演奏が始まる。
だが、これほどまでに歓迎されなかったバンドマンはいるだろうか。
観客からはヤジが飛び、退屈
観客の反応に
このヤジを聞いていると夏祭りのことを思い出す。
あの日の失敗は彼女たちの心に傷を作り、結果的に軽音楽部の方針を違わせる火種になった。
トラウマを思い出し、
この日のためにたくさん練習してきたものが、一瞬で
その時の精神に与えるダメージは大きすぎる。言葉で表現するには安すぎるくらいに。
二人にトラウマを思い出して欲しくない。そう思っていたが、それは
双子の覚悟を汲み取り、
恐怖は払拭された。なら、もう腹は括っている。
最高の時間を届けるために、
一音、そこから旋律が重なり合い、講堂全体に響き渡る。切なさを感じさせるメロディで観客たちは少しだけ彼女たちの演奏に興味を示す。
しばらくしてベースが加わり、ベース特有の低音がキーボードの音色に混ざり合う。
セッションされることにより、キーボードの時だけには感じられなかった感覚を得る。
徐々に心を刺激されていき、心拍数が上がるような感覚。
そこに追い打ちをかけるようにギターが加わる。
また味が出て、心が高揚。期待感に支配されていく。
前奏のつかみはバッチリだった。
長い前奏だったが、
紡がれた声色は鼓膜を刺激し、耳を癒しの空間へと誘うようだった。
キーボードをメインの音にするべく強調。愛しさと寂しさが混合するメロディへと変化する。
だが、次の瞬間……優しい歌声が一変し、本当に同じ人間から出されているのかと錯覚するほどの力強い歌声が響く。
去年の抱いていた思いと、新たなメンバーで歌を届ける気持ちを『スキノカタチ』という曲に込める。
『好きなものと向き合うこと』
それをコンセプトにした曲だった。
今まで聞いたことのない
一番の見せ所のサビに入り、綺麗な高音が空間に広がる。鳥肌が立つほどの歌声。
もう既にヤジを投げるものは存在しなかった。
ロングトーンを綺麗に処理して、一番が終わる。ここで初めてドラムの登場。自らを
急な曲調の変化。それに伴い、
──
そう思いながら、韻を踏み、クールな歌声でライムを刻んでいく。
初めてのことで上手くいくか不安だったが、ひとつ、ひとつ、丁寧に言葉の意味を噛み砕いていく。
ラップからサビの切り替え。クールな歌声から甘い声色に変え、一番と同じように高音を披露。サビを終えたところで、今度は
本来なら
練習の成果は出ただろうか。あの人たちに恥じない音は紡げているだろうか。
紡がれていく巧みな音は、それだけで上級者と思わせるだけのものが存在した。
部員集めのために、この講堂のステージに立った一年前の出来事。
それの再演かのように、
落ち着いた声色と、癒されるような声色が混ざり、声のハーモニーを作り出す。
観客は二人の歌に釘付けにされた。
会場が揺れるほどの熱狂はない。しかし、心だけは揺れ動いていた。
バラードの持つ不思議な魅力に包まれる観客。
とても緊張した舞台の終焉。四人は観客の方を見て、反応を待っていた。すると……
『アンコール! アンコール!』
最初の反応とは打って変わったものだった。
たったの数分。
感涙しそうになる気持ちをグッと堪えて、MCをしていく。
「ごめんね。時間的に一曲しかできないんだ。本当にごめんね」
『アンコール』は嬉しかったが、文化祭のステージで披露するのは
本当はもっと聴いていたいのだろうが、ルールに従い渋々納得するような形だった。
観客の熱。楽しそうな表情。彼女たちにとってはそれだけでこのステージをやってよかったと思えた。
最初歓迎されなかった時は、またあの夏祭りの再来になるのかと思った。
それが怖くて、絶対に嫌で……心が押しつぶされそうになった。
だが、結果的には大絶賛。
想像だにしない高評価。少しだけびっくりしまっている自分がいることに気づく
双子が目を合わせて何か意思疎通をしようとしている。そして、頷いて……次の瞬間、
「
「そういえば、忘れてた」
演奏に熱中していて、本来の目的を忘れる
そんな彼女は二人の言葉に照れながらも、前に出て言葉を紡いでいく。
「スタープロジェクトっていう音楽の大会に参加してます。よろしくお願いします!」
彼女の言葉に一瞬だけ沈黙ができるが、すぐに活気溢れる声が響き渡る。
「俺、応援するよ!」
「私も!」
「俺も!」
全生徒が
嬉しさに目頭が熱くなってくるが、グッと感情を
そんな時、ある人影を見つけて
「あれって……」
彼女の言葉に
「今、
そんなわけない。そう思ったが、本当にただの見間違いなのか。
自分の目を信じてもう一度その人物がいた方を見る。だが、そこには誰もいなかった。
「気のせいかな?」
「気のせいだよ」
四人は舞台裏へと退場する。そこで喜びを分かち合い、一年越しの成功を祝福した。
「よかったな、
笑みをこぼしながら、そう呟く人物がいた。その人物は観客の中でも一際、彼女たちの演奏を噛み締めていた。
褐色の肌をしたギャル風の女性。名は
彼女は歓声渦巻く講堂を後にする。その時に、「最高だった」とだけ残して。