里の広場に溢れ返るエルフ達に混じり、イオルクとコリーナは水車の羽根を作る場所を確保する。
イオルクは材料となる油の乗った板を地面に置くとリュックサックから墨壷とさしがねを取り出し、設計図の寸法に合わせて墨入れをしていく。
「設計図では水車の方に板をはめ込む溝が彫ってあるから板の大きさを揃えるだけだな」
「きっちりと寸法を合わせないと抜けてしまいますね」
「そうだね。単純な作業だけど精密さが要求される。……しっかし、あの腕で水車なんて精密なものをよくエルフは作れたなぁ」
イオルクの口にした疑問にコリーナはクスクスと笑っている。
「おじいちゃんの話では上手くいかなくて、里のエルフ達は予定の寸法よりも大きく部品を作ったあと、時間を掛けてやすり掛けでぴったりとした水車の部品の大きさに合わせてから組み立てたらしいですよ」
「へ~、なるほど……なのかな? 随分と気長な話だね」
コリーナは頷きながら言う。
「でも、そうやって時間が掛かったお陰で、水車は里の家具のように歪みが出なかったんじゃないでしょうか? イオルクの話では材木を乾燥させるには時間が掛かるという話でしたから」
「歪みが出なかった方の話は、もの凄い説得力があるね」
「ふふ……」
エルフのことでありながら、コリーナは可笑しそうに笑った。
話しながら板への墨入れがすべて終わり、イオルクはコリーナがエルフ達から借りてきた鋸を手に取った。使用頻度の差か、斧と違って鋸は刃が潰れていたり錆が浮いたりすることはなかった。
(鋸は大丈夫みたいだな)
イオルクは板を立てて墨入れをした箇所に鋸を当てると小刻みのいいリズムで鋸を引き始める。鋸は目印の墨の上を滑るように真っすぐ切れ目を残していった。
コリーナは切り揃えられていく板を眺めながら感嘆の息を漏らす。
「凄いのですね、イオルクって。里の皆は何回か引くとギザギザになってしまうのに」
鋸を動かしながらイオルクは答える。
「経験の差だよ。村ごとって言っただろう?」
「その話、今だに信じられなくて」
鋸を引き続けながらイオルクは言う。
「その村の鍛冶屋の基礎技術を習う過程で木材の加工も習ったんだ。その習ってた鍛冶屋さんの家を木材加工の練習で改装したら、村中にただで家を直す大工って間違った噂が広まっちゃってね。それで仕方なく村の家を全部直すことになったんだ」
「人間って図々しいんですね」
両端の長さを切り揃えた時に出たおが屑を吹いて飛ばすと、イオルクは広場のエルフ達を指差す。
「水車のことを忘れてるのを見ると、エルフも大概だと思うけどね」
そう言われると、コリーナは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「よし、長さは揃った」
最後に厚みを合わせるため、鋸で不要な厚みを薄切りして羽の材料となる板の形は整った。
「鑢掛けは腰を下ろしてやろうか?」
「はい。それなら広場を見渡せる向こうに行きませんか?」
そう言ってコリーナが指さしたのは丘というほどの高さのない、小高いところにある原っぱだった。
「いいね。エルフ達の作業も見渡せる」
コリーナが先を歩いて案内し、イオルクはリュックサックと鋸を持ってコリーナの後に続く。
短い時間で原っぱに着くと二人は隣り合って座った。
「鑢掛けだけど、やったことある?」
コリーナは小さく首を振る。
「大工仕事は、もう少し大人になってからと言われていたのでやったことはないんです」
