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第76話 最高の生(パウル視点)




 ジニアの背中を追いかけること10分――――ゲオ兄やテンタクルスから大きく離れたオイラたちは足場の悪い岩場に到着する。後ろを振り返ったジニアは指の骨をポキポキと鳴らしながら笑う。


「さあ、ゲオルグ側もテンタクルス側も盛り上がっているようですね。僕たちも楽しみましょうか」


「オイラもジャス兄の仇がとれそうで楽しみだ……と言いたいところだけど、殺すつもりはない。オイラは勇者だ、極力命は奪わない」


「ゲオルグみたいな甘い事を言わないでくださいよ。どうせなら怒りを解放した全力の貴方を倒したいのですから!」


 戦いを楽しもうとしているのかジニアは含み笑いを浮かべる。そして勢いよくローブを脱いでみせると奴の両腕には気持ちの悪い魔物の臓器が巻かれていた。


 ローブ越しに体が膨れていた理由が分かったところでジニアは魔物の臓器が戦闘力を高める強化パーツであること説明する。ただでさえ手強い相手が更に強くなって現れるなんて最悪の展開だ。オイラが一層緊張感を高めて構えるとジニアは言葉を続ける。


「――――と言う訳で遠慮なく殺すつもりできてください。じゃないと貴方は全力を出し切る前に死んでしまいますよ?」


「そんな強化パーツに頼るなんてよっぽどオイラたちを恐れているんだな。半合成獣キメラ化と言ってもいい状態になった今、ジニアの体は無事で済むのか?」


「僕の心配をしてくれるなんて優しいですね。ですが残念ながら勝っても負けても僕は強化パーツの反動で死んでしまいます。力にはリスクがつきものですからね、今から、この素晴らしい力を見せてあげますよ!」


 吐き捨てるように告げたジニアは勢いよく地面を蹴り、一瞬でオイラとの距離を詰めて重たい拳撃をオイラの左腕に放つ。


「うぐっ!」


 ジニアの膂力は過去の比ではなかった。オイラの左腕は骨こそ折れていないけど完全にしびれてしまう。奴からまともに打撃をもらっては駄目だ。ヒットアンドアウェイでダメージを重ねていかなければ。


 すぐさま氷の槍を作ったオイラは一定距離を保ちながらジニアに刺突を繰り返し、一進一退の攻防が続く。


「ほほう、中々やりますね。パワーはこちらの方が上なものの、スピードでは貴方が上回っている。このまま続けるのも一興ですが、万が一負けてしまってはルーナス様に向ける顔がない。さっさと勝負を決めさせてもらいましょう」


「へー、何か大技でも放つ気か? だが、どんな技を放とうが喰らうつもりは――――ぐっ……何!?」


 警戒心を高めてジニアを睨んでいたオイラの後方から突然2本の腕が伸びてきた! オイラは為すすべなく羽交い締めにされてしまった。


 オイラはジニアが分身スキル『偽の像フェイク・スタチュー』を使える事を知っていたし、だからこそ目を離さず気を抜いてもいなかった。なのにどうして……。


 焦燥感に駆られるオイラとは対照的にジニアはゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「何故いきなり自分の背後から分身が現れたんだ? と、言いたげな顔をしていますね。答えはシンプルです、戦いが始まる前から岩場の陰に分身体を隠していただけのことです」


「くっ……だからわざわざここへ誘導したのか。褒めたくはないけど分身体もかなりの腕力だな。命を捨てて力を得たというのも納得だよ。ただ1つだけ気にかかる点がある」


「何でしょうか? 冥途の土産に答えてあげてもいいですよ?」


「……ルーナスはジニアに対して強化パーツで命を捨てて戦えと命令したのか?」


「いいえ、そんなことは一言も言っていません。単に僕がルーナス様から合成獣キメラ化の仕組みを教えてもらい、自らの意思で強化パーツを両腕に付けたのです。2つ以上付ければ今日明日にも死んでしまう恐ろしい代物ですが大きな力を得ることができますからね。ルーナス様の右腕として使わない理由はないでしょう」


 あのルーナスが他人を大事にするとは思えない。多分、ジニアの忠誠心を踏んで合成獣キメラ化の仕組みを説明したのだと思う。オイラの予想が当たっていればルーナスはとびっきりの下衆野郎だ。


