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第46話 一緒に……

「お疲れ様ー」


『お疲れ様ー』


 乾杯のグラスが揺れる。合図を美月みづきが出し、他の者が続く。


 一同は今、スタジオ『HOPEホープ』にいた。


 目的は文化祭の打ち上げ。しかし、そこには文化祭でステージに立ったものだけでなく、健斗けんと春樹はるきの姿まであった。


「俺たちまでいいのか?」


 全く関係ない自分たちが呼ばれていることに、少しだけ遠慮気味になる春樹だったが……


「いいんだよ。ねっ!」


「いいよん!」


「いいじゃん!」


 美月みづきの言葉に笑顔で答える明里あかりよう。二人も彼らを歓迎してくれてるムードのようだ。


「まぁ、元々はBIGBANGビッグバンの宣伝が目的でしたんで、お二人も同志ですよ」


柚葉ゆずはちゃん、いいこと言うじゃん!」


「えっ……申し訳ありません! 烏滸おこがましいことを」


「そんなことないよ」


 美月みづきがフォローを入れるように言葉を紡ぐ。彼女の言葉に柚葉ゆずはは心が軽くなたような気がした。


「それより……柚葉ゆずはさん」


「はい! なんでしょうか?」


 翔兎しょうとかしこまりながら、柚葉ゆずはを見た。


「あの時はありがとう。おかげで助かった」


「いえ、いえ。あてぃしの方こそ、力になれたのなら嬉しい限りです」


 翔兎しょうととしてはあの大事な場所で熱を出したのを不甲斐なく思っている。だが、誰も翔兎しょうとのことを責めることはしない。


 その優しさが翔兎しょうとにとってもありがたかった。


「それよりさ、ちょっと話したいことがあるんだよね」


「それが僕たちを呼んだ理由だよね。ハニー」


「ハニー?」


 健斗けんとの言葉に咲良さくらが首を傾げた。数秒、考え込んだ後、謎の答えを導き出す。


「もしかして、アンタらそういう関係!」


 ひとりで妄想を繰り広げていく咲良さくら。そんな彼女に美月みづきは「違うよ」と説明。それを聞いて、


「もしかして……三角関係……闇が深いバンドだ……」


 勝手な憶測を並べていく。


 このままでは勝手な憶測で広まりかねないので、翔兎しょうとが説明。


 理解してもらえるまで時間がかかってしまったが、なんとか落ち着いたようだった。


「なんだー、紛らわしい言い方しないでよ」


「いや、早とちりしたのはアナタでしょ」


「てへぺろ」


「古いぞ」


 ちょっと可愛かったが、冷たい表情で春樹はるきはツッコんでいく。


 咲良さくらの勘違いで話が脱線してしまったが、美月みづきは本題へと入っていく。


「えっとね……」


 あれは一週間前のことになるだろうか。


 文化祭が終わった後の部室での出来事。ステージに立った四人と咲良さくらが喜びを分かち合っていた。


*****


「これでスタプロジェクトに勢いがつきますね!」


「うん!」


 ステージで最高のステージができたのも嬉しいが、本来の目的を達成できそうなことも嬉しかった。


 観客のあの盛り上がり様。多分、あの中から配信に来てくれる人はかなりいるだろう。


 集客効果は期待できそうだ。これで一次予選突破に拍車がかかる。それが美月みづきたちにとっては最大の収穫だった。


 皆が喜んでいると突然……美月みづき柚葉ゆずはの顔を凝視した。


「どうしたんですか?」


 突然の行為に柚葉ゆずはが不思議に思う。少し恥ずかしさもあった。


 美月みづきは無言を貫く。


 ずっと見られていることに段々と恥ずかしくなってきて、彼女から距離を取りたくなってしまっていた。


「メガネも似合ってたけど、コンタクトにしたら数倍可愛いよ」


 今の言葉で彼女は顔から火が吹きそうなほど恥ずかしくなった。


 美月みづきから距離を取り、顔を手で隠す。その姿に美月みづきは首を傾げたが、咲良さくら明里あかりよう美月みづきらしさにため息を吐く。


 だが、美月みづきにとっては関係なかったみたいだ。すぐに柚葉ゆずはの方に歩み寄り、手を伸ばした。


BIGBANGビッグバンのメンバーになりませんか」


 放たれた言葉に柚葉ゆずは瞠目どうもくした。


 脈絡のない言葉。なぜ、自分なのか。そんな感情が心の中で反芻はんすうしていく。


 しかし、美月みづきにとっては彼女でなければならない理由があった。


 一緒にデュエットした。その時に思った。


 心の奥底からこの人と一緒に音楽がしたい。また一緒にステージに立ちたい。あれで最初で最後にするなんてもったいない。そう思っていた。それに……


「最初にホワイトちゃん……いや、柚葉ゆずはちゃんに声をかけたよね。その時、迷惑かけられないからやれないって言ってたけど、私、迷惑なんかじゃなかったよ。一緒にステージに立ってわかった。アナタとなら最高の音楽を紡げるって」


