エルフの隠れ里の広場――。
イオルクとコリーナが水車で修理作業を行っていた時間と往復の歩いた時間は合わせても一時間半ぐらいで、午前中はまだ一時間ほど残っていた。
里の中をあまり案内できなかったコリーナは、これからイオルクを案内しようかとも思ったが、広場ではエルフ達が木材の加工を続けていたため、案内しても会話をするエルフが居ないことに気づいた。
「みんながここに居ては里の中を案内したところで、わたし達の生活をイオルクに見せられませんね」
「まあ、木を切ること自体が大きな行事みたいなものだって話だから、そっちを優先するのは仕方がない」
家具作りを始めたエルフ達の側には材木から家具へ加工前の物も多く残り、まだまだ完成は先のようだった。
「暫く時間が掛かりそうだね」
「こっちは、もう終わったのに」
そうぼやいたコリーナを見て、イオルクはクスリと笑う。
水車をイオルクが持ち上げられなければ、きっと、数人がかりの仕事になり、まだ水車のところへいることになっていただろう。作業が短縮されてしまったため、コリーナの頭からは、本来の作業工程が抜け落ちてしまったようだ。
イオルクは手持ち無沙汰を解消するため、コリーナに話し掛ける。
「何か作りながら時間を潰そうか?」
「材料は余っていると思いますが、家具を作るなら残った材木を使う許可が必要ですよ?」
イオルクは笑いながら言う。
「そこまで大きな物を作る気はないよ。さっき許可をもらった枝を使って小物を作るんだ」
「小物? 例えば、どんなものを作るんですか?」
「アクセサリーなんかを作れるよ。鍛冶技術では大きな材木を使った作業より、手に握れるぐらいの木材の加工の方が重要だからね。そっちの方が得意だ。前の村ではケニーって女の子に髪留めを作ってあげたんだよ」
コリーナは尖った耳をピクピクと動かし、興味深げな顔をしていた。
「試しに何か作ってあげようか?」
「いいんですか?」
「ああ、構わないよ。さっき木釘を作った枝が残っているから、それを使わせてもらおう。今度は、ここら辺で作業しようか」
「分かりました」
コリーナはキョロキョロと辺りを見渡し、少し離れた芝生の茂る場所を指差した。
「ここで、どうですか?」
「ああ、いいよ」
イオルクとコリーナは他のエルフ達から少し離れた芝生へ一緒に座った。真面目に家具作りをしているエルフ達から距離を取ったのはコリーナなりの気遣いだろう。
二人が腰を下ろした芝生の周りには、所々小さな花がチラホラと咲いていた。
一息つき、イオルクは広場に置きっぱなしにしていたリュックサックの中から小刀を取り出して枝を削り始める。飾りを掘る部分を残して枝から表皮を削り、デコボコだった枝がだんだんと滑らかになっていく。
それを半分に割り、飾りを掘る部分を残した枝を手に残す。
(何の飾りを作ろうかな?)
キョロキョロと周りを見回すと、直ぐに目に飛び込んできたものがあった。名前は分からないが、座った時から側に咲いていた小さな花だ。
イオルクはそれをモチーフに枝に飾りを刻んでいく。徐々に花が姿を見せ始め、目に留まった同じ花が枝にほころんだ。
後は髪を挟むようにもう一方の枝の長さを調整するだけで髪飾りは完成するはずだったが……。
「……俺、バネ持ってなかったな」
コリーナはガクッと右肩を落とす。
「ここまで作って……」
髪飾りの部品を手の中で転がしながらイオルクは悩む。
(簡易的に木の皮を巻いてバネの代わりにして挟み込むタイプの髪飾りにするか? いや、木の皮を使うなら別の木だ。俺の作った髪飾りに巻くには皮が厚過ぎる)
