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材料編  26

 ドラゴンウィング北部から南に向けて――。

 エルフの隠れ里を後にしたイオルクは、この大陸でしか入手できない緑風石を求めて旅を続けていた。そして、街道を歩きながら、ここ暫く落ち着いて考えられなかった自分の目的について考え直していた。

 鍛冶屋の師であるトーマスからこの世界に存在する特殊鉱石について聞き、エルフの里で特殊鉱石の錬成方法を知った。エルフのゴブレから聞いた話では、このドラゴンウィングで手に入る緑風石は武器造りの材料としての役割だけではなく、オリハルコンを錬成する鍛冶場で使う火炉の材料にもなるということだった。また、緑風石だけでなく他の特殊鉱石もそれぞれがオリハルコンの錬成に必要な鍛冶道具の役割を持っていることを教えて貰った。

 この新しく知った情報により、イオルクの旅の優先順位は変わりつつあった。それはエルフの口伝により錬成方法の特別性が分かり、かつ、口伝だけでは正確に伝わらない鍛冶道具の内容があることが分かったからである。

 当初の予定は鍛冶技術を高めながらそれなりの量の特殊鉱石をただ集めるだけだったが、エルフの口伝で伝えきれない鍛冶道具に関しては、実際に伝説の武器を造った人間の記録を調べてエルフの口伝と突き合わせて確認するしかない。


『オリハルコンを錬成するには緑風石の火炉に赤火石を燃料として使う。そして、着火に黄雷石を使用し、オリハルコンを錬成する。白剛石の入れ槌でオリハルコンを叩き、青水石で清めた水で焼入れをする。仕上げの砥石はオリハルコンと白剛石の合金で出来たものを使い、水は青水石で清めた水を使う』


 このように折角、教えて貰ったエルフのゴブレの口伝だったが、そのまま実行しようとすると、どうしても実行できないところや疑問が浮かぶ箇所がある。


 ・緑風石の火炉…特殊鉱石の融点が高いとはいえ、金属を火炉には使えない。オリハルコンを溶かす過程で火炉が溶けてしまう。

 ・赤火石を燃料として使う…鉱石を燃料として使うことはできない。ティーナの持つ赤火石のレイピアは赤火石が溶けた金属だった。

 ・着火に黄雷石を使う…黄雷石を火打石のように使うのだろうか。それなら着火は何でもいいはずだ。まさか伝承の体裁を気にして無理やり特殊鉱石で説明を統一したいがために黄雷石を伝承に組み込んだということはないだろう。

 ・オリハルコンと白剛石の合金の砥石を使う…古今東西、合金を砥石代わりに使うというのは聞いたことがない。砥石で研ぐ際に出てくる砥粒が砥ぐ対象の金属よりも硬い必要があるというのは聞いたことがあるが、特殊金属の硬度の上をいく砥石がないため合金を代用するということなのだろうか?


 このようにエルフの口伝には鍛冶屋の常識が通らないものが含まれており、この疑問点を解消するためには人間の国にある当時の記録が必要になってくる。その記録は伝説の武器を造った国にしか存在せず、候補に挙がるのはドラゴンウィング、ドラゴンテイル、ドラゴンレッグ、ドラゴンアームになる。人間の残した特殊鉱石の錬成方法を知るためにも鍛冶道具を造るのに必要な特殊鉱石の量を知るためにも、是が非でもドラゴンウィングで当時の記録を手に入れておきたい。

 故にドラゴンウィングを南下する途中で王都を経由するのは必須であり確定事項になる。

(でも、王都に辿り着いて記録を手に入れるよりも先に緑風石を手に入れる機会があるかもしれないんだよな。その時は必要な量が分からないから火炉の大きさを想像して適当な量を手に入れるか、王都で当時の記録を手に入れてから緑風石を取りに戻るしかない)

 こればかりは出たとこ勝負になっても仕方がないとイオルクは思う。現状、運任せにする以外の方法が思いつかない。

「まあ、予定通りに当時の記録が手に入って特殊鉱石を手に入れられたとしても、扱う俺の腕が鈍らじゃ、どうしようもない。こっちも、どうにかしないとな」

 イオルクは右肩に左手を当てがって右肩を回した。

 いつか造る伝説の武器に相当する武器。そのために鍛冶道具や材料が必要なのは確かだが、それらを扱うに値する腕がなければ話にならない。今のイオルクには知識と経験が圧倒的に足りていないのだ。基礎を教わって、まだ一年にも満たない腕では所持しているロングダガー、ダガー、鋼の剣と同等のものは造れず、いいところそれらの錆を落とすぐらいの整備しかできない(折角の名品を打ち直して失敗でもすれば取り返しがつかない)。いずれは自分の武器の整備をできるようになりたいが、まだ手を出すには早過ぎる。

