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第71話 家族の形(パウル視点)




 オイラたちがゴレガードでの戦いを終えてから29日――――自宅兼洞窟の上側に位置する丘でオイラとゲオルグのオッサンは胡坐あぐらをかき、瞑想していた。理由は最終決戦前に心身の状態を整える為だ。


 ルーナスは10日前にオッサン宛に手紙を送り、決戦の日時を明日の正午に指定してきた。


 奴らが約束を必ず守る保証はないけれど領土を沢山奪われたオイラたち人類は魔王を倒す日までグリーンベル周辺に身を寄せ合って戦いに備える事しかできない。だからルーナスの日時指定を信じて戦うしかない。


 だけど不思議とルーナスたちは約束を守ると確信がもてる。それはゴレガードにてルーナス、クレマンの口から直接言葉を聞けたからというのもあるだろうけど、オッサンが「絶対に奴らは約束を守る」と断言したからだ。だからオイラも100%信じることができる。


「パウル、そろそろ行こう。みんなが待ってる」


 オッサンの言葉を受けて目を開いたオイラは立ち上がり、崖に寄って町を見下ろす。ギルドの近くにある広場には町民、難民、兵士たちが大勢集まっている。夕方5時から始まる決戦前の決起集会を見るためだ。


「オイラたちの町とは思えないぐらい人が集まってるな。いよいよ最後の戦いが始まる実感が湧いてきたよ。心と体の準備はできてるか、オッサン?」


「ああ、問題ない。パウルとの会話や修行で掴めたものだってあるしな」


 オッサンは満足気に笑みを浮かべているけれど正直オイラは心配だ。結局、オッサンの口から聖剣スキルを会得できたとは聞いていないしオイラの修行も完璧とは言い難い。


 ジャス兄のような完璧な勇者になりたいけれど背中は遠いし、ゴレガードで抵抗できなかったクレマンの技も未知数だ。それでも時間は残っていないし、決起集会にも顔を出さない訳にはいかない。行くとしよう。


 ギルド近くの広場まで下りていったオイラたちは広場の野外舞台の脇にある小屋へと足を踏み入れる。そこには3国の偉い人達が集まっていて、彼らをまとめていたのはヨゼフ爺ちゃんだった。


 ヨゼフ爺ちゃんはオッサンに駆け寄ると決起集会の段取りを話してくれた。


「――――という訳で3国の代表と勇者代表のゲオルグ様が挨拶して頂く流れになります。ゲオルグ様は最後にバシッと締めてくださいね」


「……いや、ちょっと待ってくれ。俺が最初に挨拶させてくれ」


「ど、どうしてですか? 戦争の主軸は間違いなくゲオルグ様です。象徴とも言える勇者の貴方こそトリを飾るに相応しいと思いますが……」


「魔王と戦うのは俺とパウルだ。だけど『勇者がいたから何とかなった』と歴史書に刻ませたくはないんだ。この戦いの主役はあくまで3国であり、歴史上最も強く手を結んだ瞬間であると後世に残したい。だから最後の締めは難民を受け入れたグリーンベル代表のヨゼフに任せたい」


 オッサンが想いを語るとヨゼフ爺ちゃんは一瞬目を見開いた後、吹き出すように笑う。


「ハハハ、そういえばゲオルグ様と出会った時の事を思い出しますよ。あの日も貴方は大きな家ではなく洞窟に住むと言ってくれましたね。聖剣を狙う輩が現れた場合、町人に迷惑がかかるかもしれないと。歴史上、貴方ほど民衆の未来を考えてくれる勇者はいなかったのではないかと思いますよ」


「……買い被りだよ。それより締めはヨゼフに頼んでいいか?」


「分かりました、それでは私が最後の挨拶を担当しましょう。ですが私の心の中ではゲオルグ様こそ英雄です。それだけ覚えておいてくださいね」


「ああ、ありがとな」


 固い握手を交わすと早速オッサンは小屋を出て広場の壇上に移動し、ヨゼフ爺ちゃんたちも舞台の上へと移動する。オイラは舞台横の少し離れた位置から挨拶を聞く事にした。


 オッサンは集まってくれた民衆に礼を伝え、戦争の主役は君たちだと強調した後、顔と手を横に向ける。


「みんな話を聞いてくれてありがとう。俺の挨拶はそろそろ終わって次に譲ろうと思う。今、壇上にいる彼らは窮地の中、難民をまとめあげた立派な為政者だ。彼らがこれから語る想いを深く胸に刻み、支えてほしいと思う」


