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材料編  53 【強制終了版】

 翌日――。

 イオルクとクリスはハンターの営業所に寄り、イオルクのリュックサックの中にある黄雷石を預ける。

「凄く軽くなった」

「それでも、そのリュックの大きさはあまり変わらんな」

「元々、簡易的な鍛冶の道具が入ってるからな」

「じゃあ、行くか」

「ああ」

 しかし、歩き始めて直ぐにイオルクは足を止め、ハンターの営業所の前で、思い出したようにクリスに話し掛ける。

「なあ」

「ん?」

「今って、ドラゴンチェストの南西の町だよな?」

「そうだけど」

 クリスは、イオルクに振り返って足を止める。

「クリスの目的の町は?」

「南東。ドラゴンレッグとの国境の砂漠の前の街だ」

 イオルクは、ドラゴンチェストの地図を頭に思い浮かべる。地図のドラゴンの図では、尻尾の付け根と足の付け根はかなり近い距離にある。

「今日中に着くんじゃないか?」

「砂漠と違って距離はあっても、足場はしっかりしているからな」

 イオルクが頭を掻きながら歩みを進めると、クリスも続く。

「……まあ、いっか」

「どうした?」

「ここの鍛冶屋に寄りたかったけど……。一日で戻れるんなら、行って帰ってでもいいかと思っただけ」

「ああ……。悪いけど、優先してくれ。約束の期限が近いんだ。ギリギリを避けて、一日は用意と休息に充てて、次の日に乗り込む」

「了解だ」

「それと……、お前に凄い期待している」

「は?」

「お前と旅して強くなったと思ってる。だけど、お前に勝てる気はしない」

「それで?」

「相手がオレよりも強かったら、イオルクに頼ることになる」

 クリスの言い回しに、イオルクは笑いを堪えている。

「な、何だよ!」

「了解だ。だけど、少し自信持っていいぞ」

「アァ? どういうことだよ?」

「俺な。親友が死んでから背中を預けられたの、お前が初めてなんだ」

「は?」

「はっきり言えば、魔法使いなんかに背中を預けるなんて夢にも思わなかった」

「お前な……」

 イオルクは何か言いたそうなクリスを手で制す。

「それでな。お前一人よりも、俺一人よりも、俺達が戦った時の方が強いんだよ」

「何を言ってるんだ?」

「つまりな。卑怯にも相手が一対一を破った瞬間に、俺とお前で戦うんだ。そうすれば、絶対に負けないさ。そして、クリスの約束を破った時がアイツらの後悔する時だ」

 自分の強さの基準を持たないクリスは、イオルクの言っていることが分からず、首を傾げる。

「……よく分からんな?」

「クリスの言っていた通りだ。俺が魔法の詠唱期間を守り抜いて、お前が仕掛ける。だけど、お前は、ただの魔法使いじゃない。接近戦も出来る魔法使いだ。だから、俺も安心して背中を任せられる」

「そうなのか? やっぱり、よく分からんな?」

「俺の死んだ親友は遠距離攻撃が出来なかった。だけど、お前は出来る。長所が違えば戦い方も変わる。俺の背中を任せるのは、俺と同じぐらい強くなくても良かったんだ。俺と同じぐらい信頼できる奴で良かったってことだ」

「つまり、俺が信頼に当たる奴なのか?」

 イオルクは頷く。

「その通りだ。クリスは力や魔法の威力だけで勝負するのが持ち味じゃない。俺にはない戦略や発想で勝負するのも持ち味だということだ」

「そうか……、そうだよな。オレは魔法使いなんだ。騎士だったイオルクと同じ戦い方が出来るわけがない。だったら、魔法使いらしく戦略と手持ちの魔法で戦うしかないわけだよな」

「そう思うぞ」

「少し自信がついた」

 イオルクは頷く。

「じゃあ、行くか?」

「ああ……。随分、待たせちまってるからな。それに期限前に到着して、文句を言われる筋合いはない」

「ご尤も」

 イオルクとクリスは、ドラゴンチェスト南東の町に向けて歩き出した。


 …


 ドラゴンチェスト南東の町――。

 イオルクとクリスは、一日掛けてドラゴンレッグとの国境前の町に到着した。クリスにとっては人生の大きな節目になる出来事が待ち受けることになる……はずなのに、いつもと変わらない。いや、イオルクがいつもと同じ気分にさせる。

 宿屋でゆっくり休み、次の日、ハンターの営業所で、今まで貯めに貯め込んだ100万Gを手元に引き出しても、気持ちにブレがない。一人で旅立った時と違い、友が居るだけで、こんなにも心に大きな違いがあるのかと、クリスは改めて驚く。そして、『コイツが居るから、今度の戦いはいつも通り冷静に戦える』と感じた。

 もう一日、計画通りに宿屋で休息を取りながら、クリスはイオルクに話し掛ける。

「不思議だな。もっと、緊張するかと思ってたのに」

「緊張してないのか?」

「ああ。いつも通りにイオルクが居るから、昨日と変わんない気がするんだよな」

「お馴染みの光景になるぐらい旅をして来たからな。だけど、俺が緊張してれば、クリスも緊張してたかもしれない」

「イオルクは緊張してないのか?」

「俺が緊張する必要ないし。結局、人ごとだしな」

「オイ……」

 イオルクはロングダガーを鞘から抜き取り、剣身に目を這わせる。

「武器の手入れも出来てるし、戦闘目的だから鍛冶屋の修行もなし。戦いだけに集中するのも久しぶりだ」

「当たり前だけど、イオルクの方が実戦経験豊富だもんな。オレよりも戦い前の慣れっていうのはあるよな」

「確かに慣れだろうな」

「オレは、明日、緊張するのかな?」

「するんじゃないか?」

「そうか……。緊張したら、どうすればいいんだ? 特に明日は大事なのに」

「その奴隷商人に一発入れればいい」

「ああ、なるほど……って、それが出来た時には終わってるじゃねぇか!」

 イオルクは笑う。

「いいじゃないか。お前、遠距離魔法使えるんだし。それを緊張取るルールにしようぜ。どうせ、側のランクBのハンターに防がれるはずだしさ」

「当たらないの前提じゃねぇか……」

 再び、イオルクは笑う。

「俺がそうだった気がする。吹っ切る前に懇親の一撃で、気分を切り替えてたと思う」

「イオルクと同じ方法かよ。じゃあ、別ルールにしようかな?」

「どういう意味だ」

 今度は、クリスが笑う。

「兎に角、明日だ。オレは、ゆっくりと寝る」

「まだ、昼間だぞ?」

「別にいいじゃん」

 クリスはベッドに横になると、暫くして本当に寝息を立て始めた。

 それを見て、イオルクは呆れながら感心する。

「コイツ、騎士になる素質もあるよな。これだけ神経が図太いのは才能だよ」

 イオルクは自分のリュックサックの中身を、もう一度整理する。明日は、荷物をハンターの営業所に全て預けて戦いだけに集中するため、念には念を入れる必要がある。

(戦うだけに集中するのか……。本当に久しぶりだ……)

 イオルクはダガーと剣を鞘から抜いて、ロングダガーの横に並べると、自分の武器を見定める。

 ダガー、ロングダガー、剣……。少し己の武器と対話すると気持ちが昔に戻る。

「これは業なのかな……」

 イオルクの中で気持ちが切り替わる。

「明日……、クリスに何かあれば自分を抑えられないな。親友を二度は失わない」

 イオルクは自分の中に小さな誓いを立てた。

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