エミーリア、ホーク、カリー、エノールが一斉に走り出した。一方、テンタクルスの持つ10本の触手が松明を持つ盗賊団を追いかけるように叩き、地面に穴を開けていく。地鳴りのような打撃音が平原に響く中、最初にテンタクルスの体へ足を掛けたのはホークだった。
ホークは滑り気と傾斜が厳しいテンタクルスの体をみるみるうちに上っていき、カリーもホークの動きを参考に追従する。そして、反応の鈍いテンタクルスがようやく2人の存在に気付いた時、ホークとカリーは同時に瓶へヒビを入れ、テンタクルスの眼球目掛けて放り投げる。
「喰らえぇぇ!」
「キキイイィィッ!」
魂の叫びと共に投げられた瓶は眼球にぶつかって割れると同時に毒々しい紫の煙を放ち始める。すると激しく閉じたテンタクルスの目から夥しい量の涙がこぼれはじめる。どうやら目潰しに有効な薬品のようだ、流石は薬学者エミーリア改めワシの未来の孫じゃ。
――――グオオオオォォッッ!
再びテンタクルスは大咆哮をあげる……今度は苦痛によってだ。意識が逸れている間にエノールとエミーリアは後方からテンタクルスの体を駆け上がる。次いで破壊予定のポイントから斜め下の100歩ほど離れた位置に到着したエミーリアは数秒目を瞑った後にボム・ハープーンを構える。
「お願い、当たって!」
エミーリアの射出した銛は
エミーリアは敢えて起爆の為のトリガーは引かずに1本目のボム・ハープーンを足元に置いた。
「くっ……初弾で当てるのはやはり難しいですね。でも、これで軌道は把握できました。残り9本のボム・ハープーンを必ず
エミーリアは心を折らずに再びボム・ハープーンを構える。しかし、テンタクロスは銛の刺さった感触を敏感に察知したのか後頭部付近へデタラメに2本触手を振り回し始める。
これでは仮にエミーリアが完璧な弾道でボム・ハープーンを撃っても触手に弾かれる恐れがある。それを察したのかエノールは両方の拳をぶつけて気合を入れながら宣言する。
「触手はワシが気合で弾き飛ばす。だからエミーリアは射出に集中しろ。ゆっくりでいいから確実に当てていくのじゃぞ?」
「1人で触手2本を防ぎ続ける? 無茶ですよ!」
「心配するな。ワシは勇者やローゲン程ではないが強い。それに非力な町民たちがあれだけ
「エノールさん……」
「じゃあなエミーリア、頼んだぞ!」
エミーリアから了解の返事を聞くよりも前にエノールは走り出す。垂直に近いテンタクルスの後頭部付近を猿の如く軽快に登ったエノールは目の前に迫る触手に飛び掛かり――――
「この触手、ちょっくら借りるぞい!」
1本の触手に飛び蹴りを喰らわせた反動で、もう1本の触手へ跳んでいき今度は浴びせ蹴りを放つ。その衝撃で触手2本が両開き扉のように開き、エミーリアは再びボム・ハープーンを構える。
「今度こそ……当たって!」
エミーリアの願いを込めたボム・ハープーンの銛は風を貫き見事に後頭部へ命中する。続けて再び引き金を引くと金属筒が銛と変わらない速度で吸い寄せられ、結合と同時に火花を散らし、凄まじい爆発を引き起こす。
その威力は粉塵爆発を彷彿とさせるほどで見事にテンタクルスの後頭部を半球状に削っている。削られた体表の奥には赤紫色で薄っすらと不自然光る何かがある……間違いない
ワシと同時に
このまま後2,3発爆発させれば間違いなく
後方を確認できないテンタクルスは恐らく触手を蹴り飛ばしているエノールが爆発を引き起こしている張本人だと思い、最優先で潰しにきたのだろう。エノールはなんとか両腕を広げて挟撃を堪えているが、そう長く持つとは思えない。
しかし、絶望的な状況の中、エノールは笑っていた。そして血管の浮かぶ腕や顔とは対照的な優しい声色で語り掛ける。
「ワ、ワシのことは気にせず確実に当てていくのじゃエミーリア。あと少しで
エノールがどれだけ強がっていても、もう限界じゃ。しかし、
ワシでなくとも見てわかる絶望的な状況だ。それでもエミーリアは希望を失っていなかった。緊張はしているが絶対に次の攻撃で
反動の大きいボム・ハープーンのような遠距離武器は照準をズラさない為に両手で構えるのは必須だ。それでも彼女は迷いなく……
「当てる!」
確信に満ちた呟きと同時に2本の銛を射出する。2本の銛は100分の1秒差も感じさせないほど平行に飛び、そして見事に
「お願い! この爆発で壊れてッッ!」
エミーリアの願いを込めた叫びと共に2つの引き金が引かれ、金属筒は銛に引き寄せられ、ただでさえ大きな爆発を2発同時に引き起こす。
分かってはいたが同時爆発は馬鹿げた爆音だ。あまりの衝撃に耳を抑え、目を閉じてしまったワシはゆっくりと瞼を開くと爆破ポイントの煙が徐々に晴れていき――――煙の先にはバラバラになった
