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材料編  20

 イオルクとコリーナが丘の上の水車から里に戻り、エルフの一人にコリーナから水車の壊れた羽根の連絡が入る。

 すると、話を聞いたエルフの一人は事の重大さに驚き、里を駆け回って手の空いているエルフを直ぐに五人ほど集めた。

そして、里の片隅でイオルクとコリーナを含めてエルフ達は輪を作り、対策会議が始まる。

『いつから壊れていたんだろう?』

 そうエルフの一人が切り出すと、コリーナが記憶を辿って自分が里を出る前までは異常がなかったことを思い出す。

「確か……わたしが里に居た時は壊れていませんでした」

『じゃあ、コリーナの居なかった二ヶ月以内に壊れたんだな』

 それを聞いたコリーナは複雑そうな顔で訊ねる。

「そんなに前に壊れたんでしょうか? 水車では穀物を挽いているはずです。石臼に穀物を入れる時や挽いた穀物を回収する時に誰も気づかなかったんですか?」

 コリーナの問い掛けにエルフ達は各々首を振る。

『誰も気づかなかった。気づいていたら、もう騒ぎになっているはずだ』

 コリーナは顎の下に右手を当てて水車が回った時の異音を思い出しながら言う。

「あの音は聞けば分かる音でした。それなのに誰も気づかなかったということは――」

 コリーナの言葉を遮り、エルフの一人が声を大にする。

『最近、壊れた可能性が高い! いつも見ているわけじゃないけど、一週間も二週間も挽いた穀物を取りに行かない場所じゃない!』

『だったら、他の羽根への負担はまだ蓄積されていないはずだ!』

 水車の羽に負担が蓄積されていないと分かると、早速、エルフ達は動き始めた。

『直ぐに直そう!』

『設計図がいるな』

『私が取って来よう』

『じゃあ、俺は机を用意する』

 エルフの一人が設計図を取りに里の中へと向かい、もう一人のエルフは近くの納屋へと走り、古びた机の上にバケツと雑巾を載せて持ち出して来た。

『よいしょ!』

 机を持ち出してきたエルフはそのまま地面に机を置き、机の上に載っていたバケツを地面に置くと両手をバケツの中に突っ込んで魔法を発動してバケツを水で満たした。

 その様子をエルフ達の一歩後ろで眺めていたイオルクが肩眉を歪める。

(気のせいか? 今、魔法の発動に必要な呪文を唱えなかったような……)

 魔法を使ってバケツに水を満たした行動が、ただの魔法の発動にイオルクには思えなかった。

 騎士であっても、イオルクは魔法の呪文を全て記憶している。それは魔法が戦闘手段の一つに分類されているため、常に警戒の対象になっているからだ。故に呪文の詠唱には敏感になっており、呪文から発動する魔法の属性、威力、射程を判断するため、聞き漏らしはあり得ない。

 そんなイオルクだからこそ、エルフが使用した呪文を唱えない魔法発動の異常性が際立って見えたのである。


 ――呪文の詠唱がまったく聞こえなかったということは、どういうことなのか?


(コリーナを攫った男達がエルフの魔法を警戒していたけど、その理由っていうのはエルフという種族が全員無詠唱で魔法を使えるためなんじゃ……)

 人間の常識では考えられない可能性が頭に浮かび、イオルクは冷や汗を流した。

 一方のエルフ達は、そんなイオルクの疑問などどこ吹く風で何も気にすることなくバケツの中で雑巾を絞り、机の上を水拭きして地図が載っても汚れないように準備を進めていた。


 …


 机の拭き掃除も終わって水分が乾ききった頃、設計図を取りに行っていたエルフが戻って来た。

 早速、エルフ達は机の上に設計図を広げて水車の羽の壊れた箇所の確認を始める。

『コリーナ、羽根の何処が壊れていたか、教えて貰えるか?』

 コリーナは頷いて設計図の一部を指差して答える。

「ここです」

『水を掻く板の真ん中のところか』

『どれぐらい壊れていたんだ?』

コリーナは両手を使って羽になる板の大きさを表し、割れた真ん中あたりをジグザグに右手の人差し指で表す。

「こんな感じに真ん中で割れていました」

『そこまでいくと補強だけじゃ駄目だな』

『羽を作り直さないと』

 エルフ達がワイワイと会話をしながら話を進めるのを眺めながら、イオルクは首を傾げる。

(な~んか変な会話だな? 何でバラバラに質問したり意見を出し合ってるんだろう? 普通は大工の棟梁が仕切るもんなんだから、一人がコリーナと質問をするはずなのに。……今、ここに居ないエルフが棟梁だから事前に情報を聞いてるのかな?)

 イオルクには、まるで素人集団が設計図を渡されてワイワイと話し合っているように見えていた。これは短い期間とはいえ、大工仕事に携わったから生まれる疑問だった。

(山村で建て直しをした時は村の鍛冶屋、兼、大工のトーマスさんが中心に村は回っていた。本来、この里でもトーマスさんと同じ立場のエルフがいるはずなんだけど)

 ここに呼んだエルフの人選を間違えたのだろうか?

 それとも手の空いていたエルフに大工仕事を得意とする者がいなかっただけなのだろうか?

『材料は余ってたっけ?』

『今、里には備蓄している木はないよ。だから、コリーナの家で新しい家具を作れなかったじゃないか』

『そうだったな。まず木を切らないと』

『ところで、この水車は何の木で出来てたんだっけ?』

 エルフ達の話し合いは、そのまま仕切る者が現れることなく進んでいった。

 そんな中、木の種類や水車の構造という専門的な言葉が出始めると、コリーナは自分の説明する役目は終わったのだと判断して大人達の輪から外れて、そのままの足で一歩後ろに控えていたイオルクの側へと駆け寄った。

「わたしが大きければ一緒に話し合いに参加できるんですけど、設計図の見方が分からないので退散してきました」

「水車の破損を見つけただけでも大活躍だと思うよ」

「そうでしょうか?」

 イオルクは笑って頷き、エルフ達の輪へと視線を向ける。

「水車の羽の修理についての方針は、なかなか纏まりそうにないね」

「はい」

 聞こえてくる話の内容は水車の修理箇所を確認して、まだ何の木を切るかを確認している段階から進んでいないようだっだ。水車の設計図を見ても切り倒す木の情報がどこに書かれているのか分からず、皆で設計図の木の種類につての記述を探しているようだ。

「俺も手伝おうかな?」

「イオルクは大工仕事ができるのですか?」

「一人前とは言えないけどね」

 イオルクは右手の人差し指でチョコチョコと右の頬を掻いて呟く。

「……自分の鍛冶場を持つ十年後までガッツリ使わないと思っていたけど、大工技術を使う機会があったみたいだ」

 イオルクの妙な言い回しにコリーナは首を傾げる。

「よく分かりませんが、大丈夫なんですか?」

「ここへ来る前に村ごと建て替えてきたからね」

「……は? 村ごと?」

 不思議そうな顔でイオルクを見上げるコリーナを見ながら、イオルクは肩を竦めて答える。

「何と言えばいいか……。コリーナと出会う前に鍛冶修行をしていた村で、村の家を全改装なり増築なりしたんだ」

「……どうして、そんなことに?」

「本当にどうして、ああなったんだろうね……。主婦の力で鍛冶屋の修行の一つが思わぬ方向に傾いたんだから」

 ますます分からなくなったコリーナの眉間に皺が寄った。

(一体、何が起きたら鍛冶修行が大工修行になるんだろう……)

 イオルクはコリーナの反応を見て、これ以上の説明をしても更なる混乱しか生み出さないと思い、山村で起きたことの説明をやめることにした。そして、それと同時に思わぬ方向へ転んだ鍛冶修行の九ヶ月を思い出して苦笑いを浮かべた。

 しかし、そんな予定外の大工修行の日々も、何の因果か役に立ちそうな機会が訪れた。沢山の失敗を許された、恵まれた環境での濃密な修業期間の成果を見せるのは今なのかもしれない。

『あ! ここに木の種類が書いてあったぞ!』

『どこだ⁉』

『ここ! ここ!』

 ようやくエルフ達は設計図から切り倒す木の種類を見つけたようだ。

 イオルクが一歩踏み出す。

「ちょっと行ってくるね」

 そうコリーナに声を掛けてからイオルクは今だ相談中のエルフ達に近づいて話し掛ける。

「俺にも手伝わせてくれませんか?」

 突然、イオルクに声を掛けられたエルフ達は会話を止めてイオルクに顔を向けた。

 しかし、直ぐに『どうしたものか?』とお互いの顔を見合わせた。外から客を迎えることのなかったエルフ達は戸惑い、仲間を攫うという云われを持つ種族の人間にどう対応していいか分からなかった。

