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材料編  25

 翌日、コリーナ達との朝食時――。

 イオルクは、昨夜、ゴブレの話を聞いたことで決意したことをコリーナ達へ告げる。

「俺、数日中に旅立とうと思います」

 突然の言葉に皆が沈黙する中、直ぐにコリーナが声をあげた。

「どうしてですか⁉ もっと、ゆっくりしていけばいいのに!」

「もう、十分にお世話になったよ。ゆっくり休ませて貰ったし、エルフの料理も堪能した。ゴブレさんからは貴重なお話もして貰ったしね」

 そうイオルクは理由を言ったが、レミーもコリーナと同様の気持ちだったため、引き留めるようにコリーナに続く。

「そんなことはないでしょう? こちらに来てから何の持て成しも出来ず、逆に色々とご迷惑を掛けてばかりです」

「好きでやったことですよ」

「しかし――」

 ゴブレがお茶を啜り、レミーの言葉を遮った。

 そのお茶を啜る音が合図のようにレミーは言葉を止め、コリーナも口を閉じた。

「人間は我々よりも寿命が短い。成すことをするために、ゆっくりはしていられないんだ。もう、イオルクは世界中を回らないといけないのだろう」

 ゴブレが気を利かして、イオルクの本音とエルフと人間では時間の流れが平等ではないことを伝えてくれた。特に時間の流れに関してはエルフと人間で認識に大きな乖離があり、エルフにとっては短い時間に感じても、人間にとってはとてつもない時間の場合もある。今回、イオルクが滞在した期間が数日だとしても、ゴブレは一日の使い方に違いがあることを理解していたのである。

 イオルクは落ち着いた声で話す。

「ここは本当に居心地が良くて、いつまでも居たい場所です。争いはないし、穏やかな時間が流れていて、いい人ばかりで……。だけど、ゴブレさんが言った通り、目的を果たすために旅立たないといけません」

 コリーナが右手を胸の前で握って訊ねる。

「……これを最後に会えなくなってしまうんですか?」

 イオルクは二度と会えないだろうと思った。時間の感覚の違いもあるが、何より人間がエルフと共存するには人間側に問題が多すぎる。エルフに対する差別が根付き、武器を手放せない状態では人間をエルフに会わすことはできない。

 しかし、コリーナとはそれを理由にした別れをしたくないため、イオルクは時間の関係で会えないと説明することにした。

「そうなる可能性が高いだろうな。俺が鍛冶屋として技術を磨いて目的の武器を造り終えた頃、俺の寿命は尽きているかもしれない」

「そんな……」

「それだけエルフと人間の生には違いがあるんだ。でも――」

 そう区切り、イオルクはコリーナに微笑みかけた。

「――いつか(人間とエルフが手を取りあえた時)俺の子孫がコリーナを訪ねに来るかもしれない。その時は俺にしてくれたみたいに優しくしてくれると嬉しいな」

「……うん」

 イオルクは椅子から立ち上がると、コリーナの頭を優しく撫でた。

「今日から橋の仕上げだ。コリーナと一緒に最後の思い出を作りたい。俺とコリーナは、最高の友達だったっていう証のためにね」

 そう言われるとコリーナは俯きがちだった顔を上げて、『はい』と言って頷く。

「それならば、儂らも行こう。イオルクとの思い出を作りたいのは、皆、同じはずだ」

 ゴブレの言葉にエブルとレミーが頷く。

「コリーナだけではなく、私達も友人として覚えておいて欲しいですから」

「ええ、いい思い出を作りましょう」

「ありがとう」

 イオルクはコリーナ家族の想いを噛みしめる様にお礼を言った。

 こうして朝食のあと、イオルクとコリーナ達家族は揃って小川に架かる橋へと向かうことになった。


 …


 橋を仕上げるために用意したのは刷毛とペンキに梯子だ。これらは装飾の色付けに使用する。

 イオルクは大工道具の入ったリュックサックを背負って梯子を持ち、コリーナ家族は刷毛とペンキを両手に持って話しながら歩いた。小川に向かいながら話すうちに、イオルクとコリーナ家族の役割分担は決まっていく。本彫りをする守り神様の狐と欄干の霧の雲の彫りをイオルクが担当し、その後の鑢掛けと色塗りはコリーナ達家族が受け持つ。

