俺は聖剣を、パウルは氷の長剣を、ルーナスが拳を構えると静寂が流れる。どうやらルーナスは先に攻めてくる気はないらしい。ならばペースを掴むためにこちらからいくとしよう。俺はパウルだけに聞こえるよう小声で伝える。
「最初から全力でいくぞパウル。ルーナスのパワーは強力だ、身に纏う魔力を少しでも弱めれば1撃が致命傷になりかねないからな」
「分かった。攻め方はどうする? 前衛と後衛に分かれた方がいいかな?」
「いや、常に前後もしくは左右で挟み撃ちになるよう攻撃を仕掛けよう。俺もパウルも近距離戦闘の方が得意だからな。それじゃあ、いくぞ!」
俺が走りだすと同時にパウルは左側から迂回してルーナスの後方へと移動する。俺もパウルもルーナスとの距離を10歩ほど開けたところで互いに目線を合わせて頷き、同時に踏み込む。
「喰らえ!
「ヘイル・サークル!」
俺たちは初っ端から自身の持つ最大火力技を繰り出す。
流石にルーナスも予想できなかったのか「くっ!」と焦りの声を漏らし、両手を広げて同時にガードする。ルーナスの右腕にはバルムンクが、左掌には氷の長剣が衝突し、爆発にも似た衝撃は足元を大きく凹ませて砂塵を巻き上げる。
砂煙によって何も見えないが俺の振り下ろしは間違いなくヒットした。だが、逆に言えば剣の柄が下方向を指していない以上、前回のように腕を斬り落とせてはおらず刃が腕で止まっている事は確定している。やはりルーナスは防御力も上がっている。
徐々に砂煙が晴れていく。そこに立っていたのはバルムンクの刀身を少しだけ右腕に食い込ませ、氷の長剣を左の掌に少し食い込ませて掴んでいる余裕気なルーナスだった。ルーナスは2箇所から紫色の血を流しつつも不敵に笑う。
「フフッ、どうやら思っていた以上に私の肉体は頑丈になっていたようだ。
こいつは本物の化け物になってやがる……。ゴレガード広場で放った俺の
力と力でぶつかっては勝ち目がない。すぐに距離をとらなければ。
「一旦、離れるぞパウル!」
「遅いよ、2人とも!」
俺の声と重なるように反撃の意思を見せたルーナスは手と腕に刀身を食い込ませたまま目にも留まらむ速度で回転蹴りを放つ。その威力は凄まじく一蹴りで俺を左腕のガードごと大きく吹き飛ばし、俺を蹴って減速したはずの脚をそのまま180度回転させてパウルの体も吹き飛ばしてみせた。
「ぐあっ!」
「うわあぁ!」
呻きを漏らし、地面を転がった俺は追撃をさけるためにすぐさま立ち上がる。幸いルーナスは追撃してこなかったものの、何故か俺の左手首に血が付いており、赤い滴が地面に落ちる。
この時、俺は遅れて何があったのかを理解して自分の鼻に手を触れる。すると手には鼻血が付いておりガードした腕が衝撃を抑えきれず顔にぶつかっていたことに気が付いた。馬鹿げた蹴りの威力だ。
興奮して分からなくなっていた左腕と鼻の痛みを悟られないよう気丈に剣を構える。そんな俺を見てルーナスは嘲笑と拍手を贈る。
「流石ゲオルグ、虚勢を張れる程度にはダメージを抑えられたようだね。でも、パウル君は上手く防御できなかったみたいだね」
「なに!?」
ルーナスの向こう側に視線を向けるとパウルは左の肘周辺の皮膚を痣で黒く染め、だらんと力無く腕を下に垂らしている。一撃で左腕が動かなくなるぐらいダメージを負ったようだ。
「す、すまないゲオ兄……」
パウルは痛みを堪えながら謝った。だが、パウルの目にはまだ闘志が宿っている、諦めてない。とりあえず今はパウルに近づいて傍で守りつつ腕が動くようになるまで回復してもらおう。
俺はパウルにアイコンタクトを送り、同時に一点へと走り出して合流する。そんな俺たちを攻撃することなく見つめていたルーナスは俺と目線を合わせると軽く顎を上げ、片手をゆるく持ち上げて手首をクイクイ、と傾ける。あの野郎……かかってこいと煽ってやがる。
だが、パウルの近くに移動できたのはありがたい、次に打つ手を話し合えるからだ。パウルは震える左腕を右手で抑えながら意を決した顔で提案する。
「ルーナスがここまで強いなんて……もう『あの作戦』でいくしかないぞ、ゲオ兄」
「……そうだな、あの作戦ならパウルが左腕を動かせなくても問題ない。虚を突いてダメージを与えることもできるはず。気合入れてやってみるか!」
俺が提案に賛成するとパウルは俺のすぐ後ろにピッタリついて粘着糸の魔術スレッドを俺の背中にくっ付けた。今から繰り出す連携は以前パウルがローゲン爺ちゃんから預かった紙をヒントに生み出された技だ。爺ちゃんの想いへ応える為にも絶対成功させてみせる。
「行くぞパウル!」
「ああ!」
刺突技ゼロ・トラストの構えをとった俺はパウルの気配を背中に感じながらルーナスに向かって走り出す。一方、ルーナスは姿勢を低くして迎撃の構えを見せつつ呆れ気味に溜息を漏らす。
「ハァ……突きがくると分かっていたら回避するのは容易いのだけどね」
ルーナスは油断している、今がチャンスだ! 俺は走りながらゼロ・トラストのモーションに入る。そしてルーナスまで後5歩ぐらいの距離まで近づいたところでパウルが叫ぶ。
