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第72話 おぞましい姿




 決起集会から一夜明け、決戦当日を迎えた俺とパウルは洞窟を出て町の監視塔に向かう。監視塔の1番上から町を見下ろすと東西南北の入口全て3国の戦士たちによる防備が敷かれている。


 パウルから「準備はいいかゲオ兄?」と呼びかけられた俺は頷きを返し、自身の胸ポケットに手を入れる。そしてリーサ母さんが残してくれた懐中時計を取り出し、中の絵を見つめる。


 俺、リーサ母さん、クレマン、そしてクレマンの母クレアを合わせた2組の親子が並ぶ未来はもう見られない。だが、クレマンとだけはまだ横に並ぶことができる。


「絶対に救い出して、ロケットペンダントを渡してやるからなクレマン」


 静かに誓った俺は時計の針に視線を移す。時刻は正午1分前だ。町の外の平原に目を向けると東西南北から魔物の群れが近づいているのが発見できた。どうやらルーナスは時間ピッタリに約束を守ったようだ。俺は監視塔に備え付けられている鐘を鳴らして大声で呼びかける。


「魔物が来たぞ、開戦だ! 4方向全てに1万の戦士を配置する陣形を維持したまま各自隣接部隊と連携をとって魔物の数を減らすんだ。お前たちならやれる、頼んだぞ!」



――――オオオオォォォ!



 歓声をあげた戦士たちは各々魔物の討伐を開始する。ざっと見た感じだと魔物の数は想定より3割程度少ないようだ。魔物たちがマナ・カルドロンとゴレガードを攻めた際に意外と損害を出していたのだろうか? それとも後から追加で戦力を投入してくるのだろうか? どちらにしても油断は禁物だ。


 それに気になる点はもう1つある。それは北側の魔物群だ。他3方向と比べて倍近く魔物が多く、しかも北に行くほど霧がかかっているのか視界が悪い。昨日は雨が降っていないし、元々グリーンベルの周辺は霧が出にくい地域なのに霧が出るなんて妙だ。


 もしかしたら何か手を打ってきているのかもしれない。霧の中へ更に多くの魔物群を潜めていたら北側から一気にグリーンベルを崩されたり、北方向にある他の町を潰される可能性がある。ここは罠覚悟で戦力を多めに投入した方がいいだろう。


「中央待機中のグリーンベル戦士よ、聞いてくれ。今から北軍へ加勢に行く。各自、魔物と霧に注意しながら進んでくれ!」


 指示を出した俺はパウルと共に監視塔を降りて馬に乗り、町民たちと共に北平原へと走る。平原に出てから15分ほど経った頃、魔物を蹴散らしながら霧の濃い地点に近づくと俺たちの耳に異常に大きな蒸気音が飛び込んできた。


 しかも、蒸気音はケトルを熱した時のような均一的な音ではない。時折り、グチュグチュ、と粘り気のある気持ちの悪い音が聞こえてくる。この音が霧の発生源なのだろうか?


 聖剣を握ったまま恐る恐る霧に近づいていく。すると霧の向こうからローブを目深に被った謎の男2人が姿を現わした。その2人はブカブカしたローブからでも分かるぐらいに腕が太い……というより盛り上がっていて、滲み出ている魔力もどこか冷たく禍々しい。


 聖剣の先を向けた俺が「何者だ、お前ら!」と尋ねると左手側に立っている男が1歩前に出る。そして聞き覚えのある声で名乗る。


「誰だ……なんて寂しいことを言いますね。僕です、ジニアですよ」


「そうか、ジニアだったか。フォルムも魔力も随分と違う気がするが、まぁいい。それより俺の質問に答えろ。ルーナスとクレマンはこの場にいないのか?」


「それに関してはルーナス様から伝言を預かっていましてね『勇者たちを殺すにしても殺されるにしても最後に私たちとゲオルグたちが戦った方が勇者と魔王の歴史として綺麗だと思うんだ。だから、最後に戦わせてもらうよ』……だそうです」


「そうか、好きにしろ。どっちみち俺たちは魔物を全部倒し、クレマンを救い出す。それだけだ。さっさとかかってこいよ、前座」


「相変わらず煽りが上手くて感心しますね。それじゃあ早速戦いを始めましょう……と言いたいところですが、まだ話は終わっていません。実は見せたいものがあるのです。その為に僕たちはわざわざ霧で周囲を覆いました。プレゼントの箱を開けるように貴方たちには間近で見て驚いて欲しいですからね」


「どういう意味だ?」


「すぐに分かりますよ。さあ、2号よ、霧を腫らしなさい」


 2号という奇妙な名で呼ばれた、もう1人のローブの男は手に強烈な風魔力の球体を練り出すと霧の濃いポイントに向かって放出してみせた。すると球体を中心に霧が爆発したかの如く散っていき……



――――ギェェィィィッッ!