 進捗によってはゴブレかエブルが欄干の霧の雲の本彫りをして貰う予定だが、そんなことにはならないだろうと、イオルクは予想していた。守り神の狐を彫るのは時間が掛かるが、色塗りは橋の柱を社風に作ったため、はみ出しなどに気を付けながら塗るのに時間が掛かるからだ。また、狐自身には目鼻や口、耳も描かなければならない。掘り込みによりある程度はなぞるだけでいいとはいえ、神経をすり減らす作業だ。

(コリーナと一緒にやるとなると、もっと時間が掛かるかもしれない)

 子供に教えながらの共同作業を計算に入れて予測した時間では欄干の霧の雲を彫り終えても、まだイオルクの作業の方が早く終わって時間に余裕がある予想だ。

(ここでの物作りは色々と忙しなかったけど、最後はゆっくりと作業ができそうだ)

 そうこうしながらイオルク達がそろそろ橋が見えるところまで差し掛かると、何やらざわざわと声が聞こえ始めた。コリーナ達と顔を見合わせて足を進めると、既に橋の周りには小さな人だかりが出来ていた。

 運んできた刷毛とペンキ、梯子を地面に置き、イオルクはついでにリュックサックも下ろした。そして、人だかりまで近づくと代表してエブルが声を掛けた。

「おはよう、皆」

 エブルの声にエルフ達が振り返る。

『エブルさん! 元気になったんだ!』

「ああ、イオルクとコリーナが届けてくれた薬草のお陰だ」

『本当に良かった』

 エルフの女性がコリーナの視線に合わせてかがみ、話し掛ける。

『コリーナのお陰ね! レミーさんの薬もしっかり効いて!』

「ありがとうございます。わたしもお母さんみたいに薬を作れるようになりたいです」

『きっと、なれるわよ』

 エルフ達はゴブレの回復を喜び、エブルやレミーにはどんな薬を作ったのかを訊ねていた。

 そして、ちょっとしたコリーナ家族への質問会が終わると、エブルがここに集まっている理由を聞いた。

「ところで、皆はどうしてここに居たんだね? 今の時間なら畑にいる時間だろう?」

『その畑へ行くところで見たんですよ! 橋が出来ているのを! エブルさんも見てみてください!』

 エルフ達に押されるように前に出たエブルは橋を見て一言漏らした。

「素晴らしい……」

 エルフの腕を知っているからこそ、橋ができたことにゴブレは驚いた。小さめの橋ではあるが、社風の柱には狐の守り神が彫られ、欄干には霧の雲が彫られている。仮彫りのため、薄っすらとしか全体像は見えないが、それだけでも完成した時の出来が想像できた。

 ゴブレがイオルクに振り返る。

「君が造ったのかね?」

「構造自体は簡単なものです。橋の装飾はコリーナの案を取り入れました」

「だから、守り神の白い狐が彫られているのか」

 ゴブレが橋に目をやると橋の近くにいたエルフ達も橋に目をやり、各々橋の感想を述べる。

『綺麗な橋ね』

『まるで守り神様が里を見守っているようだ』

『欄干に入ってる霧の模様も素敵ね』

 エルフ達は、それぞれに褒めてくれている。イオルクは感想を聞きながらデザインから欄干を外さず、社風の柱を作ったのは正解だと思った。

 ペンキと刷毛を手に取ってイオルクはコリーナに見せる。

「あとは本彫りで彫り込みを入れて色を塗るだけだ。俺が守り神様の本彫りを入れるまでにゴブレさん達に塗り方を教わるといい」

 イオルクから刷毛とペンキを受け取りながらコリーナは頷くと、イオルクに話し掛ける。

「ねぇ、イオルク」

「ん?」

「この橋、わたし達家族だけでなく、里のみんなで一塗りずつして完成させたいです」

「みんなで?」

 コリーナは頷いた。

 短い滞在期間の中、コリーナはイオルクがエルフ達と良好な関係を作っていったのを間近で見ていた。イオルクには自分たち家族のことを覚えて欲しいが、里のエルフみんなのことも覚えていて欲しかった。そして、里のみんなにもイオルクのことを覚えていて欲しかった。

