この世界に来て、一週間が経過していた。
元の世界では命をかけてエージェントの職務を全うしていたが、責任感で続けていたようなものだ。
だが、こちらでは違う。
責任感もあるが、初めて誰かのために戦いたいと思っている。
かけがえのない仲間や、自分自身のために命をかけるのも良いものだ。
倫理観から職務に疑問を持つことも、同僚や属している組織を警戒することもあまりなさそうに思う。
憧れではなく、純粋に恋や結婚を考えることもできるだろう。
今、改めて思う。
この世界に来て良かったと。
ギルドホールに行くと、周囲から歓声があがった。
「ギルマス補佐ぁ~!」
「魔族相手に無双やったんだって?」
「大ケガしたって聞いたのに、ピンピンしてんじゃね~かっ!この化物が!!」
最後の奴、前に出てこ~い!誰が化け物じゃい!!
「タイガ!もう大丈夫なの?」
フェリが走って、こちらに来た。
「うん。ありがとうな。」
頭を撫でる。
「きゃあ~、あれが噂のナチュラル・ジゴロ・ストロークね!初めて見たわ~。」
なんだっ?
ナチュラル・ジゴロ・ストロークって!?
そんな技は知らんぞ。
「タ、タイガ・・・恥ずかしいよ。」
「ああ、ごめん。」
俺もすごく恥ずかしい。
今度からは気をつけよう。
「おまえなんか、魔族にやられたら良かったんだっ!アホーっ!!」
んん?
声がした方を見ると、こそこそと去っていく見慣れた後ろ姿があった。ああ、いつかアイツに刺されるかもな。自重しよう。
ラルフよ。
頼むから、道は踏み外さないでくれよ。
フェリに連れられてカフェに行くと、リルやパティ、シスとテスがお茶を飲んでいた。
「もう英雄扱いね。」
クスッと笑いながら、リルが声をかけてきた。
「なんであんな騒ぎになっているんだ?」
「やっぱり、自覚がないのね。前にランクSスレイヤーは、大隊と同格の戦力だと言ったのは覚えてる?」
「うん。」
「魔族とランクSが一対一で戦った場合の生存率は、50%くらいと言われているの。」
「そうなのか?」
驚いた。
ランクSの基準がアッシュしかいないしな。
「アッシュもひとりで倒したことはあるけれど、回復魔法を使える者がパーティーにいたから無事に帰ってこれたのよ。あなたみたいに単独で三体も倒して、翌日に平然としていられるなんて普通はありえないことなの。」
「いやいや、体はまだ痛いぞ。」
「でも入院しなかったじゃない。」
少し強い口調で言われた。
心配してくれているのがわかっていたので素直に謝った。
「そうだな。みんなにも心配かけたし、今後はひとりでの行動は慎むよ。」
「そう思ってくれてるなら良いわ。」
ニコッと笑顔を見せたリルに、もしこの子と結婚することがあったなら、尻に敷かれるんだろうなと関係のないことを思ってしまった。
タイミングを見て、俺はアッシュに話した内容をみんなにも伝える。
「それじゃあ、タイガはずっとここにいるのね!」
ずっとかどうかは、わからないがな。
「まあ、そうかな。でも俺の戦い方が魔族の気を引いてしまったみたいだから、みんなには迷惑をかけるかもしれない。」
「何言ってるんだよ。学院でも巡回でも、タイガがいなかったら私たちはここにいなかったんだから。」
フェリとパティの言葉に、シスやテスも頷いてくれている。
「それで、タイガは誰とパーティーを組むつもり?」
ああ、それを忘れていた。
パーティーを組むって言っても、知り合いがあんまりいないんだよな。
「その様子なら決まっていないのね。だったら、ここにいるメンバーで良いんじゃない?」
「良いのか?アッシュとのパーティーはどうするんだ?」
「タイガと出会った時のメンバーは、正式にパーティーを組んでいる訳ではないの。私とフェリは普段は学院に通う必要があるし、ラルフは・・・ね。」
「・・・ね」って。
まぁわかるけど。
闇にひどいなリル。
「私たちも足手まといかもしれませんが、タイガさんやパティとご一緒したいです。」
「そうね。シスとテスは、私たちがフォローをしてレベルアップしてもらうわ。あとは平日にも稼働できる回復役か、前衛がもうひとりいると万全ね。」
「誰か思い当たるスレイヤーはいるのか?」