 しかし、イオルクの少し後ろにコリーナが居るのに気付いたエルフの何人かは無下に断わると、さっきの焼き回しになることを想像して断ることに消極的になった。

(無視をすると、またコリーナに泣かれるかもしれないな)

 コリーナのことを気に掛けたエルフの一人がイオルクの申し出を受け入れることに動いて返事を返す。

『これから木を切り倒しますので、一緒に運んで貰えますか?』

 気を遣ってくれたエルフの一人に応えるようにイオルクは左腕で力こぶを作り、右手で力こぶを叩いて見せた。

「任せてください!」

 イオルクは輪の外に居るコリーナに手を振って呼び掛ける。

「手伝っていいってさ! コリーナも行こう!」

「……わたし、子供だから手伝えません」

「大きくなった時、やり方が分からないとまた手伝えないよ! 参加することに意味があるんだ!」

 コリーナは少し考えると、頷きながら『はい』と返事をしてエルフ達とイオルクのいる輪の中へと駆け寄った。

 その後、水車の設計図から木を切り倒した後の運搬に必要な人数を大凡で割り出すと、必要な人数はここにいるエルフだけでは圧倒的に足りないことが分かった。

 木の切り倒しには畑仕事に出ているエルフ達にも声を掛けて行われることになった。


 …


 エルフの隠れ里の近くの森――。

 一時間後、切り倒した木を運搬するのに必要な人数が揃うと、エルフ達とイオルクは水車を直す木材を得るため、近くの森の中へと移動した。森の中に住んでいるのとほとんど変わらない位置にあるエルフの里から目的の木が生える森の距離は、それほど離れていない場所だった。

 森の木々は山頂の四季の影響を受けているのか、人間の住んでいる土地の木よりも大きく育ち、一本一本の木が大きいというより森が大きいと表現する方がしっくりくる感じだ。

 その森の中でエルフ達が伐採するために選んだ木は、人間の世界に生える木とは違う種類のようだった。

(土地が変われば育ってる木も変わるよな)

 イオルクは腕を組みながら森の大きな木々を見上げる。

(山村での修行の途中で教えて貰ったけど、木材として使う木の種類にも役割があったんだよな。大まかに分けると柱や梁を直す時には真っすぐ伸びる針葉樹を使って、荷重の掛かる家具には広葉樹の硬い木を使うという話だったはずだ)

 エルフの森に育つ木がどんな特性を持つ木かを確かめるかのように、イオルクは側に立つ太さはあるが歪みのない真っすぐな幹を真上に伸ばす、すべすべな大樹の幹を撫でる。

(水車の羽に使うとなると……柔らかすぎる木だと水分を吸って重くなってバランスが崩れそうだから、水を吸わずに腐らない脂っぽいところを使いたいところだな。この木には、そういう部分はあるだろうか?)

 まずは針葉樹か広葉樹かを見極めようと、イオルクは大樹の葉に注目する。

「この木は……広葉樹なのか?」

 大樹に茂る葉は変わった形をしていた。先端は尖って針葉樹のようでありながら葉の真ん中あたりから大きく広がってクローバーのような形をしていた。

「針葉樹なのか? 広葉樹なのか? ……よく分からないな」

 針葉樹と広葉樹の違いをその名の通り葉で判別していたイオルクには、どちらの特徴も併せ持つエルフの土地に生える独特な木を判別することが出来なかった。人間の土地に育つ木を思い出して似ている木はないかと必死に思い浮かべるが、思い浮かぶどの木もエルフの森に生えている木と合致しない。

 エルフの土地に育つ木を見て触れて、イオルクは思わず考え込んでしまった。

 一方、エルフ達は切り倒す大樹を綿密に選び、この森に生えている木の中で一番大きい大樹の根元付近の幹に斧を打ちつけ始めていた。コーンコーンと何度も斧が打ち付けられる音が響き、斧を打ち付けているエルフも力一杯に斧を振るっている。

 その斧を打ち付ける音は針葉樹か広葉樹か考え込んでいるイオルクの耳にも徐々に主張を強めて届き始め、思考の沼にはまっていたイオルクの意識を引っ張り上げた。音のなる方へ顔を向けたイオルクが切り倒しの作業が始まっていることに気づいたのは、木に斧を打ち付けてから十五分ほどしてからだった。

(……また自分の世界に没頭していたのか。本当に俺は戦っていない時は集中力があらぬ方向へ反れるな。針葉樹か広葉樹かは切り倒したあとで材木に分解してから直接触って確かめてみればいい)

 イオルクは斧を振るっているエルフの側まで近づくと、様子を見ているエルフの一人に大樹を指差して訊ねる。

「水車の破損箇所を直すにしては大き過ぎないですか?」

 イオルクの質問に対して訊ねられたエルフの一人は嫌がる素振りを見せることなく答えてくれる。

『確かに水車の部品を直すだけなら大き過ぎますね。でも、この木を切り倒すのは森を守るためでもあるのです。この木は大きくなり過ぎて、別の木の成長を妨げるほどになってしまいました』

 イオルクはポンと両手を打つ。

「ああ、光が当たらなくなるから間引いてるのか」

『はい。里では余った木で家具や家を新調します』

「無駄がないんだね」

 質問に答えてくれたエルフは微笑んで頷き、斧を打ち付けているエルフへ視線を戻した。

 それに合わせるようにイオルクも視線を斧を打ち付けるエルフへと移し、エルフ達が見守る中、一緒に大樹が切り倒されるのを待つ。

「…………」

 待つ。

「……………………」

 待つ。

「………………………………」

 待つ。

 しかし、大樹が硬いのか、木が大き過ぎるのか、やたらと時間が掛かる。

 イオルクは斧を打ち付けている大樹の幹を凝視する。

(しっかり斧は幹に入っているから、木が硬いんだな。そうなると、この木は広葉樹の類なのか?)

 それからも木を切り倒す作業は続いた。


 …


 その後、斧を打ち付ける役目を何人か交代して、待ちわびた時間が訪れる。ミシミシミシ! と自重を支えきれなくなった大樹が傾き、大きな音を立てて倒れた。

 大樹が倒れると大きな歓声が上がった。

『さあ、分解は里で行うからこの大樹を里まで運ぶぞ!』

『おお!』

『ま、待ってくれ! 少し休ませてくれ!』

『すまんすまん』

 代わりばんこで大樹を切り倒したエルフ達の息が整うまで暫く待ったあと、その場に居たエルフ達は倒れた大樹の下を掘り、何本も太めの縄を通して向かい合わせで縄を握りしめる。

『いいか? 一、二の三で持ち上げるぞ? せーの! 一、二の三!』

 エルフ達が縄を引くと大樹が地面から浮いた。大樹の運搬は人数にものを言わせて力技で行うようだった。エルフ達が足並みを合わせて、ゆっくりと足を進めていく。

 その近くでイオルクは右手で頭を掻いていた。

(しまった……。エルフ達の数が丁度2で割り切れる数だったから俺の相方が居ない……)

 側にコリーナはいるが、いくらなんでも力に差があり過ぎて大樹に掛けた縄を力一杯引くことは出来ない。……というか、子供のコリーナが縄を引っ張って支え切れるはずがない。

(仕方ない)

 向かいに相手がいないイオルクはエルフ達が持ち上げている大樹の根っこのあった方へと回り、荒く切り込みが残る幹の切り口に手を掛けた。

「俺も持ち上げますね」

 イオルクが持ち上げるために力を込めた瞬間、エルフ達は大樹の重さが明らかに軽くなった気がした。

『⁉』

 エルフ達が一斉にイオルクを見ると、イオルクは笑みを浮かべて答える。

「鍛えてますんで」

 その答えにエルフ達は声をあげて笑い、コリーナは旅で軽々と持ち上げられて肩車されたことを思い出した。

(イオルクがわたしを軽いと言うのも当然だったんですね。こんなに力持ちだったのですから)

 珍妙な人間とエルフ達は一緒に里まで切り倒した大樹を運びながら、少しずつ会話を増やしていった。


 …


 エルフの隠れ里の広場――。

 切り倒された大樹が里に運び込まれた頃、病人の世話をしているコリーナの家族を除く里中のエルフが広場に集まってきていた。エルフにとって木を切るということは大きな行事のようで、広場はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

 中央には即席で作られた掲示板に大きな一枚の紙が貼られ、各々の家で必要な家具や家の修理箇所のリストアップが書かれていた。今のところ、家を建て替えるなどの大きな案件はないようだ。

 大樹を運んできたエルフ達も各々家族のもとへと向かい、今まで挙げた新調する家具の候補を聞き、他に何を新調するのかを話し出していた。切り倒した大樹は水車の羽を直すだけではなく、各々の家で色々と使い道がもう決まっているようだった。

 イオルクはコリーナと一緒に掲示板のところへと行き、リストアップされた掲示板の家具類を見ながら材料となる大まかな材木の量を頭で弾き出す。

(やたらと大きな木を切り倒したと思ったら、このためだったのか……。それにしても随分と材木が余りそうな気がするな。余った材木の残りは家具以外の何に使うんだろう?)

