エルフの隠れ里から一人旅を続けて半年近く――。
あと三ヶ月もすればノース・ドラゴンヘッドを出て二年近く経つ頃。イオルクはドラゴンウィング大陸のちょうど真ん中にある王都のハンター営業所に辿り着いていた。
ここまで旅をしてきたドラゴンウィングの特徴は『普通』という言葉がしっくりくる……という印象だった。ドラゴンヘッドは北に騎士の国、南に魔法使いの国があり、ドラゴンチェストは商業が中心にあった。それに比べてドラゴンウィングには尖った特徴がないのである。強いてあげるなら広大な土地や多くの鉱山があるので、他の国よりも資源が豊富にあるというぐらいだろうか。そして、その豊富にある資源により国が潤っているためドラゴンウィングはドラゴンレッグからの脅威に対してハンターを傭兵として雇うほかにノース・ドラゴンヘッドの騎士やサウス・ドラゴンヘッドの魔法使いを雇って対応していた。
この他の国より危機感が薄い対応のせいで、ドラゴンウィングは『普通』という印象が強いのである。
…
そのドラゴンウィングの王都のハンター営業所のカウンター席でイオルクは突っ伏しながら項垂れていた。
「あ~思うようにいかない……。本当に、この国から世界を救った伝説の武器の使い手が出たのかな?」
争いに積極的ではない国柄のせいか、ついつい言葉が漏れ出てしまう。また、このような言葉が出てくるのは思い通りに進まない八つ当たりも僅かながら含まれていた。
八つ当たりの理由……それはドラゴンウィングが騎士の国ノース・ドラゴンヘッドと違い、訪れた町や村にある鍛冶屋の軒数が圧倒的に少なかったためだ。
ドラゴンウィング北部から南下しながらトーマス以上の武器を造る鍛冶屋にも何軒か弟子入りすることができ、鍛冶の腕は以前より上がった。これは確かだ。しかし、それは携わることができただけで常に携わることができていたというわけではない。順風満帆とは程遠いもので望んだ通りに鍛冶修行は進んでいなかった。
突っ伏しながら、その苦労が最初に思い浮かんだのは何軒も訪ねた鍛冶屋への最初の挨拶だった。
~ イオルクの回想 ~
「すみません、雇って貰えませんか?」
というイオルクの問い掛けに対して返って来た答えを多い順に並べると次のようになる。
回答パターン1:
『長期は無理? じゃあ、他を当たってくれ』
回答パターン2:
『雇えるほど儲かってないから、別の店を当たってくれ』
回答パターン3:
『雑用しか仕事はないよ。え? それでもいい? 力仕事でもやってくれる? じゃあ、雇おうかな』
回答パターン4:
『いきなり雇ってくれと言われてもな……。賃金は満額出せないけど、それでも良ければ』
回答パターン5:
『ああ、構わないよ。火炉が余ってるから遊ばせておくのも勿体ないし』
回答パターン6(例外):
『年齢的に限界でね。そろそろ店を畳もうと思うんだ。その間でよければ雇うよ』
と、ほとんどが断られる方向で、まともに雇って貰える方が少なかった。
~ 回想終了 ~
また、雇って貰う以外に思い通りに進まなかったのが、修行したい鍛冶の作製方法の巡り合わせだった。ドラゴンウィングの主な鍛冶屋の作製方法は鋳型と鍛造のどちらが主流かと言えば鋳型での作製方法であり、イオルクが望んでいた鍛造での作製方法ではなかった。
このように作製方法が偏っているのは鋳型の武器の需要の方が高かったのが理由だ。治安の悪い土地では護身用に武器を持つことも多いが、ハンターのように戦うことが専門職でもない限りは普段使いの武器を消耗品として扱う傾向が強く、鋳型で造られた武器で済ますことがほとんどだ。そして、武器の需要の高い、戦うことが専門職のハンターといえどもピンからキリまでおり、鍛造の品質の良いものを買えるほど稼げる者はランクC以上になる。つまり、鍛造の武器を造る鍛冶屋の分布はランクCのハンターの拠点に合わせて傾向が出てくるとも言える。
例えば、ドラゴンレッグが攻め込んでくる海の近くの町や村、盗賊の多く出る街道がある大きな町や複数の中継地点が重なる町などにはランクCのハンターが集まりやすく、鍛造の武器を造る鍛冶屋が店を構えることが多い(もちろん、こういう鍛冶屋には下位のハンターのための鋳型の武器も置いてある)。
