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第81話 涙と笑顔(クレマン視点)




「じゃあ、ここで1つ俺も計画的な男だとアピールさせてもらおうかな。こんな状況でも逆転勝ちできる準備をしていたと証明してやる」


 ゲオルグの言動に僕は自分の目と耳を疑うことしかできなかった。決して強気を装っているわけではない。自信に満ちた表情で宣言するゲオルグにルーナスは1つだけ残った右目の瞼を痙攣させる。


「ほう……ゲオルグは馬鹿馬鹿しくて面白い冗談が言えるんだね。それともただの強がりかな?」


「強がりじゃないさ。断言してやる、お前はこれから数分もしないうちにクレマンの力を失うことになる」


「へぇ……根拠を聞かせてもらっても?」


「端的に言えばルーナスの吸収合体にはあらがある。そこを突けばクレマンを救うことができる。だが俺の言う粗はあくまで弱点の1つでしかない。ルーナスがやらかした致命的なミスは別にある、それは認識不足だ」


「認識不足? 何が言いたいのか分からないな」


「お前はクレマンという男を舐めすぎなんだよ。今から痛い目をみせてやる」


 そう告げたゲオルグは何故か懐に手を突っ込み、中から懐中時計らしき物を取り出した。


 何がしたいのか全く分からず困惑するルーナスと僕を尻目にゲオルグは懐中時計の突起を操作して、中に入っている1枚の絵を僕たちに向ける。


 その絵を見た瞬間、僕の目から堪えようのない涙がこぼれだす。何故なら目の前にある小さな絵は子供の頃のゲオルグ、赤子の僕、クレア母さん、そして恐らくゲオルグの母リーサ殿が描かれていたからだ。


 きっと目の前の絵は母たちの望んだ未来だ。ずっと声を出していなかった僕は堪らずゲオルグに尋ねていた。


「そ、その絵はなんだ、ゲオルグ!?」


「慌てなくても教えてやるさ。この絵は俺の母リーサが親交のあった――――」


 ゲオルグは体力と魔量を吸われ続けている状況にも関わらず穏やかな口調で丁寧に全てを教えてくれた。懐中時計は人数分あるから僕に渡したいと強調した後、ゲオルグは自身の持つ聖剣バルムンクを哀愁に満ちた目で見つめながら語る。


「俺がライフリンクを発現した理由は恐らく母親を守れなかった事が原因だと思う。もう誰も失いたくなかったからな。でも俺は致命的に勇者の血が薄いからかスキルの覚醒まで2年もかかってしまった。だがクレマンは聖剣を抜いた直後にスキルを覚醒した。お前は本当に凄い奴だよクレマン。全く嫉妬していないと言えば嘘になる」


「ゲオルグ……評価してくれるのはありがたいが、僕は血の濃さに恵まれていただけだ、運が良かっただけなんだ。お前に褒めてもらう資格なんて無い」


「聖剣を扱うのに血が大事なのは確かだ。でも聖剣を抜くだけではなくスキル覚醒にまで至るなら血以外の要素も重要になる。肉体的強さ、魔力、そして勇者として生きる心の強さもな。俺から見ればクレマンは力も魔力も充分強い、だが1番強いのはやはり心だ」


 僕の心が強い? そんなわけがない。僕が強ければ三日月の紋章の侵食を許す事は無かったのだから。そんな僕の分析をゲオルグは否定する。


「だってそうだろう。お前はボルトム王や歪んだ貴族に囲まれて育ち、母親を早くに失っても王子としての立場を死守し、10数年間勇者になるべく己を磨き続けた。逆境とも言える状況から勇者になったクレマンは俺より辛く長い道を歩み進んだ立派な勇者だ。そんなクレマンなら必ず殻を破れる。だからルーナスの体を内側から突き破り、外に出てこい! そして俺から懐中時計を受け取ってくれ!」


 僕がゲオルグより辛い人生を歩んできたかどうかなんて分からない。だが不思議とアイツの言葉には力がある、相手を称える敬意がある。単純だと笑われるかもしれないが少し気持ちが軽くなってきた気がする。でも、それでも僕は――――


「ありがとうゲオルグ。でも、僕にはもう無理だ。僕は罪から逃げたいと思ってしまった。ゲオルグの力を嫉んでしまった。父上を殺したいと思ってしまった。これは全て僕の責任だ、僕の心が弱かったから……。今さら肩を並べて戦う資格はない」


 気が付けば僕は懺悔とも取れる言葉を漏らしていた。


 この言葉を受けてゲオルグはどう思うだろうか? アイツの目を見るのが怖いけどルーナスと視覚を共有している以上、目を瞑る事はできない。


 無慈悲に動いた視線はゲオルグの顔に向けられる……そこにはトゥリモで激怒した時とは少し違う、強い怒りを瞳に宿したゲオルグがいた。


「弱い事は罪じゃねぇ! 弱いなら強くなればいい! 罪深い自分が嫌いなら償えばいい! どんな選択をしようが俺が隣を歩いてやる。だから動け、お前の体には既に動き出す為の力が戻ってきているはずだ!」


