祝日あらため『三国連盟の日』から12日後の早朝――――俺はベッドの上で目を覚ました。そのベッドは今、ギルドのすぐ南にある新築の家の2階に存在し、フワフワの柔らかさで俺を2度寝に誘おうとしている……だが! 絶対に2度寝するわけにはいかない、何故なら今日は俺とエミーリアの結婚式だからだ。
小さなグリーンベルの中にある教会で式を開くことになるから大勢を呼ぶことはできない、平均的な結婚式と比べれば質素にはなると思う。
でも、俺たちにとっては大事な1歩となるし、結婚式が終われば、いよいよエミーリアとパウルを新居に招いて共同生活が始まることになる。家族という正式な形がスタートするのだ。
俺は朝から教会の中と外を忙しく走り回って準備するぞ! と気合を入れたものの式の始まり自体は昼過ぎからだし、町のみんなが頑張ってくれているから意外とやることがない。正直ちょっと暇なぐらいだ。
仕方なく俺は教会外のベンチでボーっとしていると隣にローゲン爺ちゃんが座って声をかけてきた。
「一足早いが言わせてくれ。結婚おめでとうゲオルグ」
「ありがとう爺ちゃん」
「どうじゃ? 緊張しておるか? ワシは孫の晴れ舞台ということもあって正直緊張しておるぞ」
「う~ん、緊張はあまりしてないかな。でも少し心配している事と気になっている事はある」
「心配しているのはクレマンに同行したカリーがまだ帰っていないことだろう? そして気になっている事はクレマンが言っていた残り2つの贈り物の件だろう?」
流石爺ちゃんだ、よく分かっている。カリーは定期的にグリーンベルへ手紙を送ってくれているし、結婚式にも出席してくれると書いていたけれどクレマンと一緒に何をしているのかはさっぱり分からない。手練れのクレマンが一緒にいるから危険な事にはなっていないはずだが。
そして贈り物のことも気がかりだ。もし、結婚式の最中に使う何かだったら遅れて届いてしまうと切ない事になる。
まぁ、今さら俺がどうこうできる問題ではないし考え過ぎないようにしよう。
そう心に決めてから爺ちゃんと雑談を続けていると――――
ドシン! ドシン!
と、何か踏みしめるような音が聞こえてきて教会外にある池の水面が不自然に揺れ始めた。
こんなめでたい日に魔物の襲撃か? と嫌な予感を抱きつつ音の聞こえてくる教会裏の方へと駆け付けると、そこにはテンブロル君とカリーが立っていた。そして彼らの傍にはテンブロル君の体よりも2倍近く大きい木箱型の荷物、更には俺の背よりほんの少し大きいぐらいの木箱を載せた巨大な連結荷車があった。
訳の分からない状況に困惑することしかできないでいると
「ゲオ兄! 何かあったのか?」
音を聞いたパウルが駆けつけて、カリーの帰還と荷物の大きさに驚いていた。カリー、テンブロル君と魔物の言葉で話し始めたパウルは早速、俺のために通訳してくれた。
「えーと、カリー達が言うにはクレマンから木箱に入れた2つの贈り物、そして青色と黄色の2通の手紙を預かってきたんだってさ。大きい箱が1番目の贈り物らしい。まずはそっちの蓋から開けて欲しいってさ」
俺とパウルは荷車に飛び乗り、木箱をよじ登ってから蓋をズラして恐る恐る中を覗き込む。すると箱の中には俺の人生で見たことがない色とりどりの綺麗な花が入っていた。花束として使える花から鑑賞、設置用に使える花まで様々だ。しかも、すぐさま持ち運んで設置できるよう丁寧に仕分けられている。
「これは驚いたな……クレマンの奴、こんなに綺麗で珍しい花の数々をどうやって集めてきたんだ? これが貴族の財力パワーってやつか?」
我ながら子供みたいな感想を呟いていると俺の言葉を聞いたカリーは首を振り、人間の言葉を頑張って口にする。
「チガウ、花ハ、全部、オルクス・シージ、デ集メタ。デモ、小サイ箱ノ中、モットスゴイ。今、起コスカラ、マッテテ」
「起こす?」
贈り物を起こす――――何やら不思議な言い方をするカリーは小さいほうの木箱……とは言っても縦横共に俺より大きな木箱に手を伸ばす。
その木箱は少し特殊な形状になっており両開き扉のようなものが側面に付いている。カリーはゆっくり扉を開く。すると中には車椅子に座っている若いゴブリンがいた。
そのゴブリンは左腕の肘から先、そして左足の膝から先が失われており、車椅子に座っているのも頷ける。カリーの知り合いだろうか? 俺はカリーに詳細を尋ねようと振り返った次の瞬間、パウルの目から涙が溢れ出し、若いゴブリンの名を告げる。