 少し疑問に思ったが、イオルクは口には出さず黙っていることにした。エルフにはエルフの文化があり、人間とは違う活用方法があるはずである。

 暫くするとエルフ達は運ばれた大樹に墨壺と筆を使って解体する材木の大きさに目印を付け始めた。そして、作業は大樹を木材から材木へ変える解体作業に入り、エルフ達は斧を持ち出した。

 その様子を隣りで楽しそうに見ているコリーナへイオルクは質問をする。

「凄い人数だけど、里のエルフ全員が集まってるの?」

「はい」

「まるでお祭りみたいだね」

「それに近いですかね。物が新しくなるのは嬉しいですから。でも、新しいものだけではなく、古くなって破棄されるものにもちゃんと感謝を捧げるんですよ」

「へ~」

 今まで使っていたものに感謝を捧げるのは人間の世界ではあまり見掛けない風習だったが、イオルクはよい風習だと思った。鍛冶屋の技術を身につけ、自分で物を作るようになったからこそ、使用し終えた物に感謝を捧げるということにより深い感慨があった。

(お、そうこうしているうちに始まりそうだ。エルフは、どうやって解体するのかな? お手並み拝見といこうか)

 腕組みをしてイオルクはエルフ達に目を向ける……が、筆で目印まで付け終えたのにエルフ達は一向に斧を振り上げる気配がない。それどころか、斧で解体する役を押し付け合っているようにさえ見える。

「……何で解体しないで揉めてんだ?」

 イオルクから零れた言葉が耳に入ったコリーナが苦笑いを浮かべながら答える。

「皆、この時だけ大工になるから不慣れなんですよねぇ……」

 イオルクが首を傾げる。

「この時だけ?」

 コリーナは眉をハノ字にして説明する。

「エルフは共同作業がほとんどで専門職というものがないんです」

「専門職がない?」

 コリーナは頷く。

「里には人間の町のように、お店がありませんよね?」

 イオルクは案内された里を思い出しながら答える。

「そういえば……一軒も見掛けなかったな」

 コリーナは頷く。

「わたし達は共同生活をしているので服も同じデザインですし、仕事も持ち回りで同じ仕事をします。――命に関わる薬の調合などは専門的に我が家で受け持ってますけどね」

「へ~。エルフはそういう風に生活をしてるんだ。でも、専門職の大工じゃないなら腕がよくないだろう?」

「そうですね。携わるその時だけですから、皆の技術は少しずつしか上がらないですね」

「人間の場合は集中的に同じことに取り組んで、繰り返すことで技術を身につけるんだ。エルフのやり方じゃ、一人前になるのに時間が掛かり過ぎる気がするな」

 コリーナは微笑みながら答える。

「時間が掛かってもいいんです。大工仕事をするのも、大工技術の腕が上がるのも」

「どうして?」

 コリーナは右手を胸に当てる。

「わたし達の寿命は長いですから」

「……寿命?」

「年も取りません」

 コリーナの言ったことを理解しようと、イオルクは腕を組み直して考える。言われたことを言葉で理解したとしても、それを頭でじっくり考えないと本質が見えなかったからだ。コリーナの言った『寿命がない』『年を取らない』とはどういうことかを、予測、想像、可能性を絡め、仮定を導くと、この里で見たエルフという種族の当たり前が違った見え方をしてきた。

(まずは代表的なエルフの特性である長寿で年を取らない特性について考えよう)

 この特性を一言で言ってしまえば、不老不死という言葉が一番近いだろう。もちろん、外敵攻撃や病気で命を落とすことはあるが、それを除けば死なず老いないのがエルフである。


 ――では、寿命が百年に満たず老いる人間とは、考え方がどう変わってくるのか?


 イオルクが里にいるエルフ達を見て感じたのは、エルフ達には焦りがなくのんびりとしているということだった。

 どうしてそうなっているのかを考えるうえで、イオルクは人間の生き方を考える。

(人間の場合、何かに情熱を傾けて納得のいく成果を出したくても時間は有限で、体が動く若いうちに寿命という制限内で成しえなければならないという制約がある)

 だから、人間は自分の生き方を、得意分野を、情熱を傾けるべき何かを選択し、生涯で成そうとすることに直向きになる。限りある生を理解しているからこそ、寿命を終える前に何かを成そうと生き急いでいると言ってもいいのかもしれない。

 それに対してエルフはどうだろうか、とイオルクは考える。

(寿命に制限のないエルフは時間に縛られず、手広く技術を修めていつか身につければいい。皆で共同作業をし、皆が同じ技術を伸ばしていく)

 だから、商売敵は存在せず、競い合いも起きない。不老不死という特性が人間のように何かを成さなければいけないという焦りも、競って他者よりも利益を得て豊かになろうという野心も必要とさせない。この余裕がエルフの里を穏やかでゆったりとした雰囲気で包んでいる要因だろうと、イオルクは思った。

 今、イオルクが見ている、エルフ達の共同作業で大工技術を習得している姿は偶然見ることができた貴重な一場面なのである。

(う~ん……。だとしても――)

 この先百年二百年と大工仕事をすることが繰り返されたとして、エルフ達の技術が向上するかは、正直、疑問だった。自分で技術を身につけたからこそ、集中的に繰り返すことの重要性をイオルクは経験から知っているからだ。

 イオルクはチョコチョコと右手の人差し指で頬を掻く。

(百年以上生きているエルフが居るのに大工技術があまり向上してないのは繰り返して覚えることをしていないからだろうな。本来、技術を体に覚えさせるには短期集中の繰り返しが必要だ。毎日やってる畑仕事とは違って大工仕事は理由があって木を切り倒す時だけみたいだから、大工技術を使うのは次の機会まで期間が開く。そのせいで毎回最初から技術習得するところからやり直になっているんだろう)

 イオルクは里の家や家具が歪んでいるのはエルフ達の中に専門職という概念がないのが原因の一つだろうと思った。

(勿体ないな。俺がエルフなら一つの技術を修めてから次の技術に手を出すのに。時間のあるエルフの方こそ技術の継承、発展、開発に向いているはずなんだけど)

 そう考えてイオルクは自嘲気味に溜息を吐き、改めて自分が人間なんだと認識する。

(……こういう成果やら効率を考えてガツガツ生き急ぐのが人間的な考え方だよな)

 とはいえ、勿体ないと思ったのも事実で、それを伝えないのは何か間違っている気がする。

 イオルクはコリーナに話し掛ける。

「コリーナの言っていた寿命が長いからっていう理由は何となく自分なりに理解したんだけど、エルフは全員が畑仕事をしなくても、何人か大工技術を専門的に修めてもいいんじゃないか? 一人ぐらい大工が得意なエルフが里に居た方が便利だと思うんだ」

 そう言われたコリーナは難しい顔で顎の下に右手を当てる。

「う~ん、どうなんでしょう? 里にもっと人がいれば、そういうのもありだとは思うのですが、大人達の話ですと里の住人は何年も増えていないと聞いているので、割り当てる人がいるのか分かりません」

「……ああ、エルフにはそういう可能性もあるんだっけ」

(コリーナしか子供がいないぐらい、エルフは子供を産まないんだった)

 長寿ゆえの特徴か、エルフは人間よりも子孫を残すのに積極的ではないようで種族の絶対数があまり増えない。そのため、生きるために必要な畑仕事や狩猟が主になるのは必然であり、専門職に割り当てる人数は元々割けないという事情があるのだろう。

(ある意味、人間の繫殖力というのはエルフの不老不死に負けないぐらいの特徴だったんだな)

 今まで人間の特徴など考えることもなかったが、エルフという比較対象がいることで特徴と思っていなかったことが特徴だったと気付く。人数が多いということは、それぞれの専門分野を身につけた人々が並列に短い時間で成果を出すことが出来るというのと同義なのである。

「……文化の違いだね」

「何がですか?」

 コリーナが小首を傾げて訊ね返した。

「人間は短い生で出来ることを見つけて生涯を懸けて技術を伸ばすんだ。エルフみたいに全部を皆でやるということはしない――というより寿命の関係で出来ない。全部やってたら中途半端なまま年老いて死んでしまうからね」

