夜、モジューラの娼館――。
会合は昨日同様、娼館で一番大きいテーブルで行なわれ、リーダー達が、前日に依頼された街の修繕資金の見積もりを報告するところから始まる。
ファンク、ティオン、モジューラから報告された見積もりをクリスがメモし、そのメモを見ながら、クリスは頭を掻く。
「分からねぇ……」
今まで扱ったことのないような金額は、庶民の金銭感覚を遥かに超えていた。
クリスはエンディに見積もりの書かれたメモを見せる。
「これって、ヒルゲの宝物を売って捻出できる額なのか?」
「今、屋敷の宝物を整理していますが、買った値段よりも売る方が安いものがほとんどです」
「何でだ?」
「美術的価値も骨董の価値もないヒルゲの趣味趣向で作られた美術品を、貴方は買いたいですか?」
「見たことないが断言できる。要らん」
「そういうわけです」
クリスは溜息を吐くと、資金をメモした紙を再度エンディに見せる。
「これぐらいの資金は捻出できるか?」
「はい、十分です。……しかし、昨日の御話では、街を出る者に幾らかの資金を持たせると伺っています。幾ら持たせるかにもよりますが、ヒルゲの宝物だけでは厳しいのではないでしょうか?」
「そうなんだよな……。屋敷からは、もっと売れそうなものは出てきそうにないか?」
「そろそろ頭打ちかと……」
クリスは、再び溜息を吐く。
「どうしようかな……。商店の利益って、幾らぐらい出た?」
クリスの質問にファンクが溜息混じりに答える。
「もう、回収するのか? 微々足るものだぞ?」
「ごめん……。急ぎ過ぎた……」
項垂れて困っているクリスに、イオルクが話し掛ける。
「俺の金を使うか?」
「お前の? 何で、タダでくれるんだ?」
「白剛石の買い取りの値段としてだよ」
「ああ……。でも、個人の金だろ? オレと一緒に稼いだとしたら、100万Gはないだろ?」
「いや、800万G以上あるな」
クリスは額に手を置いて、更に項垂れた。
「おかしい……」
「ん?」
「おかしい! お前、万能過ぎるだろ! 金は有るし! 貴族だし! お姫様と繋がりがあるし! 唯一の欠点は、馬鹿なところだけじゃねぇか!」
イオルクのグーが、クリスに炸裂した。
「馬鹿とは何だ! 馬鹿とは!」
「アァ⁉ 間違ってるかよ! 800万って、何だよ! お前に金借りりゃ、イフュー助けるの苦労しなかったじゃねぇかよ!」
「そこは借りちゃダメだろう……」
イオルクとの会話で覇気の戻ったクリスが腕を組む。
「っつーか、何で、そんなに金持ってんだよ?」
「俺の給料だよ」
「ノース・ドラゴンヘッドの騎士ってのは、そんなに給金高いのか?」
「質より量。俺は、一番人を殺してるからな」
「あ……」
クリスは言ってはいけないことを言ってしまったと言葉を止める。
「悪かった……。忘れてた……」
「気にするなよ。これからも旅しなくちゃいけないから、お前と稼いだ金だけ残して全部使っていいからさ」
「でもよ……。嫌な思いをした分だけ、価値がある金だろ? 命も懸けたはずだし、決して軽くない金のはずだ……」
「だから、いいんじゃないか? 今度は、人を救うために使えば」
「しかし……」
イオルクはクリスに指を向ける。
「その代わり、お前も出せ」
「……は?」
「俺だけ損するのは気に入らん」
「ふざけんな! 何で、オレまで巻き込まれるんだ!」
「いいじゃないか。もう、目的のイフューも助けたんだし」
「これから、また金が必要なんだよ! 医者に連れて行かないといけないだろうが!」
イオルクは片手を振って、そっぽを向く。
「ああ、分かったよ。じゃあ、俺の金だけ出すよ」
「ぐぐぐ……! イオルクにこれ以上、貸しを作りたくねぇ……!」
「どっちなんだよ? 提供するのか? しないのか?」
「……後払いでいいか? 余ったら提供する」
(金が絡むと、最後まで踏ん切りのつかない奴だな……)
「まあ、それでいいよ」
クリスは少し納得いかない顔でリーダー達に振り向く。
「え~っと……。資金は、何とかなりそうだ」
モジューラが呆れながら確認する。