困り果てたイオルクへ助け舟を出すように、コリーナが言葉を掛ける。
「一本挿しにしては、どうでしょう?」
「それだ!」
イオルクは小刀を当てるとバネを通す箇所を削り取り、一本刺しにするには太い挟み込むタイプの髪飾りを爪楊枝よりも一回り太い薄さまで削り込む。
最終的に出来上がったのは髪を束ねたり三つ編みにしたりした時に差し込むタイプのものだった。
イオルクは一本挿しになった髪留めをコリーナに手渡す。
「素敵ですね」
コリーナは花のワンポイントが入った髪留めを色んな角度から眺める。
「これも鑢掛けした方がいいでしょうか?」
「ささくれが髪に絡むかもしれないから、軽く掛けておくといいかもね」
リュックサックから紙やすりを取り出し、イオルクはコリーナに手渡す。
「ありがとうございます。やってみます」
水車の羽板を鑢掛けしたためか、コリーナは慣れた手つきで鑢掛けを行い、指で触って何も引っ掛かりがないことを確認して手を止めた。そのあと、再び一本挿しの髪留めを見ながら言う。
「色を塗ったり、ニスを塗ってみるのもいいかもしれませんね」
「ああ、それもいいね」
「でも……」
「ん?」
コリーナは自分のややショートカット気味な髪を触りながら零す。
「髪が短めなので、この髪飾りは使えないみたいです」
イオルクの作った一本挿しの髪飾りはある程度髪の厚みがあって初めて髪を止めることができるもの。コリーナが気を利かせてくれたが、当のコリーナには使用できそうにないものだった。
「ごめん……。髪を伸ばすことがあったら使って……」
「そうします」
そう言って笑いながらコリーナは一本挿しの髪留めを嬉しそうに眺めていた。
(できれば、直ぐに使えるものを作ってあげたいな)
コリーナは気に入ってくれたようだが、今のはあまりに考えなしの行動だった。暇つぶしだからしょうがないにしても、失敗は失敗である。
(時間もあるし、それに――)
枝がまだまだ余っているのを確認して、イオルクは細めの枝を一本手に取って削り始めた。そして、弾力が出るまで薄く削って、細くて長いしなやかなものを三つ作ると最後に編み込む要領で一つにしていく。
「何をしているんですか?」
「武器に付ける飾り細工の応用だ。素人の俺でも出来る作り方を鍛冶技術を教えてくれた人がお遊び程度で教えてくれた」
「柔らかい棒を編んでいくだけなんですね」
「材料が木だから、ちょっと力がいるけどね」
途中、ミシミシと音がしたりしたが、木の繊維がむき出しになっただけで切れることはなく、イオルクの手の中でどんどん編み込まれ、最後に方結びで止める要領でそれはできた。
「ブローチで、どうでしょう?」
「綺麗……」
編み込まれて出来たのはアジサイの花だった。
イオルクは、ブローチをコリーナに手渡す。
「あとでニスを塗って完成だ」
「このままでも綺麗ですよ?」
「これはニス塗りが必須だ。木を編んでるから時間が経つと折れるかもしれない。ニスで固めておけば、今の状態のままにしておける」
「そうなんですね。みんなが家具を作り終わったらニスを塗るので、その時に一緒に塗って貰います」
「それがいい」
コリーナは一本挿しの髪留めとブローチを持って嬉しそうに笑っていた。
そして、そんなコリーナを微笑ましそうに見ていた周囲の目が獲物を見つけた猛禽類の鳥の目のように変わりイオルクをロックオンしていた。
…
ブルっと背筋に悪寒が走り、イオルクは首を傾げる。
(こんなポカポカとした陽気なのに、一体……?)
