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序章・切っ掛けの少年 25

 審議会が終わり、テラスで会ったユニスを部屋まで送り届けたあと、イオルクは城を出て家路に帰りつく。

(俺への処分か……。何で、食事をしながらなんだろう?)

 手紙を受け取るという行為自体は招待状を受け取ったような感じなのだが、そこで処分を言い渡されというのは、どうにも掛け離れたことのように感じる。

(まあ、処分の言い渡しは早いか遅いかの違いだから、どうでもいいか)

 頭をガシガシと掻いて、考えてもどうにもならないと、イオルクは成り行きに任せることにした。

 そして、そんなことをぼんやりと考えながら歩いていると、イオルクは家に辿り着いていた。

 ジェムの菜園に目をやりながら門から玄関までの途中で、まだ熟していない野菜の幾つかをつまみ食いし、玄関の扉の前でゴクンと全て飲み込んでイオルクは扉を開ける。

 扉を開けた直ぐ側には、そわそわとしたセリアが不安そうに待っていた。

(あ、丁度いいところに)

 イオルクはユニスから貰った手紙をセリアに差し出す。

「ただいま。これ、帰りにユニス様に貰ったんだけど」

「何ですか? これは?」

 無造作に渡された宛名の書いていない手紙を受け取ったセリアは、封筒の中身を読み始めると顔がみるみる変わっていく。

「王様からの食事会の招待状ではないですか! しかも、足蹴にしたことの処分も!」

 セリアが大声をあげて驚くと、イオルクの右腕をガッシ!と掴み、強引にジェムの部屋へと引っ張っていく。

 ジェムの部屋へ入ると、セリアは怒鳴り散らすようにジェムへ説明をしてイオルクを指差す。

「だから、この子に着させる服を貸してあげて!」

「いつもの鎧か、普段着でいいんじゃないの?」

 軽はずみなイオルクの言葉に、セリアの目が吊り上がる。

「いいわけないでしょう! 王様との食事に誘われているというのに! 本当にこの子は……。だから、余所行きの服を用意しろと、あれほど言ったのに……」

 イオルクは頭に右手を当てる。

(そんなこと言ったって、そんな堅苦しいところに進んで行く気なんてないし)

 イオルクは心底嫌そうな顔をジェムに向ける。

「そういう訳なんで……ジェム兄さん、着なくなった服を適当にください」

「適当って……」

 ジェムが項垂れた。

「お前、仮にも王様に呼ばれたのだろう?」

「まあ。でも、ユニス様も一緒なんだから、そんなにめかし込まなくていいと思うんだ」

 それを聞いたセリアがヒステリー気味に声をあげる。

「もう任せておけないわ! ジェム、早く服を選んでちょうだい! この子、馬鹿なのだから!」

「母さん……。本人を前に馬鹿だなんて……」

「貴方は黙っていなさい!」

「…………」

 そこから先、イオルクは何も言えず、言われるがままに食事会へ出席する服を選ぶために何着もジェムの礼服を着せられた。

 そして、セリアの悲鳴が響く中で、イオルクの服選びが終わって夜になる。

 家族の不安な視線を背中に受け、イオルクは本日二度目となる城へと向かうのであった。


 …


 夜の城――。

 普段着ることのない余所行きの礼服に袖を通し、イオルクは城門の受付で王の手紙を見せる。

 もしかしたら、また初出勤の時のように話が通っていないのではないかと思ったが、今回は初めから侍女が案内をしてくれた。

 城内に入ると普段は入ることの出来ない王族の建物に通され、長い廊下を抜け、絢爛豪華な部屋に案内された。

 そこでは既に王と王妃、そして、ユニスが席に着いて待っていた。

 イオルクは、母に教えられたままの挨拶をする。

「本日は、お招き頂き、ありがとうございます」

「堅苦しい挨拶は抜きだ。座ってくれ」

 そう、王が言って右手で対面の席を示すと、イオルクは一礼して王達と同じ席に着く。

(場違いだ……)

