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第83話 三国連盟の日(パウル視点)




 オイラたちが魔王ルーナス討伐してから早7日が経とうとしていた。


 ルーナス討伐を称えられたオイラたちは耳が痛くなるほどの大歓声に包まれ、揉みくちゃにされた後、エミ姉が仕事場にしているグリーンベル東診療所へと運ばれた。


 オイラもクレマンもダメージが大きくて入院が長引くこととなり明日ようやく退院できることとなった。一方、ライフリンクでオイラたちを沢山庇ってくれたゲオ兄のダメージは大きくて退院までに後30日はかかるらしい。


 この7日間は屋内に籠りっきりだったから体はムズムズしたけれど、それでも同じ屋根の下で勇者3人あらため同じ血を持つ兄弟3人がこれまでの旅路を振り返ったり、くだらない話をする時間はとても楽しくて、かけがえのない時間になったと思う。


 本格的な祝勝会はゲオ兄の体が回復してからにしようとグリーンベルの皆が決めたらしく、今は町の内外問わず復興作業に専念しているらしい。


『まだ運動してはいけませんよ!』とエミ姉から散々釘を刺されたオイラとクレマンは仕方なく夕暮れ時の診療所外のベンチでボーっとしていた。


 オイラとクレマンは共に肩を並べて魔王ルーナスを撃破した仲ではある。だけど、2人きりで話したことはほとんどない。だから何を話せばいいのか分からず正直気まずい。


 ましてやオイラの肉体はクレマンが慕っていたジャス兄の血肉で構成されている。クレマンからしたら複雑な心境だろう。オイラが何も言えずに沈黙していると


「さて、じゃあ僕はそろそろ行くとするか。色々と世話になった。元気でな、パウル」


 立ち上がったクレマンは突然別れを告げる。言葉の意味が分からないオイラはすぐさま尋ねる。


「え? いきなり何言ってんだクレマン。まだ体は治ったばかりなんだぞ? せめて祝勝会が終わってからゴレガード城に帰ればいいじゃないか」


「僕の犯した罪は重く、王にも王子にも相応しくない。だからゴレガード城に帰るつもりはないさ、ゴレガードの復興作業は手伝うけどな。祝勝会も同様だ、多くの過ちを犯した僕が出席する資格なんかないと思ってる」


「クレマン……お前まだ、そんな自分を責めるようなことを!」


「待ってくれ、僕はネガティブな気持ちだけで言っているわけじゃない。色々とやりたいことがあるんだ」


「やりたいことってなんだよ?」


「まぁ、その、ちょっとな。で、そのやりたい事を実現する為には少しの間、ゴブリン族のカリーの手も借りたいと思っている。構わないか?」


 クレマンの狙いがさっぱり分からない。ただ、表情を見る限り何か思い詰めている感じでもない。多分大丈夫そうだ。


「カリーの手を? カリーの了承が得られるなら借りればいいさ。それより勿体ぶらずにやりたい事が何なのか教えてくれよ」


「……そう遠くないうちに教えるさ。もちろんカリーを危険に巻き込んだりもしない。だから安心してくれ」


 やたらと真剣で、だけど吹っ切れた顔をして頼んでくるクレマンを見ていると断ることも引き止めることもできそうにない。


「分かったよ。じゃあオイラは引き止めない。ゲオ兄にも伝えておくよ。次に会う時まで元気でな」


「ああ、ありがとう。パウルもな」







 こうしてクレマンがオイラたちの前からいなくなって更に時間は流れる。祝勝会を大盛り上がりで終えたオイラたちは徐々に元の暮らしを取り戻していった。


 シーワイル領が受け入れた難民たちも段階的ではあるけれど自国へ戻っていき、魔物群に大きく破壊されたマナ・カルドロンの景色も少しずつ復興している。


 50日経っても100日経っても相変わらずオイラとゲオ兄は英雄扱いされて、どこの町に行っても握手や歓声で出迎えられるのがお決まりになっていて、未だにちょっとむず痒い。


 一方、人々からクレマンの噂や動向を聞く事はあまりない。時々、ブレイブ・トライアングル内に強い狂魔きょうまが現れた時や、町のトラブルが起きた時は各地に姿を現わして解決を手伝って回っているらしいが、それ以外ではほとんどクレマンの話を聞かない。