「ああ……だから、人間には専門職というものが存在するんですね」

 イオルクは頷く。

「そう思う。でも、人間は寿命がある分、エルフよりも子供を産むのが早いから種族として増える人数は多くて専門職を色んな人に割り当てられるという特徴を持っている。例えば木を切る木こりという専門職が居て、その木を加工する大工という専門職が成り立つ……みたいに共同ではなく分業している感じだな」

「そして、その専門職ごとの対価をお金を使って交換するようにしているんですよね? ドラゴンチェストの服屋さんや道具屋さんみたいに」

「ああ、さっきの例で続けると木こりは大工に木を売り、大工は買った木を加工して家を建てて家を建てて貰った人から賃金を貰う。対価を得た人達はお金を使って生活に必要なものを買って交換するんだ」

「エルフのわたしからすると、働いた対価がお金というのが、今一、しっくりこないんですよね。自分で獲得した対価を色んなことに使えるのは、とっても魅力的ではあるのですが」

 服屋に興味を持ったコリーナだったが、やはり対価を払うということには慣れないようだ。人間の世界で服が何種類もあるのは、売り物の商品である服を沢山買ってもらう工夫であったり、同じ服屋があった場合、客を取り合って競い合いをしているからだ。

 それに対してエルフ達は争ったり競ったりということがないため、対価というものがピンと来ないのだろう。

「まあ、色々な違いはあるけど、俺はエルフの生活も好きだな。皆で一緒に作業をするのが当たり前というのは、争いがなくて仲が良くないと出来ないことだからね」

 そうイオルクに言われると、コリーナは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 しかし、ふと思い出したようにコリーナの顔は真顔になりイオルクに向き直った。

「そういえば、さっきのお話の中で気になったことがあるんですが、聞いてもいいですか?」

「いいよ。何?」

「木こりの話です」

「木こり?」

 コリーナは頷きながら不思議そうな顔で質問する。

「生活をするために木を切るということは、毎日、木を切るということですよね? 一ヶ月、二ヶ月……一年と」

「ああ」

「毎日木を切り続けたら相当な数の木を切ることになるんじゃないですか?」

「まあ、そうだね。生活するためには木を切り続けないといけないから」

「……そんなに木を切り倒して大丈夫なんですか?」

 そう言われてイオルクはエルフ達の切った大樹が思い浮かんだ。

(ああ……あそこまで育つまで木を切らないエルフからしたら、生活のために木を切ることを想像できないか)

 直ぐにコリーナが何を疑問に思ったか、イオルクには思い当たった。

「エルフは頻繁に木を切らないから、そういう疑問が浮かぶんだね」

 コクコクと頷きながら『木がなくなってしまいます』と言うコリーナに対して、イオルクは右手の人差し指を立てて説明する。

「人間は木を切り倒したあと、植林をして木を育てて、その木が育つまで別の場所で育った木を切り倒すんだ」

 イオルクは立てた右手の人差し指をクルクルと空中で回しながら言う。

「木を切る場所と育てる場所を繰り返し変えて木を切り続けるんだ。だから、木を切る時の木の大きさには目安があって、エルフの森にあるような大きな木を人間の住む土地では切らない。十年掛けて山を一周して切り倒すことを想像するとイメージしやすいかな? 切り倒したあとに植林をして最初の場所に十年掛けて戻ると十年育った木をまた切り倒すことができるだろう?」

 頭の中で山の木を一周して切る→植える→育つ→また切るを想像し、コリーナは顎の下に右手を当てた。

「なるほど。人間の木こりは、そういう風に生活をするんですね。そうなると、人間の住む土地ではエルフの森に育つような大きな木は見掛けないんですか?」

「俺は見たことないね」

「そうなんですね。エルフは森と共に生きる種族ですから、今回のような理由がない限り、木を切らないんです」

「森を守るために間引きする木を選んでたしね」

「はい。木を切るのは数年に一度ぐらいです」

 イオルクは納得の顔をして頷く。

「道理で森の木は大きくて、エルフ達の腕は鈍ってるわけだ」

(エルフ達が一人前の大工になるのは、ずっと先の話だな。里の家具が人間の町で売れるぐらいになるまで、あとどれぐらい掛かることか……)

 もしかしたら、エルフ達は一人前にならず、いつまでも腕が上がらなくてもいいと思っているのかもしれない。商売敵もいない共同生活をするエルフ達には焦る必要は何一つなく、穏やかな時間の中を過ごせればそれでいいのである。

(余裕のある、ゆったりとした時間が流れる生活か)

 そういう生活をイオルクは、一瞬、羨ましいと思った。しかし、直ぐに自分が人間であると認識し直すと、今まで培ってきた経験を活かせる場面がないというのは耐えられないという思いが込み上げてきた。

 小さな頃から騎士になるために努力をしてきた日々も、親友達と戦場を駆け抜けた日々も、守る主を信頼できる仲間と守り抜いた日々も、新しい技術を求めて旅に出て鍛冶修行をした日々も、どれも掛け替えのないイオルクの生きてきた証のようなものだ。生き急ぎかもしれなくても、この生き方を変えることはできないだろう。

(結局、俺は人間のイオルク・ブラドナーとしか生きれないんだな。そして、苦労して手に入れた技術を活かすのは人間としては当たり前の行動で、エルフだからと遠慮する必要もないはずだ)

 エルフ達とどのように関わろうか考えていたが、コリーナと話して関わり方が見えてきた気がした。どこまで行ってもイオルク・ブラドナーは人間だ。人間としてでしか関われない。

 そう結論付けたイオルクはコリーナに訊ねる。

「コリーナ、少し出しゃばっていいかな?」

「出しゃばる……ですか?」

「ああ。まだ大工として一人前じゃないけど、数年のブランクがあるエルフ達より俺の方がマシみたいだ」

「そういえば村ごと改築したとか、言ってましたね」

 イオルクはコリーナに頷くと、誰が大樹を材木へ切り揃えるかで揉めているエルフ達のところへと歩みを進めた。

「俺がやりましょうか?」

 そう声が掛かるとエルフ達は会話を止め、自ら進み出たイオルクに振り返る。

『木の解体が出来るのですか?』

「少し前に大工仕事をしたばっかり」

 イオルクはニッと笑い、エルフ達がリストアップした掲示板の紙を指差す。

「あのリスト通りの材木にバラせばいいんでしょう? もう、木には墨入れして目印もあるから、ちゃちゃっとやっちゃいますよ」

 エルフ達は顔を見合わせたが、暫くぶりの作業を進んでやることに二の足を踏んでいたため、 流されるようにイオルクへ斧の柄が向いた。

『皆、不慣れで困っていました。お願いできますか?』

「ああ、任せ……て?」

 斧の柄を掴み、刃を目の前に持って来た瞬間、イオルクの眉がぐにゃりと歪んだ。

「えぇ……。嘘ぉ……」

 イオルクの眼前にある斧の刃には錆が浮かび、刃が所々潰れて丸みを帯びていた。これでは斧としての役目を十分に果たせない。このままでは潰れた刃のせいで打ち付けた時に刃が食い込みにくく、浮いた錆はガリガリと引っかかり摩擦を作って刃の勢いを殺してしまう。

(……遠くから見てたから気づかなかったけど、さっき、木を切り倒すのにやたら時間が掛かっていたのは、この斧のせいだったのか)

 イオルクは溜息を吐く。

「……これ、手入れを怠ったでしょう? 火入れをして叩き直さないと使いもんになりませんよ」

 イオルクに斧を手渡したエルフが苦笑いを浮かべながら答える。

『申し訳ない。ここ暫く使う機会がなかったので、納屋の中でほったらかしになっていて……』

「それにしたって、これは酷いよ。木を切り倒していたから使えないことはないんだろうけど、解体で断面を傷つけるようなことはしたくないな」

 イオルクは右手に握る斧を下ろして訊ねる。

「鍛冶場はありますか? よければ叩き直しますけど」

『直せるのですか?』

「大工技術は二次的に身につけただけで、鍛冶技術を身につけるために修行をしてたからね」

『それで斧を直すせるのですか……う~ん』

(いやいや、そこで何を悩むことがあるんだ? 俺が叩き直すって言ってるんだから、そのまま任せればいいじゃないか)

 悩むエルフの答えを不思議そうな顔でイオルクが待っていると、暫くしてエルフの一人が申し訳なさそうに答えた。

『実は……この里に鍛冶場はないのです』

「……は? 鍛冶場がない? でも、金属を溶かせなければ斧を造ることなんて出来ないですよね?」

『それはそうなのですが……』

 歯切れ悪く言葉を止めたエルフに代わって、別のエルフがイオルクの疑問に答えた。

『我々は魔法が得意なので、それで鍛冶場を代用して斧を造ったんです』

 イオルクの目が見開いた。

「魔法で鍛冶場を代用したってことですか⁉ そっちの方が凄くないですか⁉ 鍛冶仕事は火加減も大事だし、火炉の温度を維持するのも大事なのに魔法でそれを代用するなんて!」