 心の中で沸々と怒りが湧いてくるけれど、今のオイラがやるべきことは怒鳴ることではない。分身体の羽交い締めから離れなければ。オイラは手足に全力を込めた……しかし、分身体は力だけじゃなく締め方も上手くて全く抜け出せそうにない。


 オイラが抵抗している間に距離を詰めたジニアは気味の悪い笑みを浮かべる。そしてオイラの顔と腹を殴り始めた。


「うがあぁっ!」


「アハハハハ! 良い声で鳴きますね勇者パウル。勇者といえど聖剣が無ければ大したことはありませんね。やはり貴方から聖剣アスカロンを奪っておいて正解でした」


「ハァハァ……武器どころか他の魔物から力を借りている分際で偉そうにしてんじゃねぇよ」


「チッ! 勇者ゲオルグに負けず劣らず口の悪いガキですね。そんなに死にたければさっさと殺してあげましょう。しっかり押さえていろよ、分身体ッ!」


 顔に血管を浮かべたジニアはオイラから少し距離を取ると両手に凄まじい火の魔力を練ってこちらへ向ける。あれは恐らく過去にジャス兄へ向かって放った超強力な爆炎魔術だ。しかも、あの頃より基礎能力が上がっているから絶対に喰らうわけにはいかない。



「吹き飛びなさい! エクスプロージョンッ!」



 予想通り巨大で凄まじい破壊力の込められた火球がゆっくりこちらへ向かってきている。こんなところで死んでたまるか、絶対に生き残ってみせる。目の前の火球が実速以上にスローモーションに見えるほど集中したオイラは過去の戦闘経験から生き残る手を模索する。


 脳に大汗を掻き、導き出した手――――それはゲオ兄と初めて戦った時に使った名も無き水属性魔術だった。


 オイラは分身体に掴まれている両腕へ瞬時に粘り気のあるジェルを纏わせる。続けて両腕を勢いよく滑らせて分身体の羽交い締めから抜け出して両足で地面を蹴り、バク宙の要領で分身体の背後へと回り込む。


「オイラの盾になりやがれ!」


 背中を押された声無き分身体は前方によろけると同時に火球と接触し、爆炎に飲み込まれる。その威力は凄まじく、間に分身体を挟んでいたにもかかわらずオイラの体が後ろへ大きく飛ばされる。


 地面をゴロゴロと転がったオイラは慌てて立ち上がり両手に1本ずつ短剣を構える。しかし、ジニアは追撃する事はなくイライラを募らせていた。


「随分とコケにしてくれますね……。いいでしょう、ならばシンプルな近接戦で片をつけてあげましょう。もう、分身体を隠す意味もなくなったことですし2対1で戦わせてもらいますよ」


 そう告げるとジニアは爆炎に飲まれている分身体を1度消失させてから再び分身体を生み出した。


 なんとかエクスプロージョンを防げたものの不利な状況は変わっていない。向こうは本体より弱いとはいえ分身体がいて数的不利はやむを得ない。だから距離を取って個別撃破出来ればベストだけどオイラには虚を突く技は無いし強力な遠距離技も無い。


 となれば、オイラ自身の基礎能力を上げて2体同時に相手しつつ本体を叩くしかない。覚悟を決めて殻を破らなければ。それが例え付け焼刃の戦術だとしても。


 オイラは2本の短剣それぞれに氷を纏わせて3倍近くリーチを長くすると、そこから更に2本の短剣同士をくっ付けて1本の長剣を合成した。オイラの狙いが分からないジニアは訝しげに「何を考えている?」と尋ねる。


 オイラは氷の長剣を腹の前で真っすぐ構えた。今まで敵に見せた事のない構えだ。そして大きく深呼吸をしてから目を瞑り、静かながらも鋭い魔力を身に纏い、ジニアの問いに答える。