自分に備わった騎士としての警戒感は何も反応していない。
では、一体、何に反応して背筋に悪寒が走るようなことがあるのか? 何となくだが、以前にこの悪寒は経験したことがある気がする。
(確か、その後でろくでもないことになったような――)
そんなことを考えているイオルクの思考を中断させてポンと左肩を誰かが叩いた。
「ん?」
振り返るとコリーナよりも年上であろう女のエルフが笑っていた。年上といっても相変わらずイオルクには二十歳前後にしか見えず、その笑みを見ているとさっきの悪寒は勘違いだったに違いないとさえ思えてきた。
(気にし過ぎだな。外敵のいないエルフ達の住むところで)
イオルクは気を取り直して訊ねる。
「何?」
「私達にもそれを作ってくれませんか?」
「それ?」
女のエルフが指さしていたのはコリーナの手の中にある一本挿しの髪留めとブローチだった。
「ああ、こんなもんでいいなら作るよ」
「イオルク! そんな簡単に安請け合いしちゃ――」
「みんな! 作ってくれるって!」
コリーナの言葉が終わる前に女のエルフが手を振って大きな声で叫んだ。
「へ? みんな?」
イオルクが女のエルフが手を振った右の方に顔を回す。
「ふぅあっ!」
左肩を叩かれて振り向いたイオルクには見えなかったが、振り向いた先には女のエルフ達が列を作っていた。イオルクはてっきり声を掛けた女のエルフだけが頼んだことだと勘違いしていたが、どうやら全員分作れということだったらしい。
今も増えつつある列を見て、イオルクは言葉が出てこない。
「…………」
コリーナがイオルクを突っつきながら訊ねる。
「あの、大丈夫ですか?」
「……これってエルフ特有のあれか? みんな平等で共同生活してるからっていう……例の?」
コリーナは苦笑いを浮かべながら答える。
「えっと……たぶん、違います。どちらかというと女性特有の方かと」
「ああ……」
(あの悪寒の正体を知ってるわけだ……。山村の主婦達から感じた同じ圧だ……)
何故か、この手の頼まれごとは逆らってはいけない気がする。それはイオルクの師でもあるトーマスも同じように感じていた。この逆らえない感覚を過去に遡っていくと、イオルクの場合、必ず母・セリアに辿り着く。
イオルクは乾いた笑みを浮かべながらコリーナに言った。
「ははは……。こんな感じで前の村では大工仕事をさせられたんだ……主婦達に」
コリーナが可笑しそうに笑う。
「イオルクは、そういう定めにあるんでしょうね」
「何? その一生女の尻に敷かれて生きなきゃいけないような運命? 嫌だよ、俺」
そう悪態をついて溜め息を吐いたが、一度引き受けたことをなかったことにする気はなかった。
「……やるだけやってみるか。一人二個までで」
広場の一角でワッと歓声が上がると、男のエルフ達がイオルク達の方へ振り向いた。中には手を合わせる者もいた。もしかしたら彼はイオルク以前の犠牲者なのかもしれない。
「コリーナ。悪いけど、先に何を作るか決めさせといてくれる? 作る時に決めてたら時間がなくなっちゃうから」
「分かりました」
(一つ一分掛けずに作って、鑢掛けは自分でしてもらって、色付けとニス塗りは全員でまとめてやって貰おう)
そうでもしなければ、この人数を捌いてお昼にありつくことは出来ない。
イオルクは家具作りをしている男のエルフ達の方を見る。
(きっと、ニス塗りはあっちでするから、午後は女のエルフ達はあっちに流れ込むんだろうな)
何となく今度は男のエルフ達が尻に敷かれる展開が分かり、イオルクは『ご愁傷様』と心の中で唱えた。
「ともあれ、まずは自分のことをしよう。どう考えても俺の作業量の方が明らかに多い」
早速、イオルクは一人目の女のエルフの依頼を受けると小刀で枝を削り始めた。
…
予定していたお昼の時間を過ぎても、イオルクは木彫りのブローチや髪留め、アクセサリーを作り続けていた。何かのタイムトライアルでもしているかのように右手に握った小刀を動かし続ける。いくら力と体力のあるイオルクでも小刀を握りっぱなしの状態では手の筋がガチガチに固まったようで痛みが走る。枝を削った量が多かったため小型の切れ味が落ち、その分を力で補ったのも手を酷使する原因の一因になっていた。
それでもどうにかこうにか里に居る女のエルフ達の依頼をすべて終わらせてコリーナの家で昼食を取ることになった。