悪いが、ラルフは嫌だぞ。
「週末だけになるけど、前衛ならひとり希望者がいるわ。」
フェリが気が進まないという感じで、提案してきた。
「誰かな?」
「テレジア・チェンバレンよ。」
「良いのか?大公家のお嬢様だぞ。」
「大公閣下に許可をもらったらしいわ。」
あのおっさん・・・
「良いんじゃない。彼女なら、実力的に問題はないわ。」
メンバーの構成を整理すると、こんな感じだ。
【タイガ】
スレイヤーランク / S
ジョブ / 刀剣士
ポジション / 前衛
【リル】
スレイヤーランク / A
ジョブ / 風属性魔法士
ポジション / 後衛
【パティ】
スレイヤーランク / A
ジョブ / 支援魔法剣士
ポジション / 前衛(後衛可)
【フェリ】
スレイヤーランク / B
※実力はほぼA
ジョブ / 精霊魔法士
ポジション / 後衛
【テレジア】
スレイヤーランク / 未登録
※実力はフェリと同格
ジョブ / 火属性魔法剣士
ポジション / 前衛
【シス】
スレイヤーランク / D
ジョブ / 水属性魔法剣士
ポジション / 前衛
【テス】
スレイヤーランク / D
ジョブ / 火属性魔法士
ポジション / 後衛
前衛と後衛のバランスとしては悪くない。ただし、フルメンバーの場合はだ。
「平日の後衛が必要だな。」
「そうね。パティが支援に特化するなら、前衛でも構わないと思うわ。」
シスとテスの修練は他のみんなにお願いして、残り一名のメンバーを俺がスカウトしてくることになった。ニーナのところにも行きたかったので、自由にさせてもらえるのはありがたい。
「まだ体調が万全じゃないから、あまり無理をしてはダメよ。あと、タイガはすぐに余計なことに巻き込まれるから、自重してね。」
別れ際に、リルからしっかりと釘をさされた。
他のみんなはシスとテスの特訓のために修練場に向かう。
俺は新しいパーティーメンバーを探すあてもなかったので、とりあえず受付に行って、めぼしい人材がいないかを聞くことにする。
「なんでダメなんだよ!」
受付で何かもめてるようだ。
「ですから、あなたは資格を剥奪されているんです。違うギルドに来たからといって、再登録はできません。」
「ふざけるなっ!資格を剥奪されたのは、あっちのギルドでセクハラされてギルマスをぶん殴ったからだ。俺は悪くないっ!!」
職員と、自分を俺と呼ぶアマゾネス系のお姉さんが口論している。
資格剥奪?
あっちのギルド?
ギルマスをぶん殴った?
おお、元気が有り余ってるな。
「あっ!ギルマス補佐、助けてください!!」
へっ!?
「この方が、他のギルドで資格を剥奪されているにも関わらず、こちらで雇えって言われるんです。」
やめて、巻き込まないで。
さっきリルに、「自重して」と言われたばかりなんですけど。
「ギルマス補佐?ってことは、あんたエライんだよなっ?」
そんなことはないですよ~。
「あ、コラっ!目をそらすな。」
天井を見て気づかないふりをしていたら、下から覗きこまれて絡まれだした。
「話くらい聞いてくれよ。」
仕方なく、目線を合わせた。
背が高い。
180センチ近くはありそうだ。ゴツいわけではなく、鍛え抜かれた体をしている。
じっと睨みつけてくる目を見返す。
目というのは正直だ。
後ろめたいものがあれば、直視されると狼狽える。このお姉さんにはそれがない。むしろ訴えるような眼差しをしていた。
ソート・ジャッジメントを発動してみると、この女性の内面は誠実そのものに感じられた。
「わかった。話を聞くから、カフェにでも行こうか。」
職員に後を引き継ぐことを伝えてから移動する。
アマゾネスお姉さんは、少しホッとしたような表情をしていた。
「バーネット・レイクルだ。あんたは?」
言葉遣いは悪いが、自分から名乗る常識は持っているようだ。
「タイガ・シオタだ。」
「え~と、ショタ?」
ショタって言うな!
「呼びにくいだろうから、タイガで良い。」
「じゃあ、タイガ。あんた、ギルマス補佐なんだろ?俺をスレイヤーとして登録してくれ。」
「先に詳しい事情を話してくれないか。」
バーネットは露骨にめんどくさそうな顔をした。