 それがイオルクの本心だった。肩回りがしっかりし過ぎて自由の利かない礼服。首周りのタイの締め付けも煩わしい。とてもじゃないが、食事を楽しめそうにはない。緊張というよりも、期慣れない服を着て場違いな王族との同じ席に居ることで、イオルクは知らず知らずに苦しげな顔になっていた。

 それを見た王が、可笑しさを堪えながら言う。

「タイを外しても構わんぞ。私達も、今日は家族で食事を取る時と変わらない服装だ」

「そうなんですか?」

 よく見れば、ユニスの来ている服は普段と変わりがない。王や王妃も協技会や式典で見せていた服装ではなく、ずっと簡素なものだった。

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 イオルクは右手でタイを外すと、そのままタイを上着のポケットへ突っ込んだ。

(ようやく呼吸ができた感じだ)

 イオルクは大きく息を吸って吐いた。

 その様子を見ながら、王は笑って続ける。

「娘から聞いている。言葉遣いも普段のままで構わない」

「へ?」

 イオルクはチョコチョコと右の頬を掻く。

「そこまでして貰っていいんですかね?」

「ああ、構わんよ。変に気を遣わせると、どんどん言葉遣いがおかしくなると聞いているからね」

「そんなことを言ってるんですか⁉ というか! 王様って、こんなにおおらかな人だったの⁉」

 イオルクの驚いた姿を見て、ユニスは可笑しそうに笑っている。

「イオルクにも話したでしょう? わたしだって、家族と居る時は気を抜いているって」

「確かにそうですけど……」

「今夜は、寛いで食事をしてください」

 王妃がイオルクに優しく声を掛けると、イオルクは鼻から大きく息を吐き出して言う。

「そういうことでしたら。分かりました、いつも通りで行かせて貰います」

 そう言い切ったイオルクに、王達は声を出して笑っていた。


 …


 食事はイオルクを気遣ってくれたのだろう。あまり食べ方の分からない高級食や珍味などではなく、素材に拘った一般料理がメインだった。

「さあ、いただこう」

 王の一言で食事が始まり、王と王妃は食事にあわせた酒もたしなんでいた。

 お酒によりアルコールが少し体を火照らせ始めた頃、王は忘れてはいけない肝心なことを先に話し出した。

「イオルク。娘を守ってくれて、本当にありがとう」

 続いて王妃も感謝を述べる。

「心から感謝しています」

 言葉と共に頭を下げられたイオルクは食事の手を止め、側のナプキンで口元を拭いてから言う。

「あんまり気にしないでください」

「気にするさ。親として子供を守ってくれた者に感謝を言えなくて、どうする?」

 意外な言葉だった。

 イオルクは、もう少し上からの目線の言葉を掛けられたり、『当然の役目を果たしただけだ』というようなことを言われると思っていた。

 それはティーナやイチが例外で、イオルクが接してきたほとんどの上官が嵩(かさ)に懸かる言い方をしてきたからだった。

 イオルクはチラリとユニスを見る。

(ユニス様を育てたのは、この人達なんだよな。だとすれば、そんな偏屈な考えをするわけないか)

 イオルクは王の言葉を肯定して頷く。

「それもそうですね。じゃあ、素直に受け取ります」

 そう答えたイオルクに、王妃は不思議そうに顔を向ける。

「貴方って変わっているわね。普通は直ぐに受け入れずに建前を述べる人が多いのに」

「感謝を受けないなんて失礼じゃないですか。それに、そんな回りくどいことをして飾らなくても、ちゃんと心から出た言葉は伝わります」

 イオルクの言葉に、王と王妃の頬が緩む。

「……そうね。貴方みたいに建て前など気にしなければ、皆、どんなに楽か」

 ユニスが身を乗り出すようにして王妃に言う。

「イオルクは前にわたしを助けてくれた時も、ティーナに同じ様なことを言っていたわ」

「イオルクは出会った時から変わらないのですね」

 親子の会話を聞いていたイオルクは、そっと口元に右手を当て小声でユニスに言う。

「よく覚えてますね? 俺の言ったことなんて」

「心に残ったから」

 ユニスは微笑んで答えた。

 その後も、笑いが途切れることはなかった。イオルクの話は、今まであった騎士のどれとも違う魅力があったからだ。

 見習い時代の上官にした悪戯、仲間内でよく出入りをしていた飲食店が代々同じ店を使用していたこと、式典の最中に何度かユニスに向かって変な顔をして笑わせようとしたこと……。

