原で戦った時もそうだがジニアはある程度狂魔きょうまたちを操っていた。見境なく攻撃・捕食するはずの狂魔きょうまがジニアの指示を理解できるとも思えない。詳細を聞いておかねば。


「どうしてジニアは乱暴で知恵も無い狂魔きょうまたちを操れるんだ?」


「そんなこと簡単ですよ。狂魔きょうまには知恵も理性もありませんが感情はあります。つまり恐怖を与えてやればいいのです。西に走らなければ死ぬぞ、人間と戦わなければ死ぬぞ、っといった具合にね」


「……お前の下衆具合がよく分かった。次の質問に移るぞ」


「やだなぁ、もっと僕の加虐性を語らせてください。正直、僕は狂魔きょうまを痛ぶるより人間を痛ぶる方が好きなのですよ」


「……もういい、黙れ……」


「人間は魔物と違って死が迫ると命乞いの言葉を並べるでしょう? 表情や命乞いにはパターンが多くて楽しいのです。以前、とある家を襲った時は親子3代が暮らしていましてね。祖父母が『子や孫は殺さないでくれ!』と言ってきたので僕は孫から順番に殺していき――――」


「黙れっつてんだろうがッッ!」


 こいつの下衆さが、汚い言葉が、表情が許せない。気が付けば俺は怒声をあげてジニアの腹を再び殴っていた。石で覆われている口からは血を吐き出す音がびちゃびちゃと聞こえ、俺が殴ってヒビをいれた腹部の石から時間差で血が漏れている。


「うぐぅぅっ! き、貴様ァァ! また僕を殴ったな……」


「もう1回殴られたいようだったからな。まぁ1回で済ませるつもりはないがな」


 俺はジニアがギリギリ気絶しない威力で繰り返し腹を殴り続けた。最も苦痛を与える威力を本能的に選んでいたのだと思う。それでもジニアの声はまだ恐怖には染まっていなかった。


「ふ、ふふふ、な、何発殴っても同じですよ。僕は生き方を変えるつもりはありませんし、これ以上……ハァハァ……情報を漏らすつもりもありません」


「俺から見たジニアはそこまで芯のある奴には見えないけどな。その言葉が本当か1つ試してやるか。エミーリア、エノールさん、ジニアの体を少し回復してやってくれ」


 俺のお願いを困惑しながら了承した2人はジニアから少し離れた位置で回復魔術をかけ始めた。回復魔術も補助・妨害魔術も距離が離れるほど効率が落ちるから本当は体に触れて放つのがベストなのだが、ジニアにはまだ隠された危険性があるかもしれない。これくらいの距離が無難だろう。


 少し体の傷を回復させたジニアに目線の高さを合わした俺は淡々と次の行動を告げる。


「ダメージを負った体を殴り続けたら、そのうち気絶してしまうだろ? だから俺は考えた。攻撃と回復を繰り返していけば、お前の口も軽くなるんじゃないかってな」


「くっ……これじゃあどちらが魔物なのか分かりませんね。勇者ゲオルグの心も中々壊れているようだ。ですが、そんな脅し無駄ですよ。僕は死も苦痛も恐れていませんから」


「そうか、なら時間の無駄だ、殺した方がいいな」


 俺は地属性の魔力を練って石の剣を作り上げるとエミーリアたちが制止の声をあげる前に剣をジニアの首へ振り下ろし――――


「ヒィィ!」


 情けないジニアの悲鳴が聞こえた瞬間に手を止めた。ジニアは石像化で目や表情こそ分からないものの全身が恐怖で震えている。


「やっぱりな。何発殴っても無駄だとか、死を恐れていないとか、全部嘘っぱちだったな。これでジニアの言葉は軽いと証明された。明日以降も全てを話したくなるよう色々とさせてもらうつもりだ。拷問前に暴露しても、拷問後に暴露してもルーナスを裏切った事には変わりない。だから早めに喋ることをオススメする」


「…………」


「だんまりか、まぁいい。エミーリア、エノールさん、こいつには定期的に毒薬と麻痺薬を飲ませておいてくれ。鉄柵を壊す体力を与えないようにしなければいけないからな。俺は少し外で休んでくるよ、流石にちょっと疲れた」


 心配そうに見つめる2人を尻目に俺は牢屋を出てギルド横の池でボーっとしていた。外はまだ昼で夕方にすらなっておらず本来なら心地いいはずの日光も鬱陶しく感じる。


 色々なことが連続で起きて疲れたのもそうだが、それ以上にジニアへの尋問が心をすり減らしたのだと思う。


 情報を引き出さなければいけない使命感、ジニアへの怒り、一方的に殴ることへの罪悪感、明日以降も続くのかと考えたら気が滅入ってくる。


 そんなことを考えていると池の水面に誰かの影が映り込み、後ろを振り返ると立っていたのはエミーリアだった。エミーリアは俺の顔を凝視した後、眉尻を下げる。


「大丈夫……じゃなさそうですね。お疲れさまでした、ゲオルグさん。よかったら少しだけ2人で話しませんか?」





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