 そう驚いたイオルクの言葉を聞いてエルフ達は誇らしげに胸を張るのかと思ったが、逆にげんなりとした顔でエルフの一人が答えた。

『……ええ、斧は造れました。本当に……本当に……大変でした』

「ですよね!」

『斧一本造るのに、一体、何回失敗したことか……。時間も掛かったし……』

「へ?」

 イオルクが茫然と立ち尽くす中、周りのエルフ達が当時の苦労を思い出して語り始めた。

『あれは苦行だった……』

『矢じりや小物を作るのと違って、あれだけの鉄は中々溶けないんだよなぁ……』

『何度も鉄が割れたし……』

『斧の形にするのも一苦労だった……』

『今、もう一度同じことをやれと言われても、加減を間違えて斧を溶かしてしまうかもしれない。里に一つしかない斧に、もう一度火属性の魔法を当てる勇気はないなぁ……』

 イオルクは視線を右下に落とし、右手に握る斧に目を向けた。

(大変なことになった……。まさか、このボロボロの斧がそんなに貴重なものだったとは……)

 異文化の常識の違いが、こんなところで顕著に現れるとは思わなかった。特にエルフの里では金属の加工に関してはかなりの労力が必要なようで、ある程度の大きさ以上の金属製品は貴重品になってしまうようだった。

(エルフに火炉の代わりを気軽に頼んだら、うっかり火属性の魔法の出力を間違えて一つしかない斧がドロドロに溶けて無くなることもあるのか)

 そんな賭けのようなことをやるわけにはいかない。恐らくエルフ達は鍛冶仕事も久しぶりに行うはずなので、作業の勘を取り戻さずに火炉の代わりをさせたら失敗するのは確実だ。

 そうなると鍛冶場もなしに鍛冶技術を使うことは出来ないため、選択肢は限られてくる。無理やり切れ味の鈍い斧を使って大樹を材木に分解するか、別の代用品を使って大樹を材木に分解するか、だ。

(エルフって、結構、アバウトな生き物なのかもしれない……)

 イオルクは溜息を吐くとコリーナに向かって手招きする。

「?」

 呼ばれたコリーナが理由も分からずイオルクの側へと歩いてきた。

「何ですか?」

「少し頼まれてくれるかな? 俺の剣を取って来て欲しいんだ」

「剣を?」

「この斧よりマシだ」

 イオルクが刃に錆の浮いた斧を右手で持ち上げて左手でパシンと叩いて見せると、叩かれた斧はコリーナの前で錆びた粉をパラパラと落とした。

「うあ……。久々に斧を見ましたが、こんなことになっていたんですね」

 里の住人であるコリーナが言い訳をして庇いきれないほど、斧は悲惨な状態になっていた。代用が利くなら木を切るための専用の道具でなくても、これなら仕方がないと思えてしまう。

 コリーナはイオルクの頼みごとを了承して頷く。

「分かりました。剣を取ってきます。必要なのは剣だけでいいですね?」

「ああ……あ~駄目だ。リュックサックの中身も必要になるかもしれない。あの重さはコリーナじゃ持てない」

 イオルクは斧を左手に持ち替えると、ガシガシと頭を右手で掻く。

「俺が取ってくる。皆に少し待つように言っといて」

「分かりました」

 イオルクはコリーナに軽く手を振って斧を置くと、小走りでコリーナの家へと向かった。


 …


 大樹の解体を中断してぽっかりと空いた時間。切り倒された大樹の周りには野次馬が増え、お祭り騒ぎは継続中だ。

 そんな雰囲気の中、イオルクが剣を腰の左横に携え、リュックサックを背負って戻って来た。

「お待たせしました」

 大きなリュックサックを広場の地面へ転がすように置きながら、イオルクは左腰の剣に手を掛けて横たわる大樹の前へ歩みを進める。そして、大樹が剣の間合いに入るとゆっくりと全体を見回すように歩き、幹と枝葉の分かれる付近で足を止め、横たわる大樹と向き合った。

 野次馬気分で興奮冷めやらぬエルフ達はイオルクの腰に下がる剣を見て興味を持ち、この里にはない剣という武器を見たいという怖いもの見たさも手伝ってイオルクを囲む勢いで輪を作った。

 しかし、そのざわつきも徐々に消えていく。微動だにしないイオルクの内面では大樹に入れる剣の通り道が薄っすらと見え始めており、イオルクの心の準備が整っていく度にピリッとした雰囲気が漏れ出ていたからだ。

「…………」

 剣を見慣れていないエルフ達の目から見ても、剣を手にしたイオルクの立ち姿が様になっているのが分かり、今、イオルクが剣の柄を手にしたまま動かないのは大樹の切る箇所を見極めているのだと、無意識に理解できた。

 その理解が周囲に広がっていくと、やがて言葉を発する者はいなくなっていた。

「危ないから下がって」

 落ち着いた声が響き、イオルクを囲んでいたエルフ達は言われるままにイオルクから距離を取って横たわる大樹からも十分に距離を取った。

 エルフ達が距離を取ったのを確認すると、イオルクはゆっくりと剣を鞘から抜いた。手入れされた剣は曇りなく、剣身で反射する光が刃を滑り切っ先へと流れる。

『なんて綺麗な剣なんだ……』

 エルフの一人から零れた言葉に、イオルクは笑みを漏らす。

「あの斧だって、ちゃんと手入れをすれば同じようになりますよ」

 コリーナとの旅で会得した集中力のコントロールを活かし、エルフ達に無用な緊張感を与えないようにしながらイオルクは騎士の集中力を引き出していく。

「鍛冶場があれば鍛冶技術を教えるところだけど、魔法を使って鍛冶をするとなると鍛冶技術の伝授は難しいですね。今日のところは剣を斧の代用として木材を捌くから、その後で道具の手入れの大事さを分かって貰うとしましょう」

 そう言うとイオルクは横たわる大樹に向き直って、深呼吸を入れて行動に移す前の最期の集中力を高める。そして、もう一度、ひと振り目を心で見極めると剣を両手持ちにして柄を強く握って腰を落とし、皮のブーツの足裏を地面に擦り付けて踏みしめを確認する。

「まずはこの箇所を全力で振り切って状態を見る……!」

 イオルクが一振り目に選んだ個所は幹から枝が分かれる箇所。幹よりも柔らかく材木にするには扱いにくい――失敗しても大きな損害が出ない箇所だった。

(ここなら木の性質も見れて、俺の身体の状態も見れる!)

 繰り出すのは久々の剛剣術。トーマスのところでも見せた鎧斬りだ。どっしりと落とした腰を起点に右から左に剣が向かい、大樹の枝葉に近い幹と刃がぶつかる。大樹から跳ね返る反発を上半身が流れないように受け止め、背筋のバネと両腕の振り切りが合わさって右から左に幹と枝分かれする箇所を両断した。

(誤差なし! 真っ直ぐに振れてる! これなら体の動きに修正はいらない! 木の硬さは剣にダメージを与えるものではない!)

 今の身体の状態は万全とは言えない。コリーナを肩車して歩き続け、昨日はガタがきていた体だ。しかし、里の気候のお陰でしっかりと眠れたせいか、鎧切りを行使しても体に支障がでないぐらいには回復していた。

 自分の状態を確認したイオルクは、この状態ならと自信を持つ。身体の負担も気になっていたが、久々に振るう剣に違和感がなかったことの方が自信を呼び覚ますのには大きかった。

 何千何万と振り続けた剣の基礎でも、その日の状態で誤差が出ることもある。コリーナを里に送り届けるまでの修練が出来なかった期間に加え、今は里での修練も戒めている。一振りするまでは自分を疑っていた。

 しかし、約一週間ぶりになる剣の振りはイオルクに違和感を伝えることなく、期待に応えてくれた。

(これは重要な情報かもしれない。俺の体は一週間やそこらじゃ鍛錬を怠っても鈍らないらしい。きっと、これからもこういうことは何度とあるだろう。ノース・ドラゴンヘッドに居た時とは違い、騎士だけをするような待遇が用意してあるわけがないんだから)

 イオルクは剣を連続で振るう。水平と垂直の鎧切りが繰り返され、横たわる大樹は枝葉から根に向かって木材から材木へと姿を変えていく。エルフ達が目を奪われているうちに七割が一気に材木へと姿を変えた。