逆にドラゴンレッグからの侵攻がほとんどない、海から遠い小さな町や村、盗賊にとって襲う価値のない大きな町への街道がない町や村では旅人でも買える量産品の鋳型のみの鍛冶屋が多くなる。ランクCのハンターが常駐しない町や村はほぼ100%鋳型の鍛冶が店を出し、イオルクの師であるトーマスのように大きな町へ売りに行くために造り溜めをしている鍛冶屋を除けば鍛造の武器を造ることはほとんどない。そればかりか町や村の規模によっては鍛冶屋すらないところもあった。
これらの情報はドラゴンウィングの王都に辿り着くまでに訪れた町や村の傾向から最近になって導き出された結果だ。
(……こんな情報、今まで調べた奴いるのかな? ノース・ドラゴンヘッドの騎士達は自前の武器を持ってるし、ハンターは拠点にしている町があるから世界中の鍛冶屋に何が売ってるかなんて情報は要らないし、俺も鍛冶屋をやらなきゃノース・ドラゴンヘッドの鍛冶屋で済ませてた話だ。旅で鍛冶屋へ寄る目的の奴しか知らない情報だよな)
このドラゴンウィングの鍛冶屋の分布している傾向は他のほとんどの国にも該当するのではないかと、イオルクは思った(ちなみにほとんどとしたのは騎士の国であるノース・ドラゴンヘッドは常に武器の需要が高いため、国中に鍛冶屋が多く存在する例外だからである)。
…
このように鋳型と鍛造の武器を扱う武器屋に傾向が生まれたことにより、イオルクがありつけたドラゴンウィングでの鍛冶仕事は自然と鋳型での仕事が増えることになった。鍛冶技術は鋳型の作製に偏って向上し、金属を錬成する時に使う石灰など色んなものを混ぜて型に流す知識と経験ばかりが増えていった。
(まあ、鋳型の新しい情報は悪いものばかりじゃなかったけどな)
そう思いながら思い出される新しい鋳型の情報。それは石灰以外に黄土を用いる鍛冶屋に出会ったことが切っ掛けだった。黄土は石灰と同じように不純物を減らす効果があることが分かり、かつ、石灰と違って錬成時に混ぜ合わせると金属に粘りが出ることが分かった。石灰と黄土では減らす不純物の種類が違うのか、微妙に錬成する金属に及ぼす効果が違うようなのである。
これは思わぬ僥倖でイオルクは最終的にノース・ドラゴンヘッドで腰を落ち着かせて鍛冶をする際には、ノース・ドラゴンヘッド産の鉄鉱石と相性のよい石灰と黄土の割合や量を研究するつもりだ。上手くいけば硬さとしなやかさを兼ね備えた鉄を錬成できるかもしれない。
ここまで思い返して悪いことばかりではなかったと、イオルクは頷きながら穏やかな表情をしていた。しかし、全体を通して考えた時、イオルクは眉間に皺を寄せて苦悶の表情を浮かべた。
(確かに鋳型の“鉄”の錬成については新しい知識が増えたし、経験も増えたから良かったんだけど、結局、特殊鉱石を使用した錬成をする鍛冶屋はいなかったんだよな)
そう、残念なことに一番知りたかった特殊鉱石の錬成に関わる情報は入ってこなかったのである。伝説の武器を造るには特殊鉱石を使った鍛冶道具が必要であり、オリハルコンはそれらの鍛冶道具が揃ってから錬成するので特殊鉱石の鍛冶道具は『普通の火炉』を使用して造られたはずなのだ。しかし、普通の火炉を使用した特殊鉱石の錬成をしている鍛冶屋は王都に着くまでに一軒もなかった。
イオルクは特殊鉱石の錬成作業を一度も見られずに半年に及ぶ旅が終わってしまったことに運のなさを感じていた。
また、特殊鉱石の錬成以外にも見ることが出来なかったものが、もう一つあった。それは鉄を使った特別な錬成方法をしている鍛冶屋である。イオルクは特殊鉱石の錬成にもう一工夫できないかと考えており、一般に出回っている鉱石で特別な錬成方法をしている鍛冶屋がないかを期待していたのだ。しかし、残念なことにこちらも道中で訪れた鍛冶屋では一般的な錬成しか行われておらず、特殊鉱石の新たな錬成のヒントになるような情報は得られなかった。
(やっぱり鉄を材料に錬成をする以上、どこに行ってもそんな大きな違いはないんだよな。溶鉱炉と燃料は鉄が溶けるだけの火力が出ればいいんだし、あのドロドロに溶けた金属から不純物を取り除くのが石灰石や黄土なわけで、現状、それで造られる武器以上の品質の錬成が必要にならない限り新しい錬成方法を考えようとは誰も思わないよな)
イオルクは仕方がないと分かりつつも、特殊鉱石の錬成にはもう少し出来ることがあるのではないかと思えてしまう。
――そもそもの話だが鍛冶屋として駆け出しにもかかわらず、何故、イオルクが一工夫を入れようなどと考えるに至ったのか?