「尊敬する勇者の技を借りただけだ。見様見真似だけど必ず倒してみせる……オイラなりの氷炎鬼ひょうえんきでな!」


氷炎鬼ひょうえんきを!? 馬鹿な、そいつはゲオルグだけに扱える強化技だと聞いている。貴方にできるはずが……」


「もちろん完成度はゲオ兄に及ばないさ。でも、オイラなりに使いこなしてジニアを倒してみせる。信じられないならかかってくればいい。分身体からでもいいし、本体からでもいい。いや2体同時でも構わないぞ?」


「くっ……なめた口をッ!」


 危機感ゆえに頭へ血を昇らせたのかジニアは2体同時で真っすぐこちらに向かって拳を繰り出す。普段のオイラなら後ろに逃げるぐらいしか手を打てないけれど、氷炎鬼ひょうえんきによって身体能力向上と冷静さを手に入れた今なら死中に活を見出せるはずだ。


 勇気を奮い、敢えて前へと飛び出したオイラはジニアと分身体が放つ拳の間を高速で通り抜けて背後に回る。続けて瞬時に振り返り、ありったけの力を込めて氷の長剣をジニア本体の背中へと叩き込んだ。


 オイラの持つ氷の長剣は叩きつけると同時にヒビ割れて破片を飛ばし、ジニアの背と口からは血飛沫を飛ばす。


「うぐぁぁっ! き、貴様ァァ!」


「どうしたジニア? 強化パーツを付けて分身まで使っているのに大したことないな。もっとオイラを楽しませてくれよ」


「上等です、その言葉、後悔させてあげましょう!」


 そこからは瞬きすらも躊躇われる近接戦が続いた。攻撃を当てた回数では間違いなくオイラが勝っているけれどジニアのパワーは命中率の低さを補うのに充分で互いの生命力が削られていく。


 恐らく10分以上死闘が続いていたと思う。互いに息切れが激しくなり、先に膝をついたのはオイラだった。足が震えて力が入らない……夢中になっていて気が付かなかったけど、慣れない氷炎鬼ひょうえんきの影響で、とっくに体力の限界にきていたんだ。


「うぅ……あ、足が動かない……」


「フフッ、ここにきて僕に追い風が吹いてきたようですね。ですが、こういう時こそ足元を掬われるものです。ここは近づかず魔術でトドメを刺させてもらいましょう」


 オイラから20歩ほど距離をとったジニアは左掌をこちらに向け、同様に分身体の右掌をこちらに向けた。2つの掌には禍々しい火の魔力が練られており1度に2発エクスプロージョンを放つつもりなのが見て取れる。


 避けるか止めるかしないと……! だけど、オイラの足はどんなに願っても動かない。今回ばかりは打つ手が見つからない。ただただ唇を噛みしめることしかできないオイラにジニアの高笑いが突き刺さる。


「フハハハッッ! これで終わりです! 消えなさい、ツイン・エクスプロージョン!」


 ジニアが魔術名を叫び、今まさに掌から魔術が放たれようとしたその時――――オイラの視界に理解できないものが映りこむ。なんと魔術を発動する直前でジニアの目の前に謎の金属線に繋がれたもりが飛んできたんだ。


 銛はジニアから見て右側から飛んできている。慌てて魔術を中断したジニアは銛の飛んできた方を見つめる。そこには銛を射出したエミ姉が立っていた。それだけでも充分驚きだというのに、そこから更にエミ姉が引き金を引くと、謎の金属筒が銛に向かって高速で引き寄せられていた。


「パウルさんは殺させない!」


 エミ姉が叫んだ直後、銛にぶつかった金属筒は凄まじい爆発を引き起こす。


 ジニアの目の前で起きた爆発は砂埃を舞わせ、ジニアの姿を見えなくする。中々の爆発だったけれど恐らくジニアを倒すには至っていないはずだ。このままだと煙が晴れた後にエミ姉が殺されてしまう。オイラが絶対に止めないと……利用できるものは利用して、何が何でも!


