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第75話 忠義と覚悟




 あの馬鹿デカい合成獣キメラは爺ちゃんたちに任せるとして俺たち勇者組はジニア、そして2号と呼ばれる男を片付けるとしよう。


 剣を構えた俺は戦闘スタイルがある程度分かっているジニアを先に倒そうと考えて斬りかかる。しかし、ジニアは真上へ飛んで距離を取ると少し離れた位置を指差す。


「おっと、勇者ゲオルグの相手は僕ではありません。そこにいる2号と戦ってください。僕は勇者ジャスを殺した男です、因縁的にはパウルと戦う方がいいでしょう。それに2号はゲオルグと戦いたいはずですからね」


「俺と? 俺の事を知っている奴なのか?」


 俺の問いかけに対しジニアは答えを返さずパウルを手招きして遠くの方へと飛んでいってしまう。このままパウルを行かせてしまうことに不安がないと言えば嘘になる。だけど、ここはパウルの勝利を信じて送り出そう。


 パウルと目線を合わせた俺は力強く頷き、パウルもまた頷きを返してジニアの後を追いかけていった。


 さあ、俺は俺の仕事をやるとしよう。剣先を2号と呼ばれる男に向けた俺は正体を問いかける。


「戦いを始める前に聞かせてくれ。お前は何者だ? さっき風魔術で霧を払った時は中々強力な魔力だったが」


 俺が問いかけると2号はフードによって口元だけが露わになっている顔に笑みを浮かべる。


「フッ、おかしなことを言う。お前は私のことをよく知っているではないか」


 男の声を聞いた瞬間、俺は確信する。この声は間違いなく黒陽こくようだ! 答え合わせをするように黒陽こくようはフードを脱ぐ。すると、そこにいたのは過去に見た時と変わらない鋭い目とハッキリとした輪郭、束ねた銀髪を持つ黒陽こくようだった。


 だが、以前会った時とは全く違う点がある、それは肉体だ。上裸の黒陽こくようの両腕に長くなった獣の心臓みたいな物体が巻かれている。フード越しに見た黒陽こくようの体格が大きかったのは謎の物体が原因なのだろう、もしかしたらジニアも両腕に巻いていたのかもしれない。


 俺は黒陽こくようの顔や仮面を見るだけで心がざわつき怒りに支配されそうになってしまう。だからこそ意識して心を落ち着かせなければいけない、奴から聞きたいことが色々とあるのだから。


「何故、黒陽こくようがここにいる? それと両腕に付けている心臓みたいなものは何だ?」


「ほほう、私の顔を見ても随分と冷静じゃないか。褒美と言う訳ではないが質問に答えてやる。私がここにいる理由……そんなものクレマン様の為に決まっているだろう。勇者の首を持ち帰る……これほどの貢献はないのだからな。両腕に付けた魔物の臓器も目的を果たす為の戦闘力強化ツールだ」


 魔物の臓器が強化ツール? 魔物の牙や爪を振り回すならまだ分かるが臓器を装着することが強化に繋がるとは思えな――――いや、違う、ようやく分かった。あの両腕に付けている臓器は恐らく……


黒陽こくよう……お前、合成獣キメラ化に手を染めたのか? 闇に堕ちたクレマンの役に立つ為に」


「ああ、その通りだ。理解が早くて助かる。これで私の本気が分かったはずだ、無駄なお喋りはここまでにして戦いを始めようではないか!」


 そう告げた瞬間、黒陽こくようは2本のナイフで俺に斬りかかる。奴の攻撃にカウンターを合わせる為、俺は左の拳を放つが避けられてしまった。俺の拳を横に避けた反動を利用した黒陽こくようは左蹴りを放つが、そいつを俺は右腕でガードする。


 敵ながら大した体術だ。1秒に満たない攻守交代を経て黒陽こくようは距離を取る。奴が斬撃と蹴撃を放った地面を見てみると土が螺旋状に抉れていた。この戦い方は多分……


「クレマンと同じ風魔術を利用した体術だな。中々やるじゃないか」


「フンッ、当然だ。この戦い方をクレマン様に教えたのは私なのだからな。歴代黒陽こくようにとってゴレガード家の当主こそ全てであり、クレマン様こそが全てだ」


「そうか、だから魔物側を手伝う事になろうが、合成獣キメラ化しようがクレマンを手伝うわけか」


「その通りだ」


「馬鹿だなお前は クレマンはきっと本心ではついてきてほしくなかったと思うぞ」


「なんだと?」


 黒陽こくようは露骨に動揺している。クレマンの心情に関わることとなると必死さが桁違いだ。クレマンの兄弟として、親友として教えてやろう、あいつの優しさを。


「クレマンが自分の意思で闇に堕ちたのかどうか俺は知らない。だが、どちらにしても人間を辞めてしまう決断は辛いはずだし、その辛さをクレマン自身よく分かっているはずだ。そしてクレマンは部下想いの優しい奴だから黒陽こくようを巻き込みたくはなかったはずだ。お前は1度でもクレマンに相談したか?」