「だとしたら、丁度いい。俺も最初にやったのが鑢掛けだ。実際に木に触れて、木がどういうものかを感じて理解するんだ」
イオルクはリュックサックから棒状の鉄鑢と使い捨ての紙鑢を取り出した。まず棒状の鉄鑢をコリーナに手渡す。
「裏表で粗さが違うんだ。凹凸が大きいところを粗い方の鑢を掛けて、仕上げに近づいたら裏の粗くない鑢を掛けて、最後に紙鑢で整える。まずは鉄鑢を試してみよう」
「はい」
返事を返してコリーナは水車の羽となる板を手に取った。ジッと板の側面を見て凹凸を探す。
「実際に手でなぞってみるのもいいよ。手は万能の道具だからね」
コリーナはイオルクに顔を向けて頷くと手に持つ板へ向き直り、側面をゆっくりと右手の人差し指でなぞってみた。
「あ……本当に凸凹してる」
「切り口が粗いところを探してごらん」
慎重に側面を一周させると、右手の人差し指でザラリとするところが何ヶ所かあった。コリーナはその部分をジッと見つめると真っすぐな側面から僅かに盛り上がって見えた。
「ここに鑢を掛けるんですね」
「うん。でも、大きく歪んでるわけでもないから裏の目の粗くない鉄鑢を使ってみよう」
「分かりました」
緊張した面持ちで鉄鑢を右手に取り、コリーナは板の側面に鉄鑢を当てる。
イオルクは鉄鑢を当てたコリーナの手を取り、少し鉄鑢の角度を持ち上げる。
「鑢は引いた方向に削るから、板と鉄鑢が垂直になるように心掛けて引いてみて」
「はい」
軽く当てた状態でコリーナが鉄鑢を引くとゴリゴリゴリと音を立てておが屑が舞った。コリーナは直ぐに鉄鑢を当てたあとを確認するとイオルクに振り返った。
「削れてます! 削った面が平らに近づきました!」
初めてやる大工仕事にコリーナは興奮気味に声を出していた。
それを見たイオルクは笑みを返して答える。
「そうそう、上手いじゃないか。その調子で粗いところを掛けていって」
「はい!」
コリーナは右手の人差し指でなぞりながら切り口の粗いところを探して鉄鑢を掛け、それが終わったら全体に紙鑢を掛けた。指に何も引っ掛からないツルっとした仕上がりに満足し、コリーナは自分で鑢を掛けた板をイオルクに見せた。
「どうでしょう?」
イオルクは板を受け取って撫でるように仕上がりを確認すると、丁寧な仕事に親指を立てる。
「いい大工になれると思うよ」
「本当ですか⁉」
「うん。だから、今度は斧を振り上げてみようか」
「はい! ……え? 斧?」
イオルクがニヤニヤと笑っているのを見て、コリーナはからかわれたのに気付いた。
「もう! 暫く大人しかったのに、どうして初めて会った時みたいになっちゃうんですか!」
「こっちの方が素なんだ。一応、年上には言葉遣いを気を付けてるつもりなんだけど、エルフは見た目が若いから大変で。言葉遣いもいつも以上におかしくなってるから、はっきりと子供だと分かるコリーナぐらいにしか冗談が言えないんだよ」
「そんな特別扱いは嬉しくありません!」
イオルクは笑いながら『ごめんごめん』と謝りながら腰を上げた。
「さあ、水車に戻ろうか」
リュックサックに鉄鑢と紙鑢を仕舞って背負い、イオルクは板を左手に持つと右手をコリーナに差し出す。
「右手一本で許してくれない?」
コリーナは溜め息を吐くと、イオルクの右手に捕まって立ち上がる。
「仕方がないから右手一本で許してあげます」
「ありがとう。これからもからかい続けてOKってことだね」
「違います!」
笑いながら歩き出したイオルクを見て、コリーナは頬を膨らませた。
(里まで連れて来てくれた紳士的な態度は何だったのでしょうか?)