「魔力を流し込め、スレッド!」
パウルが叫ぶと同時に俺の背中に張り付いた糸から魔力が送られてきた。糸を通して流れてくるパウルの魔力は俺が纏う魔力とは性質が違うから俺自身を強化することはない。
だが、聖剣に限れば話は別だ。俺の体は振動を伝える糸と同じような役割を果たし、背中、胸、腕、両手を経由してパウルの魔力を聖剣バルムンクへ注入する。紋章を白く光らせた聖剣は
「唸れ、雷撃!」
パウルの叫びと共に剣先からラグナロクを放出し、ルーナスに命中する。
「ぐあああぁっ!」
今、放った雷撃はパウルを持ち主として認めた聖剣アスカロンからではなく聖剣バルムンクを媒介とした撃ったものだ。ゆえに威力は下がっているが、それでもルーナスを硬直させるには十分だった。
雷撃を受けて真っ白に激しく発光するルーナスは正直なところ光が強すぎて視覚では頭の正確な位置が分からない。
だが、俺は
「喰らえッッ! ゼロ・トラスト!!」
空気の壁を轟音と共に突き破る刺突が直撃する。持ち手にかかる岩を突いたような抵抗感……間違いなく俺の突きは肉体へヒットした。発光したまま弧を描いて吹き飛んだルーナスは飛んだ方向へ
ルーナスは倒れたまま10秒以上ピクリとも動かない。静かすぎる状況を不気味に思ったのかパウルは俺の横に移動して呟く。
「全然動かないな……ほ、本当に倒せたのかな、ゲオ兄」
「いや、大きなダメージを与えることはできたが、まだ生きているはずだ。何故なら……」
恐らくルーナスは聖剣バルムンクがヒットする直前に硬直を解き、ほんの僅かだけ上体を逸らしたはずだ。奴の喉ではなく右手側の鎖骨辺りと首の右下部にヒットしたと俺の手に残る感触が告げている。
結果、俺の感覚は当たっていた。首元を赤く染めたルーナスはゆっくり立ち上がると血を垂れ流しながらも余裕だと言わんばかりに笑顔で拍手する。
「素晴らしい連携だね。まさかパウル君が聖剣アスカロン以外の聖剣でラグナロクを発動するとは流石に面食らったよ。やはり聖剣という存在は未知な部分が多くて奥深い。でも、バルムンクを介して雷撃を放ったが故の弊害もあったようだ、そうだろうパウル君?」
「……ああ、ラグナロクを放ったオイラ自身が1番分かってるよ。自分の聖剣じゃなきゃ威力が落ちるってことぐらい。あと少し……ほん少し威力を上げられていたら、お前の硬直時間を伸ばし、ゲオ兄がトドメを刺せていただろうさ」
悔しいがパウルの言う通りだ。ここにきて聖剣アスカロンを奪われた件が響いている。パウルは自分の雷撃が弱かったせいだと責めているが、俺だって刺突があと少し速ければ勝てていたんだ。
畜生……とっておきの作戦だったのに。蓋を開けてみればルーナスは余裕気だ。次に同じ手を打っても虚を突くことはできないだろうし、最悪ラグナロクを避けられる可能性だってある。正直、もう作戦は残っていない。
俺とパウルは生唾を飲んで構えることしかできなくなっていた。一方、ルーナスは頭を掻きながら唸っていた。
「う~ん、単純なパワーではこちらが上だけど、君たちが他にどんな奇策を打ってくるか分からないから慎重にいかないとね。このままだと私が負ける可能性も1,2割程度はあるかもしれない。どうだいゲオルグ、中々の分析力と堅実さだろう?」
「逆に言えば8,9割の確率で勝てると言いたい訳か。パワーだけじゃなくムカつき具合も上がったな」
「いやいや、純粋に褒めているんだよ? 私の予想では、このまま本気を出さずに勝てると思っていたからね」
「……は? まだ本気じゃないと言いたいのか?」
本気を出していないという言葉は既に劣勢である俺たちの心を深く削った。俺の言葉に対して、さも当然のように頷き、左足を前に出してからこちらを見つめたルーナスは少しだけ姿勢を低くしてから告げる。
「確実に勝ちたいから次は本気で行くよ。絶対に勝ちたいからこそ私は『コレ』の使い道を研究していたんだからね」
何かを示す『コレ』という言葉を告げたルーナスは何故か自身の背中に左手を伸ばす。
この時、俺は決して言語化できない、かつてないほどの嫌な予感を覚えた。かなり距離が離れているのに1秒後には殺されてしまっているような…………そんな、おぞましい何かを感じる。気が付けば俺は叫んでいて
「離れてろ、パウル!」
パウルを後ろに蹴り飛ばしていた。結果、その判断は正解だった。ルーナスは背中側に回していた手を自身の前へ超高速かつ垂直に振り下ろす。すると手斧を投げるかのように奴の手の軌道から強烈な火・風・闇属性が歪に混ざり合った
とっさに聖剣を構えた俺は意識を全て防御に割き、聖剣も俺に応えるかの如く守護の白光を漏らす。
業火球は聖剣に触れた瞬間、紅蓮と漆黒に彩られた極太の火柱へと変貌する。猛烈な熱エネルギーと闇属性特有の体力を奪う波動が俺の体を蝕む。
熱く……苦しい……。意識が無くなれば……死ねば楽になるのだろうか? だが、死んでたまるか、俺は勇者だ! それに覚醒を果たした聖剣はダメージを緩和してくれている、泣き言は無しだ!
