翌日――。
奴隷商人と会う前にハンターの営業所へ寄り、イオルクは自分のリュックサックを預ける。久々の本気、両手両足の重りも預ける。
そして、イオルクが軽くなった手足を確認しながらクリスに振り返る。
「少し設定をつけよう」
「設定?」
「その奴隷商人のところに、ただ俺も着いて行ったら怪しまれるだろう?」
「そうかもしれないな」
「だから、俺をクリスが雇ったことにしないか?」
クリスが顎に手を当てる。
「え~と……。オレがイオルクをランクCのハンターとして雇うわけか?」
「その方が利点があると思うんだ。クリスは魔法使いだから、接近戦が出来るとは初見から判断出来ない。つまり、俺を雇ったことにしておけば、呪文の詠唱時間を稼ぐためと、勝手に相手は判断するはずだ」
「そうか。ところでさ……」
「何だ?」
「お前、戦闘のことになると急に活き活きしてきたな」
「そうか? でも、戦うことに脳みそ使う方が活発に動いている気がするな」
「習性って怖いな……」
「少し戦いと離れても染み付いてるみたいだな」
クリスは気持ちを切り替える。
「兎に角、イオルクの案は採用だ。今日だけ、オレの従者になってくれ」
「任せてくれ」
クリスは過去の記憶にある街の位置関係を思い出すと、歩き出す。
「行こう」
先に歩き出すクリスに、イオルクも続いた。
…
クリスの右手には大きな鞄が握られている。鞄の中には少女と交換するために、必死に貯めた大金が入っている。クリスは迷うことなく歩いていく。
辺りは少しずつ寂れ始め、石畳の道は土の道に変わり、建物も古びたものや大きな皹の入った荒れた建物に変わる。この光景は、イオルクも遠征して何度か見たことがあった。
「スラムか……」
「ああ、オレの生まれた場所だ。分かるだろ? ここを抜け出したくなる気持ち」
「まあな」
「スラムを抜けて暫く行くと、また道が舗装されてデカい屋敷に出る。そこがアイツらの根城だ」
スラムを歩き続け、平民街とスラム街の差を見て、イオルクは感想を漏らす。
「随分と貧富に差があるんだな」
「誰も治めてない国だからな。一人だけ、いい思いが出来る仕組みになってるんだよ」
「ふ~ん……。逆に言えば均等に分ければ変わるのか?」
「当然だ。誰が見ず知らずの奴のために働きたいって。自分に見返りが返るんなら、やる気も違う。それに食いもんだってマトモになるんだから、体力だって上がるだろ」
「そうだよな。実は効率の悪いことしてるんだよな」
「ああ。だけど、一度出来た一人だけ裕福になるシステムは壊せないんだよ。裕福な奴はハンターを雇って自分を守る。謀反も起きねぇ。下で働いている奴も諦め癖がついてる。変わりたかったら、こんな街から出るしかねぇんだよ」
「故郷をそういう風に言っていいのか?」
「……思い入れがないんだよ」
イオルクは、クリスの言葉に少し悲しいものを感じた。
そして、スラム街の土の道が再び舗装された道に変わり、白亜の屋敷が現われた。
…
奴隷商人の屋敷――。
クリスを先頭に大きな門を潜る。白亜の屋敷には、手入れされた大きな中庭と噴水まである。それは一国の城の庭にも負けないものだった。
「何で、スラムの近くに……」
「弱い奴らに自分の力を知らしめるためさ。象徴として目に入るようにデカい屋敷を建ててんだよ」
「意味があるのか?」
「屋敷を見て、ここの街の人間は無駄だって強く認識させられるから逆らわねぇ」
「過剰な自己表現だけじゃなかったんだ……」
「悪者にも悪者の理由があるんだよ」
「そういうもんか?」
「ああ……。ほら、入り口だ」
門から続いた道の終わりは、屋敷の大きな扉だった。頑丈そうな扉は、金で装飾され見下ろすように佇んでいた。
「扉もデカいんだな。城に入るような気分だ」
「じゃあ、行くぞ」
クリスは扉の取っ手に手を掛ける。