コリーナはイオルクの後に続くと、それを水車に着くまでに聞いてみようと思った。あまり、まともな答えが返ってくるのは期待できないが……。
途中、広場に居たエルフに鋸を返したあと、イオルクは断りを入れて余った枝の部分を少し分けて貰った。そして、二人は再び水車のある丘へと向かうため、広場を後にした。
…
丘の上の水車――。
水車からは依然として規則正しい音の中に歪な音が紛れている。羽を替えて修理するには、まず動いている水車を水から上げなければならない。イオルクは設計図にあった水車の構造を思い出しながら、水車の回転軸のあたりを見て回る。
エルフの里にある水車は川の流れを水車の下で受ける、いわゆる下掛け水車と言われるものだった。しかし、エルフの里に掛かる水車は普通の下掛け水車とは違っていた。
一工夫されており、段差の窪みを利用してある程度の高さの調整ができるようになっていた。これは四季のあるエルフの里独特のもので、冬に山頂で積もった雪が春に溶けて里へ流れてくる時に水かさが増すためである。
「なるほど。車軸を持ち上げて、ここの窪みのある台に載っけることで高さを変えるのか。川の水かさから判断すると、今回は一段上の窪みに載っければ水車は止まるな」
本来なら数人がかりで持ち上げる大仕事だが、今、ここには二人しか居ない。そして、そのうちの一人のコリーナが力仕事をする要員に含まれるかといえば含まれない。
つまり、イオルク一人で水車を持ち上げて車軸を一段上の台の窪みへと載せないといけない。
「仕方ない。力業でいくか」
「まさか……一人で水車を持ち上げるつもりですか?」
「壊したら元も子もないから、無理だと判断したらやめるけどね」
イオルクはリュックサックを下ろし、両手両足の重りを外し始める。
外れる度にズシっと次々地面に減り込む小手と具足にコリーナは目をやり、『何これ……?』と興味深そうに見入っていた。
軽く肩を回しながらイオルクが言う。
「修練時間を取れなくても体を鍛えられるように重りが仕込んであるんだ。結構重いから持ち上げてみな」
コリーナは頷き、力を込めて小手のひとつを右手で持ち上げようとした。
「……嘘? 片手じゃ持てない?」
子供のコリーナが両手で小手を掴み力一杯持ち上げて小手は地面から離れた。
「男の人っていうのは、こんなに力があるんですね」
大きく息を吐きながら小手を地面に下ろしたコリーナに、イオルクは笑いながら言う。
「その小手と具足をくれたのは俺の上司で女の人だよ」
「え?」
「当然、その人も付けてた」
(人間の女の人って、一体……)
コリーナの頭の中には太い腕を持つ筋肉質な女性の姿が思い浮かんでいた。
しかし、イオルクの上司に当たるティーナは女性然とした容姿をしており、見た目からは彼女が騎士をしているとは誰も思わない美しい姿の持ち主だ。
久々に話題にしたことでティーナを懐かしく思い出しつつ、イオルクは屈伸や体の筋を伸ばして重りを外した状態に慣らすように体を動かす。そして、暫くして体が慣れると、イオルクは皮のブーツを履いたまま川の中へと足を踏み入れた。
透き通る川の中には水車の車軸の高さを変えるための足場になる石が沈めてあり、これを使ってエルフ達は水車を持ち上げているようだった。
(川の中から石が顔を出していないのは、たぶん、川の流れが一番低い時に合わせて石を置いたからだな)
石の上に乗ると川の水は皮のブーツの足首あたりを流れていた。足が滑らないようには石の上のコケを足裏で擦って剥がし、しっかりと安定したところでイオルク水車の外輪に右手を掛けて回っている水車を強引に止め、回転軸に左手を掛ける。
「固定する台のひとつ上の窪みまで持ち上げればいいんだから十秒も二十秒も持ち上げてなくていいな」
両手に掛かる重さから過去に戦った大柄の人間の重さと水車の重さを比較する。当然、水車の方が重いが、人間と比べて物である水車の重心は動かない。
「だとすれば、力を瞬間的に結合して水車の重心に向かわせれば……」
水車の重心に力が向くように右手と左手で結んだ線の微調整を繰り返しながら力の向く先を決める。そして、水車の重心に向けて一つ上の窪みまで持ち上げる準備が整った。
あとは騎士の経験を利用して体の筋肉を同時に動かし、一点突破の突きなどに用いられる方法を応用する。水車を突きの向かわせる対象へ置き換え、力を分散させないように重心を捉えるのだ。
イオルクは前ではなく斜め上に一点突破する力を発揮させるイメージを作る。
(水車を槍に置き換えて……)
水車の羽根に添えている右手が槍の後ろ側、回転軸を掴んでいる左手が槍の真ん中。
――力を一点に集中する。
「エイヤ!」
