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作製編  38 【強制終了版】

 ランクCの競い合い。それを行なうため、別の試験場が用意されていた。堅牢な造りの小さな部屋。受験者はアルスの他にもう一人。件の少女、ミストであった。

「貴方……」

 ミストはアルスを見て驚いた顔になる。

「どうも」

 アルスは一声だけ挨拶を返した。

(何故、あの一般人がここに? あれを通ったの?)

 ミストは不愉快というより、不可解という感覚に支配されていた。あの試験を通ったというなら、目の前の少年は優秀な魔法使いということになる。

 そして、ミストの胸に疑問を残したまま、競い合いが始まろうとしていた。審判はランクFの筆記試験を担当した試験官。試験官が入って来た通路の近くではトルスティが見守っていた。

「それでは、今からお互いの魔法の実力を見せて貰います。魔法同士をぶつけて競い合います。相手の呪文に合わせて、反する属性をぶつけて相殺するのも結構、同じ属性で力勝負をするのも結構、培った力を見せてください」

 アルスが手をあげる。

「合格の条件って、何なんですか?」

「実力を見ることです」

「じゃあ、勝ち負けじゃないってことですか?」

「そうです」

「ちなみに、どういうもののポイントが高いんですか?」

 試験官は溜息を吐く。

「実力を見せればいいのです。判断は、私が下します」

「分かりました」

 アルスは頭を掻く。

(結局、何を見るのか分からなかった。本当に力を誇示するだけみたいだ)

 アルスは、一気にやる気がなくなった。


 …


 ミストは落ち着かなかった。アルスがどのような方法で試験を突破したかも分からず、魔法使いとしての実力が未知数だからだ。何より、あれだけのことをされたのに、取っている態度が理解できない。

 怒っていない、恨んでいない、やる気のない態度は余裕を見せているようにも見える。アルスのやる気のない態度は、ミストには不気味に見えた。

「始め!」

 故に自分の中にある不安を払拭しようと、ミストは試験管の合図で、自分の使用できる最高の魔法の詠唱に入った。

「レベル4の炎の圧縮魔法か……」

 ミストの詠唱する声が響く中、呪文を聞き分けただけで、一向にアルスの詠唱が始まらない。詠唱が遅くなれば魔法の相殺は出来なくなるのが常識だ。

(何なの? こちらの詠唱は、もう半分終わっているのに?)

 ミストの手に嫌な汗が滲み、そろそろ詠唱が完成する。

 アルスはミストの詠唱が完了するのを、ただ待ち続けていた。


 …


 通路に居たトルスティは、眉間に皺を寄せていた。

「まさか、本当に避けるつもりなのですか? そんな行動、絶対に試験官が許さない」

 しかし、アルスなら、やりかねないかもしれないという不安が、余計に眉間の皺を濃くした。


 …


 ミストは詠唱が完成すると両手を突き出して、アルスに狙いを定める。一方のアルスは、右手の人差し指をミストに向ける。

(何の真似?)

 ミストは、お構いなしに魔法を起動する。

「ファイヤーボール!」

 レベル1と比べ物にならない圧縮されたエネルギーを持つレベル4のファイヤーボール。それがアルスに一直線に向かう。

「この大きさなら何とかなる……」

 アルスの指先からレベル2未満の魔力で作られた、圧縮された小さなファイヤーボールが三発撃ち出された。それはミストのファイヤーボールを的確に捉え、威力を殺すと同時に軌道を逸らした。

「あ……!」

 アルスの横を通り過ぎる自分の逸れたファイヤーボールを見て、ミストは思わず声を漏らしていた。そして、勝ち目がないことも分かってしまう。

 ミストは無詠唱で魔法を使えない。アルスの向いている指は、そのまま自分の負けを示していた。

「このまま撃ったら、横暴かな?」

(横暴……? いえ、彼には撃ってもいい理由がある。私がしたのだから)