 オッサンが一礼してから宣誓台を離れると意外な展開が訪れた。なんとゴレガードの騎士団長を務める白髪で初老の男性、そしてマナ・カルドロンで国衛兵代表をしながら元首代行を務める渋いおじさんが同時に宣誓台に立ったのだ。


 彼らは目を合わせて頷き合うと『2人同時に挨拶と詫びをさせてほしい』と不思議なお願いをしてみせた。そして、2人は驚くことにゲオルグのオッサンとクレマンの過去を語り始めた。


 事前に話を通していたのかオッサンは全く驚いていないようだけど、町民はボルトム王がオッサンの母ちゃんリーサさんとジャス兄を見殺しにしたこと、黒陽こくようたち暗殺者を使っていた事、エミ姉の母グロリアがクレマンの失態を被り、更には2国間の政治的事情に巻き込まれて廃人状態になったことなど、エミ姉がグロリアの娘であることだけは伏せたうえで全てを包み隠さず話してみせたのだ。


 2国が魔王軍に占拠されて以降、貴族は沢山殺されていて生きている貴族もまともに機能していないのが現状だ。だから騎士団長と国衛兵代表がトップを代行している状況な訳だけど、それでも自国の評価を下げるような事実を暴露するのは異常だ。


 一体何を考えているんだ? と固唾を飲んで見守っているとマナ・カルドロン国衛兵代表の方から交互に思いを語り出す。


「腐ったマナ・カルドロン前元首を止められなかった罪は重い。当然罪は貴族に仕えていて国衛兵に所属する私たちにもある、そして――――」


「クレマン王子の抱える闇に気付けず……ボルトム王からジャス王子を守れず……グロリアは今もなお心の傷から立ち直れていない。これらもまた私たちの罪だ。だから――――」


「我々は罪を償ってみせる。そして新しいブレイブ・トライアングルを作らせて欲しい」


「命を懸けて民を守る。だから貴方たちは絶対に生き残って罪を償わせてほしい。それが罪深き我々の願いだ!」


 2人が頭を下げると呼吸音すら聞こえてきそうな深い沈黙が広場を支配する。多くの人間いるのにこれだけ静かだということは民衆にとって相当ショッキングな内容だったのか、それとも騎士団長たちの想いが届かず王や元首の行いが許せなかったということなのかな?




 重苦しい空気が続く中、沈黙を打ち破ったのは――――パチパチパチと響く、誰が発したのかも分からない1人分の拍手だった。その拍手を皮切りに拍手の波紋は広がっていき、やがて歓声と応援に変わる。



――――よく言えたもんだ、偉いじゃねぇか!



――――騎士団長たちは悪くないわ!



――――平民のワシらで新しい時代を作っていくのじゃ!



 思い思いの言葉を受けた騎士団長と国衛兵代表は申し訳なさと感謝が入り混じる笑顔を浮かべて深々と頭を下げてから宣誓台を離れた。オイラに難しい事は分からないけれど、何となく今の出来事が人々の未来に影響していきそうな気がする。そう思わせるパワーが広場にはあった。


 色々な挨拶があったけど、あとはヨゼフ爺ちゃんの挨拶で締めだ。オイラがヨゼフ爺ちゃんに視線を向けると横には何故かエミ姉が立っていて相談をしているみたいだ。


 一体何を話しているかと気にかけていると驚くことにエミ姉が宣誓台の前へと移動していた。医者とはいえ有名なエミ姉が出てきたことで民衆は『衛生兵への連絡とかがあるのかな?』などと騒めいている。するとエミ姉は口を開くよりも先に深々と頭を下げ、動揺する民衆を前に壇上にあがった理由を話し始める。