槍の突きの動きに合わせて力が一直線に水車の重心へ向かう。水車の車軸は一段上の台の窪みを少し飛び越えて一気に持ち上がり、そこから自由落下してゴトンと音を立てて窪みに落ちると水車は回転を止めて収まった。
「結構、簡単に持ち上がるもんだな。人間相手じゃないと」
台の上で動きを止めた水車は水滴をボタボタと川に落とし、持ち上げた衝撃で新たな破損個所を増やすようなことにはなっていないようだった。
イオルクは腰に両手を当てて安堵の息を吐き出しながら、今度は問題のあった羽以外に負荷の影響がないか、綺麗な円を描いた車輪を頂点から時計回りに注視して確認する。
(エルフ達が話していた通り、まだ水車に負担は掛かってなかったみたいだな。この水量で川が流れていたのも運がよかったのかもしれない)
確認した結果、問題のあった羽以外に問題は見つけられなかった。
…
河原ではイオルクを見たまま、コリーナの思考が停止していた。正確にはイオルクが一人で水車を持ち上げたところからコリーナは言葉を失っていた。
「イオルクって……何で、そんなに力があるの?」
里のエルフ達が集まって何度か水車の高さを変えるのを見たことがあるが、数人で持ち上げる大掛かりな仕事だった。川の中の石の足場にエルフが四人乗って水車を持ち上げていたことをコリーナは覚えている。
思わず零れた自分の言葉を聞きながらコリーナは、ここ最近のイオルクのことを思い出す。
思い出してみると、直ぐに思い当たる節がいくつか浮かんだ。里に着くまでは肩車をしたまま旅を続け、切り倒した大樹を運ぶ時にはイオルクが加わっただけでエルフ達は運ぶ大樹が軽くなったことを実感していた。
そして今、数人掛かりで持ち上げる水車を一人で持ち上げたイオルクの姿を見て、コリーナにはイオルクが想像を超えた力を有しているように見えた。
自分を見たまま固まってしまったコリーナを見て、先ほどコリーナが零した言葉をイオルクも腕組みをして考える。
「ふむ……」
(やっぱり普通の人から見れば、騎士というのはぜんぜん違った見え方をするんだな)
改めて問われてみれば、イオルクにも思い当たることはある。騎士の家系に生まれて一般の人よりも恵まれた体で生まれたこと、日々鍛錬を怠っていないこと、死線を超えた戦を何度も経験して己の限界を上書きしてきたことなど、今の自分を作った経緯が思い浮かぶ。
(既にコリーナには騎士だった話をしたけど、血なまぐさい話の方で説明をしたくないな)
イオルクは戦での血なまぐさい話はしない方向でコリーナに説明をすることにした。
やや大きな声でイオルクは河原にいるコリーナに話し掛ける。
「俺が力持ちに見える話だけど、力以外にも理由があるんだ」
「え? 力以外にもですか?」
「そう。水車を持ち上げるには力も必要だけど、俺が体の使い方を知っているのも大きな理由なんだ」
「体の使い方?」
イオルクは頷く。
「俺が人間を守るための仕事をしてたのは話しただろう?」
「はい」
「その時には当然武器を使うんだけど、武器にも色々あって長いのとか短いのとか、先端が重かったり後ろが重かったり、と様々だ。それらを使うには体に使い方を覚えさせなければいけない」
イオルクは自分の胸を右の平手でバシンと叩いた。
「そして、俺は色んな武器の使い方を体に覚えさせている。だから、水車を持ち上げるのに武器の使い方を応用できたんだ」
「武器の?」
「そう」
イオルクは槍で突く仕草をして見せる。
「槍にはチャージという突進する攻撃方法があるんだ。助走をつけて突くのと短い間隔を瞬間的に最高速近くまで上げて突くのがあるんだけど、今回は後者を使って水車を持ち上げた」
コリーナはイオルクが見せる槍を突く仕草を見て、イオルクが水車に手を掛けていた位置を思い出した。
「今、イオルクは前を向いてますけど、水車を押し上げた時は上へ向いていましたね。構えている方向を変えたということでしょうか?」
「うん、いい見方だ」
「それで槍のつく動きを応用して水車を持ち上げた……と」
「そういうこと」
と、言われても直ぐには納得できなかった。いくら年上と言えど、まだ少年のあどけなさを残すイオルクが短い期間でどのように里の大人達よりも力を付け、体の動かし方を覚えたのか、想像がつかない。
(体を鍛えたにしても、年齢的に鍛える年月は多くないと思うんですよね)
疑問を抱きつつ、コリーナは声に出す。
「人間は短い期間で随分と成長するんですね。そのまま成長を続けたら、どうなるんでしょう?」
そのコリーナの言葉にイオルクは頭を傾けて考える。まだ大人になっていないイオルクはこれからも成長するだろう。しかし、その成長にも限度があり、二十歳前後で成長は止まる。
その先も鍛え続けて、今と同じ速度で人間は成長し続けられるのだろうか?