 信じて送り出した手前、クレマンのことが心配だ。オイラとゲオ兄はモヤモヤした気持ちを抱えたまま、気が付けばルーナス討伐から1年が経とうとしていた。







 ルーナスを討伐した日は確か秋と冬の間ぐらいに感じる温度感だったかな? ルーナス討伐を果たした、あの日は人々から平和を勝ち取った日だと称えられ、ブレイブ・トライアングルの祝日に定められて『三国連盟の日』と名付けられた。


 記念すべき1回目の祝日。オイラとゲオ兄、そして町の主要メンバーたちは激闘を繰り広げたグリーンベル北平原――――そこに建てられた数多くの墓の前に立っていた。大規模な戦争とはいえ早い段階で魔王ルーナスを討伐したから死者数は開戦前の想定よりも遥かに少なくなったらしい。


 それでも三国合計で死者数は200人を超えており、数多く並ぶ墓の前ではキュッと胸が締め付けられる。その墓群の中にはゲオ兄が自らの手で建てたジニア、黒陽こくよう、そしてルーナスの墓もある。


 ゲオ兄は名物であるグリーンベル・レモンの酒を墓前に並べて手を合わせた後、懐から2通の手紙を取り出し、手紙の詳細を語る。


「みんな、今日は墓参りに集まってくれてありがとう。実は昨日クレマンから手紙が届いていてな。弔いの言葉と近況報告を兼ねて、墓に皆を集めて俺が読み上げて欲しい、と書かれていた。だから今から読み上げるぞ」


 オイラたちへの挨拶などを含めた前置き少し読み上げた後、手紙にはオイラたちが戦ってきた敵たちについて書かれていた。




――――ジニアとルーナスに対しては死を惜しむ気持ちなんて微塵もない。だが、お前たちは力と存在価値に縛られて道を踏み外した者であり、僕とは部分的に共通している。怪我の光明なんて言うつもりはないが、お前らと出会って僕は自分の心の醜さに気がついたし、自分が大切にすべきものも知ることができた。


――――散々、酷い目に合わされた身だ、礼を言うつもりなんて毛頭ない。だが、結果として得たものだけは報告しておきたいと思う。墓には魂が残るものなのか、死後の世界なんてものがあるのか、僕には分からないけどな。でも、祝日であり命日でもある今日ぐらいは想いを伝えておきたかったんだ。


――――最後にこの言葉を贈る。せめて、あの世では戦いも強さも望まない穏やかな暮らしをしてくれていたらと思う。お前らの事なんか大嫌いだが、善悪問わず全ての者の幸せを望む方が勇者っぽいからな。


――――そして黒陽こくよう。いや、僕の前では本名である『メント』を名乗っていたな。メントは僕のことを良くも悪くも貴族や王子ではなく教え子のように扱ってくれたな。厳しい修行、そして護衛という名の監視、辛くなかったと言えば嘘になる。だが少なからず寂しさは紛れていたと思う。


――――数多くの罪なき人、そしてゲオルグの母リリス殿を殺したことは絶対に許されない。同様に父ボルトムを殺した僕もまた許されないことをした身だ。犯した罪の数に違いはあれど僕とメントには共通する闇があり、共に過ごした時間もある。


――――だからこそ、お前の墓に骨を入れてやりたかった。ルーナスの攻撃に巻き込まれて跡形も無く消えてしまったことがとても悔しい。良い主人になれなくてすまなかった。そして今までありがとう。安らかに眠ってくれ。




 少し言葉を詰まらせながらもゲオ兄は泣かずに手紙を読み切った。オイラは正直、少し泣いてしまったからゲオ兄の逞しさが羨ましい。


 そしてゲオ兄は「じゃあ、2通目も読み上げるぞ」といい、手紙を広げる。




――――最後にグリーンベルのみんな……特にゲオルグ、パウル、エミーリアには本当に迷惑をかけた。危うく僕という存在が世界を滅ぼす魔王を作り上げてしまうところだった。そんな僕は普通なら一生、皆から責められて、殺されてもおかしくない立場だっただろう。