「…………」
「どうした?」
「……呼び鈴鳴らした方がいいかな?」
「どっちでもいいんじゃないか? どうせ、中に衛兵とかが待ち構えて居るんだろう?」
「それもそうだな」
イオルクは腕を組む。
「しかし、これだけの屋敷なのに門番が居なかったな?」
「そういえば……。じゃあ、中に大量の衛兵が居ると思うべきか……。呼び鈴は要らねぇな」
クリスは扉を引いて開ける。
中はエントランスが広がり、奥に続く大きな通路が二つ見える。
「大理石ってヤツか? 凄いな」
イオルクは綺麗に磨かれてある床を見て、感嘆を言葉にした。
「そんなことより、衛兵どころか侍女も居ないぞ……。どうなってるんだ?」
「分かんないな」
イオルクとクリスが何処へ向かえばいいかも分からずに足を止めていると、左の通路の奥から声が聞こえ始める。
徐々に近づく足音は二人増えて三人になり、耳に入る声全てがクリスには聞き覚えがあった。
「あの時と同じかよ……」
奴隷商人が二人のハンターを連れて現われた。
奴隷商人は、ずんぐりとした肥えた体に紫の帽子を被り、青い服に黄色いズボン。どれも高価そうな服のような気はするが、色の取り合わせはあまり良くない。
それに引き換え、連れているハンターは屈強な体をしている。一人は大剣を背中に担ぎ、一人は剣を左腰に指している。そして、どちらも上半身に簡易な鉄のベストを装備している。
「ヒルゲ様。コイツ、あの時のガキですぜ」
大剣を担いでいるハンターが奴隷商人に話し掛けた。
「あん?」
ヒルゲと呼ばれた奴隷商人がクリスを見ると、油の乗った顎を撫でる。
「ああ……、思い出したぞ。クク…グフ……ゲハハハハハッ!」
ヒルゲは、さも可笑しそうに笑う。
「まさか本当に来るとはな。三年前の遊びが、まだ続いているとは思わなかったぞ」
「お忘れになっていたようなので、衛兵を下がらせ、ワザと招き入れました」
「いい気遣いだ」
クリスもイオルクも不快感を募らせる。クリスは、これまでの時間を遊びで費やしてきたのではないのだ。
「あの娘は、今、何をしていたか?」
ヒルゲは約束を遊びとして覚えていても、その時に買った少女のことなど、何も覚えていないようだった。
大剣を担いだハンターが含んだ笑いをクリスに向けると、ヒルゲに耳打ちする。一言二言と囁く度に、ヒルゲの顔が醜く歪んだ笑みを濃くしていく。
そして、もう一人の剣を装備しているハンターにヒルゲは耳打ちすると、剣を装備したハンターは右の通路へと姿を消した。
剣を装備したハンターが戻って来るまでの待ち時間を使い、ヒルゲがクリスに話し掛ける。
「小僧、でかくなったな。お前の大事な者はちゃんと生かしてある」
「そうか」
「約束の金は用意できたのか?」
クリスは持っていた鞄を自分の前に置く。
「本当に稼いだのか? どんな手品を使ったんだ?」
「汗水垂らして稼いだんだよ」
ヒルゲが満足そうに笑みを浮かべる。
「そうか。それを貯めるのは苦労しただろう?」
「何が言いたいんだ?」
「いや、約束は守るさ。だがな、儂とてタダで飯を食わすわけにはいかないからな。その分の労働はして貰っていただけだよ」
「まさか……」
クリスの目が険しくなり、ヒルゲを睨みつける。
ヒルゲはクリスの視線を満足そうに受けると、クリスに続ける。
「安心しろ。ちゃんと、お前のために娘の処女は取ってある」
「な……! ふざけるな! オレは、そんなもんのために命を懸けたんじゃねぇ!」
「そうかそうか。……お、商品の到着だ」
右の通路から剣を装備したハンターに連れられて、一人の少女が姿を現わした。
その少女に、クリスではなくイオルクの目は大きく見開かされる。あの特徴的な髪と目と耳は、よく覚えている。
(クリスの助けたかった子って……。エルフだったのか……)