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材料編  66 【強制終了版】

 深夜――。

 街のリーダー達との会合は、スラムの人間を入浴させたり説明したりして時間が遅くなってしまった。しかし、イオルクとクリスの話はリーダー達の耳に入っていたため、文句を言う者は居なかった。

 ファンクが労いを込めてクリスに話し掛ける。

「お疲れ。随分と骨を折ったみたいだな」

「リーダーなんてなるもんじゃねぇな。あんな演説みたいのするのは初めてで疲れたよ」

 全員が可笑しそうに笑うと、一区切りついてから、クリスがリーダー達に話し掛ける。

「昨日の説明をした感じは、どうだった?」

 クリスの問い掛けに、ファンクから報告が始まる。

「街の商店の人間は、不満を残しつつも納得してくれた」

「スラムの人間達との差別は?」

「それも話したが、ヒルゲに納める金がなくなることを前面に押し出して、長い目で見た利益があることを強調したよ」

「助かるよ。臨機応変に対応してくれて」

 次にティオンが話す。

「こっちは、問題は少なかったよ。土地の拡張には人員が必要不可欠だからな」

「それもそうだな」

「ただ、こっちは長期的に見て、土地を耕し終わった後に人数が要らなくなることが問題だな」

「そっか……。耕した後は、人員を削減しなくちゃいけないもんな。どっかで、労働者を分配しないと駄目だな」

 続いて、モジューラからの話が出る。

「娼館の方は、店の数が減るね。無理やりに働かされている子は出て行くってさ。そして、こういう仕事を続けたいという子が娼館一軒分ぐらいかね」

「まあ、そこは強制できないだろう」

「それと、出て行く子の資金だね」

「ああ、それね……。労働者とスラムの人間の方でも問題になった」

「だろうね」

「アンケートを取ったけど、今後のことが大きく分けて三つ。まず街に残る」

 全員頷く。

「次に目的地に帰る。家族の元であったり、故郷であったり」

 全員頷く。

「次が厄介……。ここではない新天地を目指す」

 その場に居なかったリーダー達が首を傾げ、モジューラが代表で質問する。

「新天地って、何だい?」

「つまり、故郷に帰りたくない。もしくは帰れない。だけど、嫌な思い出の残るここには居たくない。新たな土地で、人生をやり直したいということだ」

「難民になっちまうんじゃないのかい?」

「それが心配だ。でも、分からなくもない。ヒルゲに受けたことをトラウマに持っている者が、ここに居たくないのも分かる」

 モジューラが顎に手を当てる。

「もしかして、今日聞いた子達の何人かの答えもそれなのかも? 今一、分からなかったんだよ」

 クリスは軽く片手をあげる。

「で、その一番最後のなんだけど、他の二つより人数が少ないにしても、結構、居るんだよ」

「何人ぐらいだい?」

「労働者とスラムの人間を合わせて、四十人ぐらいになった」

「かなりの人数じゃないか?」

「そうなんだ。特にスラムの連中が多かった。先立つものがあれば出て行くって」

「娼館勤めの子も含めれば、五十人前後になりそうだね」

「回収していない労働者も居るし、まだ増えそうだ……。どうしたもんかね……」

 クリスは大きく溜息を吐いた。

 故郷に帰る者などは、帰る場所があるから問題ない。街に残る者は、一緒に街を変える手伝いをして貰う。しかし、新天地を目指すとして、その受け入れ先は、どうしようもない。

