あの馬鹿デカい
剣を構えた俺は戦闘スタイルがある程度分かっているジニアを先に倒そうと考えて斬りかかる。しかし、ジニアは真上へ飛んで距離を取ると少し離れた位置を指差す。
「おっと、勇者ゲオルグの相手は僕ではありません。そこにいる2号と戦ってください。僕は勇者ジャスを殺した男です、因縁的にはパウルと戦う方がいいでしょう。それに2号はゲオルグと戦いたいはずですからね」
「俺と? 俺の事を知っている奴なのか?」
俺の問いかけに対しジニアは答えを返さずパウルを手招きして遠くの方へと飛んでいってしまう。このままパウルを行かせてしまうことに不安がないと言えば嘘になる。だけど、ここはパウルの勝利を信じて送り出そう。
パウルと目線を合わせた俺は力強く頷き、パウルもまた頷きを返してジニアの後を追いかけていった。
さあ、俺は俺の仕事をやるとしよう。剣先を2号と呼ばれる男に向けた俺は正体を問いかける。
「戦いを始める前に聞かせてくれ。お前は何者だ? さっき風魔術で霧を払った時は中々強力な魔力だったが」
俺が問いかけると2号はフードによって口元だけが露わになっている顔に笑みを浮かべる。
「フッ、おかしなことを言う。お前は私のことをよく知っているではないか」
男の声を聞いた瞬間、俺は確信する。この声は間違いなく
だが、以前会った時とは全く違う点がある、それは肉体だ。上裸の
俺は
「何故、
「ほほう、私の顔を見ても随分と冷静じゃないか。褒美と言う訳ではないが質問に答えてやる。私がここにいる理由……そんなものクレマン様の為に決まっているだろう。勇者の首を持ち帰る……これほどの貢献はないのだからな。両腕に付けた魔物の臓器も目的を果たす為の戦闘力強化ツールだ」
魔物の臓器が強化ツール? 魔物の牙や爪を振り回すならまだ分かるが臓器を装着することが強化に繋がるとは思えな――――いや、違う、ようやく分かった。あの両腕に付けている臓器は恐らく……
「
「ああ、その通りだ。理解が早くて助かる。これで私の本気が分かったはずだ、無駄なお喋りはここまでにして戦いを始めようではないか!」
そう告げた瞬間、
敵ながら大した体術だ。1秒に満たない攻守交代を経て
「クレマンと同じ風魔術を利用した体術だな。中々やるじゃないか」
「フンッ、当然だ。この戦い方をクレマン様に教えたのは私なのだからな。歴代
「そうか、だから魔物側を手伝う事になろうが、
「その通りだ」
「馬鹿だなお前は クレマンはきっと本心ではついてきてほしくなかったと思うぞ」
「なんだと?」
「クレマンが自分の意思で闇に堕ちたのかどうか俺は知らない。だが、どちらにしても人間を辞めてしまう決断は辛いはずだし、その辛さをクレマン自身よく分かっているはずだ。そしてクレマンは部下想いの優しい奴だから
「うるさい!私の命をどう使おうと私の勝手だ」
「その理屈だとクレマンが
「復讐を忘れる……か。マナ・カルドロンの洞窟で再会した時よりも遥かに精神力が成長しているようだな。だが、貴様の言うことを聞くつもりはない。私は勇者ゲオルグを殺すと固く誓ってきたのだからな。さあ、貴様の死に顔を見せてくれ、リーサを殺した時は死に顔を拝めなかったからな!」
「…………お前がゲス野郎でよかったよ、心置きなく殴れるからな!」
こいつは許せない言葉を口にした。気が付けば
「ぐふっ!」
声にならない声をあげた
確かな手ごたえを感じた俺は自身の右拳を見つめる。その時、俺は我が眼を疑うこととなる。何故か俺の手のひらや肘に小さな切創ができていたのだ。軽く血が滲む程度のダメージではあるが気持ちが悪い。一体、いつの間に傷つけられたんだ? と困惑していると更に俺の右太腿に痛みが走る。視線を向けると右太腿にも同じように傷ができていた。
「くっ……なんだこれは? おい、
俺が問いかけると
「頭に血が昇って周りがよく見えていないようだな。もっと注意深く観察するがいい。まぁ攻撃方法が分かったところで貴様が血だらけになって死ぬ運命は変わらないがな」
「なに?」
俺が目に魔力を集中させて凝視すると
そして数ある葉っぱのうち1枚が超高速でこちらへ飛んでくると今度は俺の右頬に傷を入れる。
「痛ぇっ! この野郎……もしかして、この技は範囲内を無作為に切り刻む風属性魔術なのか?」
「ようやく少し冷静になったようだな。お前の言う通りだ。
「……上等だ、絶対に掴まえてやるよ!」
俺は地面を大きく蹴りだし