「兎に角、旅の最中に鍛冶屋全般の技術を上げないと話にならない。駆け出しの技術しかない俺には、どんな鍛冶屋の技術も身につけなければならない大切なものだ。貪欲に吸収しないと」

 これからは飛び込みで雇って貰うようにお願いすることも積極的にしていかなければならない。少しでも入れ槌を振るう機会を掴み、己の技術をもっともっと向上させるのだ。

「それに……雇って貰った鍛冶屋でオリハルコンを集めないといけないしな」

 そう漏らしたイオルクは自分で言った『雇って貰った』≒『雇って貰えたら』という前提を改めて認識して右手で頭をガシガシと掻いた。

 飛び込みでの弟子入り。しかも、短期の日雇いに近い条件で雇って貰うのが難しいのはドラゴンチェストで分かっていた。弟子入りはほとんどが拒否されて断わられており、断られる度にトーマスが善意でイオルクを弟子にしてくれたのだと痛感したものだ。

 しかし、雇って貰うのが難しいと分かっていたとしても、荷物運びでも雑用でも何でもして訪れた先の鍛冶屋で雇って貰わなければならない。なぜなら、日々の鍛冶修練で使用した金属の不純物からオリハルコンを収集できるのは砂粒ほどの僅かな量で、それだけでは集まる量があまりに少ないからだ。

 そうなると目を付けるのは普段から鍛冶屋がゴミとして廃棄する不純物だ。そこからオリハルコンを取り出すのが手っ取り早く集めやすい。雑用という名目でゴミを漁り、使用後の火炉の火を落とすまでの間、廃棄物の中から材料として使用できる金属を抽出しつつ不純物からオリハルコンを手に入れるのだ。この方法なら雇った鍛冶屋からすれば廃棄するゴミの処分整理ができて抽出した金属の再利用分材料費が浮くことになり、イオルクが進んでやっても断る理由はない。

「纏めると、鍛冶修行をするために訪れた町で飛び込みで鍛冶屋に雇って貰いながら腕を磨いて、廃棄する不純物からオリハルコンを抽出しながらドラゴンウィングの王都を目指すってことになるのかな?」

 もう一度、イオルクはガシガシと右手で頭を掻く。

「……一所に腰を落ち着かせられない以上、これぐらいが限界だよな。具体的なゴールが想像できなくて不安しか浮かばないけど、やれることをやるしかない」

 イオルクは街道の真ん中で立ち止まるとリュックサックを地面に置く。そして、上の方にしまってあった地図を取り出して広げ、ドラゴンウィングを蛇行して町や村を回って王都へ辿り着くルートを確認しようと現在位置に右手の人差し指を載せる。

「え~と……どれどれ」

 真っすぐ王都を目指す距離を指でなぞったあと、蛇行したコースを指でなぞり直してイオルクは『うっ』と声を漏らした。蛇行したコースを指でなぞった感覚は真っすぐ王都を目指した距離の三倍はありそうだった。

「そりゃそうだよ……。国中に町や村があるんだから……。どこかに鍛冶屋だけを記した地図なんて売ってないかな?」

 そんなものがあるはずはなかった。おそらくイオルクと同じ目的で旅をする人間は世界中に存在しない。精々が立ち寄った町や村で近くに鍛冶屋があるかを住人に確認することぐらいが関の山だろう。今後、イオルクの持っている地図に書き記される手書きの情報が鍛冶屋の所在を記した世界で初めての地図になるのだ。

「この手書きのコメントが入った地図も旅の最後には思い出ぐらいにはなるのかな?」

 イオルクは溜息を吐くと、とりあえず地図を見ながら王都への分かれ道へぶつかる前に行先を決めることが出来たのは良かったと思うことにした。そして、次の目的地を決めたところで地図を仕舞ってリュックサックを背負い直す。

「さて、気を取り直していこう」

 前途多難ではあるが、待ち受ける困難は将来のためには避けられない価値のある試練。今の苦労は、きっと何十年後かに素晴らしい見返りとなって自分に返ってくるはずだ。

 そう信じてイオルクは街道を力強く歩み出した。

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