 最悪の事態として、その人達が全員戻って来たら、どうなるか? 街の再建を手伝った者と手伝わなかった者とで、一波乱起きるかもしれない。

 皆が悩む中で、イオルクが提案する。

「ノース・ドラゴンヘッドは、どうだ?」

 イオルクの言葉に、全員がイオルクを見る。

「俺の居た国だよ。あそこ、難民の支援もしているはずだ」

「土地は?」

「五十人ぐらいだろう? 新たに街を造ればいいんじゃないか?」

「お前……。簡単に言うけど、作り掛けのこの街だって、こんなに大変なんだぞ?」

「だけど、ドラゴンチェストと違って国なんだ。法律もあるけど、街を作る過程や経験も豊富にある」

「そんなに上手く行くかよ?」

「ユニス様に頼めばいい」

「それって……」

「お姫様だ」

 明らかに身分違いな存在が出てきて、リーダー達は驚いた。

 しかし、それを気にすることなくイオルクの話は続く。

「俺、親しい仲なんだ。そのお付きの隊長も中々のやり手だし、俺が手紙を書けば何とかしてくれるはずだ」

 クリスは仏頂面で聞き返す。

「何で、一介の騎士の頼みをお姫様が聞いてくれるんだよ?」

「俺、命助けたりもしてるし」

「は? お前、凄く偉い奴なんじゃねぇか!」

「偉くはないよ。階級低かったし。でも、普通に会話する仲だった」

「ドラゴンテイルの王都からここまで、ちょくちょく聞いていたけど、分からなくなってきた……。まあ、でも……、本当に頼りにしていいのか?」

「手紙に面白そうな書き方をすれば大丈夫だ」

 クリスは額に手を置く。

「思い出した……。そのお姫様って、少し変わってんだよな?」

「そう」

 クリスは額に置いてあった手を頭に持っていくと、溜息混じりに言葉を漏らす。

「この際、イオルクに頼るか」

「ああ、任せてくれ。……でも、ユニス様だけに頼るのも悪いか? 実家の方に難民を向かわせて、ユニス様宛ての手紙を持たせて、対応が始まるまで面倒見て貰おう」

「大丈夫なのか?」

「兄さん達は、城じゃ隊長だからね。権限もあるし、優先的に動いてくれる」

「本当に凄いな。お前の努力の欠片が一つもない他力本願な作戦じゃねぇか」

「仕方ないだろう。他にいい案も浮かばないんだから」

「迷惑掛けて悪いと思ってるから言ってんだよ」

「大丈夫だよ。困っている人間を放っておけないのも騎士の性分だ。信頼できるから頼っていい」

「そうか? じゃあ、お願いするぞ? 正直、こっちもギリギリだからな」

 イオルクは頷くが、リーダー達は暫し呆然としてしまった。

 そして、イオルクの滅茶苦茶に耐性の強いクリスが話を再開する。

「とりあえず、難民問題は何とかなりそうだ。明日からの作業についてだ」

 リーダー達は我に返り、クリスの話に集中し始める。

「まず、資金作り。ヒルゲの屋敷の宝物庫を解放してバンバン売りに出す。屋敷は労働者達の宿泊施設にするから、生活用品は残す。そして、労働者達が住居を手に入れたら、屋敷を改築して会合の場にでもしよう」

 リーダー達は頷く。

「資金作りはエンディに担当して貰う。相談した方がいいかもしれないものは、後回しで売りに出してくれ」

「かしこまりました」

「で、ファンクとティオンとモジューラには街を再建する資金の算出だな。スラムに続く石畳の修繕とか商店の修繕、農耕器具の追加など。モジューラは、二人をサポートしてくれ。女性ならではの問題も出そうだし」