各々の特技と死力を詰め込んだリレーが終わり、ようやくテンタクルスをやっつけたのだ。生命活動の源とも言うべき
崩壊の様はさながら支柱を抜かれた積み木のようで肉体の上部・下部も同時に高速で崩れている。この崩壊スピードは想像を遥かに超えていた……それ故にテンタクルスの肉体の上に立っていた者たちは度肝を抜かれる。
ホークとカリーは驚きつつも反応の速さと身のこなしで何とか近くの沼へ飛び込み怪我無く落下することに成功する。しかし、エミーリアは反応が遅れて完全に姿勢を崩してしまった。そのまま足場を失ってしまったエミーリアは頭を下にした状態で宙に放り出されてしまう。
「キャアァァ!!」
エミーリアは悲鳴をあげる。そして先に落下した肉片によって巻き起こった土煙の中へと飲み込まれる。
せめて柔らかい場所に落下して死だけは避けていて欲しい、と願いながらワシは土煙の舞う落下点へ駆けつける。すると、そこにはエミーリアの両足と背中に手を添えて抱えるエノールの姿があった。
「間に合って良かったわい。恐い思いをさせて悪かったのぅ、エミーリア」
「エノールさん!」
エノールの動きを追えておらず分からなかったが、どうやら奴はテンタクルスの崩落後、即座にエミーリアへ近づいていたようだ。相変わらず凄まじい身体能力じゃ。若い命を散らしてしまっていたら……とワシは本気で焦っていただけにエノール様様だ。
エミーリアはエノールの両腕から降りて地面に両足を着けると深々と頭を下げる。
「危うく死んでしまうところでした。助けていただき本当にありがとうございます! もう、私は何度エノールさんに助けられているか……」
「当たり前のことをしただけじゃ、そんなに一生懸命礼を言わずともよい。エミーリアが死んだらワシもゲオルグもグロリアも町の皆も悲しむ。そしてバーバラもな」
バーバラ? 今、急に出てきたバーバラという名前は何じゃろうか? 訳が分からず困惑するワシを尻目にエミーリアは喜びの涙を流してエノールとハグしている。
その光景を見た時、ワシはゲオルグとエノールから聞いた過去話を思い出す。確かエミーリアは母グロリアが廃人化した後にバーバラという女性と、その夫に資金援助をしてもらって医者になったと聞いたことがある。
そして顔こそ見た事は無いがエノールにはバーバラという名の嫁さんと血の繋がった娘が1人いて、嫁と実娘夫婦にゴレガードの診療所を任せて自分はシーワイル領に来たと言っていた記憶がある。
加えてテンタクルスへ突っ込む前にエノールは『非力な町民たちがあれだけ漢を見せているんだ。ここで頑張らねば嫁や娘たちにも笑われる』と、娘を複数形で呼んでいた。つまり公言はしていなかったもののエノールはエミーリアを支えた第二の父だったのだ。
衝撃の事実に何も言えなくなっているとエノールは突然糸が切れたように両膝を地面についてしまう。
「うっ……流石にちょっと無理がきたようじゃな。触手攻撃を耐える為に頑張り過ぎたみたいじゃな」
「エノールさん!」
当然心配になった娘エミーリアは両手を前に広げてエノールに回復魔術をかけようとする。しかし、エノールは手の平を向けて拒絶の意思をみせると、断った真意を語る。
「魔量はまだ残しておけエミーリア。お前にはまだやることが残っているだろう? 手伝い、見届けてこい、勇者2人の戦いを……いや、新しい家族の雄姿をな」
「……はい! 分かりました、行ってきます!」
力強く頷いたエミーリアはゲオルグ、パウルと合流するべく平原を駆けていった。馬から降りたワシは怪我の治っていない傷む体でエノールに肩を貸す。
「お疲れ様じゃなエノール。娘が立派に育って良かったのぅ。ところでどうして2人の関係性を隠しておった?」
「隠していたわけじゃない。言わなかっただけじゃ。ワシはエミーリアを血の繋がった娘と同じぐらい大事に想っておるが、所詮は資金と医学知識を与えただけじゃからな。父親扱いされる資格があるとは思っておらん」
「……エミーリアは絶対にお前のことを父親のように思っているはずじゃ。だから絶対に今の言葉を本人の前で言ってはいかんぞ?」
ワシが忠告するとエノールは照れくさそうに笑い、小さすぎて分かり辛い頷きを返す。
ワシの肩を借りながらゆっくりと歩くエノールは遠くの空を眺めながら呟く。
「お互いボロボロで、もう子供たちの役に立てそうにないのぅ。年寄りは辛いな」
「何を言っておる。教育という責務は、お互い充分に果たしたのじゃ。ゲオルグたちならやれる。ワシらは茶でもすすりながらのんびり結末を見届けるぐらいでよいのじゃ」
「ふっ、それもそうだな」
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