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材料編  23

 コリーナの家――。

 イオルクはコリーナの部屋の机を借りて橋の設計図を興すことになった。材木は足りると思うが、ギリギリで足りなくなっては意味がないので、余裕を残すうえでもあまり装飾などに材木は使いたくない。

(アーチ形にしたり欄干の装飾に材木を追加で使用したりすることはできないな。本当にシンプルな架け橋になる)

 設計図自体はトーマスに教わった知識を参考にして描いていく。まず基本的な橋の構造。小川を渡るだけなら欄干のない渡しだけを目的にした橋でもいいが、装飾もないのに欄干まで取っ払ってしまうのは寂しい気がした。

(欄干は残すか)

 設計図に欄干の項目を追加し、装飾の代わりに橋を渡る際に目に入る入口と出口の欄干の柱を太いものに差し替える。

(材木の追加が出来ないから完成した橋自体に装飾を加えるしかない。強度さえ落とさなければ、それぐらい問題ないはずだ)

 方針が決まれば、あとはひたすらに手を動かすのみ。設計図は一時間もしないで描きあがる。

 イオルクは描き上がった設計図をコリーナに見せる。

「結構、細かいのですね」

 まだ幼いから設計図が詳細に感じたのか、コリーナはイオルクの描いた設計図をそのように表現した。

「俺に技術を授けてくれたトーマスさんという人の話だと、あとの人のことを考えて、必要なコメントなんかも入れておくといいんだって。だから、俺の描いた設計図には、俺の感じたことや考えたことの説明も入れてあるんだ」

「ふ~ん……」

 イオルクは簡単にではあるが、一通り設計図の説明をコリーナにすると橋の全体像を記載した絵を右手の人差し指で叩く。

「で、これだけだと殺風景というか寂しいだろう?」

「そうですか?」

(……エルフって服とかもそうだけど、考え方が地味なんだよな)

 遊び心があってもいいのにと思いながら、イオルクは自分の考えを話す。

「頼まれたのはただの橋の作製だけど、橋に装飾を入れると親しみが湧くと思わないか?」

「それは……確かに」

「だから、コリーナの考えたデザインを橋の装飾に入れようと思うんだ」

「へ~……わたしの⁉」

「そう」

 突然言われて驚いたコリーナだったが、直ぐに驚いた顔は自信なさ気な顔に変わっていった。

「でも……わたし、そんなに絵心ないですよ」

「期待してない」

 コリーナのグーが、イオルクに炸裂した。

「失礼ね! そういう時は思ってても包み隠して話すんです!」

 イオルクは懐かしい感覚を覚えながら頭を摩ると、コリーナに右腕の手甲のマークを見せて左手で指さす。

「何ですか? それ?」

「何だと思う? このマーク?」

「……マークだったんですか? 何とも形容し難いのですが」

 コリーナは眉間に眉根を寄せて考えるが、一体、何のマークなのか見当がつかなかった。そもそも、この意味の分からない何かは手甲に必要なものなのか、とさえ思えてしまう。

「これは俺の所属していた親衛隊のマーク。描いたのは隊長だ」

「へ、へ~……。隊長さんの絵なんだ……」

「言っていいんだぞ。下手だって」

「…………」

 会ったこともない人の悪口は言えない。きっと、自分がこのような絵を描いたらイオルクはからかってくるに違いない。

「!」

 そう思った時、コリーナの頭にピンと来るものが過ぎった。

「イオルク! 絶対にその人の前で下手だって言ったでしょう!」

「言ったよ」

「やっぱり……」

「そして、殴られた」

「何をやってるんですか……」

 コリーナが額を右手で押さえる。

(この人、同じことをすれば、わたしも怒るかもしれないって思わないのかな? 何で学習しないんだろう?)

 溜息を吐いたコリーナを後目にイオルクはニカニカと笑いながら鉛筆をコリーナに差し出す。

「まあ、絵なんてニュアンスが分かればいいからさ。好きなのを描いてごらんよ」

「この流れであまり描きたくないんですけど」

 そう言って抵抗してみたものの、強引にイオルクに鉛筆を握らされて新しい紙を目の前に用意されると、もう描かないわけにはいかない。

 椅子から立ったイオルクに半ば強引に椅子に座らせられると、コリーナは言われるまま仕方なく考え始めた。

(こういうものには、どういう絵がふさわしいのでしょうか?)

 暫く考えたあと、コリーナは紙に鉛筆で実線を書いたあとで白の色鉛筆を使って塗り、白い狐を描いてみせた。

「……笑わないでくださいよ」

 コリーナが描いた絵を手渡すと、イオルクは絵を見て言う。

「下手だってからかえるほど下手じゃないな……残念」

 コリーナはホッ息を吐き出すと、自分の描いた白い狐について説明し始める。

「その狐はわたし達の里の守り神様って言われてるんです」

「人間が崇めているような人型の神様じゃないんだね」

「はい。――人間が信仰している神様は人の形をしているんですか?」

「俺は信心深くないからあまり詳しくないけど、確か知り合いが信仰していた神様は人と変わらなかったよ」

「そうなんですね。自然の中で生きるわたしからすると、動物の神様の方がしっくりとくるんですけどね。わたし達はこの狐の神様に豊穣を願ったり自然の恵みを願ったりしています」

「なるほど。それでこの狐は神聖な白い姿をしているってことなのかな?」

「はい。でも、恐いイメージもあるんですよ。自然は優しい面だけじゃありません。ちっぽけな人では抗い切れない脅威を体現しているとも云われています」

「確かに、そういう怖い一面も自然は持っているな」

 イオルクはコリーナの絵を見て続ける。

「この狐の神様が笑っているのは怖い一面の逆を表しているのかな?」

「その通りです。見守っていて欲しい姿を描きました」

 絵を机に置いて、イオルクは腕を組む。

「そういうことなら、この神様は正面から見た柱に対称に向かい合うように入れよう。ついでに柱は社風(やしろふう)にしてみるか」

「そういうことも出来るのですか?」

「本格的な社は建てないけど、柱を掘ったり削ったりして社に見せるんだ。この方法なら材料を新しく足さなくていいからね」

 コリーナは顎の下に右手を置いて考えると、暫くしてイオルクに訊ねる。

「あの、欄干の側面に霧をモチーフに入れることはできますか? 里を守る霧が白い狐の恩恵だって言い伝えもあるんです」

「霧か……いいね」

 イオルクはエルフの里へ向かう時に登った山の霧を思い出しながら鉛筆を手に取り、霧を簡略化したデザインに落とし込んでいく。何個かデザインの候補を上げながらラフを作成し、コリーナに見せては意見を聞きを繰り返し、最終的に流れる雲を伸ばしたように霧を模様化して完成させた。