『凄い……』

 自分達の斧との切れ味の違いもさることながら、寸分の狂いもなく墨入れした目印から外れることなく繰り出される一振り一振りの技の冴えにエルフ達は感嘆の息を漏らした。

『こんなに一気に切って剣が刃毀れしそうだ』

『それより剣が折れるんじゃないか?』

 その声にイオルクは剣を振りながら答える。

「剣の強度と切れ味が一定以上あれば、あとは腕次第かな? 腕が悪ければ仰る通りに折れるけど」

 やがて大樹の解体も最後に差し掛かり、残っているのは材木として使えない幹の丸みを帯びた側面を切り落とすだけになった。

 イオルクは丸みの残る切り出した木材を縦に立てると、丸みのある側面部分を唐竹に一振りで切り落とした。

(一回一回立てるのは面倒くさいな)

 イオルクは残った幹の丸みを持つ木材を全て立て、幹の丸みを帯びた側面を連続で次々に唐竹で切り落としていった。

 そして、最後の一振りをすると剣に付いたおがくずを払って鞘にゆっくりと納めながら言う。

「分解しただけだから鋸で大きさを揃える仕上げと鑢掛けは手分けしないと使える材木にはならないからね」

 カシン……と、剣が鞘に納まる音が響くと、それが合図であるかのようにイオルクの剣技に見とれていたエルフ達はハッとして我に返った。

『もう……終わった?』

『斧も使わずに……』

 エルフ達は時間でも飛んだような感覚に包まれながらも、積みあがった材木を見て現実にあったことなのだと思う。

『…………』

 暫し積みあがった材木を前にエルフ達は言葉を失っていたが、やがてやるべきことを思い出すと『そうだった』と『今回はアレを直すんたった』と、一人また一人と各々家具の材料となる材木を選んで持って行こうと動き出した。

 そのエルフ達の行動を見て、イオルクは慌てて止める。

「ちょっと、待って! 材木を乾燥させないで使う気なのか⁉」

 エルフ達が一斉に振り返った。

『え?』

「まさか……そのまま使う気なのか?」

 イオルクの問い掛けを聞いてもエルフ達は首を傾げるばかりで、言っている意味が分からないようだった。

(エルフ達は材木を乾燥させることを知らない? それともエルフの森に育つ木は材木にするのに乾燥を必要としない?)

 ここはイオルクの住んでいた場所とは違う土地。山頂には四季があり、切り倒した木は針葉樹とも広葉樹とも見分けのつかない葉を茂らせる。人間のイオルクが知らない常識が、エルフの住む土地にはあるのかもしれない。

(そもそも人間の住む土地で、あんなにでかくなった木を切り倒すことはない。もしかしたら、エルフ達が材木を乾燥させないことに大きさも影響しているのかも?)

 人間の体を例えにして考えると若い者は瑞々しく健康的であるが、反対に年老いたものは筋力が衰え、皺が増えて肌に張りがなくなっていく。人によっては体が一回り小さくなり、若い時よりも蓄えていたものがなくなっていく。

(木にも若い木や年老いた木があるんじゃないか? 年老いた大樹のでかい幹を維持するのに若い時と同じ養分なり水分を全体に生き渡せることができるのか? 大きい分だけ全体に行き渡っている水分が分散されているとしたら、どうだ? 年老いた木の方が全体に行き渡る水分は少なくなると考えられないか?)

 イオルクの仮説通りであるなら、古木に含まれる大樹は若い木よりも全体に蓄えている水分が少なく材木として使用する時に乾燥時間が短い加工に適した条件を満たしていることになる。里の木製品が自然乾燥による変形や収縮で大きく曲ったり反ったりせず割れを生じさせていないのが、ある意味イオルクの仮説の正しさを強くしているといえるのではないだろうか。

(エルフ達の様子を見る限り、家屋が倒壊するような大事になっていることを口にしている者はいない。でも――)

 イオルクは溜息を吐く。

(――里の家の壁の板や家具が歪んでいるのは見ているんだよな。たぶん、大事になってないだけでエルフは歪みを気にしていないだけなんだろう。里の木製の物が歪んでいるのは材木を乾燥させてないのが原因の一つに違いない)

 専門職の大工がいないため、エルフ達には当たり前のことが伝えられていないのかもしれない。

(だけど、いくら乾燥の変形に強い古木を使用しているからといって、里にあるもの全部が全部に影響がないというのはあり得ない気がする。そうなると、やはり考えられるのは木の性質。あの針葉樹とも広葉樹とも判別のつかない木は自然乾燥に対する変化に強い耐性を持っているんじゃないだろうか?)

 イオルクは考えた末、里の木製品に乾燥による致命的な被害が起きていない理由は二つだと結論付けた。

 ・エルフ達は古木となる大樹になるまで育った木を利用することで、人間が切り倒す若い木よりも蓄えている水分が少ない木材を使用することになっていること。

 ・エルフの森に育つ木が自然乾燥の変化に対してある程度の耐性を持っていること。

(この二つの仮説が合ってるなら、エルフ達が材木を乾燥させないで使用するのも納得がいく)

 イオルクは顎の下に右手を当てて微笑んでエルフ達を見る。

(この人達は本当に自然の中に生きてる種族なんだな。天然のものを加工するだけで、木材を材木にするのにひと手間加えることを知らないんだから)

 そう納得はしたものの、イオルクの顔は徐々に難しいものへと変わっていく。

(エルフ達が作る木製品の歪みに対しての原因は分かってきたけど、それを放っておくのも……な。かと言って、自然と共に生きている人達に勝手に材木を乾燥させる技術を与えたり教えたりしていいのかな? 今まで使ったことのない技術を取り入れるのは少なからず文化に変化を与えるものだし、ましてや教えるのは人間の文化だ。軽い気持ちで教えていいんだろうか?)

 材木を乾燥させることでエルフの里の木製品の歪みは劇的に改善されるだろう。教えるのは簡単だ。……そう、簡単なのだ。

(初めてのことだから直ぐに答えが出ないな)

 イオルクが気にしているのは人間の文化をエルフ達の文化へ入れたことで起きる影響だった。争いのない種族の文化に争いのある種族の文化を入れることで、人間のように争いを始めるような切っ掛けを与えてしまうのではないかと懸念したのだ。教えた技術が後にどのような影響を与えるのか、と。

 イオルクは右手でガシガシと頭を掻く。

(まさか、こういうことで悩むことになるとは思わなかったな。里に居る間はエルフ達と会話をする機会も増えるだろうし、うっかり変なことを教えないように気を付けないと)

 もしかしたら、さっき剣を使って大樹を解体したのも失敗だったかもしれないと、イオルクは自然と左手で剣の柄を撫でていた。

(今後のためにも、自分の中にざっくりでいいからルールを決めるか)

 エルフ達をゆっくりと右から左に見て、里に流れる穏やかな雰囲気を感じながらイオルクは考える。

(争いごとに関する武器の知識や戦略なんかは特別なことがない限りは絶対に教えられない。今後は武器を見せるのも極力避けるようにしないと。あと、争いの火種になる競争ごとに発展するようなものも駄目だ。共同作業をして何事も平等に作業をするエルフ達には刺激が強いかもしれない。そういうものは技術を伝授する機会があっても、一度、エブルさんやレミーさんに相談してからにしよう)

 イオルクは腕を組み、今度はエルフ達に教えてもいい技術を考える。

(さて、そうなると俺の独断でエルフ達に伝授していい技術の条件を考えると……既に持っているものや習得しているものに関わることか。全員が知ってることを発展させるだけなら、全員が覚えるはずだから競争は生まれないはずだ。伝授する技術も誰か一人に教えて他のエルフには教えないということはしてはいけないだろう)

 イオルクの口から乾いた笑いが漏れる。

(……随分と変なことに気を遣っている気がするな。人間は常に競い合うことが当たり前で、それが人間の文化を発展させる原動力の一つになっているのに、人間である俺がエルフ達に技術を教えるには争いを産まない技術であるをことを気にしないといけないんだから)

 異文化に関わるということは相手の文化を尊重するということでもある。そのことを忘れてはいけない。故に自分の中にルールを設ける努力を怠るわけにはいかない。

 イオルクは自分で作ったルールを再度頭の中で反芻し、これからの対応を考える。

(俺が決めたルールに照らし合わせるなら、材木の乾燥は教えても大丈夫。既存の技術を発展させるだけで、影響は里にある木製品の質が上がるだけだ。だけど――)

 ここで新たな問題がイオルクの頭を過ぎる。

(――今まで材木の乾燥なんてしてなかったエルフ達にいきなり言って理解して貰えるだろうか?)

