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材料編  24

 夕食後――。

 コリーナの祖父が自分の部屋で話を聞かせてくれるということになった。病み上がりで、かつ、喉に炎症が起きていた人に話をさせていいものか、と食事中に誘いを受けたイオルクは悩んでいたが、コリーナの祖父はしっかりと食べ物を飲み込むことができ、話し方もしっかりしていたので誘いを受けることにした。

 頭に“竜”が付く薬草が特効薬になるというのは嘘ではないようだ。人間の土地では当たり前のように採れる薬草も、隠れ里を離れられないエルフにとっては貴重な薬草だった。

(ノース・ドラゴンヘッドで採れる竜火草の株とドラゴンチェストで採れる竜息草の株をここで増やせれば、今後、エルフは薬草に困らないかもしれないな)

 そんなことを考えたが、土地ごとで育つ種類が違うということは土壌や気候などの育成条件に影響しているかもしれないとイオルクは思い直した。

 もし、その土地でしか育たないという特性があるのであれば、今、思いついたことを話しても薬草は育たず、エルフ達をがっかりさせるだけになる。

(根拠のない憶測でエルフ達に期待を抱かせるのは混乱を招くだけだ。黙っておこう)

 イオルクは思いついたことをエルフには話さないことにして、コリーナと一緒にコリーナの祖父の部屋へと向かうことにした。


 …


 コリーナの祖父の部屋――。

 通された部屋はリビングやコリーナの部屋と変わらない造りをしており、違う家具があるだけだ。そのコリーナの祖父の部屋にはテーブルを挟んで二脚ずつの椅子が向かい合って置いてあり、コリーナとコリーナの祖父が隣り合って座るとイオルクは対面の椅子を勧められて座った。

「改めて自己紹介をしよう。コリーナの祖父のゴブレと言います」

「俺は、イオルク・ブラドナーです」

「孫だけでなく儂の命も助けてくれて、本当にありがとう」

 ゴブレが椅子から立ち上がるとイオルクも椅子から立ち上がり、ゴブレはイオルクの右手を両手で握って感謝をした。

「完治したようで良かったです。あとでコリーナをたくさん褒めてあげてください。お叱りはエブルさんとレミーさんから受けているので、そっちはなしの方向で」

「ああ、約束しよう」

 ゴブレは笑みを浮かべて約束し、コリーナの頭を撫でて椅子に座った。

 合わせてイオルクも椅子に座り直す。

 向かい合って改めてみるコリーナの祖父のゴブレは他のエルフ達と変わらない青い目、金色の髪はやや長めで肩にかかるかからないか、そして、服装はエルフ特有の民族衣装だ。

 長い髭を生やしたり、自分を『儂』と呼ぶのは年を取らないエルフが高齢であること知らせるために形から入ったからだろうか。エルフ特有の文化かもしれないと、イオルクは口には出さず心に留めておくだけにした。

 そんなことを考えていたイオルクに、ゴブレは顎髭を撫でると呟く。

「ブラドナー……苗字があるのか。君は人間の貴族なのか?」

「はい」

 ゴブレはやや険しい顔になり、貴族と聞いたコリーナは不思議そうな目でイオルクを見た。

「人間は苗字があると貴族なのですか?」

「ああ、そういう文化だ。まあ、没落して貴族じゃなくなって苗字だけが残っているなんてパターンもあるけどね」

「そうなんですか……。わたしを助けた時に言っていた貴族というのは、てっきり相手を油断させるための嘘なのかと思ってました」

「どうして?」

「どうしてって……」

 コリーナは言い難そうにしながら口を開いた。

「……その、貴族というのはもう少し上品というか、礼儀正しいというか、もっと偉そうというか……イオルクは貴族にはとても――」

「見えない?」

 コリーナは申し訳なさそうに頷きながら答えた。

「……見えません。村人の言いなりで大工仕事をする貴族なんて聞いたことがないですから」

 イオルクとコリーナの会話を聞きながらゴブレは表情を変えていた。

 ゴブレの頭には最初高慢ちきな貴族のイメージが浮かんでおり、表情には硬さが浮かんでいた。これはエルフが人間から差別を受けていたことと、人間がエルフを攫ったという事実からだ。エルフを攫うのは荒くれた犯罪者まがいの者がほとんどだったが、その者達がエルフを捕まえてどうこうするということはなく、必ずその者達にはエルフを引き渡す先があった。それが人間の貴族だ。

 だから、エルフの中でも長生きをしているゴブレは人間の貴族という存在の残酷な一面を深く理解していて、根本の原因となる人間の貴族に良い印象を持っていなかった。

 しかし、イオルクに対してのコリーナの一言がゴブレの偏見を吹き飛ばしてしまった。『村人の言いなりになる貴族なんて聞いたことがない』というのは、そのままの意味であり、高慢という言葉は当て嵌まらない。そもそもエルフで年下のコリーナがイオルクに遠慮なく話し掛けることが出来る時点で、ゴブレの認識している人間とは大分違う存在に感じた。

(彼は……一体、どういう人間なのだろうか?)