コリーナの家――。
大分遅めの昼食をイオルクはコリーナたち家族と頂いていた。その席でエブルとレミーがコリーナの話を聞いて笑っている。
「もう、すっかり打ち解けましたね」
「ええ……まあ」
イオルクは握力の抜けきった右手でスプーンを危なげに持ちながらスープを啜る。
「午後は何もないと思うけど、暫く小物づくりはしたくないな」
そう言ったイオルクを心配してコリーナが訊ねる。
「指が痛むんですか?」
「そういうわけではないんだけど、アクセサリーとかって小さくて細かいだろう? 掌の筋肉で補助とか出来ない分だけ、指に負担が掛かりっぱなしになってガチガチに固まって動かなくなってるんだ」
「固まっているんですか?」
「そう。特に小刀を支えて押さえる形になっている親指に力が入らない」
人見知りなくイオルクへ話し掛けるコリーナを見て、エブルとレミーはコリーナがイオルクに本当に信頼を置いているのだと思う。そればかりか里では少し背伸びをしていたコリーナに子供らしさが戻っているのに気が付いた。
二人は『イオルクの影響だな』と微笑みながら、今のコリーナの態度の方が自然に感じていた。
「午後は、どうしようかな? 結局、里の水車しか見れなかったから午前中の案内の続きでいいかな?」
危なげな手つきで食事を終えたイオルクがそう言うと、コリーナは顎に指を当てて考える。
「そうですねぇ……。色々と回りたいけど、みんな、自分の家具作りで手一杯になって、案内したところで説明をしてくれる人がいないことになりそうです」
「広場で家具造りの真っ最中だからな。――そういえば、コリーナの家の家具は新調しなくていいの? コリーナの家の人だけ居なかったよな?」
コリーナが頷いてから答える。
「うちはおじいちゃんが倒れた時に、みんなが新し目の家具を持ち寄って助けてくれたんで大丈夫なんです」
イオルクは首を傾げる。
「家具の交換みたいなことをエルフはするの?」
「人間はしないのですか?」
「まったく」
イオルクの疑問にはコリーナの父親のエブルが答えてくれた。
「木を切り倒すのは数年に一度なので、その時に作り替える家具もバラバラな私達は困りごとの発生した家を皆で助け合うのです。その際、家具を優先して交換し合います。人間と違っていつでも商品を買えないので、次の木を切り倒すまで弱い立場の者を助け合うのです」
「なるほど。共同生活っていうのは、そういう風に生活することになるんだ」
「頻繁に木を切り倒さないので、次の木を切り倒すまでの時間稼ぎ的な面もありますけどね」
また文化の違いを知り、イオルクは感心するのと同時に色々と考えさせられた。種族の違いから生活感の違いが顕著に出ているが、これは住む土地が変われば人間でもあり得ることだった。ノース・ドラゴンヘッドに住むイオルクが思っている常識を不思議に思ったり理解できなかったりする人達もいるはずなのだ。
(これも旅に出なければ分からなかったことだった)
今まで目に見えなかったものをイオルクは肌で感じていた。ノース・ドラゴンヘッドに居るだけでは狭い世界しか知らないで一生を終えただろうと、イオルクは思う。そして、もっともっと自分の世界を広げたいと思った。
「午後も広場に行きたい。エルフ達のことをもっと知りたい」
「いいですよ」
コリーナは嬉しそうに微笑む。人間であるイオルクがエルフに興味を持ってくれたことが嬉しかった。
昼食後、イオルクとコリーナは再び広場に向かうことになった。
…
エルフの隠れ里の広場――。
午前中と同じ場所に腰を下ろした芝生の上には暖かい春の日差しが掛かり、柔らかい風が運ばれていた。何もしなくても、ただ居るだけで幸せな気分にさせられる。
「皆、一生懸命だね」
「はい。森の恩恵に預かる木を無駄にしないように頑張っているんです」
「そうなんだね。森の恩恵か……。確かに森から聞こえる風の音は心が落ち着くよ」
「風の音……? わたし達は、いつも聞いていたから特別には感じませんでした」
「でも、里を暫く離れたから懐かしく感じるんじゃない?」
「……そうかもしれないですね」
コリーナが目を閉じ、耳を澄ます。
「うん、懐かしい……」
イオルクも合わせて耳を澄まそうと目を閉じようとした時、肩をポンと誰かが叩いた。
振り返ると肩を叩いたのは午前中の女のエルフ……ではなく男のエルフが立っていた。