「う~ん……どうなんだろう? 人間は成長して大人になったら、今度は老いていくだけだからなぁ。鍛えるにしても限りがあるだろうし」
「限り? あと、五十年ぐらいですか?」
イオルクはガクッとずっこけると、顔の前で右手を振る。
「いやいや……人間はそんなに若い時期は長くない。あと二十年も生きれば、立派なオッサンが世界に一人増えるだけだよ」
その言い方にコリーナは吹き出した。
「変なこと言った?」
コリーナは笑いながら頷いた。歳を取らないエルフなら言わない冗談が相当可笑しかったらしい。
そんな文化の違いを感じつつ、イオルクはエルフはどうなんだろう? と訊ねる。
「ところでさ、里のエルフ達はみんな若かったけど、エルフはおじさんとかおばさんになるの?」
まだ笑いを止められていなかったコリーナは、ひとしきり笑い終えると一呼吸入れた。そして、落ち着いたところでイオルクの質問に答える。
「人間の見た目でいうおじさんやおばさんと呼ばれる姿まで生きられるエルフは稀ですね。エルフは年を取らず長寿ではあるんですが、病気にはなるんです。長い長い時の中で、ある日、病気や事故で亡くなるというのがほとんどだと聞いています」
「天寿を全うするっていうのがないのか?」
「そういうことですね」
「なかなか想像できないな」
コリーナは苦笑いを浮かべながら言う。
「実はわたしもよく分からないんです。わたしはエルフの中でも子供で、里のエルフよりもイオルクの年齢に近いですから」
「なるほどね。今のは里のエルフ達の受け売りかな?」
「はい」
「まあ、そうなるよね。あと何十年か生きれば、里のエルフの常識がコリーナに馴染むんだろうけど、それまではピンとこないよな」
エルフと人間では死に対する概念も随分と違うのかもしれない。
「ちなみにコリーナのおじいさんの見た目は?」
コリーナは祖父の容姿を思い浮かべ、少し考えると答える。
「人間で言うと、見た目は初老ですかね?」
「初老……か」
里のエルフ達を見た後では中々初老のエルフというのは想像できなかった。
(コリーナのおじいさんはエルフの中でも稀といわれる部類の長生きをしたエルフになるのかな? 人間で初老というと、五十代ぐらいか? 父さんを金髪にして青い目にすれば想像できるかな?)
父であるランバートを頭の中で思い浮かべ、髪の色を金にして青い目へ入れ替えて想像してみる……が、黒髪黒目のブラドナー家には似合わない気がした。
(……エルフは筋肉質じゃないから、筋肉質な家系のうちの父さんの髪と目をエルフ特有のものに変えてもエルフっぽくならない)
イオルクは溜息を吐くと想像することを諦めた。
(目の前の水車を直すことに専念しよう)
そう思いながら水車を指差してコリーナに言う。
「水車を直す続きをしようか」
「? はい」
イオルクは会話をそこそこに切り上げて水車を直すために水車に手を掛けた。ゆっくりと水車を手で回し、壊れた羽が目の前に来ると回すのをやめて壊れた羽根とその周辺に目をやる。
(この水車はあまり複雑な作りじゃないんだな。木と木をガチガチに組み合わせているわけじゃなく、左右を木釘で打って羽を固定してあるだけだ)
エルフの水車は単純な作りで水から掛かる負荷をしっかりと受け止めるようになっていると思われる。整備の面も考えると、水車の中でも壊れやすい羽根は交換することを考慮した作りにしたのだろう。
イオルクはコリーナに頼んでリュックサックから金槌を取って貰うと壊れた羽根を固定している、正面から見て右側の内板を少し叩き、今の力でどれぐらい木釘が内板から緩むかを確認する。
僅かに押し出された木釘を指の腹でなぞってみる。
(もう少し強く叩かないと木釘は出てこないみたいだな)
先ほどよりも強くコンコンコンと木釘を羽の内板から押し出すように金槌で叩き、再び指の腹で押し出された木釘の出っ張りを確認する。
「よし、指に引っ掛かった」
