さて、かわいい孫に大見得を切ったもののテンタクルスをどう止めたものか。
ゴレガードでの傷が癒えておればワシが大暴れしてテンタクルスの
一方、テンタクルスの動きは絶好調じゃ。移動速度こそ小走り程度で遅いものの進行方向にある岩や木を全て触手で吹き飛ばしながら進んでおる。あんな奴が町に入ったらグリーンベルの家屋や畑が全て壊されてしまうじゃろう。ここはひとまず距離を保ちつつ遠距離攻撃がベターだろう。
「皆の者、弓と魔術の射程ギリギリを維持しながら攻撃を始めるのじゃ!」
ワシの指示に従いテンタクルスの体へ矢と魔術の雨が降り注ぐ。戦士たちの放つ遠距離攻撃は1発1発が確実にテンタクルスの肉体を削っている……だが、いくらチマチマと肉片を散らしたとてテンタクルスの移動速度は減少しておらぬ。
奴は決して防御力が高いわけではない。弓に不慣れな者の一矢でもダメージは入っている。ただ生命力が桁違い過ぎるのじゃ。このままでは動けなくなるレベルまでダメージを与えるのに5時間はゆうにかかるじゃろう。しかし、そんなにチンタラしてはいられない。奴が町に到達するのに恐らく30分もかからないからだ。
やるなら動きを止める策を練るか
答えの出ないシミュレーションを何度も繰り返していると後ろから誰かが駆け寄ってくる音が聞こえて振り向く。すると、そこには息を切らしながらも微笑みを浮かべるゲオルグの祖母スミル殿の姿があった。
「聞いてローゲンさん。私は戦いの助言はできないけど、これだけは断言できる、貴方は気負い過ぎているわ。もっと肩の力を抜いていいし、テンタクルスを倒せなくたっていいの」
「……倒せなくてもいい……じゃと?」
「ええ、町が壊されたって生きてさえいればいいの。私たちの絆があれば何度でも再興できるもの。私たちの仕事はとにかくゲオルグちゃんにできるだけ体力を残してあげたうえでルーナスと戦わせること。つまり、テンタクルスをゲオルグちゃんに近づけさせなければいいの。だからローゲンさん1人で抱え込まないで。責任は全員平等にあるのだから」
「責任は平等に……それに時間を稼いでからの逃亡……か。なるほどな、随分と気が楽になってきたわい」
流石はゲオルグの祖母、肝が据わっている。この歳で説教され、成長できるとは……悪くない。年寄りは年寄りらしく若い力に頼るとしよう。そして、これまで積み上げてきた人生の経験値を以て、若者の背中を押すとしよう。
「聞いてくれ皆の者、今から各自に役割を分担する。まずハンドフはテンタクルスの分析に専念じゃ。とにかく観察して1つでも多く、弱点や特性を掴め。次にログラーは戦士たちの体格と防具を考慮して大盾部隊を編成するのじゃ。触手攻撃を1撃喰らうごとにローテーションするのを忘れるな!」
ワシの指示を受けてハンドフとログラーが動き出す。これで僅かにテンタクルスの進行を遅らせられるはずじゃ。続けてワシはアイリスとテンブロルに視線を向ける。
「次にアイリス、お主には通訳としてテンブロルに細かい指示を送って欲しい。具体的にはテンタクルスの触手が攻撃態勢に入った瞬間、側面からテンブロルにタックルするよう頼んでくれ」
「はい! 分かりました!」
ワシが怪我をしている現状、最も質量のある攻撃を放つことができて耐久面にも優れているのはテンブロルだ。目に見えて鈍重なテンタクルスの重心を側面攻撃で僅かでも崩せられれば進行を遅めることができて被撃回数も減らせるはずじゃ。
※
結果的にワシの狙いは全て成功だった。大盾は多く壊れているものの進行は緩んでいるし、死人も出ていない。テンブロルの攻撃による遅延の影響も大きく、テンタクルスは苛立ちを募らせてデタラメに触手を振り回しているものの内側の死角に潜むテンブロルを捉えられてはいない。
正直かなり順調じゃ。そんなワシらに更に追い風が吹き始める。ハンドフが分析を終えたのだ。