「うるさい!私の命をどう使おうと私の勝手だ」


「その理屈だとクレマンが黒陽こくようの心配することも勝手だけどな。お前の命をどう使おうが自由だが、度を過ぎた献身は時にあるじの心へ傷を入れるぞ? 今からでも遅くはない、刃を降ろせ。俺も一旦復讐を忘れてやるからよ」


「復讐を忘れる……か。マナ・カルドロンの洞窟で再会した時よりも遥かに精神力が成長しているようだな。だが、貴様の言うことを聞くつもりはない。私は勇者ゲオルグを殺すと固く誓ってきたのだからな。さあ、貴様の死に顔を見せてくれ、リーサを殺した時は死に顔を拝めなかったからな!」


「…………お前がゲス野郎でよかったよ、心置きなく殴れるからな!」


 こいつは許せない言葉を口にした。気が付けば氷炎鬼ひょうえんきを発動した俺の右拳が黒陽こくようの腹にめり込む。


「ぐふっ!」


 声にならない声をあげた黒陽こくようは後ろに大きく転がり地面に筋を作る。合成獣キメラ化したとはいえ身体能力では負けていない。


 確かな手ごたえを感じた俺は自身の右拳を見つめる。その時、俺は我が眼を疑うこととなる。何故か俺の手のひらや肘に小さな切創ができていたのだ。軽く血が滲む程度のダメージではあるが気持ちが悪い。一体、いつの間に傷つけられたんだ? と困惑していると更に俺の右太腿に痛みが走る。視線を向けると右太腿にも同じように傷ができていた。


「くっ……なんだこれは? おい、黒陽こくよう! 何をしやがった!?」


 俺が問いかけると黒陽こくようは仰向けのまま風の力で不気味に浮き上がり、含み笑いを浮かべる。


「頭に血が昇って周りがよく見えていないようだな。もっと注意深く観察するがいい。まぁ攻撃方法が分かったところで貴様が血だらけになって死ぬ運命は変わらないがな」


「なに?」


 黒陽こくようの言葉に従うのは癪だが、奴の言う通り観察するぐらいしかできることはない。


 俺が目に魔力を集中させて凝視すると黒陽こくようを中心に半径50歩ほどの大きさがある球体状の魔力空間が広がっていた。その魔力空間は僅かだが空気を緑色に染めていて時々、宙を舞う30枚ほどの葉っぱが無作為に平原の地面や岩を斬り付けている。


 そして数ある葉っぱのうち1枚が超高速でこちらへ飛んでくると今度は俺の右頬に傷を入れる。


「痛ぇっ! この野郎……もしかして、この技は範囲内を無作為に切り刻む風属性魔術なのか?」


「ようやく少し冷静になったようだな。お前の言う通りだ。合成獣キメラ化によって完成した我が最強魔術リーフ・サークルは私ですら攻撃箇所を把握できない代物だ。ここまでの近接戦闘で貴様のスピードと攻撃範囲は大体把握した。あとはリーフ・サークルで付かず離れず貴様を刻み殺してやろう」


「……上等だ、絶対に掴まえてやるよ!」


 俺は地面を大きく蹴りだし黒陽こくように掴みかかる。しかし、スピードを把握したという黒陽こくようの言葉は本当だった。2回、3回と掴みかかっても、あと少しのところで避けられてしまい、その間にも俺の体はじわじわと刻まれていく。


「ハァハァ……くそ! だったら根性比べといこうじゃないか!」


 こうなったら体力勝負だ。俺は動きを止めることなく攻撃を続ける。最初は涼しい顔で避けていた黒陽こくようも段々と回避に集中するあまりリーフ・サークルの維持が困難になり始めていた。