 最初にあった不信感は疑問と興味に変わり、『里のエルフと打ち解けているイオルクという人間は何なのだろうか?』という気持ちの方が強くなっていったのである。

 最終的には思い込みから来る印象を反省し、ゴブレはイオルクに謝罪した。

「すまない。人間の貴族にはどうしても偏見があって言葉を濁してしまった」

「分かりますよ。貴族には救いようのない馬鹿がいるのは事実ですからね」

「君が言うかね?」

「言いますね。俺は馬鹿だと思ったものを馬鹿だと言うタイプですから」

 コリーナがゴブレの袖を引っ張って頷く。

「本当です。悪いことは悪いことだって、イオルクは同族の人間でもやっつけちゃいます」

「やっつける?」

 コリーナは頷き直す。

「はい、やっつけちゃいました」

「…………」

 ゴブレは驚いて口を噤んでしまったが、暫くすると声を出して笑い出した。

「コリーナ、面白い男を拾ってきたな」

「ええ、まあ……その、確かに面白い人だと思います」

 コリーナはどう言っていいか分からず、困りながらそう答えた。

(貴族なのに貴族らしくなく、たとえ同族でも悪いことからは目を背けない。人間の中にも希望はあるのかもしれないな)

 イオルクという人間をすべて理解したわけではないが、コリーナの会話で信用できる人物だとゴブレは判断した。また、自分もイオルクという人間に対して更に興味が強くなったのを感じていた。

 ゴブレは右手を返し、恩を返すためにイオルクに訊ねる。

「さて、本題に移ろうか。儂に何を聞きたいのかな?」

 イオルクは静かに頷き、普段の緩い顔よりも引き締まった顔で背筋を伸ばして口を開く。

「俺は一年前から鍛冶修行を始めて、師匠に当たる人に世界の鉱石の説明をして貰いました。鍛冶屋の中には特殊な鉱石の錬成法を奥義や秘伝の技として受け継いでいるらしくて、俺もその技術を習得するために旅をしています」

 ゴブレは右手を顎の下に持っていき、顎を撫でながら訊ねる。

「なるほどな。特殊鉱石の加工について知りたいのか。――ところで、その秘伝の錬成法というのは何を言っているのかね?」

「他の鉱石との合成術です。伝説にある武器を100%とすると30%程度の合成率で作るのが限度らしいですが」

 イオルクから返ってきた答えにゴブレは眉を顰めた。

「何故、合成するんだね?」

「俺は理由を想像することしか出来ませんが、特殊な鉱石は採掘量も少なく稀少だから足りない分を合成して補うのでは?」

 イオルクの答えにゴブレは何かを思いながら顎鬚を撫でる。

「もう一つ質問だ。稀少な鉱石とは何を言っているのかね?」

「それは……もちろん、大地の力を宿した『白剛石』、水の力を宿した『青水石』、火の力を宿した『赤火石』、風の力を宿した『緑風石』、雷の力を宿した『黄雷石』、無の金属『絶対の石』こと『オリハルコン』です」

「なるほど」

 ゴブレは会話の中からある程度を察し、一拍開けてから確かめるように訊ねる。

「合成するのに使用する他の金属とは、どんな金属なのかね?」

「多分、上質の鉄鉱石とかでは? そもそも錬成の成功率も低いから武器も出回ってなくて何とも……」

「つまり、貴重な特殊鉱石の足りない分を他の鉱石で補うわけか」

「それもあると思いますが、主材料が鉄で強化に特殊鉱石を混ぜる感じじゃないかと、俺は予想しています。特殊鉱石が混ざっている分、鉄鉱石で出来た鉄や鋼の武器よりも質のいいものが出来るはずですから」

 イオルクの予想を含んだ話を聞いたゴブレは首を振って溜息を吐いた。

「間違いだらけだ」

「へ?」

 イオルクはパチクリと目をしぱたく。

「……間違い? 俺の予想ですか?」

 ゴブレは頭に右手を当てて呆れたように呟く。

「何で、伝説の武器を造った人間が錬成方法を忘れてしまうのか……」

「!」

 その独り言のような呟きを聞いたイオルクは勢いよく立ち上がった。

「伝説の武器を造ったのは古代人ではないんですか⁉」

「その子孫が人間だろう」

「……え?」

(人間が古代人の子孫だった……?)

 イオルクはショックで固まり、暫くすると椅子に力なく腰を落とした。

 ゴブレは頭に当てていた右手の人差し指でチョコチョコと頭を掻きながら言う。

「人間である君が何も知らないとは」

 ゴブレに呆れられた目で見られたイオルクは恥ずかしくなって俯いた……が、直ぐに歯を食いしばって顔を上げた。

(今まで恥なら何度も掻いてきた! その恥をそのままにして良いことなんて、一度もなかった!)

 そういう時はどうしてきたか?

 泥を被って泥に塗れても進み、正解は何かを突き止めた。失敗は何度も繰り返したし、その度に何度もやり直した。真に恥じることは気づいた失敗を放置した先にある。

 イオルクは両手を膝の上に置き、真っすぐにゴブレを見る。

「あの、知っていることを教えて貰っていいですか? 俺、どうも馬鹿過ぎるみたいです」

 ゴブレは静すように右手の掌をイオルクにかざして言う。

「誤解をさせたようで、すまなかった。若い君を責めているわけではないのだ。君自身に問題はない。歴史をちゃんと伝えなかった人間の先祖にした態度だったんだ。君は知らないことを『何故、知らないのか?』と問われても答えられないだろう?」

 イオルクは右手の人差し指でチョコチョコと頬を掻きながら答える。

「それは……まあ、教えて貰ったことを忘れていたら非はありますけど」

「そういうことだ」

 ゴブレがテーブルの上で両手を組むと、ゆっくりとした口調で話し出す。

「儂の知っている最初から話そう。まず人間についてだ。人の世は古代人が文明を創ったと言われている。そして、古代人が文化を作る過程で伝説の武器を造り出したと言われている」

 イオルクはポカンとして口を開いた。

「……古代人が文明を創った? 大昔に国に住んでいた人ではなく? そんな話は聞いたことありません」

「話が伝承されていない君達人間の理由は分からない。ただエルフには口伝で伝わっているのだ」

「…………」

 イオルクは腕を組んで考え込む。特にゴブレの話の中に出てきた『文明を創った』というのが非常に気になった。まるで少しずつ発展したわけではなく、突然、人の世が栄え出したかのような印象を受けたからだ。

(ノース・ドラゴンヘッドでユニス様の下に居た時、隊長が国の正史が残っているのは百年ぐらいだと言っていた。よその国がどうかは分からないが、俺の国の成り立ちははっきりしていない。……俺達はいつからドラゴンヘッドに住んでいた? 一体、いつノース・ドラゴンヘッドは出来たんだ?)