「こんな感じのを欄干の側面に刻もうと思うんだけど、どうかな?」

「いいと思います!」

 コリーナに満点の評価を貰い、欄干の側面に刻む霧のデザインは決まった。

(あとはコリーナの絵をもう少し本物の狐に近づけるか)

 コリーナの絵を採用したとはいえ、どうしても子供が描いた絵には現実では表現できない部分が出てくる。それらを立体に起こした時に違和感ないように修正し、かつ、大人が見てもおかしくない動物らしいものに変える必要がある。

 イオルクはコリーナの絵に少し手を加える。体の線を細く柔らかく描き直して動物ならではのしなやかさを加えることで神秘性を纏わせる。笑い顔も楽しそうに笑うものから優しく見守るような微笑みに線を変えると、幼い子供の笑みのようだった白い狐に威厳が加わった。

「これぐらいの方が里の大人達も親しみが持てるんじゃないかな?」

 描き直された白い狐を見て、コリーナは感嘆の息を漏らす。

「凄い……。わたしの描いた狐の絵が神様みたいになった……」

「昔から落書きは得意だったし、修行期間に何回も絵を設計図に描いたからね。これぐらいは描けるようになったんだ」

 コリーナは橋の設計図に描かれた社風にする柱の白い狐を見て、次に欄干の側面の霧のモチーフを見て、最後に橋の全体像を見た。

「明日、これを造るんですか?」

「うん。多分、材木を組んで橋本体を造るより、デザインした絵を彫る方が大変だと思う」

 コリーナは首を傾げる。

「絵を彫る方が大変なのに、何でこんなに手間を掛けるんですか?」

 そう聞かれたイオルクはニッと笑って見せる。

「そっちの方が面白そうじゃないか」

「……面白そう? それだけ?」

「それだけ」

 コリーナは呆れた目でイオルクを見る。どうやら目の前の恩人は面白ければ、手間が増えようが何でも実行に移す性格をしているらしい。

(イオルクらしいと言えば、イオルクらしいんだけど……)

 コリーナは小さな溜息を吐く。

「イオルクは何を考えてるか分からない時が、偶にあるんですよね」

 コリーナの言葉を聞いて、イオルクはただ笑っている。

 その笑い顔を見て、コリーナは本当に面白そうだからひと手間加えたのだと実感する。

(楽しいからやる……か。わたしが何になりたいかを直ぐに答えられなかったのはイオルクみたいに面白いと思ったことをする積極性がないからなのかもしれない)

 イオルクの考えは人には理解されないことも多い。しかし、自分がしたいことをするのに人に理解されてから行動に移す必要はあるのだろうか? 世界中の誰が、自分自身が楽しいと思うことを知っているのだろうか?

 自由にやりたいことを付け加えたイオルクを見て、コリーナは少し羨ましいと思った。

(この積極性は見習った方がいいのかもしれない)

 イオルクが描き上がった設計図を持って言う。

「さて、これをエブルさんとレミーさんにも見て貰おう」

「え? お父さん達にも見て貰うんですか? 何か問題でもあるんですか?」

 イオルクは首を振ると、右手の人差し指を立てて話す。

「俺の師匠のトーマスさんの経験談なんだけど、今回みたいに守り神の社を造った時、気を利かして神様を彫ってあげたことがあったんだって。だけど、依頼を受けた村では尊い神様を人の手で彫ったり描いたりしちゃいけなかったんだ。だから、一応、確認を取らないとね」

「そんなことが……。わたしはおじいちゃんに聞いた話しか知らないけど、白い狐にそういう話があるのを聞いたことはないですね」

「そうであるなら問題ないけど、一応確認しておこう。コリーナは里の人と比べれば、随分と若いから知らない伝承があるかもしれない」

「確かにそうですね。みんなとは随分と年が離れてますから」

 イオルクとコリーナは部屋を出ると確認を取るため、リビングに居たエブルとレミーに出来上がった設計図を見せた。そして、二人に守り神の白い狐を装飾に組み込んでいいかを聞きくと、特に問題はないと直ぐに答えを返してくれた。

 エブルがレミーに話し掛ける。

「そういえば、この里には守り神様を祭る社はなかったな」

「守り神様の入ったものを作るのはいいかもしれないですね」

 コリーナの描いた白い狐を橋の装飾へ入れることは思いのほか好評だった。

(白い狐を入れようと思ったコリーナはいい着眼点を持ってるんだな)

 それから直に夕飯をする流れになり、夕食時は明日から造る橋のことが話題になった。

 その話をしながらイオルクは、今だに姿を見せないコリーナの祖父が少し気に掛かった。


 …


 翌日――。

 朝食を済ませたあと、イオルクは剣を腰の左横に付け、大工道具の入ったリュックサックを背負ってコリーナと広場へと向かう。訪れた広場には家具造りをするエルフ達の姿は見えず、橋の材料として残された材木が山積みされているだけだった。

「今日は誰も居ないね」

「みんな、昨日で全部造り終えたみたいですね」

「それはよかった。ここでも何ヶ月も拘束されたら、どうしようかと思ったよ」

 肩を竦めて言ったイオルクの冗談にコリーナは笑みを浮かべる。

「さて、始めようか」

「はい」

 冗談をそこそこにイオルクとコリーナは作業を始めようと山積みされた材木へと向かう。

 イオルクはリュックサックを置いて墨壺と筆や大工道具を取り出し、コリーナは橋の設計図を取り出した。

 コリーナが設計図を持ってイオルクに向けると、イオルクは山積みされた材木から一番大きな材木を取って地面に置き、設計図を見ながら墨壺と筆を使って墨入れにより木にマーキングを施す。それを必要な材料の分だけ繰り返すと、最終的に材木はほとんど残らなかった。

 墨入れが終わると材木をパーツごとへと切り分ける。昨日同様に錆びて切れ味の落ちた斧は使わずに自前の剣で大きいパーツとなる材木の解体を済ませ、その後は鋸を使って必要な柱や板、欄干の大きさに材木を切り揃えていく。

 曲面が少なく真っすぐ切り揃えるだけなのでパーツ自体の作成は簡単だ。あまり時間を掛けずに全ての橋のパーツの切り揃えが終わると、広場には切り揃え終わった橋のパーツが散乱した。

「これで剣を使うことはなくなった。コリーナの家に持ち帰ったら里を出るまで鞘の中に封印だな」

 極力里の中では武器を使用しないことを決めていたため、当初の予定通り剣はロングダガーとダガーと一緒にコリーナの家でお留守番になる。

「さて、切り揃えたパーツにホゾを作らないとな」

 橋のパーツ造りは切り揃えて終わりではない。大きな組み立てを行う橋造りは釘だけの固定では成り立たないため、角材をT字につなぐホゾ組みやホゾ継ぎをするためのホゾ穴を掘ったり、十字などに組み合わせるための切り欠きを作らなければいけない。そのためには鑿を使うことになる。