 美月みづきの精一杯に言葉を聞いて、柚葉ゆずはは覆っていた手から顔を少しだけ覗かせる。


「ごめんなさい……」


 無意識に出してしまっていた。それが彼女の答えだった。


 彼女の言葉を聞いて、美月みづきは暗い表情を浮かべるが、次の瞬間に、「そっか、一緒にやりたかったけど仕方ないよね」と取り繕った声で言う。


 美月みづきとしては本当はなぜダメなのかを聞きたかったが、ここは彼女の意見を尊重しようと思い、言葉を飲み込んだ。


 思い切っての勧誘だったが、失敗に終わった。


 だが、彼女自身が選んだ結果なら仕方ないと自分に言い聞かせる。そして、話題を変えていく。


「じゃあさ、今度打ち上げしようよ! みんなもいいよね!」


「いいよん!」


「いいじゃん!」


 咲良も同意の言葉を述べ、一週間後に打ち上げをすることになった。


 嬉しそうな美月みづきを見て、柚葉ゆずはは寂しそうな顔をしていた。


 本当は一緒にやりたがったが、これでいいんだ。だって、これ以上夢を見るのは自分には贅沢すぎるから。


*****


『メンバーにならねぇのかよ!』


 話の内容を聞いて翔兎しょうと春樹はるき健斗けんとは激しいツッコミを入れていた。


 今の回想の入りは絶対にメンバー入りするやつだ。拍子抜けしてしまったが、美月みづきはしっかりと謝る。


「みんなまで呼んだ本当の理由はね、明里あかりようBIGBANGビッグバンのメンバーに会いたいって言ったからなんだ」


「そうなんだよん! 美月みづきが一緒にスタープロジェクトに挑む仲間を見ておきたくて……それに……」


「演奏も見たいじゃん! どれだけ凄いのか!」


「だからスタジオで打ち上げね……」


 この場所を選んだ理由の合点がいった。


 BIGBANGビッグバンのメンバーは、双子の要望に応え、演奏体制に入った。


 観客は四人。だが、この四人は今まで聞いてもらったファンの誰よりも特別に思える人たちだった。


 選んだ曲は『CATCH THE DEAMキャッチ・ザ・ドリーム』。美月みづきOCEANオーシャンに出会い、初めて作曲した曲。


 美月のバンド道の原点の曲。


 四人でのお披露目は初めてだ。元々は美月みづき翔兎しょうとのみで演奏した曲。


 前はベースとドラムはなかったので、二つの楽器が加わって味が出ている。


 夢を追うことの素晴らしさやそこから出てくる苦悩などが歌詞に落とし込まれている。


 翔兎しょうとの、もの惜しむような歌声が聞いている人々の胸に響き、心が動かされる。


 彼女たちの歌声を聴いて、柚葉ゆずは羨望せんぼう眼差まなざしをむけていた。


 眩しい。今の美月みづきたちを見ているだけで、あの文化祭の日のことを思い出してしまうから。


*****


あの打ち上げから一ヶ月。健斗けんとは精神安定剤をもらうために総合病院へと来ていた。


 精神科へと向かうためにエレベーターに乗ろうとしていると……見慣れた後ろ姿を見た。


「ハニー?」


 なぜここに……


 風邪でもひいたのか……


 色々な可能性があったが、結局彼女のことが気になってしまった健斗けんとは、ダメだと思っていても後を追ってしまっていた。


「えっ! なんで……」


 美月みづきの後を追いかけた健斗けんとは衝撃の光景を見て、声を漏らしてしまった。


 その声に反応したかのように、美月みづきは後ろを振り向く。


美月みづき、どうしたの?」


「なんか誰かに見られてる様な気がして……」


「気のせいじゃない? 病院なんだから人の目も多いし」


「そうだよね」


 母親の言葉に美月みづきは納得し、診察室へと入る。


 だが、健斗けんととしては頭の中で混乱が起きていた。


 なぜなら、彼女が入って行ったのは乳腺にゅうせん外科だったから。

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