 隠れ里に住み続けて口伝で歴史を伝えてきたエルフに対して、人間はどこから来たのか、歴史を辿ることが出来ない。世界各地に当たり前のように存在していた人間という存在の方が、出所不明の酷く怪しい存在のような気がしてきた。

 イオルクの雰囲気から何となくイオルクが疑問に思っていることが分かったゴブレだったが、それを考える時間はいつでもあると、考える時間を与えるのは後回しにして話を続けることにした。

 ゴブレが咳ばらいを入れると、イオルクは我に返り『すみません』と謝って続きの話に集中するため、再び両ひざに手を置いてゴブレを見た。

「ひとつの伝説の武器が出来てから古代人の文明は終わったと聞く。そこからドラゴンの大陸の各地に人間達の国ができ、他の国でも伝説の武器を造るようになったという。そしてどうやら、伝説の武器の作製を起源に人間は自分達が古代人であったことを忘れてしまったようだ。――君の反応が物語っている」

 イオルクは、その通りだろうと思った。突きつけられた歴史は知らないことだらけで、古代人と自分達の子孫関係すら分からない。人間にはゴブレの話に対して否定する記録も伝承も言い伝えも残っていないのだ。

(ここにユニス様が居れば、大喜びしてただろうな)

 歴史の話を切っ掛けに思い出した、いつも勉強に一生懸命だった少女。歴史の先生と意見を出し合い、意欲的に新しい発見をしていた。その彼女がここに居れば、人間にとって新しい発見をしたかもしれない。

 また、年の近いコリーナとユニスが知り合っていれば、二人はゴブレの話を一緒に聞いて親友になれたかもしれない。

 そう横道に考えがそれつつも、イオルクは自分の中で人間の歴史が紡がれていない理由を考える。そして、考えるとここ最近よく考えた人間の悪い特徴が思い浮かんだ。

「古代人と人間か……。もしかしたら、人間の誰かが歴史を隠したのかも?」

 イオルクの言葉を聞いたゴブレが興味深げに訊ねる。

「歴史を隠すとは……何で、そんなことを思ったのかね?」

 イオルクは軽く笑うと肩を竦めて答えた。

「自分で言うのも何だけど、人間って欲深いでしょう? もし最強の武器なんてものを造ったら、他の人間にはそれ以上の武器を造らせないように隠したのかもって結び付けたんです」

「……歴史を遡れない以上可能性の一つでしかないが、有り得ん話ではないな」

 権力者の欲による行動理念については、イオルク自身が身に染みて分かっていた。かつての見習い騎士の期間、指揮を出していた上司のドルズドは人間の醜い欲を体現したような男だった。手柄を奪い取って自分のものにし、執拗に奪い取った証拠を消していた。

 ドルズドと同じように過去の権力者が欲に駆られ、技術を広めずに他者よりも優れていることを守るために技術と一緒に歴史を隠してしまったという可能性は十分に考えられることだった。

 そもそも正史が百年しかないというのに疑問を持つ者が、ノース・ドラゴンヘッドでユニスと歴史の先生しかいなかったというのもおかしな話なのである。

(……まあ、ノース・ドラゴンヘッドは脳筋の騎士ばっかりだから繊細なことを考えられる奴が少ないのかもしれないけど)

 イオルクは人間の杜撰な歴史の管理に溜息を吐いた。

 そんなイオルクを見てゴブレは老人のツケを若い世代が払わされているように感じ、イオルクに同情の念が芽生えた。

「伝説の武器と人間の国ができた大まかな歴史や流れは、今、言った通りだ。これ以上の詳細を知りたければ国単位で管理している歴史書に目を通さないと分からないだろう」

 イオルクは深く頷く。

「はい。ゴブレさんの話は世間一般に出回っている歴史書じゃ語られていないことが多い気がしました。ただ、俺の国では国で管理している歴史書も、どこまで正しい歴史を遡れるか分かりませんね。俺は城勤めをしていたこともあるんですが、その時に仕えていたお姫様と歴史の先生がバッチンバッチン意見を出し合って歴史書を作り直している最中でした。その時点で百年前ぐらいの正史しかなかったんです。俺の居た国じゃ直ぐに調べ直すことはできないですね」

「何とも気の毒な話だな」

 イオルクは視線を斜め下に向けながら両手の人差し指を突き合わせながら恥ずかしげに言う。

「……あと、あまり言いたくないんだけど、結構、貴族の腐敗が進んでいるところもあって、そういうのを見て来た俺の感想としては歴史書の中にどれだけ嘘が紛れ込んでいるか、不安で仕方がないんですよね……」

 そう言ったイオルクに何と声を掛けていいか、ゴブレは分からなくなってしまった。

 肩を落として頭を右手で掻きながらイオルクが言う。

「……だから、エルフの里へ寄れたのは本当に運が良かった」

「どうしてかね?」

「ここに寄らなければ人間の歴史を軽んじて旅をしていたはずだからです。たぶん、これから向かう国の歴史なんて調べもしないで素通りしていました。途中の国で何もしないでノース・ドラゴンヘッドに戻ったら、伝説の武器の造り方を調べにまた伝説の武器を造った国の歴史を調べに通り過ぎた国に行って調べ直さないといけないところでした」