「ガブ……生きていたのか」
ガブ……それは、かつてスライムだった頃のパウルの親友であり、勇者ジャスと同じ日に亡くなっていると思われていたゴブリンの名だ。
パウルはガブに抱き着くと俺には分からない魔物の言葉で話し、時に大粒の涙を流し、時に笑いながら再会を喜び合っていた。言葉は分からないけれど同様にガブも本当に嬉しそうな顔をしている。
ようやく少し落ち着いたところでハッと我に返ったパウルは俺に全て説明してくれた。
「ガブから聞いた話は驚く事ばかりだったよ、ゲオ兄。始まりのところから話すと、どうやらクレマンがオイラとジャス兄の為にガブの墓を探そうと思ってくれたらしい。詳しくはさっき渡した青い方の手紙に書いてあるから読んでみてくれってさ。でも、黄色い方の手紙は結婚式の後に読んでほしいみたいだぞ」
アイツはどこまで俺たちの為に動いてくれるんだ。喜んで感謝することしかできない自分が歯痒いぐらいだ。パウルの指示に従い青色の手紙を読み始めると、そこにはプレゼントの詳細が書かれていた。
――――驚いてもらえただろうか? 僕が贈った3つのプレゼントはゲオルグ、エミーリア、パウルの役に立てばと考えて贈ったものなんだ。花は他2つの贈り物に比べれば大人しく感じるかもしれないが新郎新婦、特に花嫁にとって式場を綺麗にするのは拘りたい部分だろ? 役に立てて貰えればと思う。これでも、オルクスシージで花を集めるのは結構大変だったんだ、だから大切に使ってもらえると嬉しい。
――――そして、ここからはガブのことについて話させて欲しい。元々、僕はパウルとジャス兄さんが大切にしていたガブの墓を探してあげたいと思い、墓へ案内してもらう為にカリーに声を掛けたんだ。三国連盟の日に間に合えば他の魂と一緒に祈りを捧げられると考えてな。
――――しかし、ここでおかしなことがおこった。ガブについてカリーに何度尋ねても、はぐらかされてしまうんだ。最初は単に僕が嫌われているのかと思ったよ。でも、粘り強く交渉した結果、本当はガブが生きていることが分かったんだ。
――――それじゃあ何故ガブが生存している事をパウルに教えてやらないんだ? と僕はカリーに尋ねた。すると彼女はこう答えた。
『孫のカリーは親友パウルの負担になりたくないと考えている。だから姿を現わさず死んだことにしているんだ。パウルが復讐を望むにせよ、勇者を目指すにせよ、大怪我をした自分は足手まといになるし、きっとパウルは自分の事などそっちのけで僕に構ってしまうから』とな。
――――僕はガブの思いやりに感動した。それと同時に平和を勝ち取った今なら彼らを会わせてやれるのではないかと考えたんだ。そこからは色々な仕事やレンデ殿の捜索と並行しながらガブを探し、パウルとの再会を説得して今日に漕ぎ着けた。
――――無事、なんのトラブルもなくガブが結婚式に出席してくれればと思う。まぁ、ゲオルグとパウルが今、この手紙を読んでいるなら大丈夫だろうな。良い結婚式になる事を祈っているよ。
青色の手紙を読み終えた今、この手紙はパウルが持っていた方がいいだろうと考えた俺は手紙を手渡して感想を呟く。
「ここ最近、俺たちはクレマンの世話になりっぱなしだな。本当に勇者らしい勇者になったもんだ……いや、多分元々はこういう奴だったんだろうな。心の闇を乗り越え、枷を外したクレマンはきっと俺を超える勇者になるだろう。嬉しいような悔しいような、今から楽しみだ」
そして俺は、もう1通の黄色い手紙を読める時を楽しみにしながら胸にしまい、式場の関係者室へ移動することにした。
※
関係者室に足を踏み入れると部屋の奥には、ここ半年ほどで物凄く顔色がよくなったエミーリアの母グロリアさんの姿があった。
グロリアさんの隣に立っていたエミーリアは「あと2時間もしないうちに始まるんですね。見ててね、お母さん、私の晴れ舞台を」と呟き、グロリアは薄く笑みを浮かべて小さく頷く。
そこから更に5分ほど経った頃、関係者室にノック音が響き、外部から来てくれた神父とヨゼフが部屋へと足を踏み入れた。ヨゼフは少し申し訳なさそうに頭を下げると
「申し訳ございません、確認が遅れてしまいましたが、バージンロードはどうしましょうか? シーワイル領で行われる結婚式では基本的に花嫁と父親が歩きますが、それが無理なら母親が花嫁と共に歩みます。ですがグロリアさんはまだ歩くのは難しいでしょうから車椅子を後ろから押す者が必要になります。その役目はやはり家族であるパウルが望ましいと――――」