 動き出す為の力? 力強い言葉であると同時に何か含みがあるような気がする。あと少しで言葉の意味が理解できそうな気がする……。そう考えている最中、突如心拍数を上げて汗を掻き始めたルーナスは左手から強烈な魔力を纏った氷柱をゲオルグに放つ。


「黙れぇっ!」


 都合が悪くて癇癪を起したかのように放たれた氷柱はゲオルグの聖剣によって間一髪叩き落される。一連のやりとりを経て僕は気付いた、ゲオルグは何か仕掛けていて、それこそがアイツの言う『逆転勝ちできる準備』なのだと。


 聖剣についた氷を手で払ったゲオルグは、したり顔を浮かべると何故か聖剣を背負い、両拳を構えて肉弾戦の構えをみせる。続けてパウルに視線を向けて指示を送った。


「パウル、スレッドを発動して聖剣バルムンクに糸を繋げ。そして俺の拳撃に合わせて雷撃でサポートしろ。離れた位置で雷撃だけに集中すればいい、だから疲れたなんて泣き言は無しだぞ?」


「おう、任せとけ! ジャス兄とオイラのラグナロクで必ずクレマンを救ってやるぜ!」


 パウルは肉体の疲れを感じさせない気概に満ちた表情で親指を立てる。それを見て小さく頷いたゲオルグはルーナスに殴りかかる。


「行くぞ、ルーナス!」


「かかってきなよ、捻り潰してあげるからさ!」


 ゲオルグに応えてルーナスもまた拳撃の構え見せ、2人の殴り合いが始まった。


 何故ルーナスが魔剣を振るわないのか、最初こそ気になったけど理由はすぐに分かった。恐らく魔剣による直接的な剣撃は極端な近距離戦には向かないからだろう。


 魔剣ディザールから放つドラゴン・ブレスは少し溜めがあるし、魔剣グラムから放つ奪取の剣スナッチ・ソードは手でも背中でも体に触れているだけで発動することが可能だ。


 加えて竜人形態のルーナスとゲオルグの体格差、リーチの差はかなりのものだ。長いリーチに魔剣まで持って直接斬っていては懐に入られるのは明白だ。それなら拳や肘で殴り合った方がいいと判断したのだろう。


 だが、殴り合いとは言ってもゲオルグの背後から体を透過して断続的に飛び出す小さく的を絞った雷撃は発動が見えず強力で、動くルーナスの手足に直撃し、勢いを打ち消しつつダメージを与えて打撃を半分以上封じている。


 両手足の打撃と雷撃……手数を増やしたと言ってもいいゲオルグは連撃を重ねる。が、それでもルーナスの体は硬く、奴の一撃はゲオルグとパウルが重ねた連撃のダメージをも上回る威力をほこり、ゲオルグの体に痛々しい痣を刻み続ける。


 それでもゲオルグは楽しそうに笑い、対照的にルーナスは焦りの汗を増やしている。追い詰められているはずのゲオルグが死闘による高揚で徐々に動きのキレを増しているからなのだろう。


「くっ……ちょこまかと鬱陶しいッ!」


「へっ! 力勝負なら負けないと言いたいみたいだな。だったら掴ませてやろうか? ゴレガード広場の時と同じようによォッ!」


 なんとゲオルグはルーナスの両手に自身の両手を重ねて強く握り始めた。ルーナスはチャンスだと思っているだろうか? それとも舐められていると腹を立てているだろうか?


 激しさを増してきた肉体は最早僕にもルーナスの精神状態が読めなくなってきた中、ルーナスはゲオルグに応えるかのように両手を強く握り返す。


 今だけの火事場の馬鹿力なのか両者の握力は拮抗する。僕はかつてないほど固唾を飲んで両者のぶつかり合いを見つめていた。するとゲオルグは何を思ったのか突然、戦いの際中とは思えない、にやけ顔を浮かべて僕に語り掛ける。


「クレマン、急で悪いが俺の自慢話を聞いてくれ。実は俺、昨日エミーリアを嫁さんにすることができたんだ」


「…………はぁ!? こ、こんな時にいきなり何を言い出すんだ、お前は!」


「いいから聞け! エミーリアはこう言ったよ。皆さんの力でクレマンさんを救ってほしい、とな。そして民衆は全員が賛同した。お前はとっくに許されているし、帰ってくることを望まれているんだ。帰らないという選択こそが逃げになるってことなんだよ!」