「そういうことが起きていたかもしれないのか……」

 イオルクはコリーナに手を合わせてお礼を言う。

「コリーナ、本当に引き留めてくれてありがとう。もう少しで大変な見落としをして旅をするところだったよ」

 コリーナは複雑そうな顔で答える。

「助けて貰ったお礼をしたくて留まってもらったつもりなんですけど、まさかこんな形でお礼を言ってもらえるとは思いませんでした」

 これは思わぬ収穫と呼ぶべきものなのか? 歴史を重要視しなかった人間の自業自得が招いた落とし穴をイオルクは辛くも回避できた。

 しかし、歴史を調べるにしても、他の国もノース・ドラゴンヘッド同様に歴史を残していない可能性がある。伝説の武器についての情報が残っているかは訪れてみないと分からない不確かなものに変わりはない。

「話の出だしで直ぐに躓いてしまったんですけど、続きをお願いしてもいいですか?」

「分かった。続けよう」

 ゴブレは一拍開けて場を落ち着かせてから話し出す。

「さて、人間の歴史についてはここまでとして、次は君の目的の鉱石について話そう。先ほど君が言っていた金属を混ぜ合わせて錬成させるという技術は、伝説の武器を造る錬成としては使いものにならない技術なのだ」

「鍛冶屋達が秘伝としている方法が間違っているんですか?」

 ゴブレが頷く。

「鉄に特殊鉱石を混ぜて鉄以上の武器を造るのではなく、特殊鉱石は純度100%で使って武器を造るのが正しいのだ」

「つまり、何も混ぜ合わせてはいけない?」

「その通り。儂は精度を落としてまで合金にする意味はないと思う」

「……確かに何も混ぜなければ特殊鉱石は100%の力を宿すはずですからね」

 ゴブレが再び頷く。

「だが、伝説の武器は合金で造られている……と言ったら、どう思うかね?」

「……え?」

 イオルクは片眉を歪める。

(鉄と特殊鉱石を混ぜると特殊鉱石の純度が落ちるから混ぜてはいけない。だから、純度100%の特殊鉱石を使う。だけど、伝説の武器は合金でできている???)

 まるで問答のような話だ。

 何かとんちでも働かせて謎でも説くのだろうか? と、イオルクは頭を捻るも何も思いつかない。グルグルと堂々巡りに陥ってしまう。

「……色々と考えてみたんですが、話が噛み合わないんですが……。混ぜると純度が落ちてしまうんですよね?」

 予想通りに疑問形で食いついてきたイオルクに笑みを見せ、ゴブレは頷く。

「ここからが、君達人間には伝承が途切れて秘法と呼ばれているものになる」

 右手の人差し指を立てて勿体ぶるようにゴブレは続ける。

「さっき、君があげた『白剛石』『青水石』『赤火石』『緑風石』『黄雷石』は混ぜ合わせることが可能だ」

 イオルクは疑問を強くする。矛盾を繰り返し言っているようにしか聞こえない。

「ただし、失敗せずに混ぜ合わせるには『オリハルコン』が必要だ。オリハルコンによって特殊鉱石は伝説の武器となる強度を得る」

 イオルクは目を見開いた。属性を持たないオリハルコンが、何故、他の鉱石と同じ扱いをされているのか、話が繋がった気がした。

「そういうことか……。混ぜ合わすものが間違っていたから人間には未熟な合金しか造れなかったんだ。オリハルコンが必要だったから……。でも――」

 と、イオルクは一回言葉を区切った。

「――オリハルコンは、人間の世界では幻の金属とも言われている。オリハルコンの鉱脈は発掘されていない。伝説の武器にオリハルコンが使われているから存在しないということはないはずなんだけど……」

 そうイオルクが言葉を小さくすると、ゴブレは笑いながら右手を返した。

「オリハルコンなら直ぐ側にあるよ」

「……え?」

(直ぐ側? この近くにあるのか?)

 イオルクは言葉の意味を探るべく、ゴブレに聞き返す。

「それは……この里に鉱脈があるということですか?」

 ゴブレは首を振る。

「いや、この世界に溢れていると言っているんだよ」

「う、嘘でしょう?」

 イオルクには信じられなかった。特殊金属と呼ばれている鉱石の採掘量は極端に少なく、貴重がゆえに市場に特殊鉱石の武器は出回らない。オリハルコンは存在自体が疑われているのに世界中に溢れているとは、どういうことなのか?

 しかし、エルフという種族が嘘を伝え続けているとも思えなかった。エルフは人間よりも誠実な生き方をしており、人間が忘れてしまった歴史も口伝で伝えている種族だ。そのエルフが恩を返すためにイオルクに嘘の内容を教えるとは思えない。