――――だけど君たちは優しかった、本当に優しかった。診療所では毎日大勢の人が見舞いにきてくれて勝利を称えてくれた。この体験は何年経っても昨日のことのように思い出せると断言できる。


――――だけど僕が罪を犯したという事実は消えない。今さらウジウジするつもりはないが、何事もなかったかのように辛かったことを忘れて、のんびり暮らそうとは思えない。そんな自分を許せるはずもない。


――――だから僕は僕なりに前向きな気持ちで償いの道を考えて実行している。ゴレガードに戻って王になり、ゴレガードだけを守るのではなく、ブレイブ・トライアングル全体を、そしてまだ見ぬブレイブ・トライアングルの場所や人も、あらゆるものに救いの手を差し出せる存在になってみせる。


――――その手始めに、まずは僕からグリーンベルに3つほど贈り物をさせてほしい。1つは今日の夕方頃、ギルドに届くはずだ。そしてあと2つは少し準備に手間取ってしまっているのだが12日後……ゲオルグとエミーリアの結婚式当日までには必ず贈らせてもらう。実は風の噂で結婚式の開催日時を聞いていてな。きっと喜んでもらえると思う。


――――今の僕では、まだ結婚式のような華やかな祝いの場所には顔を出せない。ましてや温かいグリーンベルともなればなおさらだ。でも、ゲオルグ、パウルと同じ勇者として、親友として、そして家族として罪を償い続けて、いつの日か僕が自分の足でグリーンベルに行けるようになったら胸を張って直接祝いたいと思っている。


――――それまで僕はゴレガードとマナ・カルドロンの復興と難民救済、そしてオルクスシージの開拓や狂魔きょうまの掃討に尽力するつもりだ。もしかしたら、どこかで顔を合わせて、再び肩を並べて戦う時もあるかもな。


――――誤解の無いように言っておくが、償いはもちろん無理のない範囲で頑張るつもりだ。勇者になってからの3年間で僕は知る事ができたんだ、僕が幸せに生き続けることを望む者がいることをな。


――――だから僕が困っていたら助けて欲しいし、逆にゲオルグとパウルが困っていたら助けを呼んで欲しい。仲間として、友として、家族として、必ず助けに行くから。




「……以上がクレマンから贈られてきた言葉だ。墓参りにも結婚式にも来てほしかったというのが本音だが、クレマンらしい弔いと選択だし、これで良かったと思う。だから俺たちは俺たちでいつも通り暮らそう。そして、いつの日かクレマンにおかえりを言おう」


 ゲオ兄の言葉を受けて全員が力強く頷いた。オイラたちの心は1つだ。今からクレマンに会える日が楽しみだ。


 手紙を懐にしまったゲオ兄は、ここにいる誰よりも晴れやかな顔で告げる。


「じゃあ、墓参りも済んだことだし帰ろうか。祝日だし、今日ぐらいは仕事を休んでギルドでパーッと飲み食いしよう。夕方にはギルドへ何か贈り物も届くらしいからな」


 ゲオ兄の言葉を受けてオイラたちはグリーンベルへと帰り、ギルドに足を踏み入れた。


 墓場で少し湿っぽくなっていた空気もギルドに集まり飲み食いすれば吹き飛ぶもので全員がワイワイと楽しんでいる。


 宴は何時間も続き、べろべろに酔っぱらっている人も増え始めた夕方前、突然ギルドの扉が開く音が聞こえて視線を向けると、そこにはゴレガードの鎧を着た男性兵士が4人並んで立っていた。


 いきなり兵装したゴレガード兵がどうしてここに来たのだろうか? オイラたち勇者の力を借りなければならない緊急事態でも起きたのか? と不安になっているゲオ兄が1番前にいる兵士に尋ねる。


「ゴレガードの兵士さんが来るなんて何かあったのか?」


「いえいえ、今日我々がここに来たのはトラブルや救助要請ではありません。クレマン様から命令……いや、依頼されまして。とある女性を護衛しながらギルドにお連れしたのです」


 兵士が理由を説明すると背高の兵士たちの後方から初老の女性が現れて丁寧にこちらへお辞儀をしてくれた。


 その女性は少し白髪の混じった長い金髪と海の様な青い瞳が特徴的で、少し猫っぽい綺麗な目はまつ毛が長くて品のある感じだ。オイラはその人を初めて見るはずだけど何故だろうか、どこかで見たことがある気がする。