 イオルクは橋を見る。橋自体は大きくないが、一塗りずつぐらいなら里のエルフ全員に回るだろうと思った。また、この柱に彫られるのが里の守り神の白い狐であるなら、里のエルフ達が何らかの形で関わる方がご利益がありそうな気がした。

 イオルクはコリーナに向かって右手の親指を立てる。

「いい考えだね!」

 コリーナは嬉しそうに微笑み返す。

「じゃあ、皆でやろうか」

「はい」

 イオルクは橋を見ているエルフ達に声を掛けて橋の装飾を共同作業で行うことを提案する。

 エルフ達は直ぐに賛成し、他のエルフ達を呼びに数人のエルフが里の集落へと走った。

 橋の側では共同作業をする前準備としてゴブレ、エブル、レミーが持ってきたペンキと刷毛を並べて置き、誰でも取れるようにする。予備に持ってきた刷毛も活躍しそうた。ただ、手が増えていっぺんに塗れるところが増えるので、今度は本彫りが終わっていないところでペンキを塗る手が止まりそうだ。

 イオルクはリュックサックから大きさの違う鑿を取り出して、すべて並べる。

「これだけの人数が色をいっぺんに塗るとなると、俺の作業だけじゃ追いつかない。俺は狐の守り神様を彫るので、比較的簡単な欄干の霧の雲の本彫りを手伝ってください。下絵と仮彫りまで済んでいます。あと、金槌は俺の分しかないので、木槌でもいいので自前のものがある人は用意してください」

『わかった。私が手伝おう。他の者より家具作りはマシな方だからな』

『極端に下手というわけではないけど、手伝ってもいいかい?』

「はい、助かります。焦らなくていいので自信がない場合は力を抜いて少しずつ彫ってみてください。最後に鑢掛けをするので、少しぐらいの失敗なら鑢でやすってしまえば分かりません」

『なるほど。それなら手伝わせて貰うよ』

「よろしくお願いします」

 その後、何人かは橋の欄干の霧の雲を彫ってくれることになった。並べてあった鑿もなくなり、本彫りをする人数は上限に達し、本彫りを手伝って貰う人達には里のエルフが全員集まる前に、早速、作業を始めてもらう。

 イオルクは残ったペンキを塗るエルフ達に話し掛ける。

「細かいことが苦手な人は橋の欄干の側面の霧の部分をお願いします。手先が器用な人は守り神の白い狐を塗ってください。これからどんどんやってくると思うので、あとの人への説明もよろしく!」

 そう指示を出し、イオルクは社風の柱の白い狐の本彫りを始めることにした。自分用に残していた鑿と金槌、彫刻刀を用意し、直ぐに鑿と金槌で本彫りを始める。

 イオルクの周りには昨日手伝いをしてくれた大工技術に興味のあるエルフ達が集まっており、イオルクは、そのエルフ達に鑿と金槌の使い方を説明しながら仕事を進めた。

 エルフ達の質問には丁寧に答え、一体目の狐が彫りあがる頃、イオルクの説明で自信のついたエルフの何人かは欄干の側面を本彫りするために動き出した。自信なさげに本彫りをしているエルフと代わり、教わったことを実践する。

 また、材木同士の継ぎ目を消すための鑢掛けもエルフ達は積極的に手伝ってくれた。

「人手が過剰投入されてるから、恐ろしい早さで橋が仕上がっていく……」

 欄干の本彫り、継ぎ目の鑢掛けなど、すべてイオルク一人で時間を掛けてやるつもりだった。それらを受け持ってもらえたのでイオルクの負担は大分減り、腰を据えて守り神の狐に注力できる。

 何より、皆で協力してやるということが、とても楽しかった。

(コリーナの言った通り、皆でやって良かった。とてもいい思い出になる)