 もう少し言うなら、普通の騎士なら王を前に言えない本音をイオルクは語っていた。

 そんなイオルクの話を、王は懐かしいと感じていた。騎士の仕来りを覚えていない見習いの雰囲気。こんな感じで仲間と過ごした時間が確かにあった。

(だから、あの時、見習いに戻されたのかもしれない……)

 今、イオルクは皮の鎧を着けてない余所行きの服だが、態度、口調、話の内容が王をまた見習いまで戻させていた。


 …


 そして、食事が終わり、侍女達が食べ終えた食器を片付け、テーブルの上には飲み物だけが残る。

 王は見習いを懐かしむ時間を終わりにして、静かな口調でイオルクに話し掛けた。

「今日、呼んだ理由は分かるね?」

 イオルクは、王に静かに頷いた。

「はい。審議会で問題視されたことですよね」

「そうだ。もし、君が王なら、王を足蹴にした騎士に、どんな罰を与えるべきだと思うかね?」

「…………」

 イオルクは暫し考え込み、迷わずにはっきりと答えを返す。

「俺が王なら罰を与えません」

「……そうか」

「でも――」

 続く言葉に王達の視線が集まる。

「――俺に俺を罰する権利をくれませんか?」

「…………」

 場は静まり返った。

 誰も答えの意味が分からないでいた。

「イオルク、どういうこと?」

 代表するようにユニスがイオルクに訊ねた。

 イオルクは小さな笑みを浮かべながら答える。

「審議会の反応を見て、分かっちゃいました。世間的には許せないんだろうなって」

「それで罰を受けることを決めたの?」

「はい」

「わたしは納得いかないわ」

 昼間、イオルクが審議会で話していたことを聞いていたユニスは、一方的にイオルクが悪いとは思いたくなかった。確かに王を踏み台にしたことは礼儀を欠いたことかもしれない。

 しかし、そこにはそうしなければいけない理由もあった。ユニスは、あくまでイオルクの味方だった。

 不満そうな顔を浮かべるユニスに、イオルクが続ける。

「でも、俺が罰を受けないと、王様が困っちゃいますよ?」

「何故?」

「だって、皆で『罰を下せ!』ってなってる中で、王様だけ反対したら『えー』って、なりますよ」

「そんな輩は、権力で押さえつければいいのよ!」

「過激ですね、ユニス様……」

 王は、イオルクとユニスの会話を聞きながら悩んでいた。

 そして、本音を口にする。

「審議会のことは知っている。正直に言うが、私は審議会での君の意見を尊重している。君に罰を与えたくないのが本音だ。さっき、君に『罰を与えるか?』と質問したのは、同じ立場での君の意見が聞きたかったからだ。だから、君に罰を与える権利などあげられない」

「そうすると、国が荒れますよ? 今、騎士団には結束が必要なはずです。一年に二度も侵入者を許してしまった騎士団を王様が中心に立て直さなければいけない。そんな時に、俺のせいで王様の信頼に皹を入れるわけにはいかない」

「しかし――」

「しかしもカカシもないです!」

 突然イオルクが強い言葉を発したので、全員が驚いた顔になる。

「ユニス様が、また狙われるかもしれないのに何を言ってるんですか!」

(何で、この子がユニスのことで王様を叱っているのかしら?)