「みなさん、少しだけ私に時間をください、そして謝らせてください。私は大きな罪を犯しました……。クレマンさんが闇に染まるほど傷つけてしまったのです」


 エミ姉は騎士団長たちが敢えて伏せていたグロリアとの親子関係、そして失敗に終わったクレマンに対する復讐を全て明らかにしてしまったのだ。民衆は再び言葉を失っている……だけど、エミ姉は気丈に前を向き、言葉を続ける。


「クレマンさんの罪悪感を刺激した私こそが1番罪深いのかもしれません。クレマンさんを慕っている者の中には私に対して自害を望む者もいるかもしれません。ですが私は死にません。パウルさんと母を治す約束をしましたから……そして私はグリーンベルの医者ですから……死ぬとしても戦って死ぬつもりです」


 泣きそうだけど迷いの無い力強い声が響き渡る。オッサンも真剣にエミ姉を見つめている。そしてエミ姉は再び深く頭を下げる。今度は謝罪ではなく懇願の意味で。


「我儘な私から皆さんへお願いがあります。どうか戦争に勝ってください。そしてクレマンさんを『生きたまま』取り戻し、ゲオルグさんの笑顔も取り戻してください。ゲオルグさんにとって1番の望みは親友でもあり兄弟でもあるクレマンさんを元に戻すことなんです。そしてゲオルグさんの望みを叶えることこそが私の1番の望みなんです。だって私は――――」


 少し息を吸い込み、瞼を数秒閉じたエミ姉の頬に一筋の涙が流れる。その雫が宣誓台に落ちると同時に瞼を開いたエミ姉は……



「私はゲオルグさんのことが好きですから」



――――溢れる想いを打ち明けた。あまりの衝撃で口を開けたまま硬直するオッサンに対し、エミ姉は瞳を潤ませたまま花のような笑顔をオッサンに向ける。


「この前の返事と罪の告白が一緒になってごめんなさい。本当は懺悔と決意表明だけにしておくつもりだったのですが今、この瞬間に溢れてしまった気持ちが抑えられませんでした。ですが、これが私の本心と覚悟です。受け取ってくれますか、ゲオルグさん?」


 オイラと観衆の視線がオッサンに集中する。オッサンは顔を紅くしながらもエミ姉に負けないぐらい晴れやかな笑顔で


「ああ、喜んで」


 両想いであることを証明する。


 いきなりの恋模様に困惑した観衆もすぐにお祝いムードとなり、沢山の祝いと茶化しの言葉が飛び交っている。皆から背中を押されて無理やり壇上にあげられたオッサンはエミ姉の横に立たされて恥ずかしそうに顎を掻いている。


 観衆はオッサンに対して「何か一言くれよ!」と囃し立て、気持ちが昂ったオッサンは聖剣を頭上に掲げる。


「俺はブレイブ・トライアングルと愛するエミーリアを守りたい。だから改めて言わせてくれ。みんな、力を貸してくれ!」



――――ワアアアアァァァァァッッッ!!!



 鳥も逃げ出す地鳴りのような歓声と拍手が広場に響き渡る。あまりの大祝福ムードのせいで、この後ヨゼフ爺ちゃんが語った挨拶の内容は正直ほとんど覚えていない。


 最終決戦前としては最高に士気を上げた状態で決起集会は終わり、人々はグリーンベルを含む周辺の家や宿泊施設へと戻っていった。


 広場には片づけをしている人たちが残っており、オッサンとエミ姉は仲睦まじく話をしている。みんなのボルテージは最高潮だし、オッサンとエミ姉は幸せそうだ。


 オイラにとってはこれ以上ないほどに望んでいた景色――――のはずだ。なのにオイラは何故か心の底からは笑えていなかった。


 オイラは2人がくっつくことをずっと望んでいたはずだ、なのに今は寂しいような、心にぽっかり穴が空いたような感じだ。自分で自分の心が分からないまま立ち尽くしていると心配そうな顔をしたオッサンがエミ姉を連れて駆け寄ってきた。


「どうしたパウル? 浮かない顔をしているが……」


「……それが自分でもよく分からないんだ。恋人同士になった2人が将来家族になった時のことを想像したら嬉しいのと同時に寂しくなってくるんだ。オイラはどこにいればいいんだろう……って」