 ミストが顔を逸らして強く目を瞑ると、アルスは手を下げた。

「これでいい?」

 試験管に尋ねると、試験官はただ頷いた。

 アルスはミストの側まで歩く。

「終わりだって」

 ミストはゆっくりと目を明け、アルスを見た。

「……どうして、撃たなかったのですか?」

「撃ったら怪我してたよ」

「私は……」

「僕は怪我をしたかもしれなかったね?」

 ミストは胸を掴むと俯いた。

「すみま…せんでした……」

 アルスは大きく息を吐く。

「二度としちゃダメだよ」

 そして、ミストを置いて通路に向かう。

「待ってください!」

「ん?」

「許してくれたのですか?」

「まさか」

「じゃあ……」

 アルスは振り返る。

「言っても無駄だと思ったけど、一応、注意はした。そもそも、君達に言って理解できるの?」

「馬鹿にして……!」

 ミストは拳を強く握ったが、そのミストを叱責する声が飛ぶ。

「貴女に、それを言う資格はない」

「トルスティ先生……」

「先生?」

 ミストの側にトルスティが立って、ミストを見下ろしていた。

(この二人、師弟だったのか……)

 トルスティがミストに強い言葉を投げ掛ける。

「何故、あのようなことをしたのです!」

「それは……。一番になりたくて……」

「それだけで、彼を危険な目に合わせたのですか!」

「……はい」

「私は、貴女にそんな汚い手段を取るようなことを教えた覚えはありません!」

(試験の時、明らかにそんな汚い手段を取っていたけど……)

 アルスは心の中で溜息を吐いた一方で、ミストは涙を流して俯いた。

「一番になりたかった理由は、何なのです? 他の貴族のように、貴女も彼を一般人だと見下したかったのですか?」

「違います……」

「では、どうして?」

「先生が――」

(先生?)

 アルスは首を傾げる。

「――試験を受ける前に、絶対に一番になりなさいって……」

「え?」

「トルスティさんが原因じゃないですか!」

 アルスは我慢し切れずに突っ込んだ。

「ア、アルス君?」

「アルスさん?」

「結局、似たもの師弟のせいで、僕が被害を被ったんじゃないですか!」

「似たもの師弟?」

 ミストがアルスに向かって首を傾げると、アルスはビシッとトルスティを指差す。

「この人も試験の時に、我を忘れて暴走したんだ!」

「先生……」

 ミストがトルスティをジト目を向けると、トルスティは申し訳なさそうに俯く。

「そして、ミストも我を忘れて暴走した!」

 続いて、ミストも同じように申し訳なさそうに俯いた。

「「すみません……」」

「最悪だ!」

 結局は、感情が昂ぶると暴走する師弟の招いたことだった。


 …


 ランクCの競い合いの結果は、アルスとミスト共に合格。アルスは、これで魔法使いのハンターとしての資格を得た。

 そして、試験の終わりを少し――。

 終了後、貴族の二人を叱責する一般人は試験官に止められた。今回ばかりは、アルスはふて腐れる。その試験官にトルスティとミストが事情を話して誤解を解き、なだめられたアルスは、ようやく気分を落ち着かせた。

 また、少し分かったことがある。『一番になる』という制限さえなければ、ミストという少女は至って普通の少女だということ。ただし、師のトルスティ同様に、何かを条件に感情が昂ぶると周りが見えなくなるということが判明した。

「トルスティさん……。ミストは自然体で居させる方がいいと思います……」

「そ、そうですね。普段、控えめな性格なので、積極性を出そうと言った一言が悪かったみたいです」

 こうしてハンターの試験は終わり、アルス達はリースの居る待合室へ移動することになった。

「アルス、受かった?」

 リースの言葉に、アルスはハンターの登録証を見せる。

「おめでとう」

「ありがとう」

「ところで――」

 リースの視線がトルスティとミストに向かう。

「――何で、あの女の人が居るの? もう、一人は?」

「お昼を奢ってくれるんだって」

「何で、施しを受けなきゃいけないの?」

(厳しい言い方ですね)

 トルスティはリースを見て、苦笑いを浮かべる。

「実は試験で色々あって――」

「あって?」

「――被害を受けたお詫びに」

「また、何かに巻き込まれたの?」

「巻き込まれた……」

 アルスは項垂れた。

 リースは巻き込んだ自分がいうことではないのを分かっていたが、言わずにはいられなかった。

「別の呪いも掛かってんじゃないの?」

「そうかもしれない……」

 アルスは乾いた笑いを浮かべる。

「あの……」

 アルスとリースが声のした方に振り向く。

「そろそろ、行きませんか?」

(この人、こんなに潮らしかったかな?)