 本来なら出会えない人達と同じ時間を過ごせ、同じ時間を過ごした証である橋をエルフの里に残せること。将来、この出会いが人間とエルフを繋ぐ何らかの切っ掛けになることをイオルクは願う。

 橋の装飾づくりはどんどんと進み、イオルクと数人のエルフで白い狐と霧の掘り込みが終わるごとに里のエルフ達が入れ替わって一塗りし、その度に橋の周りにはエルフが増えていった。


 …


 お昼少し前――。

 数日掛かると思われていた作業はエルフ達の協力により、イオルクと里のエルフ達みんなが最後の一塗りを見届けられるところまで進んだ。

 色の塗られていない箇所は欄干の霧の雲のちょうど真ん中。男のエルフの一人が小川に掛かった梯子を上り、ペンキの付いた刷毛でゆっくりと一塗りする。守り神の白い狐、里を守るという霧の雲が橋に描かれると、ワッ! と歓声と拍手があがった。

『本当に里の守り神様の社が出来たみたいだ!』

『この橋の柱は、そういう風に作ったみたいだね』

『大事にしないと!』

『交通の便も良くなったしな!』

 その歓声の輪の中で一人の女のエルフが声を大にして言う。

『橋が出来たお祝いに宴を開こうよ! お昼は久しぶりに皆で外で食べましょう!』

『それはいいわね!』

『じゃあ、橋の見えるここで!』

『各家で得意料理を持ち寄りましょう!』

『蔵のお酒も少し開けないとな!』

 エルフ達は、それぞれが宴の用意を始めるために動き出した。女達は料理を用意しに向かい、男達は里の蔵へと向かう。

 残ったエルフ達がイオルクの腕を取って話し掛ける。

『イオルクさん! 是非、参加していってください!』

『そうですよ! 一番の功労者なんですから!』

 コリーナ以外のエルフから両腕を掴まれて誘われるのは初めてだった。エルフが人間全体を嫌悪しているのは知っている。それでもイオルクを受け入れてくれたことに、イオルクは胸の一点が熱くなるのを感じた。

 引っ張られる腕の強さを嬉しく思いながら、イオルクは力強く頷く。

「分かりました、参加します! 宴は大好きです!」

 イオルクの返事を聞くと、エルフ達は可笑しそうに笑った。


 …


 太陽が真上にあがる昼――。

 それぞれの家が持ち寄った得意料理は立食風に振る舞われ、大人のエルフ達はお酒を交わし、橋の完成を喜ぶ。

 その中で未成年のイオルクとコリーナは果物のジュースを口に運ぶ。

「エルフにも未成年っていう概念はあるんだな」

「エルフみんなが、お酒を飲むと思いましたか?」

「大人と子供って何が違うんだっけ? 俺の目からは何人かは未成年がお酒を飲んでるようにしか見えないよ」

 そう言ったイオルクのことをコリーナはクスクスと笑う。

「エルフは人間ほど大人と子供で見た目が変わりませんからね」

「そう思うだろう? だって、砂漠の前の町のマスターなんか、あの見た目であの人達より若いんだからね」

 コリーナでも比較しやすいように出会った人物でイオルクは例え、その例えた人物を思い出しながらコリーナは頷く。

「イオルク以外の人間を見たことがない里の人達には、今、イオルクが不思議に思っていることが分からないでしょうね」

「確かに」

 イオルクは立食形式の料理の一つであるジャガイモとたっぷりの野菜の入ったポトフの入った皿と果物のジュースをテーブルの上で取り換えて手に取り、ジャガイモをスプーンですくいあげて口に運び、ホフホフと熱そうに咀嚼してからゴクンと飲み込んで言う。