 中から現れたのは30階の建物に匹敵する馬鹿げたサイズのイカの形をした魔物だった。目の前の化け物は高さに比例して触手も横幅も大きく、全身紫色で禍々しい。殺意の宿る血走った目は命令さえもらえば即座に破壊行動を始めかねないと確信が持てる。


 大きな蒸気音と霧の正体も奴が放つ呼気だと分かり、スケールの違いに震えがくる。


 だが、1番恐ろしいのは奴の肉体を構成するパーツだ。いや、パーツと言ってしまうのもはばかられる……何故なら奴の頭から触手まで至るところに多種多様な魔物と『人間』が埋め込まれているからだ。


 恐らく合成獣キメラのベースは超巨大なイカ型の魔物だったのだろう。そいつに色々な魔物と人間を結合して強化、増量している形なのだと思う。


 ゴレガード南湖で初めて合成獣キメラを見た時は結合する魔物の種類は統一されていたはずだ。きっとルーナスは異なる種族を結合させる合成獣キメラを完成させたということのだろう。


 複数種族を混ぜられるようになったが故に思いついたルーナスなりの精神攻撃なのか合成獣キメラに埋め込まれている人間のほとんどが行方不明扱いになっていた者で誰もが1度は見たことがある貴族達だ。


 中にはマナ・カルドロンの前元首や以前、勇者会議で俺に圧力をかけた挙句、エノールさんにコテンパンにされたゴレガード貴族キーバットの姿が見える。


 埋め込まれている人間全員が半死半生の苦しげな顔をしていて嫌な貴族といえども直視は辛いのが正直なところだ。もし、貴族を結合させると決めたのがクレマンだとしたらアイツの心は取り返しがつかないレベルまで壊れているのかもしれない……。


 グリーンベルの仲間たち全員が、あまりのおぞましさに唇を噛みしめているとフードを捲って素顔だけを見せたジニアが待ってましたと言わんばかりに合成獣キメラのことを語り始める。


「どうです? ルーナス様の血液と技術を媒介に合成した怪物テンタクルスは。実に醜悪で迫力があるでしょう? こいつは前進しかできない知能の欠けた合成獣キメラでして凄まじく燃費が悪い……もとい大食いなのです。ですが、なんら問題ありません。今日だけ戦えればいいのですから」


 つまり先の無い設計をされた個体というわけだ。命を何とも思っていないルーナスらしい発想だ。きっと魔物群の数が予想より少なかったのも沢山の魔物がテンタクルスの餌や部品にされてきたからなのだろう。多くの魔物を犠牲にしてテンタクルスを用意した狙いは恐らく……


「テンタクルスでグリーンベルそのものを破壊するつもりだな?」


「流石は勇者ゲオルグ、よくお分かりですね。グリーンベルは今や人類にとって精神的支柱、壊す価値が高い町ですから。テンタクルスの前進による破壊は津波のごとく強力で妨害を寄せ付けません。死にたくなければ道を開けることですね」


「そんな脅しを聞き入れるわけないだろう。早速俺が止めに行ってやる!」


 聖剣を強く握った俺は足先をテンタクルスに向ける。しかし、瞬時に俺の前へと回り込んだジニアは両手を広げて制止する。


「行かせませんよ? 勇者2人には僕と2号の相手をしてもらう予定ですから。さあ、始めましょうか、僕たちの戦いを……そしてテンタクルスの進撃を!」


 ジニアが声を張り上げてから右手を掲げるとテンタクルスは大咆哮をあげてグリーンベルに向かって進み始めた。その歩みはかなり遅いものの進行方向の大地を削り、岩を砕き、樹を踏み折りながら進んでいる。


 情けない話だが現状、止め方が全く分からない。それでも不思議と不安はない。この戦争には大勢の仲間がいるからだ。


 俺が後ろを振り向くとグリーンベルの町民を中心とした多くの仲間が勝ちを信じた顔をしている。そして、馬に乗ったまま俺の近くに寄ってきたローゲン爺ちゃんは力強く頷く。


「テンタクルスはワシらに任せてゲオルグとパウルはジニアたちをブッ飛ばしてこい。巨大な化け物を町民だけの力で倒す……これほど派手でやりがいのある仕事は無いからのぅ。そうじゃろう、お前たち!」



――――オオォォォ!



 爺ちゃんの呼びかけに反応した町民たちが雄叫びをあげて武器を掲げる。本当に逞しい仲間たちだ。大船に乗ったつもりで俺はジニアたちの相手をするとしよう。任せたぞ、お前たち。





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