十分後――。
トルスティがアルスの居るゴール地点に現われた。
「何と言えばいいのか……。前代未聞のことが起きてしまいました」
「よく言いますよ。試験官のクセに指示を出すなんて」
「それは……、すみません。感情的になってしまって」
「兎に角、これで試験は終わりですよね?」
「いや、まだです」
「は?」
「ランクCは、受験者同士の競い合いがあります」
「この試験でパスしたんじゃないんですか?」
「これは実力者が試験の時間を割くためのE、DランクとCの実技を省くためのものなのです」
まだあるのかと、アルスは溜息を吐く。
「で、競い合いって、何なんですか?」
「魔法を撃ち合うだけです」
「次こそ、死に兼ねないんですけど……」
「何故? 君は、使用者の魔法同士をぶつけられるほどの熟練者でしょう?」
「僕、レベル1の魔法しか使えないんです」
「……え?」
「レベル1の魔法しか使えないんです! だから、さっきの試験も走って逃げてたんです! 魔法同士をぶつけたのは、苦肉の策です!」
アルスが声を大にして叫ぶと、トルスティはアルスを呆れた目で見る。
「君は馬鹿だったのですか……」
「仕方ないじゃないですか! トルスティさんがミストに試験を受けさせないって言うんだから!」
「そこまでする義理があるのですか?」
アルスは項垂れる。
「この試験で終わりだと思ったんですよ……。これなら、さっきの試験で円の中に居て、時間切れで不合格になればよかった……。ランクCで競い合いなんて、相手は確実にレベル3以上の魔法使うに決まってるし……」
「次の試験は、逃げ場がないですからね」
「何かいい手はないんですか?」
「そう言われましても……」
更に深く、アルスは項垂れた。
「なるようになるか……」
諦めると、アルスはトルスティに向き直る。
「レベル2、3を使う気配があったら助けてください」
「何故、そのレベルだけ?」
「広範囲で躱せないからです」
「レベル1、4は?」
「さっき、躱して見せたじゃないですか」
「また、あれをやるつもりなのですか……」
今度は、トルスティが項垂れた。
「手段なんて選んでいられませんよ」
「ただ避けられますかね?」
「そういえば、さっきも逃げれないようなことを言ってましたね?」
「部屋が狭いのです」
「どうして……」
「射程の短い魔法でも、ぶつけ合うためです」
「それを体に当てないで、魔法だけをぶつける方法はないんですか?」
「結局、貴族の作ったルールですから、力を見せ付ける必要があるのですよ」
「なんて要らない見栄なんだ……」
「まあ、尤もなのですが、私は従う以外の選択肢はありませんし……」
「上司に逆らえない部下なんですか?」
「管理職も辛いのです」
(この国、ダメかもしれない……)
アルスは激しく項垂れた。
…
アルスの受けた(受けさせられた)試験は、時間短縮のためのもの。ランクCの競い合いまでは時間に余裕があった。トルスティから荷物を受け取ったあと、アルスは待合室で待っているリースに会いに行った。
「終わったの?」
「それが……、もう少し掛かるみたいなんだ」
「ランクFを受けた人達は、とっくに出て行ったよ?」
「色々あってね……」
アルスが乾いた笑いを浮かべると、リースは疑問符を浮かべて首を傾げた。
「お腹空いてない?」
「お腹が空くには、中途半端な時間かな?」
「そうだよね。今日の受験者って、あの人達だけのはず。僕と同じ試験を受けた人が居なかったから、あの人達を待つのかな?」
リースは欠伸をする。
「待ち疲れちゃった……」
「ごめんね」
「別にいい。そういうルールなんだから」
「貴族のハンター営業所か……」
ハンターの営業所の中は、試験を受けるまでの賑わいがなくなっていた。この国では試験を受けるために利用されるだけの存在らしい。
リースがアルスに質問する。
「試験、どうだった?」
「簡単だったよ。リースなら少し基礎を覚えれば、直ぐにでもハンターになれるよ」
「本当?」
「うん。年齢制限で引っ掛るかもしれないけど」
「そうだね」
「あと、ここで登録すると、登録されるタイプが魔法使いになるね」
「それ、イヤ。私、戦士とか剣士がいい」
「何で?」
「そっちの方を一生懸命に頑張ってるんだもん」
「どうしてリースは、そっち方面になりたがるんだろう?」
「いいでしょ」
「個人の好みを強制できないけど……」
アルスはリースの魔法の才能は羨ましいが、本人の努力を否定するのは苦手だった。それにリースは着実に技術を身につけている。
「でも、魔法もしっかり使えるようにはなっとくよ」
「本当?」
「魔法にも間違い探しがあるんでしょ?」
「あるよ」
「やっぱり」
「詠唱なら、間違い探しは『耳』になるけどね」
「それで判断するの?」
「そう。使ってる呪文は共通だから、特定の単語を聞き分けて発動までの時間を予測するんだ」
「なるほど」
「お爺ちゃんは魔法を使えなかったから、僕達よりも大変だったんだろうな。発動の感覚は全部想像だから」
「アルスのお爺ちゃん、魔法使えなかったんだ?」
「使えなかったって」
「そういう人も居るんだね」
「友達に感覚の鋭い人が居て、看て貰ったけど、体の中に魔法を使う力が入っていかないんだって」
「初めて聞いた」
「僕も、初めて聞いたよ」
それから暫くの間、アルスとリースは会話を続けていたが、やがて営業所の中がざわつき始めた。
「他の人達の試験が終わったみたいだ。行ってくるよ」
「うん、頑張ってね」
アルスは手を振って試験会場へと戻って行った。