 リースがミストの印象の変化に首を傾げると、一同は、ハンターの営業所から近くのレストランへと場所を移した。


 …


 少し高級そうなレストラン――。

 アルスとリースの頭の中には、ノース・ドラゴンヘッドのレストランが蘇る。

「好きなものを頼んでください」

 トルスティはそう言ってくれるが、注文表を見たアルスとリースは困ってしまう。

 お互い顔を近づけ、声を落として話し出す。

「アルス、何処までがいいんだろう?」

「分かんない。高いものを頼んで、ふんぞり返るのも嫌だし……。そもそも、貴族の高い安いの感覚なんて分からないよ」

 アルスとリースは、うんうん唸る。

 そして――。

「「お二人と同じものを」」

 ――逃げた。

 それを見て、トルスティは笑いながらウェイトレスを呼ぶと、適当に四人分の料理と飲み物を頼んだ。

 料理が運ばれるまでの待ち時間、最初に話し出したのはミストだった。

「アルスさん、本当に申し訳ありませんでした」

「いいですよ。悪いのは全部トルスティさんだって分かりましたから」

「アルス君……」

 トルスティが顔を引き攣らせる横で、ミストは会話を続ける

「でも、普段は、そんなに積極的に出られなくて……。だから、先生は『自信を持って、一番になりなさい』って」

「それを実行すると、ああなるんだ……」

「その、筆記試験で満点が二人ということは、既に一番ではないと……」

(この人、素直過ぎるのかな?)

 ミストの言葉に、トルスティが疑問を持つ。

「アルス君」

「はい」

「あの問題が解けたのですか?」

「解けましたけど?」

「あれは貴族の子にしか解けないと思うのですが?」

「まあ、一応、僕も貴族の子ですから」

 ミストが思い出す。

「そういえば、フルネームは、アルス・B・ブラドナーでしたね?」

「両親は魔法使いでした。両親の死後、ノース・ドラゴンヘッドのお爺ちゃんに養子にして貰ったんです」

「Bは、何の略なのですか?」

「あんまり、言いたくないかな」

「……では、聞かないでおきます」

 今の会話を聞いて、アルスが自分にだけは話してくれたことがリースは少し嬉しかった。

 そして、このタイミングで飲み物だけが運ばれて来た。アルスとトルスティにはアイスコーヒー。リースとミストにはアイスティーだった。それを全員一口飲んで一息をつく。

「ねぇ。試験で、何があったの?」

 リースの質問にアルスと他の二人は渋い顔になった。

 アルスが口を開く。

「ミストが一番になりたくて、ランクFの筆記試験で、満点を取った僕を別の難試験に放り込んだんだ……」

「何それ?」

 ミストは俯きながら話す。

「アルスさんが優秀な魔法使いだと思い、これでは一番になれないと思って……。普通に受けたら、ランクCの試験まで行ってしまうので、その試験を受けて落ちて貰おうと……」

