「まずはゲオルグより遥かに脆いパウル君から消させてもらうよッ!」
僕を体内に取りこんだルーナスが今まさに最悪な狙いを口にする。僕はルーナスを構成する一部分になってしまった以上、悔しいが懇願することしかできない。
「やめろルーナス! やめてくれぇぇっ!」
体内から溢れる僕の声を聞いたルーナスは小さく舌打ちする。
「うるさいなクレマン君。道具は黙っていてくれないかい?」
「くっ……ゲオルグ! なんとかしてくれ!」
僕の声を聞いて頷いたゲオルグはパウルに向かって走り出す。しかし、ルーナスは今日1番の大声で「動くなゲオルグ! そこから1歩でも動いたらパウル君にドラゴン・ブレスを放つ」と脅しをかける。
仕方なく足を止めたゲオルグは青筋を立ててルーナスを睨む。
「てめぇ……パウルを人質にするつもりか? 死なせたくなければ俺が先に死ね、とでも言うつもりか?」
「ハハッ、それもいいね。ゲオルグが自ら命を断てばパウル君だけは助けてやるって筋書きかな? 実に魔王らしくて素敵だけど、そんなことはしないよ。やっぱり最後に殺すのはゲオルグがいい。私にとってゲオルグは最も大好きで、最も嫌いな勇者だからね」
「……それなら何故今すぐパウルに攻撃しない?」
「パウル君の遺言を聞きたいからさ。いや、より正確に言えば遺言を聞いて悲しむゲオルグを見たい……が正解かな」
「くっ……この下衆野郎が!」
「褒めてくれてありがとう。じゃあパウル君、死ぬ前に言い残したことがあれば教えておくれ」
ルーナスは死の宣告とも言える問いかけをパウルに投げた。ところがパウルは一瞬だけゲオルグの方を見つめた後、全く動じる様子を見せず笑う。
「言い残したこと? そんなものはねぇよ。だってオイラは死なないからな」
「ほう……ドラゴン・ブレス回避、もしくは防御する手段があるとでも言うつもりかい?」
「いいや、何にもない、ノープランさ。だけど不思議と確信が持てる、勇者パーティーは絶対に死なないってな」
この時、肉体を共有するルーナスが激しく瞼を痙攣させているのを僕は感じた。怒りか動揺か、もしくは両方か、確実に心を乱していながらもルーナスは声だけは冷静なフリをして魔剣に力を込める。
「ふーん、強がりもそこまでいくと芸術的だね。それじゃあ見せてもらおうか、ドラゴン・ブレスを受けてもなお死なない、パウル君の姿を!」
ゲオルグに放ったのと全く同じ業火球がパウルに向かって放出される。必ず命中させてみせると言わんばかりの速度で赤と黒の光跡が描かれて極太の火柱がパウルを包む。
「ハハッ、結局回避行動も防御も出来なかったじゃないか」
ルーナスが嘲笑い、火柱が消えた後も柱状の白煙がパウルを包み続ける。パウルの命はこんなに呆気ない幕切れなのか? 死体となったパウルを見たくないと願う僕を尻目にルーナスは歩き出す。
「さて、一応死体を確認しておこうか。せめて灰ぐらいは残っていてほしいものだけどね」
一欠片も善の心が存在しないルーナスの笑い声が響く。奴はプレゼントボックスを開けるかのごとくニヤニヤした笑みで白煙の前で止まる。
この時、僕は遅れて違和感を覚えた。パウルが爆炎を喰らったというのにゲオルグが叫び声ひとつあげていない事実に。ゲオルグは自身の痛みにこそ強いが、他者の痛みには人一倍弱い。あいつなら必ず激昂するか、膝から崩れ落ちるはずだ。
なのにゲオルグは何も言わない。僕がルーナスと視界を共有している以上、ルーナスが視線を向けなければゲオルグの様子を確認できないから正確なことは分からない。だけど、これまでゲオルグを見てきた僕なら確信が持てる……アイツは絶対にパウルを守ったと。
僕が願いにも似た信頼を乗せて白煙を見つめていると状況は大きく動き出す。なんと白煙から猛スピードで飛び出したパウルが一瞬でルーナスの懐に入ったのだ。