「帰らないことが逃げ……だと?」


 今も昔も多くの人間を巻き込んで迷惑をかけてきた僕が帰りを望まれている? 僕に帰る場所がある? 罪を重ねた後も生きる世界がある? 考えが追い付かない、頭が破裂しそうだ。それでもゲオルグは言葉を――――夢を語る。


「それにさ、ルーナスを倒した後、俺の望みを叶える為にはクレマンが必要なんだ」


「望み?」


「俺、エミーリア、パウル、ローゲン爺ちゃん、スミル婆ちゃん、母さんの妹レンデ叔母さん、そしてクレマン、俺が家族だと思っている人間全員で家族旅行に行くのが俺の夢だ。

お前は俺の親友であり弟だ、欠席は許さねぇからな!」


 全身を火傷し、血を流し、手が割れんばかりに力を込めている状況で約束を持ち掛ける奴は過去にも未来にも存在しないだろう。僕が幼い頃に夢見た勇者像とは全然違う……だけど、最強で最高の勇者であることは認めざるを得ない。


 ――――僕はもう決めた。抗えるだけ抗ってやる。


「馬鹿野郎……血だらけで家族旅行の話をする奴があるか。こんな滅茶苦茶な奴が勇者なんて世も末だな!」


「ハッ! 声が元気に……いや、生意気になってきやがったな! 心配なら助けてくれ、出来の悪い兄貴をよ! お膳立てはもう終わったぜ?」


 ゲオルグが『お膳立て』という言葉を使ったからなのか、それとも僕が抗う意思を持ったからなのかは分からないが自分自身の体力と魔量が少し回復していることに気が付いた。


 この時、僕はようやくゲオルグが『計画的な男だとアピールしてやる』と言っていた意味を理解する。アイツは途中からライフリンクを僕に繋いでいたのだ。


 ルーナスの肉体に取り込まれて体力と魔量を吸われ続けていた僕は生かさず殺さずの状態を維持されていた。だが、今のルーナスは奴自身気付かないうちにゲオルグの体力・魔量を吸わされていたことになる。


 ライフリンクは紐のように他者が切る事はできない性質なうえに不可視だ。だから遅れて気が付いたルーナスは激昂してゲオルグに魔術を放ったわけだ。そんなルーナスは今、怒りが最高点に達し……


「いい加減にしろ! 目障りなんだよッ!」


 無理やり両手を離し、冷静さと軽薄な口調すらも手放すと両手を背に回して魔剣を抜き出す。そして2本の魔剣をゲオルグに叩きつける為に頭上へと掲げた。


 しかし、魔剣が振り下ろされることはなかった。それどころかルーナスの右手に握られていた魔剣グラムはカランと音を立てて地面に落ちる。何故なら僕が――――


「させるか! クロス・ブレイド!」


 今、放てる最大級の風刃魔術をルーナスの体内から放ち、奴の右脇腹から血飛沫をあげて飛び出したからだ。


 ルーナスの体から出て地面に足を付ける直前、生身の僕を見たゲオルグの目尻には涙が溜まっていた。1秒にも満たない出来事ではあるが、ゲオルグの涙と笑顔を僕は生涯忘れる事はないだろう。


 だが、今は感傷に浸っている場合ではない。地面に着地すると同時に魔剣グラムを掴み、一瞬で魔剣グラムを聖剣へと変質した僕は声を張り上げる。


「まだ、やることは残っているぞ、ゲオルグ!」


「……ああ、そうだな、いくぞ!」


 目を合わせた訳でも、タイミングを合わせた訳でもないが僕とゲオルグは同じタイミングで踏込み、一閃を放つ。


 焦ったルーナスは右腕を前に出して防御姿勢をとるが僕たちの剣閃は寸分の狂いもなく交差し――――



「ぐああああぁっ!」



 ルーナスの右腕が宙を舞う。


 血の弧を描きながら数秒遅れて地面に落ちたルーナスの右腕は肘から先を斬り落としている。遂に僕は外に出られたんだ……ゲオルグと並んで戦えたんだ。


 ルーナスが右腕を失った影響か、周囲を覆っていた半球状の氷壁にヒビが入り、一斉に壊れて氷の雨が降り注ぐ。


 僕たちの元には陽光が差し、ゲオルグはこちらに拳を突き出した。僕もまた拳を合わせて笑顔で応じる。


 右腕を失ったルーナスは夥しい量の血を流しながらも震える足で立ち上がる。


 体内から僕が出てもなお、死ぬ様子もなければ竜人形態も解除されていないようだ。勇者オイゲンを吸収した時は無理やり切り離せば死ぬ可能性が高いと言っていたのに。これが真・吸収合体の凄さなのだろうか?


 恐らく、まだ戦いは終わっていないのだろう。既に僕の体はボロボロだが不思議と負ける気はしない。ゲオルグも同じ気持ちらしく、剣先をルーナスに向けて呟く。


「また右腕を失っちまったな、ルーナス」





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