「そんなに驚くことじゃない。例えばだが、鉄鉱石から鉄を造る過程で不純物を破棄するだろう?」

「ええ。溶鉱炉で溶かすと上澄みに残っていたり、鍛造であるなら熱して叩いた時に火花と一緒に外に押し出されます」

「オリハルコンは、その不純物の中に入っているんだよ」

「……へ? 不純物の方に⁉」

「鉄だけじゃない全ての鉱物にオリハルコンは含まれている」

「そんな馬鹿な……」

「ただし――」

 ゴブレの語気が強くなる。

「――不純物の中の更にその数%の中だ。手探りでは、まず探せない」

「な⁉」

 イオルクは身を乗り出して聞く。

「そ、それってつまり、拳ぐらいの鉄鉱石の中から砂粒一つを見つけるみたいな感じですか⁉」

「そうなるな」

 イオルクは見つからない理由を知り、体から力が抜けていく気がした。破棄すべきものの中に求めるものがあり、更にそれに含まれる含有率が極端に低いのだ。

「気付かないはずだ……。捨てるべき不純物の方に入っていたなんて……」

「ここに来て良かったな。オリハルコンを集めるには大変な時間が掛かる」

「集めるとかそんなのより、見つけられないですよ。そんな小さいもの……」

 ぐったりテーブルに突っ伏してしまったイオルクを見て、ゴブレは笑いながら続ける。

「オリハルコンは集中すれば見つけられるよ」

「……集中? 集中して砂粒みたいなオリハルコンを探すということですか?」

 ゴブレは首を振る。

「オリハルコンは人の意思に反応する性質を持っている。自らの意思を生み出すために集中するんだ」

「……金属が人の意思に反応するんですか?」

 にわかに信じられない話だったが、ゴブレは迷うことなく頷いた。

「伝説の武器には人の意思で力を発揮する仕組みがあり、それはオリハルコンが人の意思に反応するという特性を利用した結果なのだ」

「オリハルコンの特性を利用……? ということは、オリハルコンは特殊鉱石の武器の強度を上げるだけじゃなくて、伝説の武器に必要な機能の役割も担っているということなんですか?」

「その通りだ」

 イオルクはガシガシと右手で頭を掻く。

「……知らないことだらけで頭が爆発しそうだ」

 頭の中を整理できないイオルクを見て、少し考える時間と冷静になる時間を与えようとゴブレはコリーナに視線を送る。

「この話はコリーナにも話したね?」

「はい。……でも、難しくて全部覚えられませんでした」

 ゴブレは笑ってコリーナの頭を撫でる。

「しっかり覚えておくれ。今度はコリーナから子供達に伝えないといけないのだから。エルフはこうやって大事なことを伝えていくんだ」

「はい」

 コリーナは頷き、イオルクと一緒にゴブレの話を覚えようと小さく拳を握って気合いを入れた。

 ゴブレがもう少しエルフの口伝についてコリーナに話そうとした時、イオルクからゴブレに声が掛かった。

「すみません。オリハルコンの見つけ方を教えて貰っていいですか?」

「おや? もう、話しても大丈夫なのかい? 色々と思うところもあるだろうに」

 冷静になって頭の中を整理するには、もう少し時間が掛かるだろうと思っていた。実際、イオルクの顔にはありありと困惑が浮かんでいる。

 イオルクは右手を頭に当てて言う。

「それはそうなんですが、一回一回驚いて整理するよりも、話を全部聞いて話を繋げてから整理した方が理解できるような気がしたんです。聞く話聞く話が全部人間の知らないことばかりでゴブレさんの話の腰をたんびたんびに折ってしまう」

「そういうことか。儂は一向にかまわないが、本当にいいのだね?」

「はい」

 イオルクの熱意と気配りに動かされ、ゴブレは話の続きをすることにした。

「分かった、続けよう。鉄鉱石は持っているかい?」

「はい。取ってきます」

 イオルクは椅子から立ち上がるとゴブレの部屋を出て貸し与えられている部屋へと走った。部屋に入ると脇に置かれたリュックサックを漁って鉄鉱石を取り出す。

「手の中に納まる、これぐらいの大きさのものでいいか」

 鉄鉱石を右手に握って貸し与えられた部屋を出ると、イオルクは急いでゴブレの部屋に戻ってゴブレに鉄鉱石を手渡した。

「ありがとう。それではオリハルコンの見つけ方について話そう。さっき、何故、集中力が必要か言ったね?」

「オリハルコンは意思に反応するからと」

 イオルクは答えながら椅子に座った。

 ゴブレは頷き、鉄鉱石を両手の中で転がしながら言う。

「オリハルコンは特性のある鉱石ほど見つけ易い。何故なら、『その鉱石の特性を発揮しろ』と集中すればオリハルコンを通して意志が反映されて鉱石の能力を発揮するからだ。例えば、赤火石。集中すれば一点が熱を宿し赤くなるはずだ」

 イオルクが頷くと、ゴブレは鉄鉱石を右手に持って前に突き出す。

「では、鉄鉱石からはどのようにしてオリハルコンを見つけ出す?」

 ゴブレが握る鉄鉱石を見詰めながらイオルクは考え、顎の下に右手を当てて答える。

「パッと思いつくのは磁力……かな? 磁石に鉄がくっ付く特性」

 ゴブレが頷く。

「いい着眼点だ。オリハルコンを通して磁力を発生させれば、鉄鉱石の何処かに鉄が吸い付くはずだ」

「じゃあ、早速この鉄鉱石で試させてください」

「構わないが、またただし……がある」

 ゴブレから鉄鉱石を渡して貰おうと両手を出したイオルクがそのまま止まり、視線だけゴブレへと向く。

「この鉄鉱石の不純物の中にオリハルコンが必ず含まれているとは限らない、ということだ」

「……その可能性があるのか」

「しかし、やらねばどうにもならん。どうするかね?」

「もちろん、やります! リュックサックの中にはまだ何個か鉄鉱石があるので、見つかるまで何度でも!」

「分かった。試してみたまえ」

 ゴブレはコリーナを見る時のように孫を見る目でイオルクに微笑み、鉄鉱石をテーブルの上に置いた。その時、鉄鉱石から小さな欠片が鉄鉱石から剥がれて転がった。

 鉄鉱石の欠片を指さしてイオルクが言う。

「丁度、この欠片が鉄鉱石にくっ付くかの判断に使えますね」

 イオルクは鉄鉱石の小さな欠片をテーブルの真ん中に置き、鉄鉱石を右手で握って目を閉じた。

「オリハルコンに電気を通すようにイメージするのだ」

 言われた通りイオルクはイメージを作ることに集中する。小さな小さな何かに電気が通り、それに作用するように鉄鉱石の周りに磁力が生まれることを想像する。

 イオルクの集中によりピンとした空気が張り詰めると、頃合いだろうとゴブレがイオルクの握る鉄鉱石に鉄鉱石の欠片をあちこちに当て始めた。そして、何回目かの試みで鉄鉱石の欠片がピクリと反応した。