 分かりそうで分からない気持ち悪さを払拭したいと思ったオイラはゲオ兄に意見をもらおうと視線を動かす。


 その時、ギルドの少し奥側の位置から入口側へと歩いてきていたスミル婆ちゃんが手に持っていたコップを落として目を点にする。ゲオ兄も同じく目を点にして口に手を当てて呟く。


「母さん? いや、それは有り得ない。もしかしてレンデ叔母さんか? そうだよな?」


 縋るように尋ねるゲオ兄。そんな問いかけに女性は愛に満ちた笑顔で頷く。


「ええ、そうよ。ゲオルグちゃんからしたら初めましてかな。私は昔、赤ん坊だった貴方を少しだけ面倒見ていたのよ。久しぶりに会えて本当に嬉しいわゲオルグちゃん、それに、お母さんも」


 声にならない声を出して駆け寄ったスミル婆ちゃんはレンデさんを強く抱きしめて大粒の涙を零す。


「ずっと……ずっと……消えたレンデのことが心配だったのよ。もう生きてないんじゃないかって……諦めた方がいいんじゃないかって何度も自分の心に蓋をして生きてきたのよ? うぅ……貴女は今までずっと何処にいたのよ!」


「ごめんなさい、お母さん。実は私、ずっとボルトム王の側近に軟禁されていたの。リーサ姉さんがゲオルグちゃんをサルキリの孤児院に預けたすぐ後に私がいなくなったのは攫われていたからなの。ボルトム王はリーサ姉さんを殺そうとしていたでしょう? いざという時は私を取引材料にするつもりだったみたいでね。逆に私に対しては『屋敷を出たらリーサの命を保証しない!』と少し前まで脅しをかけられていたの」


「そんな……ずっとレンデのことを嘘で脅し、軟禁されていたなんて……。リーサはもう20年以上前に殺されていたというのに」


「クレマンさんから聞いたよ、姉さんは戦って散っていったって。そんなことも知らずに私は屋敷で大人しく生き続けることしかできなかった。いや、殺されなかっただけマシよね。きっと姉さんが死の間際に自爆に近い魔術で暴れた件が響いて貴族は私に手出しできなかったのだと思う。私が抵抗して大暴れしない保証もないわけだし」


 軟禁や取引材料なんて言葉を聞くとジャス兄とオイラを含めた4人の勇者全員にボルトム王の血が流れている事実が本当に嫌になる。きっとオイラたちが知らないだけでもっと多くの人間がボルトム王と王寄りの貴族に狂わされてきたのだろう。


 ルーナスがわざわざ合成獣キメラテンタクルスにゴレガードの貴族を埋め込んだのも腐った貴族を嫌うクレマンに対するささやかなじょうだったのかもしれない。いや、ルーナスのことだから単に愉快だと思って埋め込んだ可能性もあり得るかな。今さら考えたところで真実を知る術はないのだけれど。


 レンデは更に話を続ける。


「そして1年と少し前、クレマンさんがボルトム王を殺したでしょう? そのことを知った側近は王に近い自分たちがクレマンさんに殺されることを恐れて私を連れたまま必死に逃げたわ。だけど最近になってクレマンさんが私を見つけ出してくれたの。半年以上の時間をかけて色々なところで情報を集め、走り回り、必死になってくれてね。理由を聞いたら彼はこう答えたわ『世話になった親友へ、お礼がしたかったからだ』と」


 クレマンは本当に凄い奴だ。誰にも相談せず、たった1人で最高の贈り物をくれたのだから。ゲオ兄の母リーサと直接関わったことのないオイラですら涙が溢れてくる。


 オイラでも泣いているのだからゲオ兄はもっと泣いてしまっているのでは? と視線を向けると意外にもゲオ兄は爽やかな笑顔を浮かべていた。


 ゲオ兄はオイラ、エミ姉、ローゲン爺ちゃん、スミル婆ちゃん、レンデ叔母さん、と順番に視線を向けると


「あと1つ、ピースが揃えば家族旅行の夢が叶うな」


 と、嬉しく噛みしめるように呟いた。





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