 材木を乾燥させる技術は伝えてもいいと判断したイオルクだったが、どうエルフ達へ伝えるか、一考しなければならなかった。今まで乾燥させずに材木を使っていたエルフ達は木の水分が抜けきっていない状態で材木を使用すると起きる自然乾燥による歪みを知らないだろうし、それを説明するのは難しい。

 イオルクは暫く考えると、百聞は一見に如かず――やって見せた方が早いだろうと判断した。

(コイツを使って理解して貰うか)

 イオルクの身長と同じぐらいの最後に切り落とした使い道のない幹の丸みを帯びた廃棄する木材を縦に立てて、皮の付いている幹側ではなく剣で切り落とした平らな断面をイオルクはポンと叩く。

「すみません、俺の――人間の土地では木を切ってそのまま使用することはほとんどなかったので考え込んでしまいました」

 イオルクは振り向きながら、そうエルフ達に話し掛けた。

『随分と驚いてましたが、そんなに珍しいことなんですか?』

 問い掛けてきたエルフに、イオルクは頷く。

「人間は材木を乾燥させずにそのまま使用することはほとんどありません。だから、人間が使っている材木の乾燥について教えますね。知っていれば材木の質が上がることになるので」

 イオルクはワザとらしく咳ばらいを一つ入れる。

「材木にする木ですが、切り倒した木にはまだ根から吸い上げた水分が残っている状態です。これを乾燥させないで材木として使うと、どうなると思いますか?」

『?』

 今まで切り倒したあとの木に一手間加えること――乾燥させることをして来なかったエルフ達の頭には疑問符しか浮かばなかった。

 イオルクに言われたことに対し、『どうなるのだろうか?』とエルフ達は考えてはみるが、里の木製のものは歪んでいるのが当たり前になっていたため、思考がそこで止まってその先を想像できなかった。

『薪なんかは木の中の水分が飛ぶまで時間が掛かるから枯れ木を選ぶけど、物を作るのに材木なんか乾燥させて影響なんてあるのか?』

『そんなことをしなくても、里の家や家具は壊れていないし』

 やはり使えていれば問題ないという考えがほとんどで、あまり材木に対して気に留めていないようだった。

 しかし、エルフ達の反応を見ると、知らないというだけで理由を理解すれば受け入れてくれる可能性は高そうだ。人間のイオルクの話を聞いて、エルフ達はちゃんと考えてくれている。

 イオルクは話を続ける。

「じゃあ、試してみようか。この木材の面に火を当てて強制的に乾燥させてみるんです。的は小さいんだけど、レベル3のファイヤーリバーを焦がさない程度に離してお願いできますか? 俺は魔法の扱いがからっきしなんで」

 エルフの一人が首を傾げて聞き返す。

『ファイヤーリバー……? ああ、人間の呪文のことですね。そんなものは必要ないですよ』

 そう言ってエルフの一人が前に出ると両手を突き出し、表面を焙るような火加減で魔法を発動した。

『こんな感じでいいですか?』

 今度は、それを見たイオルクがエルフの技術に驚いた。

「無詠唱⁉ 無詠唱で魔法を使えるんですか⁉」

『そんなに珍しいですか?』

「人間の中だと熟練した魔法使いでも僅かにしか使えないんです!」

『そうなんですか』

 何でもないことのように言われて、イオルクはもの凄い衝撃を受けた。何故なら、人間は詠唱をして攻撃魔法を使うのが当たり前だったからだ。

 イオルクが騎士の家系の血を色濃く受け継いで頑丈で大きな体を受け継いだように、魔法使いの家系も親の血を受け継ぐのには大きな意味を持っている。優秀な魔法使いの親を持つ子供ほど、一般の子供よりも魔法使いとしての才能を強く受け継いで生まれてくるからだ。

 例えば、一般の子供がレベル1と呼ばれる魔法を使えるかどうかなのに対し、両親の才能を受け継いだ魔法使いの子供はレベル3の魔法をいきなり使えたりする。そして、その中でも魔法の才能を伸ばした一部の者だけしか、詠唱を必要としない無詠唱の魔法を扱えないのである。

(回復魔法はまた違うんだけど、今はそんなものは後回しだ)

 人間の一般常識から照らし合わせると、エルフの魔法の扱いにおける熟練度は人間を遥かに凌駕している。

(他のエルフ達が誰も驚いていないところを見ると、無詠唱で魔法を使うのはエルフにとって当たり前なのか)

 イオルクは呆れに近い感嘆の息を漏らす。

(あり得ないな……。魔法使いが国を治めるサウス・ドラゴンヘッドでも、無詠唱を扱える者は数えるほどしかいないと聞くのに……)

 イオルクはガシガシと右手で頭を掻く。

(確かにここまで魔法を扱えれば鍛冶場を持たないのも分かる気がする。エルフ一人が居れば無限燃料庫みたいなもんだ。――だけど、いくら鍛冶をするのに必要な火加減を魔法で再現できるからといって、魔法の行使を維持し続けるのは火炉を使うより大変なはずだ。一概にエルフと人間のどっちのやり方が優れているというのを決めるのは難しい)

 イオルクが視線を廃棄する木材に戻すと、廃棄する木材に変化が表れ始めていた。水分が飛んで所々に焦げが見え始めて煙が立ち上り始めていたのである。

 材木の乾燥とは違う話に反れているうちに火属性の魔法で焙られている、廃棄する木材の乾燥は終わっていた。それに気づいたイオルクは少し焙り過ぎてしまったところで、魔法を使っているエルフに話し掛けた。

「もう、魔法を止めていいですよ。蒸発する水分がなくなったみたいだから」

『分かりました』

 エルフの一人が火属性の魔法を止めて両手を下ろすと炎が霧散し、直立する木材からは僅かに煙が上がっていた。しかし、その煙もチロチロと揺らめいていた火が消えるのと同時に消え、焦げ臭さも直ぐに消えた。

「さて、見比べてみようか」

 イオルクは鞘の付いたままの剣を腰から外し、それを廃棄する木材の面に並べて立てる。

 エルフ達が鞘付きの剣と廃棄する木材の周りに集まり、交互に見比べる。

『あれ? 剣と木が平行になってないみたい』

『木の方が丸まってる』

『どうしてかしら?』

 エルフ達の目がイオルクに向かうと、イオルクは頷いて説明する。

「こうやって見ると分かり易いでしょう。フライパンに水滴を落として蒸発するのと同じで、今、木材の水分が飛んだんです。水分がなくなれば、そこにあった水分が支えをしなくなるということ。切ったばかりの木は生きていたんだから水分が残っています。水分を抜かないで使い続けると、今みたいな現象が長い時間を掛けて自然乾燥で起こるってことです」

 イオルクは右手の人差し指を立てる。

「里の家の壁板が歪んでたり家具の部品が曲がっていたりするのは、今まで乾燥させないで作ってきたからだと思うよ。そして、生活に困らないぐらい大きな歪みにならなかったのは使っている木の特性なんじゃないかな」

 エルフ達はそれぞれ『おお!』と驚いたり、『そういうことだったのか!』と長年の疑問に納得しているようだった。

『そうなると、加工前に乾燥させるのがいいのか』

『どうすればいいんですか?』

 エルフ達の目は、再びイオルクに向いた。

「俺が修行していた師匠に習ったのは一つだけ。桟に材木を積んで何日か置きに転がす方法だけです。水分を抜く面と重さの掛かる面を転がして均等にすれば歪みをなくして乾燥させることができるからね」

『なるほど』

「半年以上、乾燥させることもあったよ」

『そんなに時間が掛かるのですか⁉』

『もっと短く乾燥させる、何かいい方法があるんじゃないのか?』

 エルフ達は各々乾燥時間の短縮方法を考え始めたが、イオルクは結論は変わらないと思った。桟に積んで転がすのはそうしなければ均等に重さが掛からずに乾燥してしまうので、どうしても歪みが発生してしまうからだ。

 イオルクがエルフ達が諦めるのを待っていると、エルフの一人がパチンと指を鳴らして前に出た。

『じゃあ、こうすればいいんじゃないか?』

 先ほど焙った廃棄する木材に向けて右手を翳すと、炎が巻き付くように木材を覆い始めた。

「‼」

 イオルクはまたもや見せられた信じられない光景に目を見開いた。

(嘘だろう⁉ 魔法って、こんなに応用が利くもんなのか⁉)