 ゴブレが反応の強く出た箇所に鉄鉱石の欠片を近づけると、鉄鉱石の欠片は一点に吸い付いた。

「どうやら、ここの下にオリハルコンがあるようだ。集中を解いてみなさい」

 イオルクが集中を解いてゆっくりと目を開けると、欠片が鉄鉱石から離れて落ちた。

「運が良かったな。この鉄鉱石にはオリハルコンが含まれているようだ」

 ゴブレは反応のあった付近を右手の人差し指で示す。

 その指し示された位置を見ながらイオルクが難しい顔で訊ねる。

「そこにオリハルコンがあるらしいということは分かったんですけど、どうやってオリハルコンを取り出すんですか? 里には鍛冶場はないって聞いてますけど?」

「簡単だ。握っていた鉄鉱石をテーブルに置きなさい」

「はい……」

 言われるままイオルクが握っていた時と同じ向きで鉄鉱石をテーブルに置くのを確認すると、ゴブレが右手の人差し指を立てた。人差し指の直ぐ上で小さな炎が揺れると、大きさはそのままに炎が圧縮されて球状になっていく。

「炎の魔法を呪文もなしに圧縮した……! 高等魔法を無詠唱で……⁉」

 驚くイオルクをよそにゴブレはオリハルコンが含まれているであろう鉄鉱石へ炎の球体を近づける。高温の火球は鉄鉱石を時間を掛けて少しずつ溶かし始め、更に溶けた鉄が流れて落ちないように炎の球体をゴブレは操る。

 そして、溶け出した鉄鉱石の中で溶けない欠片が姿を現わした。

 ゴブレは魔法を止めた姿勢で欠片を指差す。

「オリハルコンだ」

 イオルクは初めて目にするオリハルコンの欠片を食い入るように見詰め続ける。

「本当に砂粒ぐらいしかない……。これがオリハルコン……。見た目は鉄と変わらないのに溶けない金属……」

 ゴブレは魔法を使い指から水を滴らせると熱された鉄鉱石が音を立て蒸気を上げた。暫く水を滴らせて蒸発しなくなってから鉄鉱石が指で触れるほど温度が下がると、ゴブレはオリハルコンを右手の人差し指と親指で摘まんで鉄鉱石の隣りに置いた。

「こんな感じでオリハルコンを見つけて取り出すのだ」

 イオルクは早速オリハルコンを手に取ってみたが、砂粒ほどの大きさしかないオリハルコンはただの金属の粒にしか見えず、今一、オリハルコンを手に取ったという実感が湧かない。

 それでもこの金属の粒は意思の力を鉄鉱石に作用させて磁力を生み出させ、鉄が溶けるほどの高温でも溶けない融点の高さを見せつけた。

「武器が造れるまでの量が集まるまで何年掛かるんだろう……」

「魔法を覚えておいた方がいいぞ。圧縮魔法を覚えれば、いつでも取り出せる」

 そう言われてイオルクは苦い顔になった。

「俺、魔法を使えないんですよね……」

「それは人間だからということかね? だとしたら、努力をする前から諦めるのは感心せんな」

 イオルクはガシガシと右手で頭を掻く。

「努力で何とかなればいいんですけど、まるっきり魔法が使えないんですよ」

 そう聞いたゴブレは笑い出した。

「はっはっはっ……そんな馬鹿な。人間だからって、そんなことはないさ」

 しかし、イオルクにふざけた様子はなく必死に説明を続ける。

「冗談ではなく、俺の家系の男子は誰一人魔法を使えないんです」

「家系? そんなことがあるのかな?」

 ゴブレは側にある小物入れの引き出しの中から二、三枚の何かの紙を取り出すと、上紙を剥がして指をつけて見せた。すると、その紙は一瞬で白から黒に染まった。

「魔力の強さを表わす紙だ。魔力の強さや通りがいいほど早く紙の色が変わる。儂らエルフは魔法のエキスパートでな。結果はごらんの通りだ。君もやってみなさい」

「はあ……。たぶん、無駄だと思うけど」

 言われるままイオルクは同じ様に上紙を剥がして右手の親指を紙に押し付けた。

 しかしというかやはりというか、紙は何も変わらないままだった。

「馬鹿な⁉ 魔力が全く体に流れていないというのか⁉ こんな人間が居るのか⁉」

 ゴブレの驚きようにイオルクはチョコチョコと右の頬を掻く。

「やっぱり、おかしいことなんですか?」

「たとえ人間でも、誰しもが少なからず魔法を使う才能を持っているはずなのだ」

 イオルクが溜め息交じりに言う。

「でも、ごらんの通りです」

 ゴブレは難しい顔をしながらイオルクの使用した紙が不良品だったのではないか、と疑いを持つ。

「コリーナ、イオルクの使った紙に指をつけてみてくれないか?」

「いいですよ」

 コリーナはゴブレに言われた通り紙に右手の人差し指をつけると、紙はじわりと黒く色を変えていった。

「不良品というわけでもないのか……」

 イオルクは自分の体質について語り出す。

「俺には魔法の才能が本当にないみたいなんです。その代わりというか、相手の睡眠の魔法とか幻を見せる魔法とかには一切掛からないんです。たぶん、魔力が身体に流れてないから魔法が頭の方に届かなくて効かないんだと思います」

