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材料編  19

 翌日――。

 エルフの里は温かい日差しを湛えていた。

(窓から差し込む日の光が柔らかい……)

 イオルクはエルフの里で迎えた朝に、そういう印象を持った。

「いいところだな。暖かくて」

 エルフの里も人間の世界と変わらず、気温は一定だ。しかし、里より上の山頂には四季が備わり春夏秋冬に移り変わる。コリーナの話では、その恩恵が里にもあるという。イオルクが砂漠で聞いたのは春の雪解け水が飲み水に影響を与えるというものだった。

 そして今、イオルクが感じている暖かさは人間の住む土地よりも強い日差しからくるもので、山頂は季節の中でも夏に向かう人里よりも暖かい時期を迎えていた。

 与えられた部屋のベッドの上で、イオルクは大きく伸びをする。

「さて、どうやって過ごそうか? 人間がエルフの里をウロウロしていてもいいのかな?」

 警戒させてはいけないと、既に昨日の夜から武器の扱いには気を付けている。武器と皮の鎧は部屋の隅に置いてあるリュックサックの隣に置かれ、滞在中は意味もなく持ち出さないことを決めている。

「なるべく携帯しない方がいいよな」

 イオルクはベッドの上で胡坐を掻き、右手で頭を掻く。

「俺……本当にエルフ達の住んでる里に居るんだな」

 空想上の存在だと思っていたエルフが実在すると知ったのが八日前。その日に一生に一度会えるかどうかというエルフに出会い、昨日は見渡す限りのエルフに囲まれた。

 そして、そのエルフ達の住む里に滞在して一夜を明かした。

「どうなってんだかな~」

 まるで絵本の中の物語に組み込まれてしまったような感覚だ。コリーナと出会ってから今日まで物語が続いているような気がしてくる。

 しかし、物語ではなく現実であることを告げる、ドアをノックする音が響く。

「どうぞ」

 イオルクの返した言葉で部屋に入ってきたのはコリーナだった。コリーナは人間の町で買った、昨日とは別の服を着ていた。

「おはようございます」

「おはよう」

「食事の用意が出来ましたよ」

「ありがとう。――何か悪いね。泊めて貰っちゃって」

 右手を頭に置いてイオルクがお礼を言うと、コリーナは両手を前に重ねて答える。

「気にしないでください。お父さんとお母さんに聞いたら、私の方こそ沢山のお金を使わせてしまったみたいで」

「服を買った時のことは気にしなくていいって言ったじゃないか」

 コリーナは視線を落として続ける。

「そう言われて納得したつもりだったんですけど……。わたし……自分が当たり前のように着ていた服を一着作るのがどれだけ大変なのかを知らなくて……。その対価を人間はお金で支払うことにも無頓着で……」