「少し練習してからやるか」

 解体で切り飛ばした木片を拾ったあと、リュックサックから鑿と金槌を取り出して地面に座り、両足で木片を挟んで固定しながら鑿を金槌で叩く。勘を取り戻すようにホゾ継ぎで使用するホゾ穴を掘り、それに差し込む通しホゾを作る。

 その様子を見ながらコリーナが質問する。

「それは何をしているんですか?」

「木材を直角にくっ付ける工夫だ。久しぶりに使うから練習してた。試しに作ってみたから見てみるか?」

 加工の終わった二つの木片を手渡され、コリーナはホゾ穴にホゾ通しを押し付けてみる。

「こうやってくっ付けて繋ぐんですよね?」

「うん、合ってるよ」

 コリーナは押し込もうと力を籠める……が。

「随分と窮屈に作ってありますね? 手で押しても入りません」

「そのタイプは金槌で叩くんだ。貸してごらん」

 イオルクはコリーナから木片を受け取るとホゾ穴にホゾ通しを合わせて、木片を金槌で叩いて押し込んだ。

 そのくっ付いた木片をコリーナに渡す。

「引っ張ってごらん」

 言われたままくっ付いた木片を引っ張って剥がそうとするが、しっかりとくっ付いた木片はビクともしなかった。

「完全にくっ付いてる……」

「ホゾ継ぎと言うんだ。色々な継ぎ方がある」

 イオルクは余っている木片で何個か作って見せた。ホゾ穴にホゾを通した後で木釘を使用してくさびにして固定するもの、四十五度で組み合わせて木釘を打って固定するもの、一見すると入らないような形のものを捻って回して入れ込むもの……等々。

「色んな技法があるんですね」

「先人の知恵ってやつだな。それを教えて貰った」

「今、使ったものを橋造りで全部使うんですか?」

 イオルクは首を振る。

「基本的には木釘をくさびにするタイプのもので作る予定だよ」

「どうしてですか?」

「水車の造りがそうだっただろう?」

「……そういえば」

 コリーナは自分で叩いて固定した水車の羽板を思い出した。

「理由は二つ。鍛冶場のないエルフの里では鉄釘を用意するのも大変だと思ったこと。木釘で固定するやり方ならエルフも知っていること。――俺しか作ったり直したり出来ないものを作っても仕方がないからね」

「なるほど」

 イオルクは設計図をコリーナと見ながら、橋の組み合わせになる要所要所を指差す。

「設計図にもホゾ穴やホゾ通しの形と大きさが記してあるんだ」

「本当だ……。一度見せて貰ってから設計図を見るとパーツ通しがくっ付くイメージが浮かびますね」

「今なら水車の設計図も昨日とは違う見方が出来るかもしれないよ」

 そう言われ、機会があれば今度見てみようとコリーナは思う。

「さて、パーツごとの材木にホゾを作っていこう」

 それから暫くはホゾ作りのための鋸を引く音と鑿を金槌で叩く音が響く。イオルクがホゾを作るとコリーナが出来上がったホゾ穴やホゾ通しをさしがねを使って測り直し、設計図通りの寸法になっているかを確認する。

 この作業に要した時間は一時間半ぐらいだった。

「表面の粗さと細かい厚さの調整はこれを使う」

 リュックサックから取り出したのは鉋だ。

 余り木で簡易的に作った台に材木を置き、鉋を掛けて材木の表面を削って木目を平らにし、さしがねを使い、最後の寸法確認を行う。

「鉋掛けまではここでやって、やすり掛けとかは組み上がった後の継ぎ目を消す時に合わせてやるか」

 広場で行う作業の目標を鉋掛けまでとしてイオルクは橋のパーツの鉋掛けを始める。

 コリーナは薄い削り屑を見て『何かに使えそうですね』と鉋によって削がれた薄い木を興味深そうに手に取って見ていた。

 それをイオルクは『面白い発想をするね』と返す。

 そして、そんなやり取りをしているうちに鉋掛けが終わり、橋のパーツがすべて完成した。

「イオルクなら何でも作れそうですね」

「そんなことないさ。小川に架ける簡単な橋だから細かい細工や強度の計算が必要ないだけだよ。未熟な腕の俺じゃ、強度計算が必要になるものは完全にお手上げだ」

 そう言ってイオルクは肩を竦めて見せた。

「イオルクの腕で未熟なんですね……。大工仕事って奥が深いものなんですか?」

 コリーナの隣りに腰を下ろしながらイオルクは答える。

「建物の組み方によって変わるかな? 例えばだけど、階層の高い塔なんかを造るとなると、下の階ほど重くなって柱に負荷が掛かる。ここで必要になるのが塔を支えられる柱の数とか構造になる。木を使うか石を使うかという材料選びもあるけど、負荷分散に使う柱が増えれば組み合わせも複雑になってくるんだ。だけど、俺はあまり大きな建物を支える柱の必要な強度の計算は出来ないし、柱を組む構造の種類もあまり知らない。俺が習得しているのは計算の要らない造りの建物まで。複雑な柱を組むのに必要なさしがねの極意も習得していない」

「難しいんですね」

 イオルクは頷くと右手の掌を返して続ける。

「まあ、俺がなりたいのは大工じゃなくて鍛冶屋だしね。大工技術をそこまで極める必要もないよ。本当は、今やってる技術も鍛冶屋には必要のないものなんだ」

「必要がない? それでも覚えたんですか」

「うん、覚えた。中途半端な聞きかじりはよくないってことさ。自分の出来ないこと以上をしないために教わった。安全じゃないものを造ると人の命に関わるからって」

「そういうことですか……。じゃあ、今造っている橋は造っても大丈夫なんですね?」

「大丈夫。俺の知識以上のものを必要としてないから造れる。トーマスさんには三階以上で長屋より大きい面積のものは造っちゃいけないって言われてるから、橋は俺の造れる範疇の中だ」

「それなら安心ですね。里のみんなが無理なお願いをしていなくて良かったです」

 イオルクは軽く笑い、大きく伸びをすると、ちらかった材木と大工道具を見回して言う。

「広場での作業は終わりだ。片付けて整理しようか」

「はい、お手伝いします」

 一休みを終えて立ち上がると、イオルクとコリーナは後片付けをしながら橋を造るパーツとなる材料を大きいものと小さいものに分けて積み上げ、小川に材料を運ぶ準備も合わせて行った。


 …


 山積みされた橋のパーツを今度は小川まで運び、作業場所を小川へ移して組み立てる作業へ移行する。

「重くて大きいパーツは俺が運ぶから、コリーナは小さいパーツをお願いできるかな?」

「任せてください。でも、大きいのはイオルク一人で運ぶのは無理ではないですか?」

 コリーナの言うことは尤もだった。小川に渡す橋のパーツは小川の川幅の長さを持っている。小さ目の橋とはいえ、家の柱と同等かそれ以上の大きさになる。

「ああ、大丈夫大丈夫」

 しかし、コリーナの心配をよそにイオルクは軽く返事を返すと両肩に一番大きなパーツを一つずつ担ぎ上げてしまった。

「……昨日も驚きましたが、何度見ても驚かされます。みんなで大樹を運ぶよりも今日の方が重そうなのに」

(一日休んだから、実は今日の方が調子がいいぐらいだ)

