まさか
「パウルと町民たちは大丈夫だろうか? 早く合流しないと」
焦る気持ちとは対照的に俺の体は魔量の枯渇と出血の影響で速く走れそうにない。ここは一旦、馬で移動した方がいいだろうと視線を馬に向ける。すると遠くの方から元盗賊団員たちを連れて馬でこちらへ走ってくるホークの姿が目に映る。
「ゲオルグさん、大丈夫ですか? 迎えに来ましたよー!」
「おお! ありがとな、ホーク。ところで町民たちとパウルの様子は知っているか? 無事だといいんだが……」
「安心してください、全員無事ですよ。今は元盗賊団の別動隊がパウル君を迎えに行っていて、テンタクルスの死体近くで合流する約束になっています。俺の馬の後ろに乗ってくださいゲオルグさん、合流場所まで運びますので」
「お言葉に甘えさせてもらうよ。正直、疲れすぎて馬を走らせるのすら辛かったんだ」
俺が馬に手を掛けてホークの後ろに乗ると元盗賊団員たちは一斉に走り始めた。しかも、何も言わずとも
「大したもんだな。今後は後方支援でも活躍できそうだな。回復魔術を修練していたなんて知らなかったよ」
「ハハッ、ありがとうございます。元々俺たち盗賊は悪事を働く為に魔術を扱っていましたからね。だから普通の人たちよりも少し会得が早いのだと思います。それに最近の俺たちは目標があるから魔術修練も人一倍頑張れちゃうんですよね」
「目標?」
目標という言葉を聞いた時、俺はまだホークから将来の夢を聞けていない事を想いだした。気になってきた俺の心へ応えるようにホークは未来を語る。
「俺たち元盗賊団員たちは将来シーワイル領の
「国衛兵か。まるでマナ・カルドロンみたいだな。シーワイル領にはまだ正式な国衛兵の組織は無いからホークたちが設立してくれると頼もしいな」
「俺たちはマナ・カルドロンの民と国衛兵に散々迷惑をかけてきましたからね。だからこそ今度は俺たちが国衛兵になって昔の俺たちみたいに悪事を働いている奴を捕まえたり、戦って傷ついた人たちを回復して守れる
「そんなことはないさ。立派なもんだよ。ルーナス討伐後の目標って点では俺よりよっぽどカッコいいよ」
俺が言葉を返すとホークたちは照れくさそうに笑っていた。彼らは元々盗賊になりたくてなった訳じゃない、貧しさから仕方なく盗賊になった身だ。だから今、何の迷いも無く善の道を進めることが嬉しいのだろう。
戦争の真っ只中で体も傷ついているというのに今の時間がとても心地良い。俺がルーナスを倒し、彼らの夢を叶えてやらなければ。気合を入れているとホークは後ろにいる俺をチラッと見た後、小声で尋ねる。
「そういえばアイリスさんから聞いたんですけど、ゲオルグさんがやりたい事はまだ秘密にしているらしいですね。こっそり俺にだけ教えてくれませんか?」
ホークは年齢よりも幼く見える悪戯な笑みを浮かべている。アイリスからインタビューを受けた時と比べれば俺の状況は少し変わっているし、もう教えてあげることにしよう。
「実は俺が叶えたいと思っていた願いは昨日の時点で半分叶ってしまったんだ。ちょっとした嬉しい事故のおかげでな」
「半分? 嬉しい事故? どういうことですか?」
「俺の夢は家族を作り、家族で旅がしたいんだ。別にずっと旅をしていたいわけじゃなくて時々でいいから皆で集まって家族旅行に出かけて楽しい時間を共有する、それだけでいいんだ。そして家族を作るという願いは決起集会でエミーリアが勇気を出してくれたおかげで叶った。パウルも俺の誘いを受け入れてくれたしな」
「良い夢じゃないですか。じゃあ後はルーナスを倒せば残り半分の望みが叶いますね。ゲオルグさん、エミーリアさん、パウル君、それとローゲンさん、スミルさんの合計5人ですか。賑やかで楽しそうですね」
「いや、5人じゃない、7人だ。俺には血の繋がっている行方不明の叔母と魔王にそそのかされた弟がいるからな」
残る2人のうち1人はリーサ母さんの妹にあたるレンデ叔母さんだ。母さんが俺を産むためにマナ・カルドロンの実家へ戻っていた頃、色々とサポートをしてくれていたらしいけど、出産以降は音信不通でスミル婆ちゃんは寂しい思いをしている。だからいつか絶対に探し出すつもりだ。
そしてもう1人の俺の家族クレマン――――ライバルであり親友であり弟でもあるアイツは絶対に救ってみせる。ボルトムとジャスを失い、孤独を感じているであろうクレマンに家族の温かさを思い出させてやる。リーサ母さんが残してくれた懐中時計に誓って。
未来への望みに想いを馳せているとホークは親指を立てる。
「手伝えることがあれば何でも手伝うので言ってくださいね。特に人探しは俺たち元盗賊団員の得意分野ですから」
「ああ、ありがとな」
ホークたちの温かさを感じながら馬を走らせること10分。テンタクルスの死体近くにはグリーンベルの町民を中心に多くの人が集まっており、俺の無事を喜んでくれていた。
少し遅れてやってきたパウルとも合流し、多くの仲間たちからヒールとエナジーヒールを受けた俺は体力と魔量の回復を実感しながら皆に感謝の気持ちを伝える。
「皆、本当によく頑張ってくれた。まさか超巨大
俺はテンタクルスの横に並べられている
「残る敵はルーナスとクレマンだけだな。できれば先にルーナスを討伐してクレマンにかけられた三日月の紋章を解除したいところだな。そうすればクレマンを無傷で元に戻せるかもしれない」
――――悪いけど、それは叶わない願いだね