 俯いたコリーナにイオルクは言う。

「コリーナは人間の生活なんて知らなかったんだから仕方ないさ」

「でも……」

 子供なのに気を遣うコリーナをイオルクは可笑しそうに笑いながら言う。

「じゃあ、お相子にしよう。俺、おじいさんと会話ができるまでお世話にならないといけないから」

「……それでいいのですか?」

「ああ、本当は旅の最中に話し相手になってくれたから、コリーナにはお小遣いもあげたいぐらい――あ、エルフはお金を使わないのか」

 そうイオルクがおどけると、コリーナは小さく微笑み答える。

「そう言ってくれると迷惑を掛けた罪悪感が和らぎます」

「ああ、これで貸し借りなしだ。――じゃあ、着替えちゃうから、少し外で待っててくれる?」

「はい」

 コリーナは部屋を出てドアを閉めると、そのままドアに寄り掛かり呟く。

「イオルクって、やっぱり普通の人間と少し違うのかしら?」

 エルフの里に伝わって来た人間の印象と違うというのもあるが、エルフの中にも似た性格をしている人がいない。

「でも……助けてもらったのがイオルクでよかった」

 一週間の短い旅の最中には危険なこともあり、急ぎの旅路であったけども、振り返ればイオルクとの旅は楽しかった思い出がほとんどを占めていた。

 ドラゴンチェストで起きた男達との怖かった出来事も随分と記憶の片隅に追いやられている気がする。あの時はイオルクの違う一面を垣間見て怖いとも思った。

「あの時、怒ることの少ないイオルクが本気で怒ったんですよね」

 そういう一面があったはずなのだが、その怒った姿が今ではおぼろげにしか思い出せない。

「身が竦むぐらいに怒ってたはずなんですけど、イオルクが怒るという印象が薄くなっているのは、どうしてなんでしょう?」

 いろいろと考えてみるが、よく分からなかった。

「何故かイオルクだからって考えると、しっくりくるんですよね……」

 コリーナは項垂れながら、そう呟く。

 コリーナの味わわされている妙な感覚は、イオルクに関わった者が共通に持つ独特なものなのだが、そんなことをコリーナが知る由もなかった。


 …


 昨晩夕食をご馳走になった台所へと、イオルクはコリーナと一緒に移動した。先に座っていたエブルとレミーに朝の挨拶をして、イオルクとコリーナは促されるまま昨晩と同じテーブルの椅子に座った。誰も座っていない空の席は、本来はコリーナの祖父が座っていたところなのだろう。

(昨晩は気にならなかったけど、不思議な感じの椅子だな。傾いてはいないけど、椅子の足が曲がっているような?)

 足が曲がっていても水平を保っている椅子にイオルクが座り直すと、エブルからイオルクに詫びが入った。

「すみませんでした。娘が色々と迷惑を掛けたみたいで」

「コリーナからも謝罪があったけど、昨日、その話は終わったでしょう?」

「しかし、今朝、詳しく話を聞いたら服を三着も新調して、砂漠を越える装備も一式揃えたとか。他にも町に寄った宿泊費なども……」

 イオルクはチョコチョコと右の頬を掻く。

「まあ、旅をする以上、そういうものは発生するけど」

「私達は、どうやって恩を返せばいいのか……」

(エルフっていうのは律儀で義理堅いのか?)

 イオルクは『面倒くさいな』と軽く考えていたが、これは人間の世界でも当たり前にある躾と礼儀の話だった。エブルとレミーはコリーナに迷惑を掛けたことをしっかりとイオルクに謝罪をさせ、どういう迷惑を掛けたのかを確認して叱り、迷惑を掛けたことを覚えさせたのだ。そして、親の務めとして、礼儀を尽くしてイオルクに改めて謝罪を入れたのである。

 イオルクは『う~ん』と唸りつつ、エブルとレミーの深く頭を下げた姿勢から謝罪する理由を察し始める。

(何となく謝罪の理由は分かって来たけど、何とも謝罪を受け取りづらい……。同じ人間として、あの男達のした行為に恥ずかしさを感じているから)

 何とか穏便に済ませたいイオルクは会話から話の着地点を探すことにした。

 コリーナの父親であるエブルに話し掛ける。

「そんなに気になるもんですか?」

「はい」

「だけど、コリーナとはもう取り引きが成立しているんです」

「取り引き……ですか?」

 イオルクは頷き、答える。

「俺が暫くお世話になることで、お相子ってことに」

「……それでいいのですか?」

「十分だと思うよ。コリーナと一緒に居たのはたったの一週間だし、その間、毎日宿屋に泊まったわけじゃなくて、宿賃の掛からない野宿もしたからね。最初にいざこざがあった以外は危険なことも特になかったから比較的安全な旅だったよ」

 エブルがコリーナに訊ねる。

「そうなのか?」

「大体は合ってますけど……イオルクは旅の間、わたしを極力他の人間の目に触れないように守ってくれて――」

 コリーナがイオルクを見る。

「――それだけじゃなく、わたしの我が儘で帰りの旅を急いでくれましたよね?」

「出来る範囲でだけどね」

 イオルクは無理をしたことは隠してコリーナにそう答えると、エブルに向き直って言う。

「まあ、どっちの恩が上か下かってのは考えるのが野暮ですよ。コリーナのおじいちゃんと会話ができるようになるまでお世話になるつもりだけど、その期間が一ヶ月先とかになったら、今度は俺の方が申し訳なく思うようになってしまう」

 イオルクは頭に右手を当てて眉をハノ字にして言う。

「だから、ここら辺で終わりにしませんか? あまりしつこいと、いい話も粘々して悪い話になっちゃいます」

「そういうものですか?」

「俺の育った環境では、そう。肩を叩きあって『ありがとう』で終わり。義理堅い奴は食事を奢ってくれたりするかな?」

「随分と大雑把ですね……」

(まあ、男同士の見習い騎士の関係なんて、そんなもんだ)