「チッ! これだから体力馬鹿は嫌いなのだ。掴まれたら厄介だ、仕方ない。貴様に絶望を与えることとしよう」


 そう告げた黒陽こくようは後ろに大きく跳んだ後、リーフ・サークルとは別の魔力を練り出し自身の体を大きく浮上させた。それでもまだリーフ・サークルの射程は維持しており、口端から血を垂れ流しながら黒陽こくようは威勢を張る。


「空に浮かべば手出しできないはずだ。これで貴様がミンチになるのは確定した訳だ。フハハハッ!」


「血を吐きながら威張ってんじゃねぇよ。それに飛ばれたくらいじゃ俺は負けない。お前はジニアやルーナスみたいな生粋の羽持ちとは違うんだ。どうせ黒陽こくようはそこまで速く飛翔できないだろ?」


「……貴様は私に追いつけるぐらい速く飛べるとでも言うつもりか?」


「いいや、俺は飛べねぇよ。風属性の素養は無いからな。だが、空に浮かぶ黒陽こくようをぶん殴ることはできる。母親譲りの地属性魔術でな!」


 俺は両手を地面に付けて強烈な魔力を注ぎ込む。それと同時に俺を乗せた地面が槍の如く伸び始めて黒陽こくようとの距離を詰める。


「貴様! くそっ!」


 俺の接近に対し慌てて距離を空けて上へ上へと逃げる黒陽こくよう。それでもリーフ・サークルだけは維持し続け、伸びる足場には黒陽こくようと俺の血が落ち続ける。


 拳を介さない我慢比べは互いの生命力を削り、消耗によって視界を滲ませていく。だが、俺は絶対に追跡を諦めるつもりはない。何分だって追い続けてやる。意地を込めた目で睨みつけると黒陽こくようは唇を噛みしめた後、両手をこちらに向ける。


「くそ! しつこい奴め! もう、ここで決めてやる……喰らえ、クロス・ブレイド!」


 黒陽こくようから放たれたのは大きくて強烈な威力を誇る十字の風刃だった。横に跳んで回避することは可能だが足場から離れればそのまま地面に落下して距離が大きく空いてしまう。そうなってしまえば黒陽こくように追いつくことは難しいだろう。


 こうなったら覚悟を決めて風刃に突っ込み、そのうえで風刃の奥にいる黒陽こくようを掴まえるしかない。俺は聖剣を構えて風刃の中心に狙いを定める。


「突き破ってみせる! ゼロ・トラスト!」


 氷炎鬼ひょうえんきを纏った渾身の突きが風刃と衝突する。互いの全力をかけた正面衝突は轟音を響かせ――――結果は俺が僅かにバランスの悪い足場から突きを放った影響で惜しくも聖剣を弾かれてしまう。


 足場から落下する聖剣を見て勝ちを確信する黒陽こくよう。だが、俺の攻撃は……前進はまだ終わっていない。俺は一か八かで足場の先端から駆け跳び、黒陽こくように掴みかかる。


 まさか俺が跳んでくるとは思っていなかったのだろう。俺の右手が反応の遅れた黒陽こくようの左腕を掴み、そして――――落下の勢いを乗せて黒陽こくようの体を大地に激しく叩きつける。俺の腕力に重力を上乗せした叩きつけは大地に巨大なクレーターを空けて土を周囲に散らす。


「うぐあぁっ!」


 激しく背中を打ちつけた黒陽こくようは大量の血を吐くと同時にリーフ・サークルを解除する。つまり意識が消え、俺が勝ったということだ。最後の攻撃が剣でも魔術でも拳でもなく投げ技になるとは思わなかったけれど勝ちは勝ちだ。


「ふぅ……全身切り傷だらけになってしまったが、ようやく倒せたな。あとは黒陽こくようが起き次第、敵軍の情報を聞き出さないとな」


「うっ……ぐぅ……私が……話すことなど、何も無い!」


「な! お前、もう意識が! どれだけ肉体を強化しているんだ、合成獣キメラ化ってやつは……」


 俺が呆れ気味に感想を漏らすと黒陽こくようは震える足で立ち上がり両手にナイフを構えた。しかし、自分の体のことは自分が1番よく分かっているのだろう、すぐにナイフを地面に捨てた黒陽こくようは両腕をだらんと垂らし告げる。