「……あ!」

 コリーナが声をあげた。

「おじいちゃん! そういえば、イオルクはこの里に来る時、霧に入っても方向感覚を失ないませんでした!」

「里の霧が効かなかっただと? あれは外から魔法を随時掛けられているようなものだから、防ぎようが――」

 そこでゴブレは改めてイオルクを見た。

「――本当に魔法が使えないのか」

「ええ。そもそも魔法が使えれば、うちの家系の人間は武器の扱いだけでなく魔法の扱いにも手を出していたと思います。……好奇心旺盛なんで」

 その最後の言葉に反応してコリーナが言う。

「何となく分かります。イオルクの性格からして魔法が使えたら使わないなんてありえない気がします」

「ははは……何か、あまり嬉しくない評価だな」

 イオルクが苦笑いを浮かべながらゴブレにもう一度肩を竦めて見せる。

「そういうことです」

「本当に変わった人間だ……。とりあえず、君はオリハルコンを周りの不純物ごと集めてから、逐一、火炉で探し出すしかないな」

「はい。そうやって集めようと思います」

 イオルクもゴブレもコリーナも驚いたり笑ったりと話し疲れたため、ここで一息休憩を入れることにした。


 …


 休憩中にエルフ産のお茶をいただき、人間の土地のお茶よりも甘みと香りの強さを感じながらイオルクはオリハルコンを見ていた。オリハルコンを見ることでゴブレの話が鮮明に思い出されるようだった。

 それを利用してイオルクはゴブレの話を頭の中で反芻して整理していく。そして、暫くして話の内容の整理が終わるとイオルクはゴブレに質問した。

「さっきのオリハルコンの取り出しを見ていて気になったんですけど、オリハルコンって溶けるんですよね?」

「溶けないと合金になんか使えんだろう」

「でも、魔法を使った時、鉄鉱石は溶けたのにオリハルコンはそのままだったから……。あれだけの高温で形が変わりすらしない金属なんて聞いたことがない」

 イオルクの話を聞いて、当然の疑問だとゴブレは思う。金属として加工が出来なければ、そこいらに転がっている石と同じ価値しかない。扱えて初めて材料として認めて貰えるのだ。

「ここから先は試したことがなくて完全な口伝なので、曖昧なことも含まれていることを承知で聞いて欲しい」

「はい。構いませんが、試したことがないんですか?」

「正確には試せない……だがね。知っての通り、オリハルコンを除く特殊金属は採掘量が少ない希少金属だ。儂らも簡単に試すことが出来ない。それにエルフはここを出ることができないから、実質手に入れることが出来ないと言った方がいいかもしれない」

「そういうことですか」

 イオルクは納得した。

「だから、言い伝えだけを教えようと思う。このオリハルコンを溶かす方法と加工する方法を伝えれば、君に儂の知っていることをすべて伝えたことになる」

「はい。よろしくお願いします」

 ゴブレは頷くとテーブルの上で両手を組み、ゆっくりとした口調で話し出した。

「言い伝えは、こうだ。オリハルコンを錬成するには緑風石の火炉に赤火石を燃料として使う。そして、着火に黄雷石を使用し、オリハルコンを錬成する。白剛石の入れ槌でオリハルコンを叩き、青水石で清めた水で焼入れをする。仕上げの砥石はオリハルコンと白剛石の合金で出来たものを使い、水は青水石で清めた水を使う」

 語られた内容は、あまりにも短いものだった。鍛冶場がないエルフからすれば見たこともない道具や技術であるため、何の補足もなくシンプルな状態で話が伝えられたということなのだろう。

「特殊鉱石を武器として使わずに鍛冶道具として使う……? オリハルコンを鍛えるには、普通の鍛冶道具じゃ駄目なのか」

「そういうことだろう。金属の加工に魔法を用いるエルフには分からないことが多い」

(確かにエルフ達では試せない……。この伝承について検討できるのは鍛冶場を使う人間だけだ)

 イオルクは腕を組んで考えながら疑問を口にする。

「砥石に合金を使うという話だけど、オリハルコンの錬成中に白剛石を混ぜ合わせて作っておくということになるのかな?」

「恐らく。この口伝はエルフに伝わるものの中でも特に正しいか分からないないものだからな」

 イオルクは眉根を寄せて難しい顔で溢す。

「そこも気になるんですよね」

「うん?」

 ゴブレが首を傾げた。

「鍛冶場のないエルフの里に、何で伝承が残っていたんだろう? 大昔、エルフは人間と一緒に同じ土地に住んでいたんですか?」

「いいや、我々はここから離れたことはないよ。ただ――」

「ただ?」

 ゴブレは一拍空けて言った。

「――この話は世界中の者が知ることが出来たという話だ。あまりに古い話だから口伝にも綻びが出ているため、その時に何が起きたのか、どのような方法が使われたかは分からないが、エルフを含め、すべての人々が知ることが出来たということだ」