 イオルクは話を纏めたつもりだったが、エブルはまだ納得できない顔をしていた。

 それを察して、イオルクはコリーナとの旅がただ急ぐだけの旅ではなかったことを伝えようとコリーナの服を指差す。

「コリーナの服、よく似合ってるでしょう?」

「え? ええ、この里にはないデザインの服ですが」

 突然、イオルクに話題を変えられ、エブルは慌てて思ったままを答えた。

「それ、コリーナが自分で選んだんですよ」

「コリーナが?」

 今、コリーナが着ているのはイオルクと一緒に服を買った時に一番気に入った、簡素な柄の入った桃色の麻の服とスカートに茶系の柔らかそうな皮のブーツだった。

 それを照れながらも嬉しそうに着ているコリーナの顔を見て、エブルとレミーも悪い気はしなかった。それどころか、いつものエルフの民族衣装以外の服装を見るのは新鮮だった。

「買ってあげた服を喜んでくれる。これも得難いものだと思いません? 俺が買ってあげて良かったと思うには必ず誰かが必要で、コリーナは喜んでくれた。だから、それもお相子の中の一つ。俺はコリーナの笑顔が嬉しかったですよ」

 イオルクはニッと笑ってみせる。

「実は働いていたお金を誰かに使うの初めてで、俺もそれなりに楽しかったんですよ」

 コリーナがやや驚いた表情でイオルクに顔を向けた。

「そうだったんですか?」

「誰かのために使いたい、ちょっと訳ありのお金だったんだよね」

「訳あり? ……よく分かりませんね」

 イオルクは笑いながらコリーナの頭を撫で、『気にしないで』と付け加えた。

「というわけで、色々と面倒なのでこの話はここまで」

 そう言ってイオルクは胸の前で大きな×を作って強引に話を終わらせてしまうと、エブルとレミーは顔を見合わせてお互いクスリと笑い、イオルクに頷いて了承の意を示した。

「ところで、おじいさんの様子は? 昨日は色々あって詳しく聞けなかったから教えて欲しいんだけど?」

 コリーナがレミーに顔を向けて『わたしが話したい』と目で訴えると、レミーは頷いた。

 コリーナがイオルクの質問に答える。

「おじいちゃんは、まだ寝ています。病気のせいで寝苦しかったので、ゆっくり寝かせてあげているんです」

「眠れなくなる? どういう病気だったの?」

「口から喉の奥にかけて炎症の起きる病気です。それを竜火草で病気を清め、竜息草で炎症を鎮めるんです」

 イオルクは顎の下に手を当てる。

「……薬草が届くまで苦しんでたのか。考えただけで息苦しくなるな」

「はい。もう少し遅ければ炎症部分が腐り始めていました」

(ギリギリだったんじゃないか!)

 心の中でイオルクは叫んでいた。

 ドラゴンチェストの砂漠の前の町でコリーナの話していた予定から、もっと余裕があるものだと思っていた。しかし、実際はコリーナが男達に連れ戻されて短縮した日数とイオルクがコリーナを肩車して短縮した日数があったから薬が間に合ったのだった。

(コリーナが里の外に出てから病気が悪化したのか、もともと症状が分かり難い病気で見極めるのが難しかったのかは分からないが――)

「――本当に、間に合ってよかった……」

 イオルクは安堵の息を吐き出した。

 間に合ったから良かったが、僅かな差で間に合わなかったらどうなっていたか。


 ――コリーナの立てた予定通りの日程でエルフの里を目指していたら……。

 ――大雨でも降って足止めを食らっていたら……。

 ――日の落ち掛けていた昨日、エルフの里へ向かうのを次の日にして一日延ばしていたら……。


 一つでも選択に違いがあれば、コリーナの祖父の命は失われていたかもしれない。間に合わなかったことを想像してイオルクは身震いがした。

「かなり危ない状況だったのは分かったけど、あの薬草ってそんなに直ぐ効くものなの?」

 コリーナが頷く。

「竜火草や竜息草のように『竜』と名の付く薬草は即効性があるんです」

「特効薬ってヤツか」

 特効薬。文字にするのは簡単だが、それは本当に存在するのかも怪しい薬。回復魔法で傷を癒すのと違い、病気に対する薬の効果は大抵時間が掛かる。良薬と呼ばれる薬でも体の抵抗力を高めるか、薬自体が病原を攻撃して成果を出すまでには時間が掛かるからだ。