「エルフの料理は美味しいね。コリーナの家とはまた違った味で食が進むよ」

「その家ごとの得意料理が並ぶので美味しいと思いますよ。――宴が開かれるのも久しぶりです」

「そうなんだ。皆が宴を開いてくれるほど、橋を喜んでくれて良かったよ」

「あの橋は、とっても綺麗ですから」

 コリーナは一口サイズに切られたトマトとチーズのスライスが乗ったパンをテーブルの上の皿から取って食べたあと、一口果物のジュースを飲んでから会話を続ける。

「わたしが寝てる間に、イオルクは随分と橋の装飾を進めていたんですね?」

 イオルクはポトフの入った皿の中身を一気に口の中に掻っ込み、立食形式の料理が並ぶテーブルの上に皿を置いて言う。

「夢中になって仮彫りまで終わらせちゃったんだ。どっちかというと、予想外? 予定外? だったのは本彫りと色塗りの方だな」

「わたし達だけでやるつもりでしたからね」

 イオルクは頷く。

「本当は、もっと時間が掛かると思っていたんだ。今日の夜までか、明日の午前中を目標に本彫りをして、今日、コリーナ達が色塗りを手伝ってくれても、最低二、三日は掛かると思ってた。組み立ては力業で何とかなっても、装飾は力を入れたからといって丁寧に仕上がらないから、日数が掛かるのは分かっていたからね。だけど、午前中で終わってしまった」

「みんなで作業をしたから早かったんですね」

「そうだね」

 イオルクは橋の方へ顔を向ける。

「あの橋は俺とコリーナが設計して造り始めて、皆で最後に装飾を入れて仕上げた。特別な想いが込められたと思うよ」

「ええ、とても素敵です」

「ありがとう」

 そうお礼を言ったイオルクだったが、直ぐに顔が曇った。

「……でも俺、本職は鍛冶屋なんだよなぁ。何でエルフの里まで来て大工仕事をしてるんだろう? 里に鍛冶場があれば見せ場も変わったのに……」

 そう肩を落として呟いたイオルクに、コリーナは微笑みながら言う。

「武器なんて怖い物を造るより、みんなのためになる家具を造る方が素敵だと思いますよ」

「えぇ……。武器造りも魅力はあるのに……。剣を使ってコリーナを助けた俺もカッコよかっただろう?」

「ふふ……自分で言うの?」

「うん」

 コリーナは可笑しそうに笑い続け、素直な気持ちでイオルクに助けられた感想を述べる。

「ええ、あの時のイオルク……カッコよかったです。物語に出てくる正義の味方というのは、こういう人のようなことを言うのではないか、と思いました」

 イオルクはチョコチョコと右手の人差し指で頬を掻いて言う。

「そこまで褒めてくれなくてもいいよ……。怖いと思う力も、きっと使い方が大事なんだ。人を傷つけるために使うんじゃなくて、人の役に立つ使い方、人を守る使い方をしていれば怖いというイメージが武器につくことはないんだ」

「イオルクなら間違った使い方はしませんね」

「うん、いつも心掛けてる」

 そこで会話は暫く止まった。二人は新しく出来た橋とそれを祝うエルフ達を見続ける。橋はペンキが乾いた明日から使われるだろう。イオルクとエルフ達で造った橋は当たり前のように里に残り、当たり前のように使われ、やがて里の一部へと溶け込んでいくのだ。

 コリーナは“橋だけが残ること”を強く思い、知らず知らず両手を胸の前で組んでいた。

(……橋を造り終えたイオルクは役目を終えて里から居なくなってしまう……)

 そう感じたコリーナは確かめるようにイオルクへ話し掛ける。

「……この宴が終わったら行ってしまうんですよね?」

「うん」

「…………」

 コリーナは寂さを顔に浮かべ、イオルクが里を出ることを否定してくれないか、と目でイオルクに訴えていた。

 しかし、イオルクはコリーナの表情から察して気持ちを受けても里に留まることを口にできなかった。それは人間とエルフの住む世界が違うからでもあり、イオルクには成さなければならないことがあったからだ。