 騎士としての肉体が可能にさせるのか、若さゆえの回復力なのか、エルフの里に辿り着くまでの肉体の酷使による疲労や筋肉痛はほぼ回復しきっていた。

「こんな立派な体に産んでもらって、両親には感謝してるよ。お陰で色んな人の役に立てる」

 背の高いイオルクを見上げてコリーナは訊ねる。

「イオルクのお父さんもお母さんもイオルクのように大きな人なんですか?」

「うちの家系の男はみんな大きいよ。う~ん……母さんは普通なのかな? 周りが男の騎士だらけだったから、今一わかんないや」

「でも、お父さんが大きいのですから、イオルクは確実にお父さんの遺伝ですね」

「そうだね」

「わたしはお父さんとお母さんのどういう特徴を受け継いでいるんでしょう?」

 『う~ん……』と考え始めたコリーナにイオルクは言う。

「両親だからってわけじゃないけど、エルフは魔法の使い方に特化した体をしていると思うよ。ここの人達は当たり前のように無詠唱で魔法の威力調節をしてたけど、人間にはない特徴だ。きっと、魔法を使うのに体の大きさは関係ないからエルフには大柄で筋肉質な人が少ないんじゃないかな?」

 コリーナは里での暮らしを思い出す。確かに日々の生活で体を鍛え続けるような場面は少なく魔法を使って代用することが多い。昨日、材木を乾燥させるために使った火属性の魔法も魔法が使えなければ薪を用意して火を熾すことになるのだ。

「わたしも大きくなれば、お父さん達みたいに魔法を使えるようになるんでしょうか?」

「なると思うよ。……なると思うけど、エルフがどうやって魔法の使い方を教えているか、俺は分からないからなぁ。自然に使っている感じがするからコツを教えるぐらいで自由に使えるようになるのかもしれないね」

 そう言ってからイオルクは思った。

(魔法の使い方のコツだけ教えて使えるようになるとしたら、エルフというのは本当に優れた種族だよな。サウス・ドラゴンヘッドの魔法使いが才ある者を子孫に残し続けても無詠唱ができる魔法使いなんてほとんどいないんだから)

 もし、エルフが人間と同じ数だけ存在していたら、今の立場は逆になるのではないか、とイオルクは思う。遠距離攻撃と近距離攻撃が同じ数で争った場合、近距離攻撃側が近づく間も攻撃できる遠距離攻撃側の方が圧倒的に有利なのは明白だ……と、ここまで考えてイオルクは額に右手を当てた。

(人間とエルフが戦をするなんて考えたくもないのに、こういうことを考えてしまうのは騎士をやってた悪い癖だな。俺は、もっと平和的な考え方をするようにしないと)

 イオルクは自己嫌悪の溜め息を吐くと気持ちを入れ替えた。

「そういえば、エルフは生活にも魔法を使用している感じだよね? 材木の乾燥の時に火を操ってたみたいに」

「はい。着火や竈に風を送る時なんかは魔法を使っていますね」

「へ~……。エルフはそういう使い方が出来て羨ましいな。人間は呪文を唱えて使うタイプの魔法だから着火に魔法なんて使えないんだ。攻撃魔法で着火なんてしたら火事になってしまう」

「そういう意味では道具を必要としないのでエルフの生活は楽ですね。――あ」

「ん?」

「道具を使わないで魔法を使うからエルフの里にはお店がないのかも……って」

「ああ、そういう考え方もできるか」

 イオルクは右手を顎の下に当てて、一理あると思った。需要がなければ供給するための店がないのも分かる。魔法を使ってことが足りていれば、わざわざ店で道具を作る必要性はない。

「里に来たことでエルフのことがもの凄く分かった気がするよ」

 そう言ったイオルクを見て、コリーナは笑った。

「ふふふ」

「どうしたの?」

「今のイオルクは、人間の町にいたわたしと同じですね。里を出てイオルクと旅をした時、わたしも人間のことがよく分かった気がしました」

「なるほど。コリーナはこんな気分だったんだ」

「はい」

 コリーナが広場の出入り口を指さす。

「そろそろ行きましょうか。運びながら話しても同じですから」

「それもそうだね」

 イオルクとコリーナは橋のパーツを運びながら会話を続けた。人間の土地をイオルクがコリーナへ説明したように、今度はコリーナがエルフの里をイオルクに説明した。

 昨日とは違い、家具作りが終わったエルフ達が目につき、コリーナが声を掛けるとエルフ達は里での仕事や生活ぶりをイオルクに話してくれた。一緒に共同作業をしたことにより、エルフ達のイオルクへの警戒心は大分なくなっていた。

「すっかり打ち解けましたね」

「さっき話した女のエルフには、またアクセサリーを作られそうになったけどね」

 付け加えるようにイオルクが言うと、コリーナは可笑しそうに笑った。

「それだけみんなの心を掴んだということですよ」

「一芸は身を助けるってとこかな?」

「はい♪」

 自分の恩人であるイオルクが受け入れられたと思うと、コリーナは嬉しかった。また、そんなイオルクを連れてきたのは自分なのだという思いから少し得意顔になっていた。

 イオルクとコリーナは道行くエルフと会話を交わしながら小川への橋のパーツ運びを繰り返した。


 …


 イオルクとコリーナの額に汗がじんわりと浮かんだ頃、橋のパーツすべてを運び終わった。

 小川の近くにはイオルクの剣とリュックサックの他にも、橋造りに必要な大きな木づち(大槌)も転がっている。

 いよいよ橋造りの開始である。

「まあ、川と言っても小川に架ける橋だから組み立てるだけで時間は掛からないだろう」

 常人ならパーツを持ち上げるだけでも一苦労で組み立てるのにも時間が掛かるところだが、一番重い橋のパーツを一人で運ぶことができるイオルクなら別だ。頭の中では立体パズルを組み立てるぐらいの簡単な構想が思い浮かんでいた。

 イオルクはリュックサックの中から紐を取り出すと紐をさしがねを使って測り、さしがねで測れる最大を指で押さえる。それを橋の幅に合うまで繰り返し、橋の幅に合ったところで結び目を作った。

「――おっと、設計図を確認しないで記憶で作っちゃった。コリーナ、設計図の長さを読み上げてくれる? 間違えないように二人で確認していこう」

「分かりました」

 コリーナが設計図に書かれている数値を読み上げ、イオルクが橋の幅や全長に合わせた結び目を紐に作る。

 必要そうな紐をすべて用意すると、イオルクは大槌を肩に担いだ。

「よし。次は橋の四隅が正確になるように基本となる柱を仮打ちだ」

 橋の正面にあたる柱を置く場所を紐を使って慎重に計測すると借りてきた大槌で柱を地面に二割程度打ち込み、橋の幅の長さを表わす紐で打ち込んだ柱の幅と橋の幅を慎重に再度計測する。