 王妃は立場が逆じゃないかと思いながら、イオルクの話に耳を傾ける。

「あの審議会を見たでしょう! 暗殺が起きたことを終わったことにしてしまっているんですよ! 式典の広場が如何に危険だったか、誰も気づいていない! あんな弛緩した状態で騎士団に気合いなんて入れ直せないですよ! 王様自ら指揮を執って、騎士団の再教育と新たなシステムを作らんといけないのです! ――そして、ユニス様!」

「わたし⁉」

 急に名指しされ、ユニスは自分を指差した。

「いつまでも好き勝手をしてはいけません! いい加減に自分の親衛隊をちゃんと組織しなさい!」

「でも……」

「我が侭、禁止! 立派な従者が二人も居るんだから、隊長達に組織して貰いなさい!」

「だけど……」

「そうしないと、今度は隊長がユニス様を庇って死ぬことになるかもしれないんですよ!」

 ユニスはビクッと一瞬震え、ティーナが庇ってくれた光景を思い出す。

 イオルクは一息つくとグラスの液体を一気に呷り、ダンッ!とグラスを置いた。

「俺は、ユニス様が好きです!」

 突然の告白にイオルクを除く全員の目が見開く。

「隊長も好きです!」

(((そういう好きか……)))

「イチさんも好きです! 王様も王妃様も俺の家族も好きです! だから、この国を守らねばならんのです!」

 テーブルの瓶から液体をグラスに注ぎ直し、イオルクは一気に呷る。

「故に、俺が罰を受けて守ります!」

 イオルクは再びダンッ!とグラスを叩きつけた。

(((……もしかして、酔ってる?)))

 言動もさることながら、真っ直ぐに立っていられずにフラフラとしているイオルクを見て、どこかおかしいことに王達は気が付いた。

 定まらない視点のまま、イオルクが続ける。

「俺は、この国を出ます!」

「な、何を言って……」

 イオルクの顔が王へと向く。

「俺を十年間、国外追放にしてください!」

「な……⁉」

 王が言葉を返す前に、ユニスがテーブルを叩いて立ち上がった。

「イオルク! 何を言っているの!」

「ユニス様……もう……決めたん…です」

 イオルクの意識が持ったのは、そこまでだった。

 ガクリと膝の力が抜け、イオルクは盛大に頭をテーブルに叩きつけると、頭をテーブルに突っ伏した姿勢で椅子に体重を預けて眠り込んでしまった。

「イオルク……どうして?」

 眠り込むイオルクにユニスが不安な目を向け続けていると、王はユニスの肩に手を置いて微笑む。

「酔っていたのだろう。本心ではないさ」

「そう……ですよね」

 ユニスは無理に納得しようと、王の言葉に頷いた。

 そして、ユニスの前で眠り続けるイオルクの頭を王妃が突っつく。

「この子、いくつなの? 背が高いから大人だと思っていたのだけど」

「十六歳のはずです」

「……しまった。未成年だったのか。知らずに酒を飲ませてしまった」

 王は額を手で押さえてイオルクの顔を覗き込むと、イオルクはだらしのない顔で、いびきを掻いていた。

「これでは、話が出来ないな」

「このまま家にも送り返せないですね。まさか、王様が未成年にお酒を飲ませてしまったなんて言えませんから」

「いつ勧めたかな?」

 王が腕を組んで思い出している横で、ユニスは思い出す。

(確かイオルクって、食べ切れなかったり、飲み切れなかったりしたものを片っ端から全部処理していたような……封の空いてない飲み物も)

 ユニスと違い、思い出せない王は自分の非を認める形で諦めた。

「仕方ない……。すまないが、侍女に言ってブラドナー家に連絡を入れてくれ」

「ふふ……。分かりました」

 王妃は微笑むと席を立つ。

「明日、再度話し合おう。イオルクを客間の寝室へ運ばなくてはな」

 王がイオルクを背負って運び出すと、期待を裏切らないイオルクの行動に、ユニスは笑いが込み上げた。

(きっと、酔っていたから、あんなことを口走ったのよね)

 イオルクの口から出た、予想外の言葉。

 ユニスは笑いながらも、一抹の不安を拭い切れなかった。

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