白煙からの加速は当然、予備動作も踏込みも見えはしない。目で捉えた時には最高速度に達していて反応の遅れたルーナスに対し、パウルは在りし日のジャス兄さんを彷彿とさせる目と動きを以て――――
「ヘイル・サークル!」
蒼の一閃をルーナスの頭部に繰り出す。超反応で直撃を避けようとしたルーナスだったが
「ぐああっ!」
僅かに回避が間に合わず、奴の左目から見える視界は完全に閉ざされる。パウルはルーナスの左目を完全に潰したのだ。
大慌てで後ろに大きく跳んだルーナスは殺意に満ちた唸り声をあげながらパウルを一瞥した後、すぐにゲオルグを睨む。そこには僕とルーナスが目を疑う光景が広がっていた。
驚くことにパウルが受けたはずのダメージがゲオルグに移っていたのだ。僕は何が何だか分からず放心していると、聖剣を一層強く光らせたゲオルグがボロボロになりながらも笑う。
「どうだルーナス? 俺とパウルの連携に一杯食わされた気分は」
「くっ……やられたよ。まさか既に聖剣スキルを開花させていて、更にはパウル君にまで開花したことを伏せていたとは。そのスキルとやらは仲間のダメージを自身が肩代わりするものと考えていいのかな?」
「ああ、その通りだ、スキル名はライフリンク。範囲も広くて、発動中は接続を断ち切ることができない。体力・魔量・防御力に優れている俺にもってこいのスキルだろう? おかげでルーナスの片目を潰す事ができた。どうだ? 遠近感が狂って辛いだろう?」
自己犠牲を躊躇わないゲオルグらしい優しいスキルだ。
これで戦況は五分五分になった……と言いたいところだが正直まだまだルーナスが優勢だろう。いくら頑丈なゲオルグでも、あと数回ドラゴン・ブレスを喰らえば死んでしまうはずだ。
それにルーナスはまだ別の攻撃手段を……とっておきの手を残している。だからヘイル・サークルで首を刎ねることこそが唯一の勝機だったのだ……。
僕はルーナスの体内で絶望する中、ゲオルグは焦げた体にもかかわらずキレよく聖剣を構えて挑発する。
「またドラゴン・ブレスを放つか? それでも構わないがオススメはしないぜ? ルーナスは余裕ぶっているが俺には分かる。その技は相当疲れるだろう? それに発動後は隙もある。パウルが今度こそ首を刎ねるかもな」
「だから諦めろと言うつもりかい? 確かにゲオルグ君を倒さない限り私はずっと2体1の苦しい状況が続くだろう。君の言う通りドラゴン・ブレスにも弱点はある。だったら戦い方を変えるまでさ」
「戦い方を変えるだと?」
「より正確に言えばクレマン君の力を借りて君たちを倒そう。いや、もう借りていると言った方がいいかな?」
「なんだと……どういうことだ!?」
ゲオルグが声を張り上げた数秒後、パウルが突然両膝を地面について息切れし始めた。ついにルーナスは『あの手』を使い始めてしまったんだ。
パウルは息切れしながらも懸命に自身の肉体について説明する。
「ハァハァ……マズいぞ、ゲオ兄。どういう理屈かオイラの体力と魔量の減りが早くなってる。まるで極寒地帯で立っているような……」
「なんだと? 体力と魔量の減り、それによる体のふらつき……もしかしてルーナスは……そういうことか! 今助けるぞパウル、ライフリンク!」
ゲオルグが再びスキルを発動するとパウルの顔色が少しだけ良くなり、代わりにゲオルグの顔が渋くなった。ゲオルグは唇を噛みしめながらルーナスを睨む。
「この感覚はゴレガード城の謁見の間で味わったことがある。ルーナス、お前は体内に聖剣グラムを入れた状態でクレマンの聖剣スキルを使っているんだな? 能力はジワジワと相手の体力と魔量を削る性質ってところか?」
「惜しいね。この能力『
「つまりルーナスが聖剣を握れば聖剣がルーナスの精神を反映した魔剣ディザールへと変貌するが、既に魔剣と化したグラムに触れた場合、ルーナスがクレマンのスキルを使えるってことか。もしクレマンを闇に染めずに聖剣グラムだけを手にしても同じ能力の魔剣が2本手にすることになってしまうわけだもんな」