「何言ってんだよ、パウルは俺の仲間であり町の仲間だ。その事実に変わりないんだぞ?」


「うん、理屈では分かってるんだ。それにオイラだっていつか愛する人ができて家族を作るのかもしれない。だけど、それがいつかは分からない。なぁオッサン聞かせてくれ。オイラはオッサンの家族じゃないけどオッサンにとって弟みたいなもんだよな?」


「そんなの当たり前じゃないか。あっ、パウル、お前もしかして……」


 オッサンは何かを言いかけて言葉を止める。同時にオイラも自分の心が少し分かってきた気がする。きっとオイラはオッサンとエミ姉の輪から離れていく気がして怖いのだと思う。


 オッサンとはずっと洞窟で暮らしてきて寝食を共にしてきた。ジャス兄よりもずっと長い時間を過ごしてきた。オイラにとってはかけがえのない宝物のような時間だ。でも、オッサンが家庭を持てばきっと今の生活は終わる。100%オイラの我儘だって分かってるけど寂しいんだ。


 いや、駄目だ、寂しくても2人を笑顔で送り出さなきゃ。それが仲間としての使命だ。オイラは心の中で踏ん張り、顔を上げて笑顔を作る。


 だけど、オイラの覚悟とは裏腹にオッサンは「無理して笑うな」と呟き、オイラの肩に手を置いた。そして――――


「ヨシ! 今、決めたぞ。いつか俺とエミーリアが結婚したら、その時はパウルを含めて本物の3人家族になろう。3人全員が同じ『家名』を名乗る家族にな」


「え? 同じ家名? どういうことだオッサン?」


 オッサンの言葉にオイラだけじゃなくてエミ姉もびっくりしている。そんなオイラたちを尻目にオッサンは楽しげに未来を語る。


「俺もパウルも貴族ではないし高名な家柄でもない平民だ。だから他の平民と同じように家名は持っていない。だがエミーリアにはスペルビアって家名がある。公的な言い方をすれば俺がエミーリアの婿養子になって、パウルが俺とエミーリアの養子になるわけだ。子供にしてはちょっとデカいけどな、ハハハ」


 オイラに正式な家族ができて同じ家名を名乗り、堂々と家族であると言えるのなら、これほど嬉しい事はない。オッサンの気持ちは凄く嬉しい。だけど、エミ姉を放置して決めていい話ではない。


「ほ、本気で言ってるのかオッサン? そりゃオイラにとっては嬉しい話だけどエミ姉を置き去りにして話を進めちゃったら――――」


「いいですね! なりましょう3人家族に! って、これだとプロポーズみたいなものですよね……。急に恥ずかしくなってきました、恋人関係になったばかりなのに」


 急に冷静になったエミ姉が顔を真っ赤にして、オッサンも恥ずかしそうに後頭部を掻いている。凄い勢いで重大なことが決まってしまった気がするけど、今日がオイラの人生で1番幸せな日かもしれない。


「本当にいいのかオッサン? オイラが家族になっても……本当に?」


「ああ、堂々と名乗れ。オイラの名前はパウル・スペルビアだってな」


 目の奥が熱い……だけど恥ずかしいから泣きたくない。オイラが心底幸せで、誰よりも家族を求めていたことがバレてしまうから。だからいつものように冗談を言って誤魔化そう。


「じゃあ今日からオッサンのことはパパって呼ぶか。それとも可愛らしくパピーって呼ぼうか?」


「何がパパだよ! 何がパピーだよ! 俺はまだピチピチの29歳だぞ? いや、でも肩書上は確かにそう呼ばれてもおかしくないな。いや、でも……」


「じゃあ間をとってゲオ兄にしといてやるよ。へへ、エミ姉・ジャス兄とお揃いだ」


「フッ、悪くないな」


 気が付けば軽口を言い合ういつもの形となり、オイラたちの最終決戦前日は夕陽と共に沈んでいく。今までのオイラたちに幕を下ろし、新しい形となったオイラたちを朝日で照らす為に。





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