「……まって……ください……」
ヨゼフの言葉を遮り、突如聞こえてきたのは俺が聞いたことのない、か細い女性の声だった。しかし、今、この部屋にいる女性は2人だけ、エミーリアの声ではなかった。この事実が意味することは1つしかない。俺たちが何よりも望んでいたグロリアさんの声の復活だった。
あまりにも突然かつ驚く事態にエミーリアは「えっ? 嘘?」と目を見開く事しかできなかった。一方、グロリアさんはたどたどしく言葉を続ける。
「私の代わりに……娘と歩いて……欲しい人が……います。そうでしょうエミーリア? 貴女には愛する父が2人……いるのだから」
「……うん、そうだね……ありがとう。お母さん……本当に声、出せるようになったんだね」
体を屈めて泣きながら母を抱きしめるエミーリアに俺もヨゼフも神父も貰い泣きを堪えるのに必死だった。
世界中を旅してでも治したいと思っていた母親が完治に向けて大きな一歩を踏み出したのだ。これほど嬉しい事はない。
エミーリアの母であり、俺の新たな母でもあるグロリアさんは今、強く、逞しく、進んでいる。そんなグロリアさんは心の底からエノールさんのことを認めているのだ。
俺はすぐさまヨゼフに指示を送る。
「ヨゼフ! 今すぐメリッサに頼んでバージンロードを歩くエノールの為にカッコいい服を用意してもらってくれ。探せば何か良い感じの服があるだろう?」
「良い感じのって、そんな適当な……。ですが、はい! 喜んで!」
歳を感じさせない勢いで元気に駆け出すヨゼフ。そんなヨゼフを尻目にエミーリアはまだ泣いていた。
「式の前に泣かさないでよ、お母さん。化粧が滲んじゃうじゃない……」
……もう、あまり時間はないけれど、あと少しだけ2人きりにさせてあげよう。この母娘の時間も結婚式に負けないぐらい大事な時間なのだから。
※
そして結婚式本番。俺たちは豪雨のような拍手と祝いの言葉を浴びながら式を進め、幸せの鐘を鳴らす。
こんなにも幸せでいいのだろうか? と思うほどに幸せだ。今、改めて思い返してみると、これまで経験してきた俺や仲間たちの戦いはマイナスの境遇から0を目指すような動悸がほとんどだった気がする。
だからこそ既に幸せになっている俺がクレマンから贈りものを貰い、皆から祝われ、式場でエミーリアと誓いのキスができている現実が夢なんじゃないかと思えてくる。幸せな結婚式は気が付けば全ての進行を終えていた。
俺は控室に戻り、一息ついていると花嫁姿のエミーリア、そしてパウル、爺ちゃん、スミル婆ちゃん、グロリアさん、レンデ叔母さん、エノールさん、と親族が続々と部屋に入ってきた。
パウルは改めて俺たち夫婦に祝いの言葉を贈った後、人差し指を、トントンと自身の胸に当てる。
「ところでゲオ兄、もうクレマンの手紙は全部読んだのか?」
「ん? いや、まだだ。片付けが全部終わってから読み上げようと思ってな」
「えー、もう読んじまおうぜ。一応、結婚式は終わった訳だしさ。オイラずっと気になってたんだよぉ」
「ったく、背は伸びても落ち着きの無さは変わりないな。分かったよ、じゃあ読み上げるぞ」
俺はクレマンから送られてきた最後の手紙を広げる。
――――結婚式は無事終わっただろうか? レンデ殿とガブを出席させて花まで贈ることができてことを凄く嬉しく思う。自分で言うのも可笑しいが中々頑張ったのではないだろうか? みんなの役に、特にゲオルグの役に立てていたら嬉しいと思う。
――――改めて思うと僕の勇者道はずっとゲオルグを中心に進んでいたと思う。ゴレガード広場で聖剣を抜いた記念すべき日に僕は1対1でゲオルグに負けた。そこからずっと嫉み続け、何度も説教を受け、トゥリモでの一騎打ちを経て自分の小ささを知った。
――――やっと真っ当な勇者になれたと思ったけど、そこからは自分の罪や父ボルトムの悪行に向き合う事となり、僕はまた勇者の資格を失った。だけど民衆はみんながみんな『クレマン様は悪くない』『紋章によって精神干渉してきたルーナスが悪いんだ』と言ってくれた。確かにきっかけはそうかもしれない。
――――だが、闇に堕ちるか堕ちないかの境界線で耐え切れなかったのは間違いなく僕が弱かったからだ。もし、ゲオルグやパウルが同じ状況になっていれば、きっと耐えていたはずだ。
