「フフッ、ゲオルグの想像通りだよ。クレマン君は吸収させてもらった、私の体にね」
ルーナスの口から発せられたのは俺が最も聞きたくない言葉だった。こちらを動揺させる為の嘘であってほしいと願った俺は反射的に「嘘だ!」と叫ぶ。しかし、俺の願いは……
――――すまない、ゲオルグ。ルーナスの言っている事は本当だ……
ルーナスの右胸辺りから聞こえてきたクレマンの声によって否定される。おかしい……どうしてクレマンが吸収されたんだ。ルーナスは過去にオイゲンを吸収した結果、弱体化した挙句、50年もの長きにわたり後悔することとなったはずだ。
何故クレマンとの合体は成功しているのだろうか? 聞きたいことは山ほどあるが、まずはクレマンの肉体が人として形を保てているのかが心配だ、尋ねておかねば。
「大丈夫か、クレマン? 声は出せているし、喋り方も元に戻っているようだが……」
「ああ、なんとか無事だ。僕の右手に付いていた三日月の紋章も完全に消滅した。だが、手足にほとんど力が入らないんだ。ルーナスに体力と魔量を吸われ続けているらしい……」
弱々しい声で語るクレマンはルーナスの肉体の内側から手を動かしているのかルーナスの右胸が脈打つように動いている。体力を吸われ続けている現状、あれが内側から起こせる最大限のアクションなのだろう。
「逆に言えば体力と魔量が削られているだけなんだよな? 五感や肉体に損傷はないか? 三日月の紋章が消えたってことは闇に染まっていた心も元に戻ったってことだよな?」
気が付けば俺は畳みかけるように質問を投げかけていた。クレマンが無事だという保証にすがっていたのだと思う。
「肉体も五感も大丈夫だ。ルーナスと感覚を共有しているのか今もゲオルグたちの姿をハッキリ見ることができている。心も元に戻った……と思う。何故なら今の僕の心には後悔と罪悪感しかないからな」
「クレマン……」
三日月の紋章による精神干渉がどのような性質で、どのくらい強いのか俺には分からない。ただ1つだけ確かなのは闇に染まっていた期間の記憶がしっかり残ってしまっているという点だ。現状、肉体的にも弱っているクレマンにとって相当な精神的苦痛だろう。
「クレマンの状況は大体分かった。必ず俺たちがお前を救ってみせる。だからクレマンも頑張れ、そして心を強く保て、いいな?」
「ゲオルグ……すまない、いや、ありがとう。足掻けるだけ足掻いてみせる」
クレマンの心はまだ折れていない、上々だ。あとはルーナスを倒すだけだ。とはいえ今のルーナスは底知れないパワーがある、まずは弱点の1つでも見つけなければ。
俺はルーナスの頭からつま先まで集中して観察する。すると肩を竦めたルーナスが自身の体について語り出す。
「注視しているところ悪いけど私に弱点はないよ。綿密な計画と多くの手順を踏み、ようやく完成させた勇者との合体なのだからね」
「へー、そいつは恐ろしいな。よければ綿密な計画と手順とやらを教えてくれよ。どうせ戦いが終われば俺たちかルーナスのどちらかが死ぬんだ、教えても損することはないだろ?」
「フッ、確かにそうだね。いいよ、教えてあげよう。勇者オイゲンとの吸収合体に失敗してから何十年後だったかな。ティアマト族の石碑を探していた私は究極の合体方法を見つけたんだ。肉体の主導権を私が握り、なおかつ勇者に弱体化の妨害を受けず、竜と勇者の力を足し算する形の合体をね。ひとまず真・吸収合体とでも名付けておこうか」
新しい力を手にしたからかルーナスはいつも以上に
「その真・吸収合体が今の竜人形態ってやつか。で、その方法っていうのは?」
「方法だけで言えば凄くシンプルでね。対象となる勇者に三日月の紋章を与えた後、私が勇者の手に付いた紋章へ触れるだけでいいんだ。でも、条件があってね。勇者に与えた紋章を1度でもいいから半分以上黒色に染めなきゃいけないんだ。紋章を黒くするには心を闇に染める必要があってね。その点ではクレマン君が1番都合の良い存在だったのさ」
その後、ルーナスは如何にしてクレマンを闇に堕としたかを語り続けた。
2年前の
理由はクレマンがコンプレックスを抱えていて1番精神的に揺さぶりが掛けやすいと思ったからだそうで、逆に俺とパウルはいわゆる『光寄りの勇者』だから三日月の紋章を染め辛そうだと判断したらしい。
むしろ俺のことはクレマンのコンプレックスを刺激するのにもってこいの存在だと考えたルーナスは度々クレマンの前に現れては『ゲオルグ君こそ真の勇者だね』と呟いていたそうだ。
ルーナスの反吐が出る下準備に俺は拳を強く握り込み、爪を皮膚に食い込ませていた。
「だからルーナスは『私は勇者のファンだ』なんて適当なことを言いながら俺たちに度々接触してきたわけか。クレマンに接触することが多かったのも吸収相手として調整する必要があったからだな。一方、パウルはクレマンのコンプレックスを刺激する対象にはならないから近づく必要がなかったってことだな?」
「正解だよ、だけどクレマン君を闇に堕とすうえで都合の悪い出来事も起きたんだ。それは
「あの日の一騎打ちまで盗み見していたのか……」
「いや、私自身の目で見た訳じゃないよ。
ようやく合点がいった。ルーナスがやたらとスムーズにゴレガード内部で動けていたのもボルトム王や
もしかしたら
ルーナスは更に話を続ける。
「そしてボルトム王がジャス王子殺害の事実をクレマン君へ吐露した日、チャンスだと思った私はクレマン君に強く揺さぶりをかけた。具体的にはクレマン君の過去の過ちに言及したり、敢えてゲオルグの名を出してコンプレックスを刺激したりとかね。色々と工夫したものだよ。結果は知っての通り成功だ、あの日クレマン君は闇の勇者となったわけさ」
クレマンが行方不明になったタイミングを考慮する限り、恐らくボルトム王が吐露した日とエミーリアがクレマンに刃を向けた日は同日なのだろう。
クレマンにとって、どちらか1つの事件だけでも相当精神的に辛いはずだ。それが運悪く2つ重なり、更にルーナスが言葉巧みに闇へ誘ってきたと考えればクレマンが耐えられないのも無理はない。ルーナスは俺とクレマンの行動をコントロールしたうえで真・吸収合体を完成させたわけだ。
俺はこれまでジニアや
そして、俺が個人的に1番許せないのはクレマンのことだ。約2年もの間、断続的に付きまとわれて精神を削られ、最後には肉体に取り込まれた挙句に人類を滅ぼす為のエネルギーにされている……こんなに悲しくて許せないことはない。
ルーナスは絶対に許せない……俺が、俺たちが
「ぶっ潰してやる!」
「素晴らしい殺気だ、かかっておいでよ。私も新しい力を試したくて仕方がないんだ」
ルーナスをぶった切り、クレマンの体を引きずり出してやる!