「何かな?」
「イオルクさんは大工だと伺ったのですが、是非、手伝って貰えないでしょうか?」
「……何処から、そんな噂が?」
「里の女達が『ニスを塗る』となだれ込んできた時、何事かと聞いたらイオルクさんの話が出てきました」
イオルクが右手で顔を覆い俯くと、コリーナは可笑しそうに笑った。イオルクに聞いた通り、ここでもどういうわけか知らないうちに色んな噂が広がっていくようだった。
イオルクが視線を広場へ向けるとエルフの男達が力のいる家具作りをし、その出来上がった物の鑢掛けや仕上げをエルフの女達が担当している。更にエルフの女達はしっかりと自分たちのアクセサリーにニスを塗る役割の者も選り分けているのを見ると男達よりも抜け目がない。
(俺の予想通り、ここでも男達は尻に敷かれるのか)
どこか親近感と同志のような感覚が胸に浮かび、イオルクは迷いなく答える。
「手伝いましょう」
そう言うとイオルクは立ち上がった。
「おっと、勝手に決めちゃったけど、午後は家具作りの手伝いしていいかな?」
見下ろす形で聞いたイオルクにコリーナは頷く。
「ええ、構いませんよ」
そう返事を返したコリーナに右手を差し出し、コリーナがイオルクの右手につかまって立ち上がる。
男のエルフが広場に右手を向ける。
「こちらです。家具作りが上手くいっていない者から手伝っていただけると助かります」
「ああ、いいよ。それと俺はコリーナとあまり年が離れてないから呼び捨てでいいですよ」
「そうですか?」
「できれば、そっちの方がいいです。年上なので意識して敬語は使っているんですけど、どうしてもエルフの人達は年齢差がないように感じて、うっかりため口を叩くことがあるんです。だから、エルフの人の方から俺を年下扱いしてくれる方が話しやすいです」
正直に話したイオルクに男のエルフは声に出して笑っていた。
「人間には私達がそのように見えるのですね。あまり気にしていませんでしたが、なるべくそのように対応しましょう」
「助かります」
男のエルフは気さくな性格をしており、雑談を交えながらイオルクとコリーナを広場のエルフ達のところへと案内してくれた。
午後、イオルク達は大工作業を手伝うことになった。
…
午前中の材木への分解とは違い、鋸を使用しての作業が主になる。最初は作業があまり捗っていないエルフの家族を手伝っていたが、それよりも今後のために鋸の引き方のコツなどをイオルクから伝授して貰う方が重要だとエルフ達は思い出した。その結果、イオルクが鋸の正しい引き方を教えることになり、手本として鋸を引くことになった。
このやり方は格段の成果があった。試行錯誤しながら正しいやり方を模索して見つけるよりも、正しいやり方の手本を見ながら覚える方が習得はずっと早い。イオルクの作業を見たことで、エルフ達の技術習得の効率は格段によくなった。
とはいえ、エルフ達が正しい方法で鋸を引き出したのは午後の作業の後半で作業速度もイオルクの方が早い。半分以上はイオルクが材木の長さを切り揃え、エルフ達が鑢掛けをするという役割分担になった。
…
そして、一時間後――。
全ての材木を切り揃え、鉋まで掛けたイオルクは鋸と鉋を道具箱に戻して足を投げ出した。
「疲れた~」
コリーナは鑢掛けをしながら、イオルクの隣りに移動して腰を下ろした。
「本当に村中の家を改装したんですね」
「信じてなかったの?」
「少し誇張してるかなって。でも、ここまで一気にやるのを見せ付けられちゃうと……」
綺麗に切り揃えられた材木は長さごとに積み上げられ、エルフ達は必要な長さの材木を持っていって鑢掛けをして組み立てるだけになっていた。
「やりたいことのためには努力できるものだよ。夢中でやって気づいた時には技術が身についている」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなんですよ。コリーナも何かに夢中になってみるといい」
(わたしの夢中になれるもの……か)
自分は何が好きなんだろう? とコリーナは考えてみるが、直ぐに頭に浮かんでこなかった。
大人になったら母親がやっているような薬草に携わることをするのだろうか?
それとも他のエルフ達みたいに共同作業をしながらのんびりと暮らすのだろうか?
何かをしたい、何かになりたい、と思ったりするのは人間特有の考えなのだろうか?