――――そしてグリーンベル平原での最終決戦……最後の最後まで僕はゲオルグに助けられた。もはや宿命とすら感じるぐらい僕はゲオルグに助けられている。我ながら情けない限りだ。
――――でも、同時に思う事があるんだ。それはゲオルグに助けられる度に僕は強くなっているんじゃないかと。自分の弱さを自覚して強くなっていけば、いつか本当の意味でゲオルグを助けられる勇者になれるんじゃないか? とな。だから、ここまでグチグチと弱音のような文章を書き連ねたが弱音だとは思わないでほしい。前向きな反省であり前進だと解釈してくれ。
――――僕はもうゲオルグを超えたいなんて言わないし越えようとも思わない。だけど絶対に、お前の役に立てる男になってみせる。背中を任せてもらえる男になってやる。
――――だから気長に待っていてくれ、親友。
ここまで手紙を読み上げた俺は堪え切れずに泣いていた。美しい泣き顔とは程遠い、大粒の涙と鼻水が入り混じったカッコ悪い泣き方で。
この手紙は言ってしまえば、ただの決意表明だ。誰かが死んだわけでも、今生の別れを告げるものでもないし、憎い敵や悪の親玉を倒した訳でもない。なのに涙が止まらないのは何故だろう。
いや、答えはもう分かっている。子供の頃に爺ちゃんからボルトム王とリーサ母さんの過去を聞き、腹違いの兄弟がいることを知った俺はずっと『兄弟に会いたい』『仲良くなりたい』『横に並んで戦いたい』と思っていた。
ずっと気に掛けていた兄弟が今、
この手紙は母さんから貰った懐中時計と同じぐらいの宝物になりそうだ、大切にしよう。俺は手紙を懐にしまおうと手を動かす。するとパウルが何故か俺の肩を掴んで制止させてきた。
「ちょっと待ってくれ、手紙の下の方に何か続きが書いてあるみたいだぞ?」
「ん? そうなのか? 悪い、みっともなく大泣きしたせいで見落としたみたいだ。読み上げるぞ」
――――追伸 ここまで色々書いて格好つけたところ言いにくいのだが、ちょっと相談したいことがある。実は、お前たちに贈った花はグリーンベルから北西に真っすぐ進んだ先……オルクスシージに存在する野生の花園から取ってきたものだ。
――――ここはブレイブ・トライアングルの領土拡張の為に僕が侵攻調査していた場所なんだ。視界一面に色とりどりの花が螺旋状の大地に咲いている美しい場所だ。僕はとりあえず、この地を『
――――だから結婚式が終わって落ち着いてからでもいいから
――――っというわけでよろしく頼んだぞ、ゲオルグお兄様。
手紙を読み終えた俺は頭を掻きながら笑っていた。
「フッ、なにがお兄様だよ。調子いい時だけ兄扱いしやがって。しょうがない、近いうちに手伝いに行ってやるか。その時は家族みんなでな」
――――じゃあ、私は早速準備に取り掛かりますね。
ん? 今、エミーリアが『早速』と言ったような……。驚いた俺が視線を向けるとエミーリアは既にウエディンググローブを外している最中だった。俺が「流石に行動が早すぎないか?」と止めるとエミーリアは両方のこぶしを軽く上下に振って情熱をアピールする。
「だって
「フフッ」
グロリアさん改め、お義母さんも肯定気味に笑っている。もしかして車椅子を押して、お義母さんまでオルクスシージへ連れていくつもりなのか? お義母さんも一緒に行けるなら俺も嬉しいが……いや、まぁ皆で守れば大丈夫か。
いやいや、でも、こんなに早く俺の夢を叶えていいものなのだろうか? それに魔物が蔓延るオルクスシージが新婚旅行地って……。俺は頭の中で指摘を繰り返すが、パウルや爺ちゃんたち親族も皆、既に行く気満々だ。
展開の早さに追いつけない……。だが、俺は今日からエミーリアの夫だ、後悔の無いように、これだけはエミーリアに聞いておかねば。
「俺はいいけどエミーリアは本当にいいのか? 新婚旅行の地がオルクスシージでも」
「ええ、もちろん。他にも新婚旅行として、行きたいところは沢山ありますけど、それは後日行けばいいので。新婚旅行が1回って決まりはないですから。ほらゲオルグさんもよく言ってたじゃないですか『勇者が3人だって決まりなんかない』って。それと同じですよ」
「それとこれとは全然違うような……。ったく、みんな変なところで行動的だな。フッ、分かったよ、それじゃあ……」
俺は全員の目を見て意思確認をしてから小さく頷き、扉のドアノブに手を掛け――――
「助けに行くとしますか。俺たちの大事な家族を」
俺の望みを叶える歩みを――――新しい家族としての歩みを進めていく。