 イオルクは肯定できない代わりに、自分なりの出会いと別れについて語り出す。

「俺さ、時々思うんだ。この世に出会いだけあればいいのにって。でも、そんなのは無理だ」

「はい……」

「そして、次に世界がもっと小さければいいのにって思う。別れても直ぐに会いに行けるから。でも、それも無理だ」

「そうですね……」

「だけど、長い間会っていないで再会した時は、どうだろう? それって楽しいと思わないか?」

「……楽しい? ええ。久々の再会は、きっと、懐かしさを含みつつ楽しいと思います」

 イオルクは頷く。

「たった一日や二日だったら分からないけど、長い間離れてると楽しみが蓄積されるからなんだと思う」

「……そうかもしれないですね。だから、別れ際に『またね』って言うのかも……」

「コリーナ、いいこと言った!」

 イオルクに褒められ、思わず笑みを溢したコリーナは別れが寂しいことだけではないのだと思い直す。

「そっか……。お別れするのは悲しいことだけじゃないんですね」

「そうそう。今朝、俺が寿命で死ぬかもって言ったけど、逆に元気なうちに子供を連れて現われる可能性もあるかもしれない」

 コリーナがパチクリと目をしぱたく。

「イオルクが子供を……? もし、本当にそんな日が訪れるなら、その時に会うのが楽しみですね」

「だろう?」

 コリーナは未来を想像しながら言う。

「もしかしたら、わたしの子供をイオルクが見ることになる可能性もありますね」

「それもあるな。その時、コリーナは、どのくらい大きくなっているんだろう?」

 コリーナは頷きながら、未来に微笑みかけながら言う。

「きっと、お母さんみたいになっています」

「楽しみだ」

「そうですね。未来には楽しみなことが一杯あるんですね」

 イオルクはコリーナの笑みに安堵しながら、山中の村で別れたケニーにも同じことを言ってあげたかったと、少し前の別れを思い出した。

 それと同時に再び里に訪れる理由を聞かれなかったことにも安堵した。里を訪れる理由は用意していなかった。

(正当な理由があれば言ってあげたいけど、人間の俺が再び里を訪れる理由なんてないからな)

 頭では分かっている。それでもイオルクは人間とエルフが手を取り合う未来が訪れることを願わずにはいられなかった。


 …


 コリーナの家、貸し与えられた部屋――。

 宴が終わり、イオルクは旅立つ用意をしていた。皮の鎧を身に着け、剣を左の腰の脇に装備し、リュックサックを背負う。そして、腰の後ろにはダガーとロングダガーを備え付け、リュックサックを背負っても抜き差しできることを確認する。

(ほんの数日なのに随分とお世話になった気がする)

 ほとんど寝るためだけに使っていた貸し与えられた部屋だったが、濃密な日々を過ごしたせいか、どこか愛着がわいていた。

(そういえば、コリーナの家に来た時、素人の手作り感に疑問を持ったんだったな)