 しかし、この世界には特効薬というものが実在する。それが『竜』の名を冠する薬草であった。

 イオルクは腕を組んで言う。

「薬草入りの小箱を持たせてくれたイチさんに聞いてたのは採取した薬草を別の土地で売ると高値で売れることだったから、俺は旅の資金の足しにするぐらいにしか考えていなかったんだよなぁ。だから、あまり薬草の効果については勉強していなかったんだけど、竜火草や竜息草って属性に依存する特性が強いんじゃなかったっけ?」

 イオルクの疑問には、レミーが答えてくれた。

「それは薬草の育つ土地の特性ですね。五つの大陸に分かれた大陸ごとに自生する薬草が違うのです。ドラゴンヘッドは土地柄的に火の特性を持っていると言われ、竜火草が自生します。何の属性も持たないドラゴンチェストでは空気を表す息と掛けて竜息草と薬草に名づけが行われたと聞いています。各々の薬草の効果が絶大なので大陸に纏わる竜という字が名前の一部に与えられているとのことです」

「そんなに凄い薬草だったんだ。地元じゃ割と色んなところに生えてる感じなのに……」

「大陸を自由に行き来できる人間にとってはそうなのでしょうが、この山から出られない我々エルフにとってはとても貴重なのですよ。我々は竜羽草しか手に入れられませんから」

「そういうことだったのか」

 イオルクは右手を頭に当てる。

「イチさんの話を都合よく解釈して効能までしっかり覚えてなかったな。貰った本も後回しになってるし……」

(利益を得ることに目を向けるだけじゃなくて、人の助けになる効能も覚えないとな)

 今のイオルクにはやりたいことややることが沢山ある。強い騎士を目指しながら鍛冶屋にもなりたいと思いつつ、新たな知識もどん欲に求めている。イチから貰った薬草に関わる本の内容もしっかりと覚えたいと、やることがまた増えた。

 しかし、一人の人間に与えられた時間は等しく平等で、物事を並列に行うことを人間は出来ない。一つずつ一個ずつ積み重ねるだけだ。

(イチさんに貰った本は薬草以外の内容も載っていたけど、実質薬草辞典のようなものなんだろうな。薬草に関しても、ちゃんと経験を積み上げないと)

 体を使った修練ができない今、薬草に関する知識を頭へ詰め込むにはいい機会かもしれない。また、イチに貰った薬草に関する本もそうだが、兄のジェムから無断で拝借した武器に関する本も読み直して覚えようとイオルクは思う。

 里での過ごし方について考え込んでいたイオルクにレミーが訊ねる。

「ところで、イオルクのお話に出てくるイチさん……という方は、どなたなのでしょう?」

「ん?」

 イオルクは考え事を切り上げて後回しにし、レミーに答える。

「国に居た時の上司です。国を出る時に、土地ごとの薬草を採取して別の土地で売れば利益になると教えてくれたんです」

「では、ドラゴンチェストにしか自生していない竜息草をイオルクが持っていたのは……」

「イチさんが薬草の価値を教えてくれたからですね。それがなければ、俺は竜息草を採取していなかったと思います」

「そうしますと、イオルクに薬草の価値を話してくれたイチさんという方には、心から感謝しないといけませんね」

「竜火草の入った小箱を俺にくれた人だから、イチさんが一番の恩人かもしれないね。イチさんが小箱を渡してくれなければ、竜火草を取りにノース・ドラゴンヘッドへ戻らなければいけなかった」

「竜火草についても――」

 レミーが手を組んで目を閉じる。

「――感謝を祈らせて貰います」

 レミーがそう言うと、エブルとコリーナも手を組んで目を閉じてイチに祈りを捧げた。

(俺も祈っといた方がいいのかな?)

 そう思ったが、イオルクにはイチに対して何を祈ればいいのか、よく分からなかった。

(女の人なら誰でも喜ぶ、これでいいか)

 イオルクはコリーナ親子を真似て両手を組む。

(イチさんの胸が大きくなりますように)

 イオルクは一人だけ不謹慎な祈りを捧げながらコリーナ親子の祈りが終わるのを待った。

 そして、暫しの後、祈りが終わる。

「さあ、食事にしましょう。いつまでも話していては冷めてしまいます」

 エブルがそう切り出して朝食が始まった。

「「「「いただきます」」」」

 イオルクはトーマス達との食事を思い出し、懐かしさを感じながらエルフの民族料理に舌鼓を打った。


 …


 食事は野菜が中心だった。生野菜や茹で野菜など、見たことのない野菜は山頂の季節野菜とのことで、人間の住む世界では味わったことのない触感や匂いがした。それらをイオルクは次々に口へ放り込み、『旨い!』と口走りパクパクと食べていくのでコリーナ達は嬉しそうにしながら料理の特徴を教えてくれた。