「すべての人々が? ……不思議な話ですね」

 イオルクはポカンとした顔で言った。

「ああ、儂も子供のころに話を聞いた時、同じような気持ちになったものだ」

 予想していた特殊金属の錬成方法とは、かなり違う話だった。伝説の武器の作製にはオリハルコンを錬成することが前提であり、特殊鉱石は鍛冶道具を造るための材料でもあった。つまり、材料集めは鍛冶道具分と作製する武器の分が最低限必要となる。

 何より、エルフの口伝だけでは鍛冶道具の全体像と肝心の特殊金属を使った武器の作成方法の詳細が見えてこない。どうしても伝説の武器を造った人間の記録が必要になってくる。

 イオルクは溜息を吐く。

「これはしんどいな……。伝説の武器の作製方法を調べるのもそうだけど、肝心の鉱石を集めるのも大変そうだ。世界中にある鉱石を現地で調達するのも一苦労だし、鉱石を背負っての旅なんて出来ないからな」

「だから、伝説の武器にもなるのだろう」

 心底参った顔になっているイオルクにコリーナは心配そうに話し掛ける。

「イオルク……諦めた方がいいのでは?」

「…………」

 イオルクは押し黙り、内心では『無理なのではないか?』という気持ちが顔を覗かせていた。

(確かに大変な困難が立ちふさがっている。……でも、諦めそうになっても諦めずに続けた経験が俺にはある。意地であったり、義務感であったり、強制であったりもした。そういう時、俺という人間は無理を理由に諦めたか? 諦めることができたのか? ……俺が諦める?)

 最後に自問した瞬間、答えが直ぐ胸に浮かんだ。

(絶対に諦めない。やらないと決めても時間が経てば必ず手を出す人間だ、俺は。――だったら、悩む時間は無駄だ!)

 イオルクはコリーナを真っすぐに見て、気持ちを決めたように答える。

「いや、やるよ」

「本当に?」

「ああ、現段階で諦めるという選択肢はない」

 イオルクはコリーナに笑って見せ、自分を指差す。

「それに俺はまだ十七だからな。世界中を見て回ってから諦めてもいいはずだ」

「世界中って……ドラゴンの大陸を、鉱石を集めながら全部回るつもりですか?」

 イオルクは頷く。

「もともと世界中を回るつもりだったんだ。回る途中でやることが増えたと思えばいいだけだよ。それだけのことだ」

 イオルクの話を聞いて、ゴブレは自然と頬が緩んだ。

「若さとは羨ましいな。後悔を恐れずに踏み出していけるのだから」

 イオルクはニッと笑う。

「ゴブレさんも、まだまだ若いじゃないですか。エルフには絶対に似合わないセリフですよ」

「はは……確かに。その通りだな」

 ゴブレは若者の声を聞き、未来に頼もしさを感じた。

 イオルクは腰の皮袋からメモと鉛筆を取り出し、忘れる前にゴブレの語った内容をメモに書き始めた。

 それを見たエブルは静かな声で言った。

「イオルク。覚えたら、そのメモは捨てるようにな」

「どうしてですか?」

「君以外の人間には教えたくないのだよ」

 人間の世界では失われ、エルフのみが伝えられた技術と真実。戦うことを好まないエルフは争いに繋がる技術を人間に教えたくないのが本音だろう。それでも教えてくれたのは恩があったからであり、信頼してくれたからに他ならない。

 ゴブレの気持ちをイオルクは理解した。

 イオルクはメモを書き終えると、数分の間、エルフの里にいたことを忘れないように、心に刻み付けるように、書き取ったメモを見続けた。

 頭の中で繰り返し暗唱し、メモの内容をしっかりと記憶するとイオルクはメモをゴブレに渡した。

「燃やしてください」

 ゴブレは頷いてから渡されたメモを魔法で燃やした。

「意図を汲んでくれて、ありがとう」

 イオルクはゴブレに深く頭を下げる。

「俺こそ貴重なお話を、ありがとうございました。話してくれた内容は、今後の鍛冶修行に活かしてみせます」

「ああ、君の未来の手助けになることを祈っているよ」

 イオルクは最後にゴブレの手を取り、もう一度感謝の念を伝えた。


 …


 深夜、イオルクの部屋――。

 長い一日が終わり、イオルクはベッドの上で天井を見詰めながらゴブレの話を思い出していた。

(ゴブレさんの話は本当だろうな……)

 エルフの口伝に嘘はないという確信があった。

 しかし、説明のつかないことも感じていた。

(鍛冶道具を作る時の話……。普通に考えれば鉱石である緑風石で火炉なんて造れない。火炉が鉱石で出来ていたら溶けてしまう。緑風石の特性から考えれば風を送るとか酸素を提供し続けるとか、鞴(ふいご)のような使い方になるはずだ。それに鉱石である赤火石を燃料に使うというのも謎だ。どういう使い方をすれば鉱石を燃料として使用できるんだ? 石炭や木炭とは違うわけだし、ノース・ドラゴンヘッドで見た隊長の赤火石のレイピアはちゃんとした金属だった。……材料を集めるだけじゃない。世界を回って鉱石と伝説の武器の錬成方法解き明かさないと伝説の武器は造れない)

 世界を回りながら調べないといけないものが、また一つ増えた。

(まず当時の鍛冶場の設計図をどうしても手に入れなければならない……。集める鉱石がどれだけ必要か分からないと、いざ目の前にしても確保する量すら判断できない)

 一度、伝説の武器を造った王都を訪れる必要があるとイオルクは思う。それも早期に調べなければ旅の目的を果たせなくなる重要なものだ。

 そうなると、自然とドラゴンウィングで寄らなければいけない目的地が決まってくる。

 ぼんやりとエルフの隠れ里を旅立つことを考えながら、イオルクは徐々に眠りに落ちていった。

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