「そういうことだね。そして聖剣が魔剣に変わればスキルは真逆の性質になる特性があってね。私としては魔剣状態のスキルが欲しかったわけさ。工夫さえすれば複数種類のスキルを使うことができる。真・吸収合体の素晴らしさを分かってもらえたかな?」
「真逆の性質……つまりクレマン本来のスキルは自身の体力と魔量を他者に与える性質があるってことか。勇者らしい立派なスキルだが攻撃性能は無い、だから昔のクレマンは俺にスキルのことを教えてくれなかったってことか。真・吸収合体とルーナスがクソだってことが改めて分かったよ」
恥ずかしいがゲオルグの言っていることは全て正しい。聖剣は持ち主が心の底から望む強さをスキルという形で与えると言われている。だからジャス兄さんは悪の心を持つ者のみを滅する
そして恐らくゲオルグがライフリンクを得た1番の理由は目の前で死んでいく母を救えなかった悔しさが忘れられないからなのだろう。もう大切な人を失いたくはないというゲオルグの優しさと怯えがライフリンクなのだと思う。
一方、僕は僕自身どうして他者に自分の体力と魔量を与える聖剣スキル『メテウス・ソード』を会得したのか未だに分かっていない。
僕だってジャス兄さんに憧れていたから子供の頃は派手で攻撃的なスキルが欲しいといつも思っていた。なのに蓋を開けてみれば地味な回復スキルだ。ヒールやエナジーヒールとは違って完全に等倍でエネルギーを与えられる強味こそあるものの、とても好きになれるスキルじゃなかった。
だが性質が逆転する魔剣スキルとなれば利用価値は激変することとなり、ルーナスはそれを見逃さなかった。今なら分かる、ルーナスの計画の最終到達点は勇者との合体、そして魔剣二刀流であることを。
一旦、僕を闇に堕として聖剣が魔剣に変わるのを見届けた後、奴は渓谷の底にあるアジトへ僕を運び、体を麻痺させてから三日月の紋章をゆっくりと解除した。理由は光の勇者に戻してからでないと肉体が真・吸収合体に適合しないからだろう。
最初にゴレガードの宿屋で僕とゲオルグに接触した時から奴の壮大な計画は始まっていたんだ。本当に……本当に恐ろしい奴だ。僕はもう絶望することしかできない。
僕が絶望している間にもルーナスはゲオルグの体力と魔量をゆっくりと吸い続けている。もう目と耳を閉じて悲しみを遮断したい……そう願う僕とは対照的にルーナスはゲオルグたちを嘲笑する。
「フハハハッ! さあ、君たちがどう動くのか見ものだね。こうやって話している間にもジワジワと命を吸い取られているのだから、さっさと攻撃した方がいいと思うよ。まぁ私は防御主体で戦わせてもらうよ。
「チッ、小賢しい奴だな」
かつてここまで高揚するルーナスを見たことがない。本当に100%、勝利を確信しているんだ。ルーナスは死の宣告とも取れる態度から更に言葉を続ける。
「計画的だと言ってほしいね。地道に準備を重ねてきたからこそ私は手に出来たんだ。勇者との合体、そして2本の魔剣をね。今の私に死角はない、自害したければしてもいいよ? 勇者の癖に勝利を諦めた……なんて笑ったりはしないからさ」
勇者の癖に勝利を諦めた……今の僕に凄く刺さる言葉だ。いや、誰だって今の状況なら諦めたくもなるはずだ。パウルだって僕ほどではないにしろ険しい顔をしているし、ゲオルグだって…………いや、していない?
馬鹿な……目の前のゲオルグは今、少し口角を上げている。決して強がりなんかではない、勝ちを諦めていない顔。それどころか勝機は充分にあると言わんばかりの顔をしている。
僕と同じ感想を抱いたのかルーナスは「何が可笑しいんだい? 気でも狂ったのかい?」と問いかける。するとゲオルグは首を横に振り、人差し指を1本立てて宣言する。
「じゃあ、ここで1つ俺も計画的な男だとアピールさせてもらおうかな。こんな状況でも逆転勝ちできる準備をしていたことを証明してやる」