「こっち側はいいな」

 小川を跨る反対を見るとイオルクは計測済みの紐をベルトの隙間に突っ込み、向こう岸に渡る準備をする。

「回り込むのは面倒くさいな」

 イオルクは左右で対となる柱を一本ずつ脇に抱えると助走をつけて小川に向かって走り出した。

 それを見ていたコリーナが思わず声を上げた。

「嘘でしょう⁉」

 コリーナの前でイオルクが宙を飛び、小川を飛び越えるとズシン! と音を立てて両足で着地した。

「イオルク……。無茶し過ぎ……」

 身体能力が高いと本人の常識が歪んでいくのではないか、と思いながらコリーナは軽く眩暈を覚える。出来るからやるというのは分かるが、そこは一般の範疇に収めて実行して欲しい。イオルクと行動をしてから、こんな場面を何度となく見せられている気がする。そして、何度見せられても慣れることがない。

「たぶん、人間がこういう行動を取る種族なんじゃなくて、イオルクだからこうなんだわ……」

 イオルクを通して人間を知るのは間違っているのかもしれないと、コリーナは続けて思った。

 そんな風にコリーナが思っている前で、イオルクが再び小川を飛び越えて大槌を取って往復していた。

(深く考えるのはやめよう……)

 そう諦めてコリーナは橋造りの手伝いをする。対岸で柱を二割程度の深さまで打ち込んだイオルクがコリーナに頼んで対面の柱に紐を結びつけて残った紐に石を結び付けて投げ渡して貰うと、その紐を使って柱の位置と幅を慎重に確認しながら真っすぐに橋が架かるかを見定める。

「……縦よし。……横よし。この位置で問題なし」

 柱に紐が結ばれているだけだが、橋の姿が少しだけ見え始めた。

 このあと、欄干を入れて歪みがないかを確認しながら本格的に打ち込めば柱は完成する。

「今度は小川の真ん中に支えの柱を立てる作業だな。……濡れないように飛び越えたけど、結局、川ん中に入って濡れるのか」

 イオルクは皮のブーツを脱いでズボンの裾を捲くり上げてから小川に入ると、橋の真ん中辺りまでくる。頭上に垂れ下がる紐に付けた結び目を頼りに下から橋の真ん中に当たりを付けると、川の中で顔を覗かせる大きな臼のような石を二つ選んで橋の幅に合わせて欄干の真ん中に来るように動かして置いた。

「欄干を支える柱が水に浸かって腐らないように、これを加工してっと」

 リュックサックから墨壺と筆をコリーナに取って貰い、それらを臼のような石の一つに置く。墨壺に筆を浸していつでも筆を取れるように準備をすると、イオルクは小川を上がって欄干を支える柱を右肩に担いだ。

「これをコリーナに支えて貰うわけにはいかないからな」

 柱を担いだまま再び小川に入り、臼のような形の石の一つに欄干を支える柱を真ん中に立たせるように当てる。そして、左手で柱を支えた姿勢で右手で墨壺から筆を抜き取り、素早く柱を一周させて目印を付ける。

「よし」

 同じようにもう一つの臼のような石にも同じ手順で目印を付けた。

「さて、これで柱はまた出番待ちだ」

 小川を上がって柱を地面に置くと再び小川に入って臼のような石の上に置いてあった墨壺と筆を取り、筆は小川の水で濯いでから振って水を弾き飛ばす。

「コリーナ。また使うかもしれないから、その辺に置いといて」

「分かりました」

 コリーナは小川の中にいるイオルクから墨壺と筆を受け取るとリュックサックの近くに置いた。

「今度はリュックサックから石鑿と金槌を取ってくれる?」

「いしのみ……? 木を掘っていたものとは違う鑿ですか?」

「うん。石にあてがうから刃が厚いやつ。形は同じだ」

「見てみますね」

 コリーナはリュックサックから大工道具入れを取り出し、道具入れの中を漁る。やがて二種類の鑿が見つかるとそれぞれを右手と左手で持ち、厚さを見比べる。

「右手に持ったものの方が刃が厚い……これですか?」

 コリーナが右手の鑿をイオルクに見せると、イオルクは頷きながら答えた。

「そう、それ。金槌と一緒に渡してくれる?」

「分かりました」

 コリーナが小川へ近づきイオルクに石鑿と金槌を手渡す。

「ありがとう」

 イオルクはお礼を言うと近くにある臼のような石の一つに近づき、石鑿と金槌で欄干の柱を固定する穴を掘り始める。

(石を掘るのは久しぶりだから、力加減を間違えて壊さないようにしないとな)

 まずは勘を取り戻すため、少しずつ探るように石鑿を金槌で叩きながらコツを思い出していく。割れないように、砕けないように、そして、石の性質を掴むように……。

 二十分ぐらい慎重に石鑿を当てていたイオルクだが勘を取り戻すと、一気に石鑿を叩く速度を上げた。コツコツコツとリズミカルな石鑿を叩く音が響き、それからは目に見えて円形の窪みが出来ていく。

 窪みは石に載る材木がズレなければいいので深さはあまり要らない。寧ろ、石に載った材木が傾かないように材木の丸い形に彫ったあとで水平にする方が重要だ。

 石鑿が目印に差し掛かったところでより慎重に心掛ける。コツコツコツコツと音が鳴り響き、暫くして音が鳴り止むと臼のような石には綺麗な円形の窪みが出来ていた。

 最後に石の全体の形も水の抵抗を減らすように角を落として整える。ここは大胆に石の角を削ぎ落すようにガツン! と石鑿を叩いて削り取っていく。

「よし! 一丁上がり!」

 もう一つの臼のような石にも同じ細工を施し、小川の真ん中に石の土台が二つ並んだ。

「じゃあ、仮組みの仕上げといこうか」

 そこからはパズルの組み立てのようだった。向こう岸の柱とこちらの岸の柱に掛かる欄干の材木のパーツの真ん中に小川の下から欄干を支える柱を通して、その欄干を支える柱を小川に設置した石の土台に載せる。コリーナのいる岸の方で浅く打ち込んだ柱はコリーナの手で押して傾くぐらいに緩いので、それを利用して柱に欄干のパーツを通す。

 その状態でイオルクが小川から上がり、向こう岸の柱に同じように欄干のパーツを柱に通しす。

 左右対称の反対側の欄干も同じ手順を踏んで仮組みする。

「あとはしっかりと固定だ」

 仮組みした四つの柱を順番に大槌で叩いて固定し、しっかりと地面に埋まったところで差し込んであっただけの欄干のパーツを木釘を打って固定する。しっかりと柱と欄干が嵌まると、小川には基礎の組み上げが終わった橋板がない欄干だけの橋が架かった。