「うおおぉぉ! 消えやがれ!」
技でも何でもない魔力と気合だけの痩せ我慢を経て、俺の周辺から火柱が消失する。手の先から肘にかけて強く火傷し、滴り落ちる力も湯気が出ているが、まだ剣を力強く握ることができる、問題ない。
業火球を耐えきった俺は視線をルーナスに向ける。その時、俺は我が眼を疑った。
何故ならルーナスの左手には刀身を漆黒に染めた聖剣アスカロンが握られていたからだ。しかも、刀身の根元部分に刻まれている文字はアスカロンではなく『ディザール』へと変貌している。訳が分からない、問い詰めなければ。
「お前がどうして聖剣スキルを使えるんだ? しかも、聖剣アスカロンの名を上書きし、刀身まで変貌させやがって……」
「私が真・吸収合体を望んだのは肉体の強化だけが目的ではないんだ。勇者の血を取り込むことで聖剣を扱う資格を得たかったのさ。それも私の精神を……望みを反映した私だけのスキルをね。聖剣スキルなんて呼び名は魔王として虫唾が走る。だから、魔剣スキルと呼ばせてもらうよ」
「その仕組みってやつも長き研究と調査で得たわけか。1つ教えてくれ。絶大な力と武器を手に入れて俺たちを殺した後、お前は何を望むんだ? ブレイブ・トライアングルを掌握し、圧倒的頂点に立つことだけが望みなのか?」
俺が問いかけるとルーナスは右手の人差し指で魔剣に刻まれたディザールの名を撫でた。意味深な行動の後、続けて魔剣を北に向けると奴らしくない哀愁に満ちた目で語り出す。
「問いに答える前に少し魔剣ディザールについて話させて欲しい。私の母から聞いた話なのだけどディザールという名は、かつて遥か北方の大陸に存在した圧倒的強さを持つ魔人の名前だ。人々を滅ぼす寸前まで戦ったディザールの伝承を聞いた私はディザールに強く憧れを頂くと同時に1つの不安を抱いた」
「不安?」
「分からないかい? ディザールは滅ぼす寸前で人間に負けたんだ。圧倒的な力を以てしてもね。この事実は私が将来的にオルクスシージの外側へ進出した際、大きな壁となる。だから勇者の肉体だけではまだ足りない。武器とスキルも手にして完璧にならなければいけないと考えた訳さ」
「それが魔剣と業火球を放つスキルだったわけか」
「ああ、その通りだ。私は勇者の血を介して魔剣を奮う資格を得たことでスキル『ドラゴン・ブレス』を会得した。竜形態の時に放てていたブレスを複数種類融合して刀身から放出できる究極の魔剣スキル……正に私が望んだ破壊そのものだ」
ちっぽけな俺では話のスケールについていけそうにない。きっとルーナスは全ての存在を越えなければ満足できない
そんなことさせてたまるか! シーワイル領の大切な仲間たちを救うついでに世界も救ってやる。
相変わらず体は痛いが、負けて心を刺されるよりかはずっと軽傷だ。聖剣を構える俺を見てルーナスは苦笑いを浮かべながら肩を竦める。
「やれやれと言うべきかな。パウル君を蹴り飛ばして回避させる迅速な判断、そして聖剣による強固な防御、流石に私の想像を超えていたよ。君の持つ最大の武器は腕力だと思っていたけれど、最も厄介なのはタフさなのかもしれない」
「そりゃどうも。じゃあ褒めたついでに降参してくれるか? お前の最大火力技でもトドメを刺せなかったんだからよ」
「いいや、全く問題ないよ。確かにドラゴン・ブレスは私の最高火力技だ。それを防いだゲオルグは賞賛に値するよ。だけど君たち勇者は2人いなければ脅威ではない」
「なんだと? お前……まさか!」
「まずはゲオルグより遥かに脆いパウル君から消させてもらうよッ!」
突如、声を張り上げたルーナスは鷹のような据わった眼差しと魔剣の先端をパウルに向けた。マズい……パウルに業火球を放つ気だ、絶対に守らなければ!