僅かに押し出された木釘を親指と人差し指で摘み、左右に振りながら少しずつ引っ張ると木釘が徐々に抜けてきた。そして、更に力を込めて常人ならざる騎士の握力により木釘を掴んで上に引っ張ると、木釘がズポンと抜けた。
「反対側も」
同じ要領で左側の木釘も引き抜くと、左右の木釘を合わせてポケットへ突っ込み、固定が外れた羽板を少しずつ引っ張って抜く。
「木釘は新しく作った方がいいな」
川の中の石の台を移動してイオルクが川から上がると、コリーナが壊れた羽と金槌を持ってくれた。
「直せそうですか?」
「うん。今のところ問題はないね。羽板の大きさも設計図通りだと思う」
イオルクとコリーナは川から少し離れた河原に移動して、リュックサックと広場を出る時に分けて貰った枝を目の前に置いた。
「とりあえず、腰を下ろそうか」
「はい」
イオルクとコリーナは一緒に河原に座った。
「こんなこともあるんじゃないかと思って、木の枝を貰ってきておいて正解だったな」
ポケットから先ほど引き抜いた木釘を取り出し、じっくりと木釘の形状を確かめる。木釘は直角三角形の形をしており、厚さも持ってきた枝よりも二回りほど薄い。
「これぐらいなら目印を使って作り直すほどでもないな」
イオルクは木釘を河原に置くとリュックサックから小刀を取り出した。そして、河原に置いた木釘と見比べながら、最初に枝の長さを木釘に合わせて切り揃え、その後、枝を削って木釘の形へと整えていく。
「わざわざ同じものを作らなくても、前のものを使ってもいいのではないですか?」
コリーナの疑問にイオルクは手を動かしながら答える。
「それでもいいと思うんだけどね。羽が壊れた時期にこの木釘も作られたと思うから、もしかしたら羽と一緒に木釘の見えない部分に傷みがあるかも、と思ったんだ」
「そうか……。そういう可能性もあるんですね」
「まあ、一応の保険だけどね」
そうコリーナと会話をしているうちに木釘が二本完成していた。
イオルクは河原に転がる古い木釘と新しく作った木釘を手に取って見比べ、ほぼ大きさに違いがないことを確認した。
「さて、あとは板の嵌め付けだけだ。コリーナ、やってみるか?」
「え?」
突然振られて驚いたコリーナは水車の方を見て、どうしようか? と悩んだ。出来ることならやってみたいが、子供の自分に出来るのかは疑問だった。
(そもそもわたしじゃ背が届かないし……)
チラリとイオルクを見ると、イオルクはからかって言っているようには見えなかった。
そうなると、あとは自分の気持ち次第だ。
コリーナは、そっと自分の胸に右手を当てる。
「わたしで、お手伝いできますか?」
イオルクは頷く。
「皆で協力して直す水車だ。俺が手伝うから最後は水車の破損を見つけたコリーナがやってごらん」
「イオルクが手伝ってくれるなら……やってみたいです」
イオルクはニッと笑って頷いた。
「じゃあ、水車のところまで行こう」
「はい」
イオルクは金槌と木釘を腰のベルトに挟み、新しく作った羽となる板を左手に持つ。そして、コリーナを連れて再び河原から水車の掛かる川まで戻ると、コリーナに右手を差し出した。
「こっちに」
コリーナが頷いて近づくと、イオルクは右腕一本でコリーナを抱きかかえ、川の中にある大きな石の足場へ乗った。
ザブザブと音を立てて水車まで近づくと新しい板をコリーナに渡す。
「板を受け取って。そして、その板を水車の溝に押し当ててごらん」
「はい」
コリーナが新しい板を受け取ると、イオルクはコリーナの腰を両手で支え、水車の羽の高さへ持ち上げる。
目の前に水車が近づくとコリーナは両手を伸ばして新しい板を壊れた羽が嵌っていた溝へと押し当てて力一杯差し込んだ。
「よし、いいぞ。今度は板が水平になるように均等に金槌で左右の板の端を叩くんだ」
一旦、コリーナを右手で抱え、左手でベルトから金槌を取ってコリーナに渡す。
「さあ、やってみよう」