 イオルクは、そこで休憩を入れるためにリュックサックから取り出したタオルを持って小川で両足を洗って両足をタオルで拭き、皮のブーツに足を通すと小川の近くで足を投げ出して大きく一息ついた。

「あとは橋板を入れて固定するだけだ~」

「お疲れ様です」

 イオルクの隣りにしゃがみ込んだコリーナが水筒を見せる。

「あれ? 水筒なんて持って来てたっけ?」

「イオルクが夢中で石を削っている時に一人で取ってきたんですよ」

「そうだったのか、ありがとう。喉が渇いていたところだよ」

 コリーナが水筒の蓋を開けてイオルクに手渡してくれると、イオルクは水筒の水をグイっと飲んで息を吐き出して一言。

「うまい!」

 その言葉を聞いてコリーナは笑い、自分の水筒の蓋をを開けて水を飲んだ。

 コリーナは基礎組み上げの終わった橋を見てイオルクに話し掛ける。

「イオルクが材木を軽く持ち上げて組んでしまうので簡単に造れそうに見えますね」

「はは……。俺じゃなけりゃできない作り方だな。騎士として鍛えた肉体を持っていて、その後に大工技術を身につけないといけない。人間の一生は短い。俺みたいに複数に手を出す奴なんて稀だろうな」

「イオルクは人間の中でも珍しい生き方をしているんですね」

「そうだろうな。こんな歳で今までしていた仕事を放り出して、別の職業に手を出して、世界中を旅しようってんだから」

 コリーナは視線を落として小さな声で言う。

「でも……少し羨ましくあります。ここで一生を終えるのが当たり前のエルフとは違い、外の世界を自由に旅できる人間は」

「そういう面もあるかもしれないけど、やっぱり俺が変わり者なだけだと思うよ。実際、俺の二人の兄は家系通りに騎士の仕事をしていて、家を継いで一生を騎士で終わると思うからね」

「そうなんですか?」

「ああ。俺が知らないだけで騎士を突き詰めていった先には、俺が知らない何かがあるのかもしれない。だけど、俺は騎士を途中でやめて鍛冶職の道へ進むことにした。こっちの方は年季が入ってないから、まだまだこれから知ることが多いだろう」

「イオルクにも、どうなるか分からないということですか?」

「うん、分からない。一族の中で鍛冶職に手を出したのは俺が初めてだろう。だから頼れる親戚もいないから教えを乞うことも出来ない。全部手探りだ」

 そう困難であることを言ったイオルクであったが、その顔には不満はなく晴れやかな顔をしていた。

「それらを全部自分で決めるのが、自分のやりたいことをする……ということなのですね」

「そうなるけど、変わり者の俺の話はあまり参考にならないかもよ?」

 コリーナは首を振る。

「イオルクの生き方があったからわたしは、今、里に戻って来れたし、里のみんなは大工仕事を助けて貰えています。橋だって造ってしまうんですから」

「確かに偶然が重なったところもあるけど、新しく覚えた大工の技術は役には立ったな」

「はい」

 イオルクは腕を組んで考える。

(参考になるならないは、俺が決めることじゃないのかもしれない。伝えなきゃいけないのはやりたいと思う気持ちや自分を突き動かした原動力なのかもしれない)

 イオルクは頷く。

「そうだな。俺がやりたいと思ったことは嘘じゃないし、やりたいを続けた結果が今だな」

「はい。十分に参考になってます」

 そう言ってコリーナは微笑んだ。

 その真っすぐな信頼の笑みに、イオルクはチョコチョコと右手で頬を掻く。

「とはいえ、大工仕事は本当にやり始めたばかりだから、あまり胸を張って威張れるものでもないんだよな」

「どうしてですか?」

「熟練した大工の技を使ってないんだ」

「?」

 コリーナが首を傾げた。

「でも、ここまで橋が出来てますよ?」

「まあ、そうなんだけど……水車に比べればこの橋は簡単な構造をしているからね。複雑なパーツも少ないし、飛び越えることが出来る程度の川幅の小川に架ける橋だからパーツの数も少なくて済む」

(最も複雑な構造の橋を架けたとしても、数年に一度大工になるエルフに修繕できるか怪しいから架ける橋に選択の余地はないんだけど……)

 イオルクは本音を隠しながら、水筒の水を飲む。

「つまり、もう少し腕が上がってからコリーナに胸を張って俺のやりたかったものの成果を自慢したかったってことだよ」

 コリーナは小さく声を出して笑った。

「ふふふ……イオルクは子供みたいなことを言うんですね」

「どうせなら『俺、こんなこともできちゃうんだぜ』みたいのを見せて参考にして貰いたいじゃないか」

 コリーナは今度は大きな声で笑った。

「どうして、そこで本音を言っちゃうんですか!」

「おかしいか?」

「おかしいですよ!」

 ひとしきり笑ったあと、コリーナは笑い過ぎて出た涙を右手でそっと拭う。

 そして、話題を橋造りに戻して訊ねる。

「このあとは、どうするんですか?」

「板を嵌めつけていって、『エイヤ』で固定する」

「エイヤ?」

「力を入れる時の掛け声」

 コリーナは顎の下に右手の人差し指を立てて何やら思い出す。

「それって水車を持ち上げる時にも言ってましたよね?」

「言ってたな。まあ、騎士特有の口癖みたいなもんだ」

(そいうものなのかしら?)

 コリーナは良く分からないが納得することにした。


 …


 他愛のない話で時間が経ったが、休憩時間はもう少し取る予定。基礎の組み上げが終われば、あとは板を嵌めるだけの単純作業なのでゆっくりとやればいい。最後に固定させるのには力技と人数がいるが、それは明日でも構わないだろう。

 そう考えてイオルク達がのんびりと休憩をしていると、大槌や大工道具を持った数人のエルフの男達がイオルク達の側に近づいて来た。

『もう、作業をしていたんですか?』

 一人のエルフがそう訊ねると、イオルクは頷く。

「そんなに急ぐ理由もないけど、俺はこの里でする仕事もないから」

『里の外から来たから持ち回りの仕事はないですもんね』

 イオルクは頷く。

「ところで皆さんは何をしに?」

 エルフの男達はお互いを見合うと頷いて答えた。

『我々にも手伝わせてください!』

「構いませんけど……随分と気合いが入ってますね?」

 エルフの一人が前に出てやや興奮気味に答えた。

『昨日のイオルクさんの大工仕事を見て、私達も何かを作りたいという欲求に駆られたんです! 今後は暇な時間に何か物づくりをしたいと思ったんです!』

「なるほど」

(面白いな。何かをするのに早いも遅いもないし、ましてや長寿のエルフだ。技術を積み重ねて言ったら素晴らしい職人になるに違いない)