 エルフ産の野菜は人間の世界にも同じものはあるのだが、気候と日差しの違いの関係か、人間の世界よりも一回り大きく野菜は育っていた。その大きく育つ、というものにエルフ産の野菜料理が美味しいという理由がある。例えば、イオルクが口にした人間の世界で言えばロールキャベツに当たる料理だが、人間の世界にあるキャベツよりもエルフ産のキャベツの葉は大きく、ロールキャベツを作る際、色んなものを多く詰めることが出来る。また、季節によって部位の柔らかさも変わるので、季節ごとに料理の種類が変わる。

 今の季節に取れるエルフ産のキャベツの葉は柔らかく、葉で包むひき肉に細かく刻んだキャベツの芯を入れることでよりキャベツの味を感じられつつ、歯ごたえが面白い一品になっていた。

 つまり、エルフ産の野菜は人間の世界よりもよく育ち、季節により育ち方が変わり、季節に合った料理が生まれて人間の世界よりも料理の種類が圧倒的に多いのである。

「どの料理も予想していた歯ごたえと違う味がする」

「お口に合わないですか?」

 そうレミーに訊ねられたイオルクは首を振る。

「その野菜ごとに合わせた調理がされていて美味しいです。たぶん、人間の住んでいる土地にも同じ種類の野菜はあると思うんだけど、特徴が違う。だから、見慣れていた野菜が違う調理法で別の歯ごたえや味わいを出すのが驚きで面白い」

「お口に合ったようで良かったわ」

 そう笑みを浮かべたレミーに、イオルクは質問をする。

「例えばだけど、この野菜を人間の住む土地に持って行って育てたら、エルフの育てた野菜を再現できるのかな?」

「それは難しいでしょうね」

「どうして?」

 レミーが自分の皿に右手を向ける。

「イオルクが食べてくれた、このロールキャベツですが、このキャベツの種は特別なものではなく、種を蒔く時期を変えているだけで山頂の季節の影響を受ける、より山頂に高いところで育てているだけだからです」

「つまり、ここから種を持って行っても、今まで通りのキャベツしか育たない……ってこと?」

「そういうことです」

「はあ~……」

 感嘆の声をあげたイオルクを見て、コリーナは思う。

(何か話し方に統一性がない。普通の言葉に交じって丁寧な言葉が混じってる……逆かしら?)

 またイオルクの言葉遣いは混乱をきたしていた。元々貴族の子供として育てられたので根っこの部分は礼儀正しい言葉遣いを話すことは刷り込まれている。しかし、騎士見習いになりクロトルという友人と出会ってからは、町の少年達が使う言葉遣いを使うようになった。そのため、イオルクの言葉遣いは時に年上を敬うための丁寧な言葉遣いに地の言葉が混ざったり、地の言葉の中に丁寧な言葉が混ざる。それを今だにイオルクはコントロールできていない。

 しかし、そのコントロールの未熟を一方的に責めるのは、今回は筋違いかもしれない。なんせ目の前のエルフという種族は高齢にもかかわらず、イオルクと年齢差がない若者の見た目をしているのだ。ついつい同じ年代の人に話す感覚で地の言葉遣いが口から飛び出してしまう。

 コリーナは不思議そうな顔でイオルクを見ていたが、エブルとレミーはそれとなく察しており時々笑いを堪えていた。

 そのような驚きと新しい発見のあった料理とおかしな言葉遣いの食事が、それから二十分ほど続いた。


 …


 食事が終わり後片付けも終わると、その後は客人のイオルクと子供のコリーナには時間が出来る。イオルクは『さて、この後はどうしようかな?』と思っていると、コリーナがイオルクの手を掴んで話し掛けてきた。

「里を案内します」

「いいの? 俺なんかがウロウロして?」

「はい、大丈夫です」

「エブルさんとレミーさんも一緒に行くの?」

「お父さんは里の皆とお仕事です。お母さんは、おじいちゃんを看るそうです。峠を越えたから自分一人でいいので、わたしが里を案内をするように言い使っています」

(子供には遊ぶ時間も大事……か。親心だな)