「はい」
イオルクがコリーナの腰を両手で支え直すと、コリーナは深呼吸を一つ入れ、新しい板の右端を軽く金槌で叩いてみた。ズコンと溝の奥へと向かった板を見て、今の力で大体どのくらい嵌まるのか見当をつけて同じ力で新しい板の左右の端を交互に叩いていく。
新しい板はどんどんと奥に押し込まれ、最後の方は力を込めて叩き、ぴったりと溝の奥まで嵌った。
「大きさは丁度だね」
「これで終わりですか?」
「もう一回。最後に木釘で固定して終わりだ」
先ほどと同じようにコリーナを右腕一本で支え、ベルトから木釘二本を左手で取ってコリーナに渡すとコリーナの腰を両手で支え直す。
「側面に木釘を通す穴があるから、そこに木釘を挿すんだ。きつめに固定する必要があるから、ある程度木釘が差し込まれたら力一杯木釘を金槌で叩いてごらん。コリーナの力なら、それぐらいが丁度いいと思う」
「分かりました」
一本の木釘を側面の穴を通して挿し入れると、コリーナは金槌でコンコンと木釘を軽く叩きながら木釘を奥へと押し込んでいった。すると、直ぐに手応えが変わって木釘が奥へと向かわなくなる。
(きっと、ここから強く打つんですね)
コリーナが力一杯木釘を打つと少しずつ木釘が穴に姿を消していった。十回ほど金槌を打ち込み、じんわりと額に汗が浮かんだところで一本目の木釘が穴にぴったりと収まった。
同じように反対の穴にも木釘を打ち込み、木釘がしっかりと嵌るとコリーナは汗を拭った。
「……ハア…………ハア……疲れました」
「うん、これで終わりだ。コリーナも見てみたら? 自分で作った成果」
「……ハア……はい」
コリーナは息を弾ませながら自分で嵌めた板を見て胸がドキンと高鳴った。一箇所だけ真新しい羽根を見て触ってみる。
「しっかりくっ付いてる……」
「エルフの皆がちゃんと設計図を残していてくれたからだよ。同じ通りに作れば、同じように直せるんだ」
「そう……なんですね」
コリーナは、まだ胸が高鳴ったままだった。今まで子供だからと中々手伝う機会が貰えなかったが、自分にも出来ることがあった。イオルクに手伝って貰いはしたが、皆の役に立つことができた。
(今度からは、わたしも皆と作業ができる!)
コリーナは両手のこぶしを握り、小さく喜んだ。エルフという長寿の種族ゆえ、自分一人しか子供がいないという疎外感をコリーナは感じていた。大人に近づくことで、その疎外感から解放されていくというのはエルフならではの種族的な特徴だった。
イオルクはコリーナを両手で胸に抱きかかえ、川の中の石の台から河原に上がる。そして、コリーナを河原に下ろしてイオルクは再び水車に向き直った。
「最後の仕上げだ。水車を元に戻して、また水を掻けるようにしないとな」
今度は逆に台の上から台の下へ水車の軸を下ろさなければならない。
再び一人で川の中の石の台に乗り、イオルクは水車の外輪に右手を掛け、回転軸に左手を掛けた。
(乱暴に下ろして車軸を壊さないように気を付けないと)
今度は台の上にあげた時と同じ要領で水車の軸を台の下へは下ろせない。台の窪みを越えるために突き上げただけでは、そのあと車軸は下の台へ落っこちることになってしまう。そうならないようにするためには、水車が台を移動する間、持ち上げるという動作を入れることになる。
「さっき持ち上げた感覚だと、数秒なら持ち上げていられるだろう。今度は上に突き上げたあとに受け止めて、ゆっくり下ろせばいいんだ」
そう独り言ちたあと、イオルクは槍の突進技を繰り出す姿勢を取った。回転軸に左手、水車の外輪に右手を掛けたまま、槍の突進技を仕掛ける方向を真上に近い方向へ修正する。
「エイヤ!」
突き上げられた水車が台から浮き上がり、一拍空けて一段下の窪みに落ちるように自由落下に入る。
「……ッ‼」
イオルクは落下を始める水車を全身の筋肉を総動員して受け止め、歯を噛み締めながら両腕に血管を浮き上がらせて水車を持ち上げた。