 イオルクは笑みを浮かべてお礼を言う。

「ありがとうございます。この人数なら、今日中に『エイヤ』の仕事が出来そうです」

『……エイヤの仕事?』

 エルフの男達が首を傾げる中でコリーナが可笑しそうに笑い、付け足すように説明をする。

「力仕事をする時の掛け声らしいですよ」

『ああ。それで『エイヤ』の仕事か』

 エルフの男達もコリーナと一緒に可笑しそうに笑った。

「残っている作業は時間を掛ければ終わらせることのできる作業がほとんどです。先ほど言われていた、時間のある時に行う物づくりに関しては別の機会に会話をしながら教えます。たぶん、基本的な道具の使い方を教えた後の試行錯誤はエルフの皆さんの方が向いていますからね。今から始めれば研鑽された技術は俺達人間よりも上になるだろうし、独自の文化が根付くかもしれません」

 エルフの男の一人が顎を撫でながら聞き返すように訊ねる。

『それは……我々が人間よりも長寿だからということを言ってますか?』

「はい。人間が老いるまでに働ける時間を五十年とした場合、エルフの人達が単純計算で百年大工仕事を継続すれば、人間の二世代分の研鑽です。もう少し言うなら二代目は最初から技術継承をしていないので、この点を加味すればエルフの大工というのはとても魅力的です」

『言われてみれば……。今までそういう考え方はしてこなかったですね』

「趣味で続ける程度でも面白いと思いますよ。時間はエルフの味方ですからね」

 ニッとイオルクが笑うとエルフ達もつられるように笑い、笑いながらエルフ達は真剣に大工仕事に取り組むことを考え出していた。

「じゃあ、始めますか」

 休憩を早々に切り上げると、イオルクとコリーナは腰を上げ、エルフ達に橋板を嵌め込む説明を始める。基礎の組みあがった橋への嵌め込み方、必要な橋板の枚数、そして、最後の固定のために皆で力を合わせて固定したい箇所を説明した。

 説明が終わり、全員が理解をすると作業を再開する。

 当然、人手が増えれば使える手が増える。コリーナと二人でパーツや道具を受け渡していた時と違い、作業をしている者とパーツを取りに行く者が分かれただけで作業の進みは早くなる。また、一人では押さえることが出来なかった板を押さえながら別の者が木釘で固定するような作業も出来るようになる。

 イオルク達は橋の手前側と向こう側の二手に分かれ、橋板を嵌める作業を行う。橋板の嵌め込み作業はイオルクが予定していた時間の四分の一の作業時間で終わった。

 そして、その橋板の嵌め込みを固定する最後の作業に移る。

「エイヤ! エイヤ! エイヤ!」

『エイヤ! エイヤ! エイヤ!』

 橋の欄干を固定しつつ橋板を固定する欄干の下のパーツを押し込みながらイオルクとエルフ達は大槌で叩いていく。

 そして、左右の欄干にしっかりと固定された後は同じように橋の上から材木のパーツをあてがい、大槌で叩く。

「エイヤ! エイヤ! エイヤ!」

『エイヤ! エイヤ! エイヤ!』

 欄干の左右で固定が完了すると、イオルクが声を大にする。

「次が最後の固定作業!」

 木釘の中でも二回りほど大きいそれは要釘として、橋を完全に固定するもの。橋げたの側面に三ヶ所、左右で六ケ所打ち込む。

「エイヤ! エイヤ! エイヤ!」

『エイヤ! エイヤ! エイヤ!』

 皆の掛け声が一丸となり、ガコンッ! と音を立たせて最後の要釘が埋まると橋は形を成した。

 エルフの男達の間に歓声があがる。

『凄い! たった一日で橋ができた!』

『水車を作った時は、あんなにも掛かったのに!』

 大喜びをしているエルフの男達を指さしてイオルクがコリーナに訊ねる。

「あの言いようだと、本当に水車を造るのは苦労したみたいだね?」

「わたしも聞いただけですが、あの様子を見ると大変だったみたいですね」

 そのエルフの男達の視線が一斉にイオルクへ向いた。

 エルフの男達から尊敬の念を向けられ、イオルクは『うっ』と呻いて照れながら顔を背ける。

(俺はまだ半人前で、そんなに凄い大工じゃないんだ!)

 そう心で叫んだが、イオルクが橋を造った凄腕大工だという誤った話が里中に広がるのも時間の問題のようだ。エルフ達の目には変わらず爛々と尊敬の念が宿っていた。

 イオルクはガシガシと右手で頭を掻く。

「まあ、いっか……」

 そうぼやくように呟いたあと、イオルクはエルフの男達に言う。

「あと、この橋には簡単な装飾を施すだけだから、皆さんは仕事に戻って貰っていいですよ」

『装飾?』

『これで完成ではないのですか?』

「この橋には世界の巨匠コリーナ先生による芸術的な装飾が入ります!」

 コリーナのグーが、イオルクに炸裂した。

「馬鹿っ! 何を言っているんですか! 変なことを言わないでください!」

「でも、いい出来じゃん」

「う……ううう……」

 コリーナは恥ずかしさに顔を赤くしてイオルクを睨んだ。

 そうやってコリーナは恥ずかしがっていたが、横でエルフの男達は設計図を手に取り、施される装飾のデザインを見て褒めていた。

『イオルクさんの言う通りいいデザインじゃないか、コリーナ』

『これは守り神様を描いたものなんだろう?』

「……はい。変じゃないですか?」

『凄くいいよ』

『また楽しみが増えたな』

 そう言われてコリーナはホッと息を吐いてはにかんだ。

 エルフ達はイオルクに向き直って言う。

『装飾が完成したら、また見に来ます』

「はい。期待してください」

 エルフの男達が手を振ると持ってきた大工道具と大槌を手に持ち、各々の仕事に戻るため、その場を後にしようと踵を返した。

「あ~! ストップ!」

 イオルクがエルフの男達の背中に叫ぶと、エルフの男達が振り返る。

「梯子を貸してください! 欄干に装飾を彫るために小川の中から梯子を掛けます!」

 エルフの男達は『持ってきます!』と声を返すと、イオルクとコリーナに手を振ってまた歩き出した。

 イオルクも手を振り返しエルフの男達が見えなくなると、イオルクは腰に両手を置いてコリーナに顔を向ける。

「さて、柱の方に守り神様の下描きを描こうか」

「わたしにもお手伝いできますか?」

 イオルクは顎の下に右手を置いて考えるが、二人でするのは難しそうだと思った。コリーナには初めから彫り方を教えないといけないし、道具は一式しかない。

「今回は俺が全部やった方が良さそうだな」

「分かりました。わたしは、その木の下で見てますね」

「ああ」

 イオルクが墨壺と筆を取って橋の柱に守り神様の下描きを描き始めると、直にイオルクの耳にはスース―という音が聞こえ出した。木陰を見るとコリーナは温かい陽射しと草の匂いに誘われて眠ってしまっていた。気持ち良さそうな寝顔を見ると、起こすのが可哀そうになってくる。