 イオルクはコリーナに引っ張られるまま、コリーナの家を出た。

 それをエブルとレミーは微笑んで見送っていた。


 …


 イオルクの手を引くコリーナを、すれ違うエルフ達が足を止めて振り返る。自分達と髪の色の違う人間と人間の服を着るコリーナが道を歩けば、否でもエルフ達の目がイオルク達に集まるからだ。

 そのエルフの中には人間という存在を初めて見る者も多く、彼らの中には人間は恐怖の対象という印象を持つ者も多い。

(この里には、まだこんなにもエルフがいたんだ)

昨晩、沢山のエルフに囲まれたといっても里中のエルフが集まったわけではない。イオルクが里に居る事情も知らず、コリーナが無事に戻って来たことも知らないエルフもいる。事情を知らないエルフがイオルクを警戒して怪しむのは、ある意味当然だった。

 男のエルフの一人がイオルクを指差してコリーナに訊ねる。

『コリーナ……そいつは人間じゃないのか?』

「そうですよ」

 コリーナはちょこんと首を傾けながら答えた。

『お前が里に居なかったのは、人間に捕まっていたからだって聞いたぞ』

「それは……」

 コリーナは言葉に詰まり、イオルクに出会う前の自分が同じように人間を毛嫌いしていたことを思い出した。自分自身がそうだったように、今、里の仲間がどういう気持ちを抱いているのかが分かった。

(あの時のわたしと同じ……)

 イオルクに対してエルフが共通で持っている嫌悪感や警戒心が当てはまらないことは分かっている。しかし、幼いコリーナには、まだ順序立てて目の前の仲間のエルフ達に説明することは難しかった。一回、頭で整理する時間が必要だった。

 その整理が追い付く前に別の女のエルフの一人がイオルクに疑いの目をチラリと向けてからコリーナに訊ねる。

『そいつは……私達に酷いことをしに来たの?』

「違います!」

 誤解を解きたいのに自分の舌は上手く回らず、違うと否定してもコリーナの言葉は仲間のエルフ達には簡単に届かない。命の恩人であるイオルクに対して仲間のエルフ達が好感を持てないことは悲しかった。

 警戒心の解けないエルフ達はコソコソと話し合い、チラチラとイオルクを見ている。

 その光景を見てコリーナの胸は一杯になっていった。

(ちょっと、拙いな)

 イオルクは右手で頭を掻きながらコリーナとエルフ達を見て、最初に質問に答えておいた方が蟠りがないかもしれないと咳払いをして自分に注目を集めた。

「言いたいことがあれば、どうぞ」

 右手の掌を返してイオルクが促すと暫くざわざわとしていたが、やがて女のエルフが質問をした。

『あなたは、どうしてこの里に来たの?』

「コリーナをここに送り届けるために」

 質問をした女のエルフがコリーナに顔を向ける。

『本当なの? コリーナ? 彼があたなを連れてきてくれたの?』

 コリーナは無言で頷く。

 別の女のエルフが続けざまにコリーナに訊ねる。

『それよりコリーナは、どうして行方不明になっていたの? 誰も詳しいことを教えてくれないの』

 コリーナは俯きつつも正直に答えた。

「……おじいちゃんのために薬草を採ろうと里を出たあと……ドラゴンヘッドへ入る前に人間に捕まりました。でも――」

 そう答えたコリーナの言葉にエルフ達の沸点が一気に限界まで達した。続くコリーナの言葉を遮り、口々に人間を非難する声が放たれた。

『やっぱり、人間は野蛮だ!』

『こんな幼い子供を捕まえるなんて、どうしようもない種族だ!』

 次々とエルフ達は怒り出した。

『あなたもエルフを狩るために里に来たんじゃないの⁉』

 女のエルフの一人がイオルクを指差すと、コリーナが必死に小さい体を前に出してイオルクを庇った。

「違います! イオルクは、わたしを悪い人間から助けてくれました!」

『それも里に入るための演技じゃないの⁉』

「違います‼ イオルクは同属に剣を向けてまで守ってくれました‼」

 今まで聞いたこともないコリーナの大きな声にエルフ達の興奮が鎮まり、静寂が辺りを支配していく。

「……それだけじゃない……。服がないから買ってくれたし、砂漠で動けなくなったら肩車をしてくれた……」

 コリーナは唇を強く噛み締める。

「わたしの……! わたしの大切な友達に酷いことを言うのはやめてよ‼」

 髪を振り乱してコリーナは叫び、そのまま泣き出してしまったコリーナにエルフもイオルクも何も言えなくなってしまった。エルフ達の誤解を解くはずだったイオルクの思惑は外れ、逆にコリーナとエルフ達の関係が悪くなってしまいそうだった。