それにはちゃんとした理由がある。
それはエルフのゴブレから指摘された特殊鉱石だけでの武器造りを聞いたことに起因している。特殊鉱石だけでの武器造りを考えた時、ゴブレは特殊鉱石の純度が高いほど特殊鉱石の力を引き出せると言っていった。この言葉を突き詰めると、鋳型で使用する石灰や黄土などを用いず不純物を減らして特殊鉱石のみを取り出す錬成方法があれば、そちらの方がより純度の高い特殊金属を取り出せるということになる。何故なら、いくら石灰や黄土が不純物を減らすとはいえ特殊金属として使用する鉱石と同じ鉱石ではない以上、錬成時に僅かにでも石灰や黄土が残ってしまえば不純物になってしまうからだ。
故に、どうにかして何も混ぜずに純度を上げる技術を身につけられないかと、イオルクは考えたのである。
(素人考えだけど、何百年も錬成技術の進歩がないままっていうのはあり得ない気がするんだよな。今だに色んなものを混ぜて錬成している時点で金属の錬成は完成してないって言ってるようなものだし。……混ぜる以外にも何かをしている鍛冶屋がいそうなもんなんだけど)
この世界の錬成は、かつてモンスターが存在していた時に完成したということなのだろうか? それともモンスターがいなくなったため、今は技術進化が停滞しているということなのだろうか?
純粋な金属を錬成する新しい技術を習得するには継続して訪れた先の鍛冶屋で特別な錬成方法を見つけるか、もしくは自分自身で新しい純粋な金属の取り出し方を発見するしかなかった。
(……投げやりになって諦めるのは、まだ早いよな。世界中を旅し終わったわけじゃないんだから)
「ふう……」
特殊鉱石の錬成について振り返り終わって、イオルクは一息入れた。
…
次に鍛造での鍛冶修行風景を思い出す。すると、イオルクは直ぐに溜息を吐いた。
「はあ……」
思い出されたのは立ち寄った町や村で新しい知識を取り入れることができず、ほとんどが野宿での鍛冶修行になってしまったことだった。自分一人で形状や鋭さを求めて入れ槌を叩く日々がほとんどで、鍛造の技術はどんどん我流になっていく気がしていた。
「……何か、このままだと俺の好みの形に武器を形成する癖が付きそうだ」
野宿をしている時に行う質の低い金属を使った鍛造の修行で叩いて叩いて叩き続け、研ぎまで終わらせて完成させた武器は自分の思い描いた武器にはなっていた。試行錯誤して工夫や改良を加えて、過去に造ったものよりも良くなっている実感もある。
「……だけど、この方法はどう考えても効率が悪過ぎる」
武器の扱い方を覚える時は実家のブラドナー家で正しい武器の扱い方を叩き込まれた。これは言うなれば、最高峰の間違いのない取得の近道を教えて貰えていたということになる。
しかし、鍛冶に至っては立ち寄った町や村で売っている良い武器を見つけても、その武器の造り方を店の主人が手取り足取り教えてくれるわけがなく、せいぜいが品物を手に取って武器の刃の角度や厚みを調べたり、時には自分の武器を整備して貰うという名目で修繕する過程を見せて貰ったりしながら目で技術を盗むことぐらいしかできなかった。
今の状態は我武者羅に独自改良を加えて鍛造技術を向上させているに過ぎない。
「……どこかで本格的に鍛造専門の鍛冶屋に弟子入りしないとな。目で盗んだ技術を試すのは時間が掛かるし、やるからには一番優れている技術を身につけたい。世界中を回って最高峰の鍛冶技術を持っている鍛冶屋を見つけて、そこの鍛冶屋で鍛造の技術を覚えないと特殊金属の武器造りなんていつまで経ってもできないぞ」
どこの国のどこの町のどこの鍛冶屋で技術を修めなければいけないのか、これも非常に大事なことだ。最終的に取り扱う、希少で貴重な特殊金属を生半端な腕で扱うわけにはいかない。
「はあ……」
