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材料編  28

 ドラゴンウィング王都の宿――。

 二人旅をすることになったイオルクとクリスは比較的安い二人部屋を借り、部屋に入るとそれぞれ荷物を肩から外した。

 イオルクは大きなリュックサックを両手に持ちながら思う。

(そういえば、同い年の奴と旅をするのは久しぶりだな。ノース・ドラゴンヘッドで騎士見習いをしていた時以来か)

 イオルクは苦笑した。

(まさか俺が魔法使いなんかを旅の連れにするとはな。サウス・ドラゴンヘッドの魔法使いとは親しくなる機会なんてなかったのに)

 さっきまでは一人旅の邪魔が入ったように感じて機嫌が悪かったが、同い年の気兼ねなく話せる相手というのも久しぶりだと思い直してイオルクは気分を入れ替えることにした。思い返せば、ドラゴンチェストの山中で相手にしていたのは鍛冶屋の娘のケニーでドラゴンウィングまで旅をしたのはエルフのコリーナ。どちらも女の子で子供相手の気遣いをしていた。

(さっき話した感じだと言葉遣いも気にしなくて良さそうだし、思っていたよりも気楽に旅ができるかもしれない)

 それぞれ自分の荷物を床板に下ろし、クリスの『ドサッ』という肩掛けの鞄の音に対してイオルクのリュックサックは『ガチャン』『ゴトン』と音をさせた。

 その音に興味を示したクリスがイオルクのリュックサックを右手の人差し指で指差す。

「何の音だ? そのリュックサックには何が入ってんだよ?」

「気になるなら、持って中身を当ててみな」

「いいのか? それじゃ」

 クリスが無造作にリュックサックの肩ベルトを右手で掴んだ。

「ん?」

 気のせいかリュックサックがピクリとも持ち上がらない。

(やたらでかいリュックサックだけど、見た目以上に重い……)

 今度は両手でリュックサックの肩ベルトを持ち、力一杯に持ち上げた。しかし、それでもリュックサックは僅かに持ち上がっただけだった。

「こんなもん、当てられるか! 動かないじゃねぇか!」

 クリスが乱暴に手を放すと、リュックサックは重たげな音を立てて床板を軋ませた。

 イオルクは腕を組んで笑いながら答える。

「鍛冶屋の道具一式が入ってるからな。中でも小型の金敷が一番重い」

「……鍛冶道具だと?」

 予想していたものとは違う妙な荷物の中身にクリスは肩眉を歪める。

「お前……騎士だったよな?」

「ああ」

「それが何で、鍛冶道具なんかを持ち歩いてんだよ?」

「働いてたところをクビになったこともあるけど、武器造りをしてみたいと思ってな」

「……は?」

 クリスが間の抜けた顔でポカンと口を開けた。

「それで鍛冶屋になろうと――」

「ちょっと待て! おかしいだろ⁉」

「何が?」

 クリスが右手の人差し指を勢いよくイオルクへ向けた。

「騎士としての実力があるんだから鍛冶なんかしてないでハンターをやれよ!」

「いや、ハンターでもあるけど……」

 クリスがバリバリと両手で頭を掻きむしり、叫ぶ。

「そういうことを言ってんじゃねぇよ! 真面目にハンター業だけをしろって言ってんだよ! 何やってんだよ!」

「何で、クリスが怒るんだ?」

「当たり前だ! オレがイオルクならハンターになった途端に賞金首を倒しまくるぞ! あぶく銭でウハウハだ!」

 クリスの言い方に、イオルクが項垂れた。

「お金は嫌いじゃないけど、金儲けが目的じゃないし……。それに騎士はクビになったけど、強くなりたいとは思ってるから騎士の鍛練は続けてる」

「……そうなのか?」

 イオルクは頷くと右腕に力こぶを作り、左手で叩いた。

「筋肉は前より付いた。あの荷物を持ってウロウロしてるからな」

「微妙だな……」

「今は旅の最中に出てくる盗賊を相手にしてる」

「微妙だな……」

「だけど、旅の生活費としてはこれで十分だ」

「…………」

 イオルクの話を聞いて、クリスは怪訝な面持ちになった。

「オレから頼んどいて何だけど、イオルクをパートナーにしたのが不安になってきた……」

 賞金首稼ぎを楽にするためにイオルクを頼ったはずなのに、会って直ぐの会話でイオルクが戦いよりも鍛冶屋を中心にしていると知って、クリスは仲間にしたのは早まったかもしれないと思い始めた。