 イオルクがエルフ達を見ると、エルフ達はばつが悪そうに感情に任せて言い過ぎてしまったことを後悔しているようだった。大人であるはずの里のエルフ達の方が子供のコリーナよりも感情を制御できていなかった。

(……本当、旅に出ると思いがけない場面に遭遇する。ノース・ドラゴンヘッドに居た時は、俺が周りを困らす方だったのに)

 オロオロとしているエルフ達に向かって、イオルクは右手を頭に当てつつ眉をハの字にして話し掛ける。

「あの~……そういう訳で悪いことをしに来たんじゃないんで、ここはコリーナの顔を立てて穏便に済ませて貰えませんか?」

『……そ、そうですね』

 子供に弱いのはエルフも人間も変わらないというところだろうか。女の子の涙には敵わないらしい。この場を収めるため、イオルクとエルフ達のアイコンタクトが瞬時に成立し、イオルクが声を大にアピールを始める。

「あ! そうだ! 俺、コリーナに里を案内して貰うことになっているんです! 良ければ、その時に見掛けたら説明なんかもして貰えると、非常~に助かるなぁ!」

 あからさまに放ったワザとらしいイオルクの提案に男のエルフが反応した。

『え、と、ああ、いいですとも!』

 イオルクが男のエルフの肩に腕を回すと、そのエルフもイオルクの肩に腕を回した。

「ほら、コリーナ! 皆、親切にしてくれてる! いい人ばかりだ!」

 イオルクの隣で肩に腕を回されたエルフが勢いよく頭を縦に振って首肯すると、コリーナが涙を拭って聞き返す。

「……イオルク、怒ってない?」

「怒ってない怒ってない」

 機嫌を悪くしていないことをアピールするため、イオルクは口角を上げてニッと笑って見せた。

「…………」

 そのイオルクの笑みを見つめたままコリーナとの睨めっこが数秒続く。

 その睨めっこをエルフ達が固唾を飲んで見守る中、コリーナが機嫌を直して微笑むとエルフ達は胸を撫で下ろしてどっと肩を落とした。

「じゃあ、案内するね」

 コリーナがイオルクの手を引き始めるのを見送りながら、エルフ達は感情的になったことを反省する。

『何となくだが、あれは悪い人間のするリアクションではないな』

『そうだな。コリーナに頭が上がらないようだったし』

 エルフ達の中にイオルクに対する嫌悪感はなくなっていった。

『ただ妙な人間だったな』

『……正直、よく分からないわね』

 コリーナ達を見送った後、エルフ達は今日の畑仕事をするため、その場を去って行った。

 そして、このことが切っ掛けになり、エルフ達の中にイオルクの人となりが広がり始めた。


 …


 コリーナに手を引かれるままイオルクは歩き続け、里の集落から大分離れたところまで来ていた。先ほどエルフ達が去って行った方向とは違うので畑へ向かうわけではないようだ。

「コリーナ、何処へ案内してくれるの?」

「一番遠いところにある建物です」

「一番遠いところ?」

 辺りは草原に覆われ、建物があるような場所ではないような気がした。里よりも上に向かっていたので季節があるという山頂へ向かっているのかとも思ったが、それだったらもっと傾斜のある道を通るはずだった。

 イオルクがどこに向かっているのか考えていると、コリーナが丘の上の建物を指差して言う。

「この里の水車です」

 角度の関係でまだ全体は見えないが、水車の大きな丸みのある車輪の上部は見えていた。

「随分と里から離れたところにあるんだね」

 頷くとコリーナはイオルクの手を引いて丘を目指して歩き出す。目的の水車に辿り着くまでは、もう少しのようだ。

「前から気になってたけど、コリーナは随分と大人っぽいしゃべり方をするよね?」

「早く大人になりたいから」

「どうして?」

「周りは大人ばかりだから」

「大人ばかり?」

 そう言われてイオルクは最初ピンとこなかった。

(見た目が若いままだから、エルフはあまり大人という感じがしないんだよな)

 エルフに関わることを色々と思い出し、昨日のエブルとレミーの年齢を思い出したところで一つ思い当たった。

(そういえば、コリーナの親は人間で言えば高齢に当たる年齢をしていた。二人の年齢差も、人間からすれば随分と離れている。でも、長寿で年を取らないと言われているエルフからすれば自然なことなのかもしれない。子供が生まれるのは数十年に一人……ということなのかも)