「「「分かった」」」

「そして、引き続き、労働者の回収と入浴と刺青除去を明日から行なう。刺青除去は、オレとエルフの子二人だ」

「もう一人は?」

「イフューは、目が見えないから手伝えない。隣で今日教えてた回復魔法を教える」

 イオルクは首を傾げる。

「何で、イフューにも仕事をさせるんだ?」

「生きていくために何かを身につけなきゃダメだからだ。イフューには、街の人間が怪我をした時に治療をして貰う」

「了解だ。逆に何も出来ない方が辛いしな」

「ああ。それと資金と刺青の除去が出来次第、街を出る者の支援を始める。悪いが長く滞在されると、こっちの資金が干上がっちまう」

 全員が頷いた。

「他にも報告すること、相談したいことがあったらしてくれ」

 その後、リーダー達から報告や相談があり、約一時間ほど会合は続いた。


 …


 会合が終わり、リーダー達が娼館を引き上げ始めると、ファンクが去り際にクリスの肩を叩く。

「正直、ここまで頑張ると思わなかったぞ」

「オレもだよ」

「随分と若いしな」

「だからかな? 実は勢いに任せて突っ走ってるけど、経験がないから不安で仕方がないんだ」

「その割には、しっかりと言い切るが?」

「度胸は、ハンターをやってついたよ」

「なるほどな」

「それに一応、リーダーだからな。目的もなしにあやふやで自信なさ気にしてたら、皆、不安になるだろ?」

「演技なのか?」

「いや、空回りかもしれないけど真剣にやってるよ」

「それでいいさ」

 クリスは少し不安を浮かべて、ファンクに話し掛ける。

「あのさ……」

「何だ?」

「オレの目的が間違っていたら、リーダー全員で止めてくれよな」

「ああ、任せろ。こんな重責をお前だけに背負わせる気はない。お前は、どんなに辛い時でも気持ちで引っ張ってくれ。お前が潰れなければ、皆が纏まれる気がする」

「纏まる?」

「私達は得意とする分野が違う。それを分かっているから、ヒルゲも管理を各リーダーに分けたのだろう。しかし、ヒルゲの居ない今、纏める者が必要だ。そこに必要なのは能力や知識ではない。それらは、私達リーダーが持っているからな。クリス――お前に持っていて欲しいのは、こういう街でありたいと引っ張っていく強い想いなのだ。お前の気持ちに賛同して纏まっていけるのだ」

 クリスは静かに頷く。

「安心した……。ありがとう」

「私達の生まれた街だからな。皆で、何とかしよう」

 ファンクは、最後にもう一度クリスの肩を叩いて出て行った。

 クリスは大きく息を吐く。

「本当は、こんなのガラじゃないんだけどな」

 しかし、今、この街の一番の権力者はクリスであり、イオルクなのだ。

「オレがやらなきゃ……だな」

 クリスは振り返る。

「うわ!」

 イオルクが直ぐ後ろに立っていた。

「何だよ!」

「あのさ……。俺、明日、何をすればいいんだ?」

「ハァッ⁉」

「いや、今日のことで、俺の出来ることなんてなかったじゃんか?」

 クリスは考える。確かにイオルクは街の人間でもないし、魔法も使えないからクリスの手伝いも出来ない。

「そうだな。お前、刺青除去が終わるまでやることないな」

「遊んでたら怒られるよな?」

「立場上な」

「どうしようか?」

「そうだな……」

 クリスは再び考えると、何かを思い付く。

「そうだ。ここで鍛冶屋やれよ」

「鍛冶屋?」

「だから、農耕器具造ったりしとけよ。確か、この街って鍛冶屋ないからよ」

「そうなのか? でも、鉱山から鉱石を採っていただろう?」

「この街で加工まではしないはずだ」

「鍛冶場は?」

「明日、ファンクに聞いてみろよ」

 イオルクは頭に手を置く。

「そうするか」

「あと、揉め事も処理してくれ。お前の腕っ節なら解決できるだろ?」

「多分、揉め事は起きないぞ?」

「何で?」

「この街を支配してたハンターをぶっ飛ばした奴に逆らうか?」

「……それもそうだな。じゃあ、ゴミの山を何とかしてくれないか?」

「ゴミ?」

「スラムだよ。屑鉄やら何やら沢山だ。炉に放り込めば、また使えるんだろ?」

「そんな簡単にいくかよ……。でも、やるだけやるよ。溶かした中にアレがあるかもしれないし」

「アレ?」

「何でもない」

 クリスは少しだけ気にしたが、そのまま話を終わらせに向かう。

「じゃあ、明日も頑張らないとな」

「だな」

「ところで、ヒルゲは?」

「朝から、餌を与えてないな」

「いいのか?」

「一日ぐらい平気じゃないか? 太ってるし」

「お前、餌係もやれよ」

「アイツ、動物扱いだな」

 街の再建の方向性が決まり始め、大きな流れが徐々に生まれようとしていた。

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