「ハァハァ……くそ! だったら根性比べといこうじゃないか!」
こうなったら体力勝負だ。俺は動きを止めることなく攻撃を続ける。最初は涼しい顔で避けていた
「チッ! これだから体力馬鹿は嫌いなのだ。掴まれたら厄介だ、仕方ない。貴様に絶望を与えることとしよう」
そう告げた
「空に浮かべば手出しできないはずだ。これで貴様がミンチになるのは確定した訳だ。フハハハッ!」
「血を吐きながら威張ってんじゃねぇよ。それに飛ばれたくらいじゃ俺は負けない。お前はジニアやルーナスみたいな生粋の羽持ちとは違うんだ。どうせ
「……貴様は私に追いつけるぐらい速く飛べるとでも言うつもりか?」
「いいや、俺は飛べねぇよ。風属性の素養は無いからな。だが、空に浮かぶ
俺は両手を地面に付けて強烈な魔力を注ぎ込む。それと同時に俺を乗せた地面が槍の如く伸び始めて
「貴様! くそっ!」
俺の接近に対し慌てて距離を空けて上へ上へと逃げる
拳を介さない我慢比べは互いの生命力を削り、消耗によって視界を滲ませていく。だが、俺は絶対に追跡を諦めるつもりはない。何分だって追い続けてやる。意地を込めた目で睨みつけると
「くそ! しつこい奴め! もう、ここで決めてやる……喰らえ、クロス・ブレイド!」
こうなったら覚悟を決めて風刃に突っ込み、そのうえで風刃の奥にいる
「突き破ってみせる! ゼロ・トラスト!」
足場から落下する聖剣を見て勝ちを確信する
まさか俺が跳んでくるとは思っていなかったのだろう。俺の右手が反応の遅れた
「うぐあぁっ!」
激しく背中を打ちつけた
「ふぅ……全身切り傷だらけになってしまったが、ようやく倒せたな。あとは
「うっ……ぐぅ……私が……話すことなど、何も無い!」
「な! お前、もう意識が! どれだけ肉体を強化しているんだ、
俺が呆れ気味に感想を漏らすと
「流石にもう厳しいか、私の負けだ。さあ、私を殺せ」
「そうか、覚悟は出来ているんだな」
8歳の時に目の前で母親を殺されて以降、ずっと
「くっ……ん? なに? 貴様、何をしている?」
俺に殺されると思っていたらしく間抜けな声を漏らす。まぁ驚くのも無理はない、まさか俺が
強引に魔物の臓器あらため強化パーツを剥がした俺は地面に放り投げる。幸い、引き剥がしても
「どうして私を殺さない?」
「クレマンが悲しむことをしたくないと思っただけだ。単に友情が殺意を上回っただけの話さ。両腕の強化ツールとやらを外したのも、お前を死なせない為だ」
俺の答えに対し、
「フッ、わざわざ仇の命を助ける……か。勇者のお人好しもここまでくると笑えてくるな。だが、助けてようとしたところ申し訳ないが私はもう生きられない」
「なっ……どうしてだ? 体を酷使するパーツは問題なく外せたんだぞ?」
「この強化パーツは少々厄介でな。人間や知力の高い
魔量が回復できないということは治癒力を失い、体を動かすエネルギーが永遠に補充されないようなものだ。つまり仮に俺を無傷で倒していたとしても今日・明日のうちに
奴を殺してやりたいと思っていたのが嘘のように悲しい気持ちになってきた。こんな胸糞悪い強化パーツをルーナスは無理やり付けたのだろうか? 聞いてみよう。
「そいつはルーナスに付けられたのか? それとも自分の意思か?」
「もちろん私の意思だ。1つ付けただけでは貴様に勝てると思えなかったからな。私は20年前を含めて既に2度、貴様に負けている。力の差は嫌というほど分かっている」
「そうか、自分の意思だったか。お前は忠義に厚い部下だ、その時点で死の未来は決まっていたわけか。お前の覚悟はしかと見届けた。遺言があれば聞いてやるぞ?」
仇とはいえ
「馬鹿言え。影に生きると決めた日から死ぬ覚悟はできている。今さら仲間やクレマン様に伝え忘れた言葉などない……だが」
「だが?」
俺がオウム返しすると
「貴様に呪いの言葉をかけておきたい。知っての通りクレマン様は私にとって全てだ。だから絶対に死なせるな。貴様が勝つにしても負けるにしてもな」
「俺らが勝って救い出す……それなら約束できる。まぁ、お前的には俺が負けたうえでクレマンに生き残って欲しいのだろうけどな」
「フッ、どうだろうな」
笑いながら答えを濁した
俺は
俺が歩き出すと同時に後ろから両膝を着く音と血の滴る音が聞こえる。
母の仇が死んだというのに複雑な心境だ…………このモヤモヤは全ての元凶であるルーナスをぶちのめして晴らすとしよう。