 そもそも長寿であり年を取らないエルフが人間と同じように子供を産んで増えて言ったら、里に収まらずに無限に増えていってしまう。そうならず、里に収まるだけのエルフしかいないということは、今、この里に子供はコリーナしかいないというイオルクの予想は遠からずというところだと思われる。

(エブルさんが里にコリーナ以外の子供がいないことを断言できたのは、エルフの子供が極端に少ないからなんだろうな)

 コリーナの背伸びをしたような話し方は、エルフ特有の種族的事情が起因しているようだった。

(時々、子供っぽいしゃべり方になったりするのは、無理してるのが限界に達した時なんだろうな。俺の言葉遣いと似てるところがあるのかな?)

 たとえ短い年月しか生きていなくても、周りの状況はその人に影響を与えて今の自分を人作る一端を担う。イオルクが親友に会い、貴族の三男坊から自由な生き方に憧れて性格を変えていったように、コリーナというエルフも里の中の影響を受けて、背伸びをした大人になることを夢見た女の子になったということだ。

 コリーナは嬉しそうにイオルクの手を引き、イオルクを目的の水車へと引っ張って行く。

 イオルクは不思議に思いながら訊ねる。

「コリーナは、里ではいつも誰かの手を引いているの?」

「いいえ」

「じゃあ、俺は特別なの?」

 コリーナは振り返りながら笑って首を振る。

「私の年齢に近いエルフは居ないから嬉しくて♪」

 イオルクはガクッと右肩を落とした。

「種族の違いを感じるな。俺の認識だとコリーナは子供なんだけど、エルフから見れば同年代ぐらいってことなのか?」

「ええ、大事なお友達♪」

「はは……」

(この歳で子ども扱いか……)

 他愛のない会話を続けながら丘の水車小屋が近づくと、水の流れる音と一緒にゴットンゴットンと規則正しい音が聞こえ出す。

 辿り着いた先には少し見上げるほどの水車が川に掛かっていた。水車の隣には石造りの壁に藁の屋根の水車小屋も建っていた。

「思っていたよりも大きいな」

「この水車は里に流れる水の量を調節しているんです」

「水の量?」

 その言葉が切っ掛けになり旅でのコリーナの話を思い出して、イオルクは聞き返す。

「それって、この前言ってた春先の雪解け水とかを調節するため?」

「そうです。覚えていてくれたんですね」

「本当に美味しそうだったからね。印象に残ってた」

 舌なめずりをして想像したイオルクを見て、コリーナがクスリと笑う。

「水車小屋の中では石臼が穀物を挽いているんですよ」

「へ~」

(人間の住む土地でも水車は外から回っているところを見ただけで、小屋の中までは見たことがない。覗いてみたいな)

 ちょっと小屋の中を見せて貰おうと思ったイオルクがコリーナに頼もうとした時、イオルクは言葉を止め、コリーナに視線を向けた。すると、同じようにコリーナもイオルクに視線を向けた。そして、お互い見つめ合いながら同時に首を傾げた。

「……今、変な音しなかった?」

「はい。規則正しい音の中に何か変な音が混じっていたような……」

 イオルクとコリーナが耳を澄ます。物音を立てずに聞き耳を立てていると、規則正しい音の中に混じる音がまた聞こえた。

「小屋の中じゃないみたいです」

「水車の方みたいだ」

 視線を水車に移し、規則正しく回る水車がもう一回転するのを凝視していると、二人の目に違和感の原因が映った。

「「あ」」

 コリーナが顔を青くして口元を両手で覆う。

「水車の羽根が壊れてしまっている……」

 水を掻く水車の羽の一枚が真ん中付近で朽ちるように折れていた。羽には罅の入った跡と経年から削げるように壊れた跡が見て取れた。

「壊れた羽を替えないと他の羽根に負担が掛かって、水車自体が壊れるんじゃないか?」

「そんな……」

 イオルクはコリーナに向き直って訊ねる。

「里に水車を直せる大工は?」

 コリーナは首を振る。

「里に大工は居ません。皆で直すんです」

「つまり、皆が大工なのか?」

「わたし達に大工という職業を当て嵌めるのは少し違うかもしれませんが――兎に角、直ぐに里へ戻りましょう。皆に水車の羽が壊れたことを報告しなければ」

 イオルク達は丘の上の水車小屋に背を向け、里へと走った。

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