「ローゲンさん! テンタクルスの特性と習性が少し分かってきました。まず奴は
「大きい物と光る物……か。だから樹や光を反射する大岩を壊しているわけか。そして遠くに見えるグリーンベルの家屋と灯りの数々が最も目に映る破壊の最終目標というわけか。流石はハンドフじゃ。サルキリにいた頃から武術鍛錬をサボり、本ばかり読んでいただけのことはあるのぅ」
「ちょ、ちょっと、こんな場面で子供時代をほじくり返さないでくださいよ! それよりこれからどう動きます?」
「そうじゃな。大きさと光を両立して、なおかつ機動力を確保できれば誘導回避の役をこなせる訳じゃが……うむ、ならば、この手でいくか。ヨゼフ! ヨゼフはいるか?」
ワシが呼びかけると少し離れた位置にいたヨゼフが馬に乗って現れる。ワシが指示を与えるとヨゼフは初めて聞く大声で戦士たちに指示を送る。
「北軍グリーンベル第2騎馬隊に命ずる。今からグリーンベルに戻って大量の松明を持ってくるのだ。松明を最も迅速に持ってくるにはグリーンベル西地区の第4,第5倉庫、そしてグリーンベル北区の第1,第3倉庫へ向かうのがベストだ。1秒たりとも無駄にするな!」
――――おおおおぉぉ!
ワシから突然命令したにも関わらずヨゼフは完璧な在庫把握と一切無駄のない指示によって騎馬隊を送ってみせた。穏やかなイメージが先行しているが、伊達に町長を務めているわけじゃない。
テンタクルス自体が南下を続けていることに加えて騎馬隊への指示が的確だったから20分とかからずに往復できるはずじゃ。
大量の松明さえ用意できれば後は松明を持った騎馬隊が高速で走り回る事で大きな光を放つ誘導回避型の時間稼ぎができるはずだ。
※
それから時間が流れ、大盾部隊と松明部隊は読み通りの活躍を見せてくれた。しかし、ここでトラブルが起きてしまう……テンブロルの体にヒビが入ってしまったのだ。
正直、テンブロルのタックルにはかなり助けられている。このまま遅延の要がいなくなってしまっては……焦ることしかできなくなっていたワシだったが、またもや救いの手が舞い降りる。それはまさかのメリッサだった。
メリッサは何に使うのか見当がつかない大布の束を抱えて馬に乗り込み告げる。
「私がテンブロルさんの体を
「……人体とは形が違う上に巨体じゃ、メリッサにできるのか?」
「任せてください。私はエミーリアさんの弟子として心身両方の治療を勉強しているんですから。もちろん
「フッ、若者というのはちょっと目を離せばすぐに急成長するものだのぅ。分かった、メリッサに任せる、行ってこい」
「はい!」
元気に走り出すメリッサを見届けたワシは引き続き戦況を眺めていた。時間稼ぎは完璧と言っていいほどの出来だ。町の皆が一丸となって作ってくれた時間を使い、
「ふむぅ、とはいえ体積が桁違いじゃからな。
ワシはついつい愚痴をこぼす。すると後ろで聞いていたエノールがワシの隣に移動して言及する。
「いや、多分大丈夫だ。大まかだが
「なに!?」
「ハンドフがテンタクルスの攻撃・破壊を観察している間、ワシは防御面を観察しておった。基本的に矢・魔術をノーガードで受けまくっているテンタクルスじゃが、後頭部……より正確に言えば目から真っすぐ後ろに線を引いた位置、そこに遠距離攻撃が飛んできた時だけは攻撃に使っていた触手を慌てて防御にまわしていたように見えた」
「ならば後頭部へ集中的に遠距離攻撃を仕掛ける、もしくは巨体を上って近接攻撃で削られれば……」
「う~む、それだと少し厳しいだろうな。遠距離攻撃を集中させれば触手の多くを後頭部への防御に回されるだろう。かといって無理やり巨体を上って近接攻撃を仕掛けても一点を一気に削る破壊力のある攻撃ができなければ奥にある
――――ガハハッ! ならば天才武器職人、ワイヤー様の出番じゃな!