「ギギギ……ッ!」
上半身はそのままに下半身がゆっくりとしゃがむ姿勢を取って水車が一段下の台の窪みにゆっくりと収まっていく。
(あ…と……少しッ‼)
水車が台の窪みに収まると僅かに軋んだ音が響き、それと同時にイオルクは重さから解放された。
「……はあ~っ! 重いっ!」
水車から両手を放して空を仰ぐ。吹き出た汗を拭い、イオルクは大きく息を吐いた。
その光景を見ていたコリーナは自分の目を疑った。
「……今、信じられないものを見た気がする……」
里のエルフ達は水車の高さを変える時は大人数で持ち上げ、車軸を下に下ろす時には少なからず衝撃を与えてしまっていた。それなのにイオルクは一人で水車を持ち上げただけでなく、衝撃を与えないように持ち上げたままゆっくりと下ろしていた。
想像しただけで潰れてしまいそうな光景を目の当たりにして、コリーナはイオルクに訊ねる。
「体……大丈夫ですか? さっきより凄いことをしていましたが……」
「問題ないよ。ほんの少しの間、持ち上げただけだから」
「水車って一人で持ち上がるものじゃないと思うんですけど……」
そう言われ、イオルクは声を出して笑っていた。
「きっと、俺の兄さん達なら同じことが出来るよ」
「お兄さん達……も?」
「ああ、二人いるんだ」
コリーナは人間という種族がとんでもない力持ちの種族に思えてしまった。もちろんイオルクの家系が騎士の家系であるのが理由なのだが……。
(人間って、一体……)
コリーナはイオルクの兄弟達の話を聞いて呆れてしまった。
しかし、それも僅かな時間。慣れ親しんだ水車の羽が水を掻く音が耳に入ると、我に返った。
「あ……」
コリーナが顔を向けた先にイオルクも顔を向けると、水車がゆっくりと回り始めていた。
「動き出したね」
コリーナが耳を澄ます。
「……変な音がなくなりました」
イオルクも耳を澄ます。
「……本当だ」
一定のリズムを刻む水車は一回転するごとに一箇所だけ真新しい羽を見せつけるように回っていた。
その光景を見て二人は修理の成果を実感する。特にコリーナは初めて修理に参加したということもあって興奮気味だった。
「見てください! 水車がちゃんと回ってますよ!」
コリーナは何度も水車が回っていることをイオルクに言って、イオルクは笑みを浮かべながら相槌を打った。
(こういうところは子供らしいな)
イオルクはコリーナの気の済むまで水車を見させてあげることにした。
初めての達成感に興奮したことがあるのはコリーナだけではない。イオルクにも覚えがある。
(俺も同じように何度も父さんに話し掛けてたっけ)
イオルクの場合は騎士らしく剣の稽古を付けて貰っている時だった。
その思い出を自分が大事に思えたように、コリーナの初めてをイオルクは大事にしてあげたいと思った。ただ一緒にいて同じ時間を共有するだけで、この時間は特別なのだ。
コリーナは十分ほど水車の周りを動き回り、色んな角度から水車を見ていた。そして、その後は立ち尽くして水車の羽が水を掻くのを眺め続けていた。
イオルクはコリーナが落ち着いたタイミングを見計らって声を掛ける。
「さて、戻ろうか? 皆に水車を直したことを伝えないと、別の誰かが水車を直そうとしてしまうかもしれない」
「……そうですね」
いつまでも水車を見ていたい衝動に駆られていたコリーナだったが、イオルクの言葉に素直に従うことにした。
(また見に来よう)
里に一つしかない特別な水車だったが、自分で修理したことでより特別なものになった気がした。
(イオルクと……また見に来れるでしょうか?)
偶々里に立ち寄っただけのイオルクが滞在する期間は、きっと短い。そう遠くない先でイオルクとは別れがやってくる。
それを少し寂しく思いながらコリーナは壊れた水車の羽根と古い木釘を手に持った。そして、道具の後片付けをしたイオルクと水車のある丘を後にした。