何度目の溜め息になるか、今度は特殊金属のオリハルコンの収集についてイオルクは思い返す。
鉱石の中に含まれる不純物の中の更に僅かな確率でしか存在しないオリハルコン。野宿をしながら鍛冶修行をして手に入れる機会は確かにあった。しかし、そこで入手できる量は砂粒一つ分。希少金属ゆえに取れない日もあり、野宿の鍛冶修行で取り出せる量はあまりに少なかった。
(……かといって、鍛冶屋の廃棄物からオリハルコンが大量に手に入るというわけでもないんだよなぁ。廃棄物の量は多いんだけど)
立ち寄った鍛冶屋で運良く雇って貰えて『オリハルコンの稼ぎ時だ!』と気合いを入れるも、廃棄している不純物からオリハルコンが取れる量はいいところ十粒程度だった。確かに手に入ったオリハルコンは野宿の鍛冶修行で取り出す量の十倍に相当するのだが、磁石を適当に地面へ投げてもそれよりも砂鉄が多く取れることを考えると全然量が増えた気がせず、なかなかモチベーションが上がらなかった(というか、逆にモチベーションが切れそうになった)。
それでも心を折るまいとオリハルコンを溜めるための少し値段の高い丈夫な小瓶を用意して、半年の間、イオルクは休まずオリハルコンを集め続けた。
「……かなり気合いを入れて小瓶まで用意したんだけどなぁ」
リュックサックの中に大事に仕舞ってあるオリハルコンの入った小瓶の中身の量を思い出して、イオルクは大きく溜め息を吐いた。
(オリハルコンはまだ小瓶に半分ぐらいしか集まってない……。緑風石も見る機会がないまま王都に着いちゃったし……)
人生には良い時と悪い時が誰しもある。この半年はイオルクにとっては悪い時だったのだろう。いろいろと試したり努力をしたりはしたが、思っていた以上に結果が伴わなかった。
無理やりにでも良かったことを挙げるなら鍛冶修行と関係のないことで、大きなリュックサックを背負っていたことで金目のものが入っていると勘違いした盗賊が襲ってきてくれたことぐらいだ。片っ端から返り討ちにして営業所に突き出し、旅の資金が余るぐらいに潤沢に貯まった。
イオルクは気の抜けただらしない顔を無理やり上げて営業所の主人に話し掛ける。
「……質問していい?」
食事処も兼ねていたカウンターの中で洗い物をしながら営業所の主人がイオルクに面倒くさそうに聞き返す。
「あぁ? 何だ?」
「ちょっとした調べ物をしたいんだけど、国で管理してる書物って城で頼めば見せてくれたりしないかな?」
「物にもよるだろうが、何の縁もゆかりもない奴なんかにおいそれと見せないだろう。たとえ、ちょっとしたものでもな。門前払いが関の山だ」
「……だよな~」
イオルクは再びカウンターに突っ伏した。
そのイオルクを主人は呆れて見ている。店に入って来てからずっとこの調子で、時々話し掛けては突っ伏してを繰り返している。
イオルクは突っ伏したまま、どうしたものかと頭を悩ます。
(とりあえずの目標である王都までたどり着いたはいいけど、そこから先を考えてなかった。伝説の武器の造り方が王都の本屋に売ってるわけないし、どうしたもんか……。城まで行ってユニス様の名前を出してみるか? ――いや、そんなことをしたら隊長がドラゴンウィングまですっ飛んでくるかもしれない。この方法は却下だ)
大した注文もしないでうんうん唸っているイオルクを主人が『いい加減営業妨害になるんじゃないか?』と思い始めた頃、一人の若者がイオルクに近づいて声を掛けた。
「あんた、イオルク・ブラドナーだろ?」
背後から掛けられた声にイオルクが振り返ると、茶髪の長髪を後ろで縛った、魔法使いの少年が立っていた。長身のイオルクから見ればやや背が低い気がしたが、一般的な男性よりは背が高い。服装はローブという一般的な魔法使いの服装ではなく動きやすそうな旅人が着る丈夫な麻布の上下に皮のブーツ、そして、肩掛けの鞄をたすき掛けにしている。イオルクが彼を魔法使いと判断できたのは長物も持たず皮鎧すら装備していない軽装だったためだ。