コリーナには分からなかった。
「…………」
黙って考え込んでしまったコリーナにイオルクがアドバイスを入れるように言う。
「そんなに真剣に考えなくてもいいと思うよ。思い付きのようなものだから、やってみたいと思うものに出会うまで答えられるものじゃないし」
「そういうものですか?」
「俺が、そうだった。切っ掛けがなければ鍛冶屋の門を叩かなかったよ」
「じゃあ、これからわたしにも切っ掛けが訪れるのかもしれないですね」
「そうなるね。ただし、切っ掛けに出会って技術を身につけても人前で堂々と披露しない方がいいぞ。鍛冶修業した村で一回、エルフの里で一回、うっかり見せた大工技術のせいで強制労働させられることになった。俺は、もう懲りたよ」
そう言って肩を竦めて見せたイオルクにコリーナは笑った。
「貴重なアドバイスとして受け取っておきます」
イオルクとコリーナが笑い合っていると、先ほどの男のエルフが言い難そうにしながら現れた。
「強制労働をさせたつもりはないのですが、これでは頼みづらいですね……」
「気にしなくていいですよ。俺が強制労働させられたのは、主に女性なので。尻に敷かれている仲間の話なら喜んで聞きますよ」
「……そういう仲間になったつもりはないのですが、ニス塗りの現場は里の女達が仕切っているので言い返せませんね」
イオルクは声をあげて笑い、コリーナは『大人になったら、わたしもああなるのかしら?』と首を傾げていた。
「要件を聞こうか。何を頼みたいんですか? もう、何でも言って。何でも、やっちゃうから」
その言葉を聞いて苦笑いを浮かべ、男のエルフは話す。
「では、遠慮なく……。里の家具の新調は、もう直ぐ終わりそうなんですが、ご覧の通りまだ半分近く材木が残っています」
「そうだね」
「普段の我々の腕では失敗などして残っていないのですが、優秀な大工がいてくれたお陰で半分残りました。そこで以前から計画していた橋を造りたいのです」
(随分と材木が余るから何に使っているかと思ったら、失敗した時の予備だったのか)
かなり余ると思われていた材木の謎が会話の途中で解け、イオルクは少し気が抜けた感じがした。
「あまり大きい橋は造れないと思うけど、どういう橋を架けるつもりなんですか?」
男のエルフが地図を広げ、里のある地点を指さす。
「大きなものではありません。ここの小川に橋を渡して畑まで回り道をしないで済むようしたいのです」
イオルクは水車が掛かっていた川と橋を架ける小川の縮尺を地図を見て確認し、掛ける橋の大きさ推測する。頭の中でその橋をパーツごとに分割し、広場に残っている材木を橋のパーツへ当てはめていく。
「材料的にも失敗しなければ、丁度いいぐらいだな」
「どうでしょう? 造っていただけませんか?」
特に断る理由はなかった。コリーナが里の中を案内してくれるにしても、案内する場所に居るエルは広場に居て、コリーナが紹介することが出来ない。また、自分達の作業が終わっているからこそ、午前中に暇をつぶすためにコリーナの髪飾りを作っていたのだ。
イオルクは腕組みをして答える。
「構いませんよ」
「助かります」
「ただ、ちゃんとした設計図を描かないと、直す時とかに困るから設計図を描く時間をくれませんか?」
「ええ、それはもちろん」
「じゃあ、今日は設計図を興すんで、作業は明日から」
「分かりました」
(さて、俺の造れる橋なんて家を造る技術の応用でしかないから、そんなに複雑なものは無理だな。とはいえ、単純な橋を造るというのも芸がない)
イオルクは考えながらチラリとコリーナを見るとニヤリと笑い、何かを思い付いた。
「コリーナ、橋造りを手伝ってくれる?」
コリーナは目をパチクリとしぱたかせ、自分を指差す。
「わたしが手伝えるんですか?」
「うん、コリーナの力を借りたいんだ」
(一体、わたしに何のお手伝いが出来るのでしょうか?)
コリーナは首を傾げて考えてみるが、大工仕事ができるイオルクを自分が手伝えるとは思えなかった。
コリーナが了承の返事をする前にイオルクが男のエルフに向き直る。
「コリーナを借りていくから手伝いはここまででいいかな?」
「はい。十分に手伝っていただきましたから、あとは我々だけで大丈夫です」
「ありがとう。じゃあ、コリーナを借りていくね」
コリーナは立ち上がると、鑢を掛け終わった数枚の板を話し掛けてきた男のエルフに手渡す。
「これ、紙やすりを掛け終えた分です。使ってください」
「ありがとう。確かに受け取ったよ」
イオルクがコリーナの背中に右手を当てて言う。
「それじゃあ、コリーナの家で設計図を描くとしようか」
「はい」
男のエルフに小さく頭を下げてイオルクとコリーナは広場を後にした。