俺の望みを否定する声が突如テンタクルスの死体の向こう側から発せられる。
この声と口調はルーナスだと思うが何故か竜形態の時よりも声が高く、オイゲンの肉体をベースとした人間形態の時よりも少し低いような気がする。
何か嫌な予感を覚えた俺はパウルと共に声のした方へ武器を構える。
「ついにきたかルーナス。すまないが戦う場所を変えさせてもらうぞ。戦いの余波で遺体が傷つけられたら可哀想だからな」
「その必要はないよ。私が片付けておくからね」
「なに?」
俺の中で膨れ上がっていた嫌な予感は次の瞬間頂点に達する。テンタクルスの死体の向こう側で何か途轍もないエネルギーが集中していることを肌で感じた俺は考えるよりも先に大声で叫んでいた。
「みんな! 今すぐ死体から離れろッ!」
俺が叫んだ直後、向こう側から放たれたのは一瞬で汗が噴き出すほどに熱い光線だった。光線は横幅こそ狭いもののテンタクルスの死体を分断するように溶かし、その勢いのまま
あまりに馬鹿げた熱量から発せられる白煙は周囲を包み、ルーナスのものと思われる足音がゆっくりとこちらへ近づいている。煙に乗じて攻撃を仕掛けてくるかもしれないと警戒した俺だったがルーナスが追撃してくることはなかった。
そして煙は徐々に晴れていき、目の前には見たことのない人間……いや竜と人間を足したような生き物が2本足で立っていた。
ルーナスと思わしき生き物はフォルムこそ人間に近いが体格が縦横共に俺の2倍近く大きくて切断したはずの右腕も生えていて、逆に翼と尻尾はなくなっている。頭部は竜形態の時の顔を人間に変換したような見た目をしていて金色の目は相変わらず鋭い。
皮膚は目の周りと頬以外は全て黒曜石を彷彿とさせる
竜形態の時と比較するとサイズダウンしている。
体格だけで見れば以前よりも弱いと思えるだろうが、明らかに身に纏う魔力と闘気が強化されている。俺の背筋には光線の熱とは違う汗が伝い、歴代の敵の中でも群を抜いて危険な相手だと警鐘を鳴らしている。
鼓動を早める俺とは対照的にルーナスは淡々と冷たい言葉を吐き捨てる。
「これで邪魔な死体は片付いたね。これでようやくゲオルグ、パウル君と戦える」
……ルーナスは今、ジニアたちのことを邪魔な死体と言いやがった。仲間の事を何とも思っていないのだろうか?
それに俺のことをいつものように君付けで呼ぶのではなく呼び捨てにしている。肉体の変化と共に精神面でも変化が起きているのかもしれない、探りを入れてみよう。
「随分と変わったな、ルーナス。まさか竜と人間を足したような形態があるなんて思わなかったぞ、しかも右腕を治すってオマケ付きでな。それが本気の姿って訳か?」
「いいや、ゴレガード広場で戦った時の私は間違いなく本気だったよ。君たちと同じく数十日の間に成長しただけの話さ」
「成長だと? 俺には成長を通り越して進化……いや、変化に見えるけどな」
「これだけ姿形が変われば無理もないね。私は今の形態を竜人形態と呼んでいてね。竜人形態について色々と自慢したいところだけど、その前に……」
話の途中でルーナスは視線を南に向けた。さっきルーナスが放った光線は西から東へ大地に裂け目を作り、今はルーナスと俺とパウル以外の人間は南側に立っている。
もしかしてルーナスは町民たちに何かするつもりなのではないだろうか? 焦った俺は慌てて一歩を踏み出す。しかし、俺の手が届くよりも先にルーナスの手から魔術が放たれる。
「邪魔なギャラリーには離れていてもらうよ」
そう呟いたルーナスの手からは強烈な突風が吹き始め、町民たちはたちまち南方向に転がされてしまった。強靭な肉体を持つエノールさんですら吹き飛ばされている事からも相当な威力であることが伺える。
強烈な風魔術をほとんど溜めずに放っていたことにも驚きだが、ルーナスは続けて氷の魔力を手に込めて地面に放つ。放たれた氷のエネルギーは地面に接触すると瞬時に超巨大な半球状の薄い氷で俺とパウルとルーナスを包み込んで隔離してしまった。
ルーナスは飛ばされた町民たちへ聞こえるように声を張り上げて警告する。
「ここからは魔王と勇者たちの戦いだ。力無き者は私たちの戦いを黙って見ていればいい。もし、氷の壁を壊そうとする者がいれば殺す、少し触れただけでも殺す。大人しくしていることをオススメするよ」
氷の壁のせいで町民たちの姿はぼやけてよく見えないが忠告に従って静止しているのは分かる。それでいい、ここからは強い力を持つ者しか戦いの舞台に立つ資格はない。下手に援護しようとすれば人質にされるのがオチだろう。
南側を向いていたルーナスは振り向いて俺たちに視線を向けると両手を広げて笑みを浮かべる。
「ギャラリーの声も聞こえなくなったことだし、そろそろ君たちと私たちの戦いを始めようか。構わないよね、ゲオルグ?」
「構わない……と、言いたいところだがちょっと待て。今、お前は『私たち』って言ったよな? クレマンの姿が見当たらないぞ? まさか、魔王であるルーナスが前座だとでも言うつもりか?」
「随分とおかしなことを言うんだね。クレマン君なら既にいるじゃないか、ゲオルグの目の前に」
「は? 何を言って……まさか、お前……」
俺の頭に最悪な想像が浮かび上がる。言葉を詰まらせる俺を見て冷笑を浮かべたルーナスは自身の右胸を左手で指差す。
「フフッ、ゲオルグの想像通りだよ。クレマン君は吸収させてもらった、私の体にね」