「別人です。帰ってください」
声は掛けられたもののイオルクは魔法使いという職業自体に興味がなかったので前に向き直りながら適当に答えを返した。
そう答えたイオルクに渋い顔を見せたのは営業所の主人だった。営業所の主人は、さっき、イオルクがハンターの登録書を使ってお金を卸した時に名前を確認している。故に『こいつ、面倒くさくなって無視する気だな』と思い、何事もなかったような顔で嘘をついたイオルクを少し軽蔑した。
一方のイオルクに近づいてきた魔法使いの少年は、そんなことで話をやめなかった。イオルクのすぐ横のカウンターに左手を突いてイオルクを覗き込んだ。
「嘘をつくなよ。オレは戦場であんたと会ってるんだ。誤魔化しは効かないぜ」
「だったら、確かめるなよ」
「話す切っ掛けが欲しかったんだ」
イオルクは面倒くさそうに続きを促す。
「で? 俺はお宅のことなんて覚えてないんだけど?」
「そりゃそうだろうな。戦場であんたほど走り回っている奴はいないからな。オレも少しの間一緒に戦ったぐらいだ」
(それは会ったことになるのか?)
イオルクは僅かに片眉を歪めたが、魔法使いの少年は気にせずに話を続けた。
「今はフリーなんだろう? オレと組まないか?」
「やだ」
「…………」
取り付く島もなく断られ、魔法使いの少年は固まった。
当然、聞き返す。
「何でだよ⁉」
イオルクは溜め息交じりに答えた。
「一人がいい。もう、誰かを守りながら戦うなんてしたくない」
「確かめもしないのに、オレが守られる弱い奴って決めつけるのか⁉」
「強いとか弱いとかは関係ない。お前が魔法使いだからだよ」
そう言ってイオルクは魔法使いの少年を右手の人差し指で指差した。
「魔法使いは戦闘中に呪文を唱えている間、無防備だから旅には向いてない。詠唱中のおもりなんてしてる暇があるんだったら切り込んで片付けた方が手っ取り早い」
イオルクの言い分に魔法使いの少年は納得しつつ腕を組んだ。
「オレも、それを補うためにパートナーを探していたんだ。あんたぐらいの凄腕となら安心して呪文を唱えられるからな」
「安心してっていうのは過大評価なんじゃないか?」
「戦場での戦いぶりを見れば分かるさ」
「本当に見てたのか?」
「ああ」
そこでイオルクは魔法使いの少年から顔を背けて言う。
「でも、やっぱりなしの方向で」
直ぐに魔法使いの少年はイオルクの背けた顔の方へ回り込むと叫ぶ。
「何でだよ! 理由を聞かせてくれ!」
魔法使いの青年がしぶとくイオルクに詰め寄るので、イオルクは仕方なくカウンターから体を起こした。
「諦めの悪い奴だな……。お前が足を引っ張らないとしても、俺はお前と一緒に行けないんだよ」
「何でだよ?」
「俺は好き勝手色んなとこへ行くつもりだからだ。お前の行先になんて合わせていられない」
「そういう理由もあるのか」
「俺の我が侭には付き合えないだろう?」
「いや、構わない」
「は?」
魔法使いの少年は胸を張って答える。
「オレは金を稼ぎたいだけだ。行先は決めてない」
「……いやいや、それはダメだろう。俺と組みたいってことは高い賞金首なんかも狙ってるんだろう? 近くに賞金首の情報があるからって、俺、付き合えないぜ?」
「そこは付き合えよ」
「そんな無茶な……」
イオルクが心底嫌そうに振る舞うも、魔法使いの少年は一向に諦めない。パン! と両手を合わせてイオルクに頭を下げる。
「なあ、頼むよ! 進んで無茶なことはしないからさ! 賞金稼ぎも軽い案件だけだから!」
「でもなぁ……。俺、お前の実力も分からないし」
魔法使いの少年が勢いよく顔を上げて答える。
「ランクCだ!」
「俺もCだよ。同じランクなら自慢にならないだろう」