「僕、その時、ランクFで帰るって言わなかったっけ?」

「その、勝っていない状態で帰られても困ると……」

「よくそこまで考えられるね?」

「実は――」

 ミストは両手の人差し指を絡めてクルクル回す。

「――試験前に補助魔法で、自分に暗示を掛けていまして……」

「暗示?」

「『何がなんでも一番になれ』という……」

 ミストは顔を赤くして俯いた。

「道理で……」

「印象違うもんね」

 アルスとリースは納得したが、トルスティは溜息を吐く。

「情けないですね。自分の感情をコントロール出来ずに、魔法に頼るとは」

「すみません……」

「トルスティさんも、全然コントロール出来ていませんでしたけどね」

「……アルス君、弟子の前では黙っていてくれませんか?」

「アルスさん、是非、伺いたいのですが」

 アルスは『どうします?』と、トルスティに目で訴えると、トルスティは胸の前で×を作った。

「では、やめておきます」

 トルスティはホッと息を吐く。

 しかし、トルスティの危機は去らない。リースがアルスの袖を引っ張る。

「試験の内容を説明する時に、結局、バレるよ?」

「時間の問題みたいですね」

 トルスティは項垂れて、リースに視線を移す。

「その子、鋭いですね。妹さんですか?」

「娘です」

 トルスティとミストが吹いた。そして、丁度、口に含んでいたミストのアイスティーがアルスに直撃した。

「何をするんですか……」

「す、すみません!」

 アルスは近くの紙ナプキンで顔を拭く。

「アルス君は冗談も言えるのですね?」

「リース、自己紹介してあげて」

「リース・B・ブラドナー、十歳。父親は、十五歳のアルスです」

 リースはニコリと笑った。

「嘘じゃないのですか?」

「まあ、養子という形で……」

 トルスティとミストは、目をしぱたいた。

「何というか……」

「不思議……」

 もう、笑われるのも奇異な目で見られるのも慣れっこだった。

 そして、妙な沈黙の間に、今度は料理が運ばれてきた。バスケットに入ったパンと鉄板に載ったステーキ、付け合わせのサラダ。

「食べながら話しましょう」

 トルスティが食事を促すと、全員『いただきます』と口にして食事も始まる。

「ところで、アルス。難試験って、どんな試験?」

「補助魔法の試験。魔法をレジストする補助魔法を使って、スタート地点からゴール地点まで魔法を防いでゴールするんだ」

「レジストか……。でも、アルスは、その魔法使えないよね?」

 リースの言葉に、ミストのフォークを持つ左手が止まる。

(使えない?)

「アルスはレベル1の魔法しか使えないもんね」

「うん」

「そんなはずありません!」

 ミストは立ち上がって声をあげた。

「最後の競い合いで、私のレベル4の魔法を相殺したじゃないですか!」

「そんなのしてないよ。レベル2より低い魔力を圧縮して撃っただけだよ」

「そう…でした……。この人、少しおかしいのです……」

「おかしいって……」

 リースは、アルスを見て笑っている。

 ミストは質問を続ける。

「……聞いていいですか?」

「いいよ」

「最後の……詠唱ありませんでしたよね?」

「うん」

「何で、そんなことが出来るのですか?」

「レベル1の魔法しか使えなくても、魔法使いの両親の才能を持っていたかったから……、覚えたんだ」

「それで覚える順番を無視して、熟練した魔法使いの領域に踏み込んだのですか?」

「そうなるかな」

 ミストは静かに着席した。

「信じられない……」

「気にしなくていいと思うよ。僕が間違っているのは確かだから」

「間違っている?」

「あの競い合いの時、ミストがレベル2、3のどちらかの魔法を使ってたら、僕に防ぐ方法はなかったから」

「……そうか。レベル1の魔力量で、広範囲に広がる魔法を全てを打ち消す魔法の応用はない」

「うん。だから、ミストがレベル2、3のどちらかの魔法を使ったら、助けて貰うように頼んでた」

「そうだったのですか?」

 トルスティがミストの視線に頷くと、アルスは気にせず続ける。

「最後の競い合いは、偶々。気にしなくていいよ」

(それでも無詠唱に応用の圧縮……。この人、本当は優秀な魔法使いなのでは?)

 ミストはアルスに疑問を持った。

「アルス君、レベル2以上の魔法は使わないのですか?」

「使えません」

「努力次第で、何とかなると思いますけど?」

「なりませんね」

「勿体ない……」

「そもそも、僕は鍛冶屋ですから」

「そうなのですか?」

「はい。道具が必要で大きいリュックサックなんですよ」

 トルスティとミストは大きなリュックサックに視線を移した。

「あの中身は、それだったのですか……。運ぶのが大変だったわけです」

「そういうことです。さて、そんなことより、本題を話しますか」

「本題?」

「リースとミストが聞きたがっていたトルスティさんの暴走です」

「始めから言わない気はなかったのですね……」

 アルスは笑ってみせる。

「難試験はね。レジストの魔法を使えないから、スタート地点からゴールまで走ったんだ」

「……は?」

 ミストから変な声が漏れた。

「襲い来る魔法を避けて避けて避けまくって……」

「走って避けた……?」

「そのうち、トルスティさんが試験官の立場を忘れて、壇上の魔法使い達に指示を出すという暴走行為をし出す始末」

「…………」

 ミストは状況が想像できなかった。

「そして、最後まで走り抜けたんだ」

「アルス、凄い」

 ミストは頭が痛かった。何個か変なキーワードがある。

(走る? 避ける? 魔法を使わない?)

 そして、呟く。

「先生は悪くありません……」

「どうして? 試験官が仕事無視して、指示を出すなんて反則でしょう?」

「アルスさんの行動は魔法使いの沽券に関わります」

「そうかな?」

「そうですよ。この国のハンターの試験場は魔法使いのためのようなものなのに……。魔法も使わないで走って避けるなんて、魔法使いを馬鹿にした行為ですよ」

 トルスティは頷く。

「ミスト……。やっぱり、貴女は私の弟子です」

「そこで指示を出してしまった先生も大人気ないですけど」

(僕、悪いことしたのかな?)