「今ので、何とかなったのかい?」
「正直、なってないと思う……」
クリスは、がっくりと項垂れた。
「兎に角、街の経営を黒字にするまでの辛抱だ」
「そんなに簡単にいくのかね?」
「いってくれないと困る……」
クリスの態度に全員が笑いを溢す。
この新しい纏め役は、しっかりしているようで、何処か抜けている。だから、自分達が支えてあげないといけないと思わされる。だが、そう思わされるが、嫌悪感や仕方なくという感情はない。不器用なりにも、何とかしようと努力しているのが見えるから、放っておけないのだ。
ファンクが話を戻すために、クリスに質問する。
「ところで、刺青の除去は?」
「七割ぐらいってとこだ」
「では、明日には終わるのだな?」
「ああ」
「それでは街を出る者の送り出しは、いつ実行するのだ?」
「そうだな。そっちのことも考えないと。一人一人に護衛のハンターを付けるわけにもいかないし、帰る方向が同じ人間を纏めて……。他にも金を幾らずつ渡すかも……」
クリスが頭を抱えると、ファンクが前に出る。
「モジューラと私がやろう。商売ごとで資金の運用には慣れている」
「そうだね」
「助かった……」
クリスが安堵の息を吐くと、資金面の話は一段落する。
そして、今度は、イオルクがティオンに話し掛ける。
「少しいいかな? 農耕器具なんだけど……、鍬とか鎌とか」
「ああ」
イオルクは、本日の成果を見て貰うため、出来たばかりの農耕器具をテーブルの上に並べる。
「お前が造ったのか?」
「未熟だけど、鍛冶の修行を続けてた。一通りの鍛冶道具の扱いは出来る」
ティオンが鎌を手に取り、木製の柄の握り具合と刃に続く鉄の部分のバランスを確認する。
「これで未熟? ちゃんと形になってるじゃないか」
「それは、この街の前の職人のお陰だよ。残してくれた型枠があったから、それに鉄を流し込んで調整しただけだ」
ティオンは鎌を置き、今度は鍬を手にする。そして、金属部分を叩くと目を鋭くした。
「これ……。結構、いい鉄を使ってないか?」
「使った。新規開拓なら耕す前で地面が固いと思ったから、鋳型じゃなくて鍛造の製法で鉄の強度も上げてる」
「それにしても、農耕器具にこんな立派な鉄が要るか?」
イオルクは腕を組むと、少し首を捻る。
「俺の勝手な理論なんだけどさ。相手が自然だからこそ、遠慮する必要がないんじゃないか? どう考えたって、人間を斬るより、土を耕す方が道具が傷むだろう」
「それはな」
「だったら、長く丈夫に使えるようにして、整備さえ怠らなければ、ずっと使える方が長期的に見ても得だし、仕事の効率も上がるじゃないか」
ティオンは指で頬をチョコチョコと掻く。
「騎士の考えじゃないみたいだな……」
「鍛冶屋になって学んだんだ。騎士より力がない一般人の方が、いい道具を使うべきだってね」
「力で補えないなら、道具で補うしかないというわけか」
「そういうこと。……使い勝手は?」
「問題ない。これを量産するのか?」
「数は指定してくれるとありがたい」
「一人頭の耕す面積と使う農耕器具に増やす人数を考えると……」
イオルクは返事を待つが、ティオンは頭を掻く。
「もう少し時間をくれ」
「へ?」
「すまん。拡張する土地の調査がまだだから、別の農耕器具も必要になる。それに、これだけいい鍬を使うと、どれだけ効率が上がるかも分かってない」
「ああ……、なるほど」
「土地を開拓しないといけないから、大雑把な道具を造ってくれないか? 草を一気に刈り取る大鎌とか、土地を耕す鍬とか、大きな石を掘り起こすシャベルとかだ」
「了解だ。そっちを優先するよ。鍛造で鉄を叩いて造るから、時間が少し掛かるけどね」
「でも、使用期間は長期的になるんだろ」
ティオンの言葉に、イオルクは頷く。
農地拡張の方は、ティオンが引き続き、拡張する土地の調査をし、イオルクがその間に農耕器具を造ることになった。
そして、今夜の会合は、クリスとイオルクとファンクとモジューラを残して終了になる。この四人で、街を出るための人間の資金や護衛を付ける会議のためである。