 そう心の中でイオルクは叫んでいた。エルフの見せた魔法の使い方は呪文を必要とする人間の攻撃魔法とあまりに掛け離れていた。

 人間の攻撃魔法は呪文を使用するため、魔法を使用した結果が固定されているという特徴がある。呪文によりレベルが分けられ、レベルが高いほど威力が高くて消費する魔力量が多いという特徴があり、どの魔法もレベルによって必要となる魔力量は固定で発動する魔法に個人差がない。レベルによる差は詠唱する呪文が長くなる他、形態の固定でレベル1は球状、レベル2は正方形の壁、レベル3は奔流……などに区分される。

 今、エルフが見せたような自由度の高い使い方は呪文で縛られた制限のせいで、人間には再現できないのである。

(無詠唱の魔法っていうのは詠唱破棄だけじゃなくて、こんな使い方も出来るようになるのか)

 自分で魔法を制御するからこそ、できる当たり前。魔法を使うことに関しては、エルフは専門職であると言ってもいいのかもしれない。

(エルフの魔法の自由な使い方に比べて、人間はなんて縛られた使い方をしているんだ……。サウス・ドラゴンヘッドの魔法使い達もこれぐらい柔軟に扱えれば、共闘する時、戦闘が楽だったのに)

 人間の世界では魔法使いよりも騎士の方が優れていると見られることが多い。それは魔法を使うには呪文を使用しなければいけないというのが一番の理由だ。戦いの場で悠長に呪文を唱えている暇はないうえ、魔法の威力を調整できないので使い勝手が悪い。せめて威力の調整ができれば魔法も、もう少し使い勝手がいいのだが、呪文による魔法は誰が使っても必要な魔力量と魔法の威力に差異がない。

 イオルクの脳裏にサウス・ドラゴンヘッドの魔法使い達と共闘した時の記憶が蘇る。

 各国に戦を仕掛けるドラゴンレッグについてはどこの国でも悩みの種になっていて、ドラゴンレッグと戦がある度にイオルクの故郷であるドラゴンヘッドでも、北と南に分かれているノース・ドラゴンヘッドとサウス・ドラゴンヘッドの二国が共闘することは多かった。

 しかし、この魔法使いとの共闘には苦労をした思い出が多い。前述した通り、人間は呪文の詠唱による魔法しか使用できないため、前衛を騎士で固めて後衛の魔法使いが呪文を詠唱して遠距離攻撃をするのが常識になっていたからだ。その無防備で動けない魔法使いを守るのがどれだけ大変だったか……。

 魔法の発動には時間が掛かり威力の調節も出来ず、臨機応変に形態も変えられない。今あげた三つの欠点のうち、どれか一つでも魔法使い達が応用できれば戦略の幅は広がったのだが、それはないものねだりでしかなかった。

 だから、その常識をいとも簡単に壊される様を目の前で見せつけられると、サウス・ドラゴンヘッドの魔法使い達が酷く未熟に見えてしまうのである。

(人間の魔法使いもエルフのように無詠唱で自由に魔法の形態を変えられて威力も調整できたら、戦はどんな風に変わっていただろう)

 きっと、常に盾役の騎士を必要とせず、魔法使い達は騎士の隣りで肩を並べることが出来るようになり、魔法使いの評価は一変しただろう。それによって盾役として配置していた騎士を別のところへ回せるだけでなく、呪文の威力を込めた魔力の分だけ強化できれば、騎士の一振りと同等の殺傷能力を得られるようになるのである。

 イオルクはフッと嘆息した。

 そういいことずくめのことが頭の中に溢れかえったが、人間には出来ないことは出来ない。所詮は妄想だと諦めて、イオルクはエルフ達との会話を再開する。

「取り乱して、すみません。人間にとってはあまりに凄いことだったから」

『こんなことが、そんなに凄いことなのか?』

そう聞き返したエルフの一人に、イオルクは頷いて肯定する。

「人間は呪文を使わないと魔法が使えない人がほとんどなんです。だから、詠唱なしで魔法を使うのを目の前で見せられて驚いたし、形態を自由に変化させたことに、更に驚きました」

 エルフの一人が火属性の魔法を止め、焙り終わった廃棄する木材を見ながら言う。

『エルフが魔法の扱いに長けているのに対して、人間は大工仕事など別の分野で創意工夫をしてきたんだろうな。材木の乾燥の話をして貰った時は、逆にこっちが驚いたからな』

 焙り終わった廃棄する木材の断面をエルフの一人がノックするように叩くと、水分に音を吸収されることなく音が響いて返ってきた。

 廃棄する木材には先ほど試しで焙って曲がった面以外に歪みは見られない。これは焙りながら調整を掛けることができたため、均等に水分が飛んだからだろう。

『魔法で乾燥させた感じでは歪みは出ていないみたいだな。今後はこの里でも乾燥させた材木を使うのが主流になるだろう』

 イオルクは腕組みをして言う。

「やっぱり火加減を調整できるというのは便利だよな。火力調整できるから焦がさないもん」

『そうかもしれないな。ところで――』

「ん?」

 エルフの一人が廃棄する木材を指差しながら訊ねる。

『――この方法で乾燥させるのは、本当に正しいのか?』

「…………」

 正直、イオルクには分からなかった。魔法を使った方法は人間には試せないし、ゆっくり自然乾燥させるのと魔法で短時間で乾燥させるのとで、どのような差が出るのかなんて分からない。

 答えに困ったイオルクは絞り出すように答えた。

「ごめん……。魔法で乾燥させる方法は、どんな結果が出るか分からない……。申し訳ないけど、時間を掛けて確認して貰えるかな? 人間じゃ魔法を使った乾燥なんて出来ないから」

『そうだな。里で試すことにしよう。――でも、結果が出るのに、そんなに時間は掛からないかもしれないな』

「何で?」

 首を傾げるイオルクの後ろをエルフの一人が指差した。

「ん?」

 振り返った瞬間、イオルクは心の中で叫んだ。

(エルフ―――ッ‼)

 少し目を離していたうちに他のエルフ達がイオルクの分解した材木を立てて、魔法を使って材木を炎で包み乾燥させていた。

「失敗した時のことを考えようよ!」

 試しに見せた乾燥の説明が、どれだけエルフ達のやる気を触発させてしまったのか……。

 エルフ達は材木を焙りながら『へ~』とか『歪まないようにまんべんなくこんがりと焼けばいいのね』とか『焙ると少し小さくなる気がするな』など、色んなことを口走りながら魔法を行使していた。

 イオルクが止めに入っても、もう遅い。

「……どうなっても責任取らないからな」

 そう呟いたイオルクの言葉が耳に入ったエルフの一人とコリーナは苦笑いを浮かべていた。


 …


 イオルクが何も言えずに茫然とエルフ達が魔法を使って材木を乾燥させる光景を眺めていると、材木の乾燥が終わったエルフがぽつりぽつりと材木を持って、その場を後にし始めた。

 最終的にはすべての材木を火属性の魔法で焙って乾燥させ、それぞれの場所で家具作りをするために広場へ散っていた。

 この場には先ほどまでイオルクと会話をしていたエルフの一人もいなくなり、イオルクとコリーナだけが残されていた。

 家具作りには必要のない乱雑に積まれている材木の山を見上げながらイオルクが溢す。

「誰が水車を直すんだよ……」

 溜息を吐きながらイオルクは額を右手で顔を覆った。

 広場のあちこちでは、エルフ達が材木を家具の部品へと変えるべく鋸を引いて大工作業に努め、水車のことを覚えている者はいないようだった。

 コリーナがポツリと呟く。

「……一気に分解して材木を用意しちゃったから、水車の羽を直す割り当てを決める作業が抜けちゃったみたいですね」

「仕方ない。俺が作るか」

 イオルクは目の前に積まれている材木の一つに手を伸ばす。

「実際に見た水車の羽より少し大きめの材木を使わせて貰おう」

 油の乗った材木を選んで右の脇に挟むように抱えてイオルクは水車の設計図の載る机まで移動する。

 その隣にはコリーナもぴったりと寄り添い、一緒に水車の設計図を覗き込んだ。

「設計図自体は、人間が作るものと大差なさそうだな」

 水車の羽の寸法が書かれた箇所を左手の人差し指でなぞりながら最後の記述まで這わせて読むと、イオルクはトンと人差し指で設計図を叩いた。

「これなら俺でも作れるな」

「わ、わたしも手伝います!」

 仲間のエルフ達が忘れてしまった失態を補うようにコリーナがやや大きな声で言うと、イオルクは笑いながら言った。

「じゃあ、一緒にやろうか。真っ直ぐに木を切るのは意外と難しいから、俺がやるよ。それが終わったらコリーナは鑢掛けを手伝ってくれる?」

「はい!」

 気合いの入ったコリーナの返事を聞いて、もう一度、イオルクは笑った。

 思っていた成り行きとは違うが、ようやくエルフの里の水車の羽の修繕が始まろうとしていた。

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