ワシとエノールのやりとりに割って入ったのは謎の黒い金属筒を抱えたワイヤーだった。人の腕ぐらいの太さと長さがある金属筒をよく見てみると先端には
「ワイヤー、その筒は何じゃ?」
「こいつはボム・ハープーンと名付けたワシ特製の射出武器じゃ。筒に付いた引き金を引くと縄の付いた銛が飛び出して対象に刺さり、再び引き金を引くと火属性魔石を詰め込んだ筒が銛に向かって飛び、ぶつかると同時に爆発する仕様じゃ。10本しかないから大事に使えよ?」
「な! ってことはワイヤーは今、爆弾の入った筒を抱えているのと同義じゃないか。しかし、面白い武器だな。コイツをテンタクルスの
――――ギエエエェェッッ!
ボム・ハープーンの運用について話し合う最中、突然テンタクロスが大咆哮をあげる。慌てて視線を向けると大盾部隊と騎兵隊の一部が触手に吹き飛ばされていた。
幸い死人は出ていないようだが彼らはもう戦えそうにない。それにまだ吹き飛ばされていない他の大盾部隊や騎兵隊も長時間注意を引きつける役を務めていた影響で人間、馬ともにスタミナが切れかかっておる。
せめて後10分でも注意を引きつけてくれれば……あと1歩のところで
足音の聞こえてくる後ろへ振り向くと、そこにはグリーンベルの西側で戦闘していたはずのホークたち改め元マナ・カルドロン盗賊団の面々が立っていた。ホークは初めて会った時よりも凛々しく大人びた顔をこちらに向ける。
「ローゲンさん、引き付け役は俺たち元盗賊団の面々に任せてください。短時間なら馬より速く走れますから」
「ホークたちが? だが、西側での戦闘を終えたばかりじゃろ? 体力は持つのか?」
「ええ、大丈夫です。グリーンベルで美味しく栄養のある飯を毎日食べさせてもらってますから。だから恩返しさせてください。ローゲンさんは
「お前たち……分かった、ではお言葉に甘えよう。ただし、ホークだけはここに残ってくれ。やって欲しい事がある」
「やって欲しい事ですか?」
首を傾げるホークを前にワシはカリーとエノールを呼び寄せた。そして最後の作戦を説明する。
「身軽なお前たちには
ワシの要求に対し、ホークは即座に首を縦に振り、カリーもなんとか言葉を理解して同意してくれた。しかし、ボム・ハープーンを手に持つエノールの表情は渋かった。
「ワシが射出武器で
――――私にやらせてください!
覚悟を決めようとしたエノールを止めたのはエミーリアだった。エミーリアはエノールの手からボム・ハープーン10本を全て奪って背中に背負い、屈伸運動を始める。
「私は投擲術を中心に遠距離攻撃の方が得意なんです、いかせてください。私を含めた4人で頭部に接近しましょう。接近中、私に触手が迫ってきたらエノールさんが迎撃してください」
「ふむ、ワシにはそっちの方が性に合っておるな。いいだろう、エミーリアの命、ワシが預かろう」
「ありがとうございます。じゃあ行きま……あ、ちょっと待ってください。カリーさんとホークさんにはコレを渡しておきます」
そう告げたエミーリアは2人に謎の瓶を渡して何か事細かに説明をしている。内容を聞きたいところだが今は1秒が惜しい状況だ、彼女たちに全て任せるとしよう。
「それじゃあ、行きましょう!」
覚悟を決めたエミーリアたちは一斉に走り出す。