「なる! 魔法使いのランクCは凄いんだぞ!」
「どういう風に?」
「お前もランク付けの時に誰かと対戦してランクCになっただろ?」
「ああ」
「あの限られた距離で魔法使いが勝ったんだから凄いだろ?」
「そう言われれば……」
ノース・ドラゴンヘッドの営業所での出来事を思い出す。確かに大して距離の取れない状況での腕試しだった。あの状況で距離を取って戦うのが定石の魔法使いが勝利をしたというのなら、戦術を用いて実力を認めさせたのだろう。同じランクCを取ることを考えると、難易度は比べるもなく魔法使いの方が高い。
イオルクが少し感心して魔法使いの少年を見たので魔法使いの少年は期待を込めて聞き返す。
「どうだ?」
「うん、凄い。帰れ」
「何⁉ この邪険な扱い⁉」
「鬱陶しいんだよ」
「そんな……オレを捨てるのか⁉」
「そうだよ」
「じゃあ、今までの会話はなんだったんだ⁉」
「無駄な時間が流れただけだよ。そもそも俺、嫌がってたじゃんか」
「オレには、お前が必要なんだ!」
最後の言葉は男が男に掛ける言葉ではない。ハンターの営業所から漏れる妙な会話に、営業所の外を歩く人々は中で何が起きているのかと嫌な妄想を掻き立てられる。
イオルクはガシガシと右手で頭を掻く。
「……あのさ、何で俺なわけ? AなりBなりのランクの高いハンターを雇えばいいだろう?」
「そんな高い給金の連中を雇えるか! オレの儲けがなくなるわ!」
「あ~……じゃあ、さっき言ってたパートナーにするってヤツだ。AなりBなりのランクのハンターをパートナーにすればいい」
魔法使いの少年がバリバリと両手で頭を掻きむしり、両手をカウンターに叩きつけて言う。
「そうじゃないんだよ! 分っかんないかな~っ⁉」
「分かるか……」
魔法使いの少年がイオルクを右手の人差し指で指差す。
「オレは、お前の戦い方を見てんだよ! 戦場で仲間庇って体張ってんのを! オレは、そういう奴しか仲間にしたくないの!」
イオルクは鼻から息を吐き出してから言う。
「また戦場で同じような奴を見つければいいじゃないか」
「お前みたいのが、そんな都合良く居るか! ここにお前が居るだけでもかなりの奇跡だ!」
「その奇跡的な確率で見つかった俺は、かなりの不幸だがな」
魔法使いの少年は手を合わせてイオルクを拝み始めた。
「頼むよ! パートナーになってくれよ!」
「コイツは、どうすれば諦めてくれんだ……」
「お前がパートナーになるまで絶対に諦めん!」
魔法使いの少年のしつこさにイオルクは溜息を吐き、これ以上は同じことの繰り返しになるだけだと諦めた。両手を上げて降参のポーズをする。
「……分かった。その代わり、俺の意見が絶対だからな」
「約束する!」
魔法使いの少年はイオルクの右手を強引に取ると無理やりに握手をした。
「オレはクリスだ」
「クリス? 女みたいな名前だな」
「うるせぇ」
「どうする? 俺も自己紹介するか?」
「名前は知ってるからいいよ。でも、歳ぐらい聞いておこうか?」
「十七歳だ」
「同じく」
「…………」
会話はそこで止まった。そして、いつまでも握手しているのは気持ちが悪いのでイオルクが手を引くと、クリスがイオルクに訊ねる。
「これから、どうするんだ?」
「行き先は……俺が決めるんだったな。宿に行ってから話すか」
「ああ、分かった」
イオルクは腰の皮袋から財布を取り出すとカウンターに飲食の代金を置いて営業所の主人に言う。
「長居して悪かったね」
「おう」
立ち上がりながら財布を仕舞い、カウンター下のリュックサックを背負うとイオルクはクリスを伴ってハンターの営業所を後にした。
その二人の後姿を見送りながら営業所の主人が呟く。
「騒がしい連中だったな。一体、何だったんだ?」
営業所の主人は珍客が去るのを確認すると、カウンターの上の代金を回収して仕事へ戻った。