 手が浮かばないなんて言い訳はもう無しだ! 時間にして僅か1,2秒だっただろうか、かつてない集中力を捻り出したオイラは前方に手を出し、粘着糸の魔術スレッドを発動する。


 砂煙の中を進んだ粘着糸はジニアの横を素通りして近くの岩へと付着する。オイラは動かない足の代わりと言わんばかりに思いっきり腕を引き、岩を支点とした反動で大きく跳びあがる。


「走れないなら糸で近寄るまでだ!」


 少し弧を描きながらジニアへ近づいたオイラは再び氷の長剣を作り出して空中で構える。砂煙に飲まれつつも遅れてオイラの接近に気が付いたジニアは当てずっぽうで両腕をクロスし、防御態勢に入る。


「不意打ちか!? 無駄ですッ!」


 これが最後の1撃だ。絶対に決めてみせる! 空中で体を捻ったオイラはありったけの力を込めて氷の長剣を縦回転させる。昔、ジャス兄が大勢の魔物と木々を一刀両断した技『ラグナ・サークル』を思い出しながら。


「こいつで終わらせる! ヘイル・サークルッッ!」


 ジニアの頭上を少しだけ超えてから放った蒼の円刃は無機質で甲高い音で発して風を切り裂き……


「ぐああああぁっ!」


 ジニアの背中を翼ごと削り取る。かつてジャス兄が斬り落とした2枚の翼、そして今、オイラが斬り落とした2枚の翼の計4枚――――全ての翼を失ったジニアは斬り飛ばされた翼と同じタイミングで両膝をつき、うつ伏せに倒れる。


 ジニアは背中から夥しい量の血を流している、もう助かりはしないだろう。奴もまたルーナスに負けず劣らずの下衆野郎だけど、それでも極力殺したくはなかった。加減のできなかったオイラが未熟なのだろう。


 オイラは震える両足でなんとか立ち上がりジニアを見下ろしながら悔いていた。一方、ジニアはオイラとは対照的に悔しがる様子は一切見せず、むしろ不気味に笑っていた。


「ハァハァハァ……クックッ、残念ながら僕の負けみたいですね。仲間の女性に不意を突かれたとはいえ文句を言うつもりはありません。僕も強化パーツを使っているという点では複数人で戦っていたようなものですから」


「……意外と潔いんだな。オイラにとってジニアは憎い仇だ、それでも言い残したことがあれば聞いてやる。何かあるか?」


 オイラの問いかけに対しジニアは首を横に振る。ジニアは遅れて駆け寄ってきたエミ姉に対しても敵意を見せる事はなかった。そして体を反転させて仰向けの姿勢になると太陽に手をかざし、恍惚な笑みを浮かべる。


「何1つ悔いはありませんよ。ハァハァ……最高の生であり、最高の終わり方でした。なにせ命をかけて……貴方たちの戦力を削り……ルーナス様のお役に……立てたの……ですから」


「……ふざけんなよ……何がルーナスの役に立つ、だよ。アイツが部下の事を本当に大切に思っているなら強化パーツなんて……」


「…………」


 オイラの怒りを込めた言葉がジニアに届く事はなかった。あっけなく命を閉じたジニアの顔は遺体とは思えないほど満足気だ。


 やっとの思いでジニアに勝ったというのに……凄く虚しい。気が付けばオイラは地面を殴り、気持ちを爆発させていた。


「クソッ! ジニアに悪事を後悔させてやりたかった。悔しがってほしかった! アイツはジャス兄とガブを……オイラの大事な家族を奪ったんだから!」


 殴りつけて凹んだ地面にオイラの涙が落ちる。仇をとっても戻ってきて欲しいものは戻ってこない。戻ってこないことなんて分かってはいたけれど今の気持ちをどう処理すればいいのか答えが見つからない。


 ただただ泣く事しかできず下を見つめているとオイラの落とした涙の上に人影がかかる。その人影が小さくなると同時に暖かくて優しいエミ姉の両腕がオイラの体を包み込む。


「家族を失う喪失感……私もいくらか理解できます。私も父を亡くし、母の心は今も壊れたままですから。それでも、どうか泣かないでください。これからの未来には新しい家族が……私とゲオルグさんがいるんですから……」


「……エミ姉……。うん、ありがとう……うぅ……」


 泣きながら抱きしめてくれたエミ姉をオイラは抱きしめ返す。エミ姉の言う通りだ、失った者のことを考えて悲しむより、未来に広がる楽しい事へ目を向けよう。


 涙を拭ったオイラは立ち上がった。ゲオ兄と合流し、倒すべき敵を倒し、未来を掴み取る為に。





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