 それを思い出すと懐かしさもわいてくるから不思議だ。

「…………」

 しかし、いつまでも物思いにふけって部屋を出ないわけにはいかない。短い間お世話になった部屋を後にして、イオルクは玄関へ向かう廊下を進む。

 その途中でイオルクはばったりとエブルと鉢合わせ、声を掛けられた。

「準備は出来たのかい?」

「はい。元々旅立つための荷物ですから用意は楽なんです」

 ゴブレとイオルクの会話が廊下に響くと、リビングから姿を見せたレミーがイオルクに畳んだ服を手渡した。

「忘れ物ですよ」

 イオルクは左手で受け取った畳まれた服を見ながらチョコチョコと右手の人差し指で右の頬を掻く。

「……洗濯なんてお願いしていないはずなんですが」

「はい。でも、部屋の掃除はしていましたので、目に付いたんで洗っておきました」

「…………」

 イオルクは恥ずかしそうに俯いて絞り出すような声で言った。

「……実家でも母さんに同じことをやられました。……家族だと叱られるだけで済んだんですけど、家族以外の人にやられるのは……何と言っていいか……」

 レミーはクスクスと笑いながら注意を入れる。

「ちゃんと洗濯物は毎日しないといけませんよ」

「気を付けます……」

 そう言って畳まれた服を両手で持ち上げてお供えするような格好でレミーに頭を垂れたイオルクを見て、ゴブレは笑っていた。

 イオルクは妙な格好での感謝の意を伝え終わると、直ぐにリュックサックを背中から下ろして洗濯物を詰め直す。

 そのイオルクの前に小さな両手で握られた小箱が突き出された。

「これも忘れずに持っていってください」

「コリーナ」

「イオルクのお陰で、みんなが助かりました。本当に……ありがとう……一生忘れない」

 コリーナは途中で涙を瞳に溜めて声を途切れさせそうになったが、何とか言い切った。

 コリーナの両手を小箱の上から包むように握り、イオルクはコリーナが小箱から手を放すまで待つ。

「ありがとう。俺も一生忘れないよ」

 コリーナは数十秒の間、小箱を握り続けていた。しかし、やがて心に整理がつくと小箱から手を放してコリーナはイオルクに小箱を手渡した。

 別れを惜しむコリーナの右肩に優しくエブルが左手を添え、娘を自分の方に抱き寄せながら小箱について付け加える。

「小箱に薬草を補充しておきました。……と言っても、ここの里で採れる薬草だけになりますが、何かあったら使ってください」

「ありがとうございます。小箱の空きは、これから世界中を回って補充しますね」

「え? 世界中……?」

「そう、薬草を全種類集めます」

「……その、小箱に収まり切りますかね?」

「冗談ですよ」

「そ、そうですよね」

 イオルクの冗談に、皆、可笑しそうに笑う。イオルクもこの里での最後のひと笑いを共有し、最後の荷物になる小箱をリュックサックに詰めると背負い直した。

 そして、旅立つイオルクを見送るため、コリーナ達家族は霧が立ち込み始める里の入り口まで一緒に来てくれた。

 ゴブレは旅立つイオルクの両手を強く握り締め、感謝の言葉を最後にもう一度送る。

「君のお陰で、息子達とも孫とも生きていける。本当にありがとう」

「俺こそ、貴重なお話をありがとうございました。元気になって良かったです」

 ゴブレが手を離すと、イオルクは腰を折ってゴブレ達に深く頭を下げる。

「お世話になりました。皆さん、お元気で」

 顔を上げるとイオルクは手を振りながら、霧の中へと足を踏み入れて行った。

 コリーナが小さく声をあげる。

「あ……」

 イオルクが霧の中に入ると、もうイオルクの姿は見えなくなってしまった。本当にあっという間の別れだった。

 それはイオルクも同じで霧に入った瞬間にコリーナ達が見えなくなった。その霧の中に覆われた道とも呼べない山道を下りながらイオルクは思う。

(霧の中に隠されたエルフの里は、本当にお伽話の中に存在するようだった)

と。


 …


 日が落ち始める夕暮れ時――。

 山から下りてきたところを人間に見られていないことを確認しながら街道に出ると、イオルクは途端に現実へ戻ったような感覚がした。人が歩いて出来た道があるのも人間の土地ならではだ(エルフの隠れ里へ続く山には形跡を残さないため、道は存在しなかった)。

 イオルクは振り返り、霧に覆われた山を眺める。

(さっきまであそこにいたんだよな……)

 あるべき場所へ戻っただけなのに、ふわふわとした妙な気持ちがした。

「深呼吸でもして落ち着くか。……ス~……ハ~ァァァ……」

 大きく深呼吸をして幾分か地に足が付いた感じがすると、イオルクは街道へ向き直りゆっくりとした歩調でドラゴンウィングを南下する街道を歩き出した。そして、歩きながら街道の景色を見ていると、徐々に人間の世界へ戻ったのだという実感が湧き、それに合わせて自然と歩く速さもいつもの旅をする速さへと戻っていった。

(体は旅の仕方を思い出したな。でも――)

 イオルクは嘆息する。

(――頭の中には二度と会えないコリーナの声が響いている)

 思い返してみれば、ノース・ドラゴンヘッドを出て初めて一緒に旅をしたのがエルフのコリーナだった。そのせいか、コリーナに対しては強い印象が残っている。

 そして、コリーナを思い出すと次々とエルフ達との思い出も蘇り始めた。

(人間の住む場所で口には出せないけど、頭の中だけならいいよな)

 イオルクは二度と会えないエルフ達との思い出と供に次の町へと歩き続けた。

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