(ミストは、私の行為を擁護してくれているのでしょうか? それとも、呆れているのでしょうか?)

 男二人に疑問が残った。そして、この中で、何の疑問も残していないリースだけが美味しそうに食事を進めていた。


 …


 食事を進めるペースが一人だけ早かったリースは、食事を終えて暇そうにしていた。アルスからハンターの登録証を借りて時間を潰していると、あることに気が付いた。

「アルスはランクCに登録されたんだね?」

「うん」

「レベル3の魔法も使えないのに?」

「うん……」

 リースはニヤニヤと笑っている。

「……どうしたの?」

「ランクCでしょ? 私の『あれ』が探せるじゃない?」

(しまった……)

 アルスは大事なことを思い出し、バレてはいけないことがバレたと諦める。

「大失敗だ……」

 ミストが料理を食べ終えて質問する。

「どうしたのですか?」

「ランクCになっちゃいけないのを思い出しただけ……」

「ランクCになってはいけなかったのですか?」

「いけなかった」

 各々の食べ終えた食器をウィトレスが片付け始める。

「では、何故、試験を受けたのですか?」

「それは、色々あって……」

「秘密が多いのですね?」

「僕のことばっかり聞くからだよ。ミストのことを聞き続ければ、言い難いこともあるさ」

「そうですか? 私は、今日起きたことでしか質問していませんけど? 試しに、私に何か聞いてみますか?」

「……え? あ~、ミストとトルスティさんの関係は?」

「魔法を教えている先生と魔法を教えて貰っている生徒ですけど」

「…………」

 アルスは、ネタが尽きた。

「アルスさんの行動が問題のようですが?」

「……弱ったな」

 トルスティは困っているアルスを見て、アルスという少年が少し分かった気がした。

(私が試験を受けさせないと言ったことを、ミストには伝えない気なのですね)

 そして、リースを見る。

(きっと、この少女のためにも秘密にしているのでしょう)

 トルスティはミストを止める。

「困っているようですよ。そろそろ、やめてあげなさい」

「……はい」

 アルスはホッと息を吐くと、外を見る。まだまだ、日は高い。

「もう、行きます。今日中に次の町まで行きたいんで」

「そうですか?」

 トルスティが席を立つと、皆、席を立った。その後、会計を済ますと、アルスとリースは挨拶をして町を後にした。

 その去り行く姿を見て、トルスティがミストに話し掛ける。

「優しい少年でした」

「優しいのですか? 楽しい方だとは思いましたけど?」

「優しいのですよ。彼はミストのためにも秘密にしてくれたのです」

「私のため?」

「言えば、彼の行為を踏み躙ってしまいますから言えませんけどね」

「……そうですか」

 ミストは、アルスを思い出す。

「何だか少し悔しい……。アルスさんは、きっと、優秀な魔法使いに違いないのに、私に全てを見せなかった」

「気付いていましたか?」

「手加減されたのです」

「それは、どうでしょうか? 私は、彼に『レベル2以上の魔法は使わないのですか?』と質問をして、『使えません』と彼は答えました。『使いません』ではありません。本当に使えないのでしょう」

「使えない?」

「ええ。そして、それでも鍛練を積んで身につけたのが、ミストとの競い合いで見せた結果。手加減はしていません。あれが彼の本気に違いありません」

「……それでも負けていた気がします」

「負けはしましたが、私はミストに間違ったことを教えていないと思っています。覚えていた魔法の技術の相性が悪かっただけです。彼が言った通り、レベル2、3の魔法なら立場は逆でした」

「でも、最初から無詠唱の魔法を使えば、私は反撃も出来ません」

「それも技術の差です。しかし、負ける要素は、ミストの方が多かったと認めましょう」

「はい」

「魔法の修練は、少し厳しくなりますよ?」

「頑張ります」

 サウス・ドラゴンヘッドの小さな出会いは、魔法使いの少女に少しだけ転機を与えた。

「でも、私達は反省もしないといけませんね……」

「はい……」

 ついでに師弟の欠点も浮き彫りにした。

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