 しかし、過去に見た戦場でのイオルクの姿はクリスの脳裏に強烈に焼き付いている。相棒としてイオルクほどの適任者がいるとも思えなかった。

 クリスは気を取り直して話を続ける。

「まあ、イオルクの実力は機会がある時に見せて貰うとして、これからの予定は決まってるのか? 直ぐに王都を発つのか?」

「いや」

「じゃあ、留まるのか? 何のために?」

 イオルクは伝説の武器についての史実調査をどうしようか悩んでいたが、今、クリスに目的を聞かれたことで、逆に目的をしっかりと再認識させられた気がした。

 右手を顎に当てて考え込む。

(何のため……か。最優先事項を行うのに迷う必要なんてないはずだ。当時の記録を確かめるためには強行突破しかない。でも、馬鹿正直に真正面から行くというのは……)

 一拍あけると、イオルクは決意した顔で静かに言う。

「色々考えたんだけど、城に忍び込もうと思う」

「そうか。城に忍び込むのか………って! お前、どんな予定を立ててたんだよ⁉ 何考えてんだ⁉」

「うるさいなぁ」

 面倒くさそうに言ったイオルクの皮鎧の胸に、クリスは右手の人差し指を突き付ける。

「何で、いきなり城に忍び込むなんて話になるんだ! 馬鹿かっ⁉ 馬鹿なのかっ⁉」

「城で管理されてる読みたい本があるんだよ。一般には公開されてないんだから、忍び込んで閲覧するしかないだろう」

 クリスの声が更に大きくなる。

「そこは普通、諦めるとこだろ‼ 城の中で捕まったら、どうするんだ‼ 町中で捕まって誤魔化すのとは訳が違うんだぞ‼」

 そう否定されたイオルクだったが、気持ちは変わらず言い返す。

「俺のやりたいことは、普通にしてたら叶わないんだよ」

 会って間もないクリスにはイオルクの目的も考えもまだ分からない。だから、疑問だけが頭に浮かぶ。

(一体、何がコイツをここまでさせるんだ?)

 クリスはそのままそっぽを向くように腕を組んで背を向けた。

「オレは手伝わんぞ!」

「騎士より身体能力の劣る魔法使いに一緒に忍び込んで貰おうとは思ってない。俺、一人で行ってくる」

 クリスは頭を抱えてしゃがみ込み、イオルクに対して大きく溜息を吐いた。自分の思惑と外れていきなりパートナーを失う可能性が出てきた。

 そのクリスを見下ろす形でイオルクが話し掛ける。

「今夜忍び込んで、二、三日したら戻ると思う」

 クリスが首だけ回してぼそりとボヤくように聞き返す。

「……本当に行くのか?」

「ああ」

「何で、忍び込むのにそんなに日にちが掛かるんだ?」

 イオルクが腰に右手を当てながら答える。

「多分、目的の本は直ぐには見つからないと思うからな。目的の本が見つかるまで城の図書館に居座ろうと思ってる」

「そんなに上手く侵入できるかよ。いくらドラゴンウィングが腑抜けてても城の中を警備している兵士ぐらい居るだろ」

「そこは前職の経験が活きるところだな。城の造りなんて何処も似たもんだから、兵士から見つからない場所は見当がついてる」

「何処も同じなんてことがあるのか?」

「十分にあり得る話だ。昔からドラゴンレッグが世界中にちょっかいを出してるんだぜ? 城に多少の差異はあっても肝心なところは攻められ難い構造にしてるだろう。そういうところはノース・ドラゴンヘッドだろうがドラゴンウィングだろうが変わらないはずだ」

「無謀というわけでもないか」

 とりあえず考えなしの突撃ではないと分かるとクリスは落ち着きを取り戻し、諦めの溜息を吐きながら訊ねる。

「お前が城に忍び込んでる間、オレは何をしてればいいんだ?」

「宿でゆっくりしていてくれ。失敗したら騒ぎになると思うから、その時は見捨てていい」

 クリスが項垂れる。

「……お前、普通じゃないよ」

「だから、パートナーになるのを拒否したんだ」

 クリスは両手をあげて肩を竦めて言う。

「もう、好きにしろ。無事に出てきたらパートナーとして信頼することにするよ」

「忍び込むスキルが信頼の基準になるとは思えんがな」

「黙ってろ!」

 イオルクは肩を竦めて怒鳴ったクリスを無視すると、ベッドに横になって背中越しに左手を振った。

「夜に出るから仮眠を取る」

 その横になっているイオルクから直ぐに寝息が聞こえ始めると、クリスは右手で頭を掻きながら悪態をついた。

「いい神経してるぜ……」

 大物なのか、大馬鹿なのか、大胆不敵なイオルクの態度にクリスは頭痛がした。この態度が歴戦を潜り抜けた騎士の余裕からくるものならいいが、イオルクの性格からくるものだとしたら、今後の旅は大変なことになる……と、クリスは思うのだった。

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