「流石にもう厳しいか、私の負けだ。さあ、私を殺せ」


「そうか、覚悟は出来ているんだな」


 8歳の時に目の前で母親を殺されて以降、ずっと黒陽こくように対して恨みを抱いていたし殺意を抱かなかったと言えば嘘になる。ようやく母親の仇をとれるところまできた訳だ。俺はゆっくりと拳を振り上げて黒陽こくように振り下ろす。絞るように両目を瞑った黒陽こくようは……


「くっ……ん? なに? 貴様、何をしている?」


 俺に殺されると思っていたらしく間抜けな声を漏らす。まぁ驚くのも無理はない、まさか俺が黒陽こくようの両腕に付いた魔物の臓器を剥がす為に手をあげたのだとは思わなかったのだろう。


 強引に魔物の臓器あらため強化パーツを剥がした俺は地面に放り投げる。幸い、引き剥がしても黒陽こくようの両腕に傷がつく事態にはならなかったようだ。しかし、黒陽こくようは納得いかないと言わんばかりに舌打ちする。


「どうして私を殺さない?」


「クレマンが悲しむことをしたくないと思っただけだ。単に友情が殺意を上回っただけの話さ。両腕の強化ツールとやらを外したのも、お前を死なせない為だ」


 俺の答えに対し、黒陽こくようは目を点にし、口を開けて驚いている。続けて黒陽こくようは何故か苦笑いを浮かべる。


「フッ、わざわざ仇の命を助ける……か。勇者のお人好しもここまでくると笑えてくるな。だが、助けてようとしたところ申し訳ないが私はもう生きられない」


「なっ……どうしてだ? 体を酷使するパーツは問題なく外せたんだぞ?」


「この強化パーツは少々厄介でな。人間や知力の高い聡魔そうまが付ければたった1つでも相当肉体を傷つける。そして2つ付ければ肉体は強化の代償に2度と魔量を回復できなくなってしまう。そんな恐ろしい強化パーツを3つ以上付ければ知能を完全に失い敵味方問わず襲い始める獣と化してしまうと聞いている」


 魔量が回復できないということは治癒力を失い、体を動かすエネルギーが永遠に補充されないようなものだ。つまり仮に俺を無傷で倒していたとしても今日・明日のうちに黒陽こくようは死んでいたということだ。3つ以上付けなかったのもテンタクルスみたいな強靭で巨大な器ではないから実行できなかったということなのだろう。


 奴を殺してやりたいと思っていたのが嘘のように悲しい気持ちになってきた。こんな胸糞悪い強化パーツをルーナスは無理やり付けたのだろうか? 聞いてみよう。


「そいつはルーナスに付けられたのか? それとも自分の意思か?」


「もちろん私の意思だ。1つ付けただけでは貴様に勝てると思えなかったからな。私は20年前を含めて既に2度、貴様に負けている。力の差は嫌というほど分かっている」


「そうか、自分の意思だったか。お前は忠義に厚い部下だ、その時点で死の未来は決まっていたわけか。お前の覚悟はしかと見届けた。遺言があれば聞いてやるぞ?」


 仇とはいえ黒陽こくようもまた死闘を繰り広げたライバルだ。だからクレマンに伝言があれば届けてやりたいと本気で思っている。しかし、黒陽こくようは鼻で笑い首を横に振る。


「馬鹿言え。影に生きると決めた日から死ぬ覚悟はできている。今さら仲間やクレマン様に伝え忘れた言葉などない……だが」


「だが?」


 俺がオウム返しすると黒陽こくようは地面に捨てたナイフを拾い、先端を俺に向ける。


「貴様に呪いの言葉をかけておきたい。知っての通りクレマン様は私にとって全てだ。だから絶対に死なせるな。貴様が勝つにしても負けるにしてもな」


「俺らが勝って救い出す……それなら約束できる。まぁ、お前的には俺が負けたうえでクレマンに生き残って欲しいのだろうけどな」


「フッ、どうだろうな」


 笑いながら答えを濁した黒陽こくようはナイフを手に取り自分の首に当てる。もう俺に対しても言い残した言葉は無く、自らの手で幕を引きたいようだ。


 俺は黒陽こくように背中を向ける。クレマンの大切な部下の死に顔も、仇の死に顔も見たくはないからだ。




 俺が歩き出すと同時に後ろから両膝を着く音と血の滴る音が聞こえる。


 母の仇が死んだというのに複雑な心境だ…………このモヤモヤは全ての元凶であるルーナスをぶちのめして晴らすとしよう。






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