「里に帰るまでも、里に帰ってからも、頑張ってたもんな。ゆっくり休んで貰おう」

 イオルクはコリーナを起こさないように、静かに下描きを描き始める。

(動物を彫るとなると、曲面なんかを彫らないといけないから下描きはシンプルで位置が分かるぐらいにしておくか)

 柱に対する狐の大きさ、耳や鼻、しっぽの位置など、設計図の絵よりも柱の下描きは簡素化されたざっくりとしたものになった。

「あとは想像力を働かせて彫るだけだけど、失敗は許されないからゆっくりと完成形を想像しながら作っていこう」

 暫く下描きと向き合って腕を組んで胡坐を掻いていると、男のエルフが梯子を持って来てくれた。

「ありがとうございます。色々と話したいんだけど、今は……」

 そう言って口元で右手の人差し指を立て、イオルクは左手で眠っているコリーナを指さした。

 コリーナに気づくと男のエルフは微笑んで頷き、梯子を静かに置くと手を振って帰っていった。

 イオルクは去っていく男のエルフにお礼の意味も込めて手を振り返す。

「さて、梯子が届いたから欄干にも下絵を入れるか」

 届いた梯子をそっと持ち、イオルクは小川の中から橋の欄干に梯子を掛けた。


 …


 一度、集中し出すと周りが見えなくなるのは、昔から変わらないイオルクの癖のようなものだ。ティーナと手合わせをしていた騎士の時も何度かユニスの元へ行くのが遅れたことがある。

 特に装飾を入れる細かい仕事となれば、集中の深さもそれなりのものになっていく。昼食も取らず水も飲まずにイオルクは作業に没頭し続けていた。いけないことにコリーナのことも忘れていた。

 午前中からの作業は午後に移り夕方へと移っていく。太陽ははゆっくりと傾き始めて夕闇が降りていた。

 デザイン通りの下絵と仮彫りの仕上がりに満足してイオルクが自分の仕事に酔い出した頃、そこで初めてイオルクは辺りの気配に気付いた。

「何か……暗くないか?」

 木の幹に寄り掛かったまま、コリーナはまだ寝息を立てている。

(お昼食べたっけ? いや、そうじゃない! 子供のコリーナには門限があるんじゃないか⁉)

「しまった! コリーナ、起きて!」

「……ん?」

 コリーナが目を擦り、キョロキョロと辺りを見回す。

「あれ? 夜になってる……」

「夢中になり過ぎて時間が過ぎるのを忘れてた! 帰らないと!」

「イオルクの作業のリズムが気持ち良くて眠り過ぎちゃった……」

 まだぼんやりとしているコリーナは眠気眼でしゃべり方もおぼつかない。

「ほら! 早く帰らないとエブルさんとレミーさんが心配するよ!」

「そうだね……」

 まだ夢現のコリーナを急かして、イオルクはリュックサックを背負い、剣を腰の横に付け、梯子を持ってからコリーナと帰路に付く。途中、コリーナを肩車して走って家路を急ぎ、梯子を借りたエルフの家に寄ってまた家路を急いだ。

 しかし、あまりに遅い帰宅にイオルクはコリーナ共々怒られた。


 …


 夕食時――。

 反省中のイオルクとコリーナは小さくなって食事をしていたが、コリーナの前に待ちに待った人物が元気な姿を現わすとコリーナが勢いよく立ち上がった。

 コリーナは長い髭を生やした男のエルフに駆け寄り、抱きついた。

「おじいちゃん!」

 コリーナの祖父は嬉しそうに孫娘を抱きかかえ、優しく背中に手を当てた。

「元気になったの? もう、大丈夫なの?」

「心配かけて、すまなかった。もう、大丈夫だ」

「声が出てる……。治ったんだわ……」

 そのままコリーナは祖父に強く抱きつく。

「コリーナが薬草を採ってきてくれたのだと聞いたよ、ありがとう。そして、恐い思いもさせたみたいだ。本当にすまない」

 コリーナは首を振る。

「いいの……。元気になってくれれば、それでいいの……」

 イオルクは『これがコリーナが望んでいた光景なんだな』と微笑むと、エブルとレミーに話し掛ける。

「コリーナは、おじいちゃん子なんですか?」

「そうです。歳の近い子供が居ないコリーナは、父の昔話が大好きなのです」

「へ~」

 イオルクは髭を生やす以外普通の男性のエルフと変わらない祖父の見た目に、コリーナが言っていた『初老』という言葉が当てはまらないと思った。もしかしたら、じっくり見れば目じりに小じわの一つでも見つかるかもしれないが、ぱっと見でいいところ二十代だ。コリーナが言っていた『初老』という言葉は子供が大人をすべて『おじさん』『おばさん』と例えるのに近いのだろう。

 そんなことを考えていたイオルクにコリーナの祖父が気が付くと頭を下げた。

「孫が、お世話になったようで」

「気にしなくていいですよ。お世話したのはコリーナだけではありませんから」

「は?」

 イオルクの言葉にコリーナ達親子は笑っている。

 代表するようにエブルが言う。

「イオルクさんに里の皆がお世話になりっぱなしなんだ」

「どういうことだ?」

 疑問符が浮かんだままの祖父にコリーナが説明した。

「イオルクは大工なんです。だから、木を切り倒して水車を直す時に余った木で村の家具造りを手伝って貰いました」

「それだけじゃなくて、里の女性はアクセサリーを作らせたという話も聞いています」

「今日は橋も造ったんですよ」

 コリーナの祖父は額を右手で押さえて言う。

「里の者は恩人になんてことをさせているんだ……」

 イオルクは笑いながら右手の人差し指を立てながら付け加える。

「ちなみに里に寄る前の村では、村ごと改装と増築をさせられました」

 その話を聞くと、コリーナの祖父は可笑しそうに笑った。

「本職は大工じゃなくて鍛冶屋なんです」

「ほう」

「まだ駆け出しの一年目で鉱石を探したり、その鉱石の錬成方法を調べたりしながら旅をしています。コリーナの話だと、おじいさんが色んな話を知っているということで、話を聞かせて貰えるのを待ってました。是非、お話を聞かせてください」

 コリーナの祖父は微笑みながら右手を差し出した。

「面白い若者だな。しかし、話を聞いてくれるのは嬉しい。儂も話をするのは楽しいからな」

「ありがとうございます」

 そう言ってイオルクはコリーナの祖父の右手を握り返して握手した。

 その後の夕食は久々にコリーナの家族全員の揃った賑やかなものになった。

 イオルクはその夕食の間、祖父に向けるコリーナの笑顔がとても印象に残った。

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