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第58話 『大きなお山』

「待たせたなマイカ。マフダレーナ侍女長様との話し合いは直ぐに終わったんだが、その後、御用商人としての登録手続きやら何やらで、時間がかかってしまった。」


「お池に浮かぶー♪、お山が6つー♪、大きな大きなお山が6つー♪」


「…おいマイカ、何だその変な歌は?」


 ハンデルが皇宮裏門であるナー門の待機所に来たところ、マイカが一人、木製ベンチに座り放心状態で妙な小唄を歌っていた。


「…やあハンデル、山はいいよにゃあー。」


「何言ってんだマイカ、大丈夫か?」


 その時、待機所の物陰から人が二人現れた。

 リーセロットとララである。

 二人とも、それぞれウシャンカ帽とターバンでエルフの特徴のある耳を隠している。


「初めましてハンデルさん。私は摂政秘書官のリーセロット。こちらは部下のララです。」


貴女あなたは、インハングの街で…」


 ハンデルがララを見て言った。


「はい。あの節は…」


 クールな表情のララの瞳がキラリと光った。


「マイカ!お迎えが来たわよ、しっかりなさい!」


 リーセロットに呼び掛けられたマイカの視線に、リーセロットの大きく前に張り出した胸部が映った。


「…んあ?中でもドでかい2つのお山~♪

 ……あっ、リーセロットか!

 何?リーセロット。」


「何?じゃないわよ、マイカ。あなたの雇用主も用件が終わったみたいよ。」


「…おっ!ハンデルか。いつの間に来たんだ?」


「お前さん、さっき返事しただろうが、山はどうとかって…

 何だ?また皇宮の裏の山にでも登ったのか?」


「…いや、登ってないけど…うん、山はいいよにゃあ。」


「本当、どうしたんだ?あの、マイカに何があったんです?」


 マイカがいまだ心ここらずの状態だっため、ハンデルがリーセロットとララに尋ねた。


「いえ、親睦を深めるために一緒に入浴したのですけどね、私達と、もう一人の女性とマイカの4人で。」


と、リーセロット。


「背中を流してあげようとしたのに、拒否して、ずっと湯舟に浸かりっぱなしだったので、のぼせたみたいなんです。

 その後、充分に休憩させたのですが。」


と、ララ。


「入浴?貴女あなた達と!?

 いや、コイツは!…あ…いや、何でも…」


「…えっ!?もしかしてハンデルさん、貴方あなたもマイカの前の事を知っていらっしゃるの?」


「はい。あっ、リーセロット様方もお聞きになられたのですね?マイカが異世界から転生してきた事を。

 なのに、よく一緒に入浴など…コイツ、心は男のままですよ!」


「ええ、筋骨隆々のイカついオッサンだと…

 まあ、今は美しい少女の姿なので構わないかなあ、と思って…

 しかし、刺激が強かったみたいで…」


「はあ…前世はオッサンだという事は聞きましたが、具体的な風貌までは…どうしてマイカの前世の姿がお判りになられたのでしょう?」


 ここでリーセロットとララは顔を合わせてお互いに頷き合い、リーセロットはウシャンカ帽を、ララはターバンを取り外してみせた。


「あっ、その耳は!貴女あなた達もエルフ!?」


「はい、ハンデルさん。貴方あなたは信頼に足る人物とお見受けし、正体を明かしました。

 あと、もう一人、一緒に入浴した者もエルフです。その、もう一人のエルフの能力スキルで、マイカの前の姿が判りました。」


 ハンデルの問いにリーセロットがそう答えた。


「何と!稀少種のエルフが同じ所に3人も…マイカを入れると4人か…

 御三方おさんかたは、普段はエルフである事を隠しておられるので?」


「はい、色々と訳があって。一つの理由としては、ヘローフ教の目を欺くためです。」


「ヘローフ教…まだ帝国内でもかなりの勢力が残っているのでしょうか?」


「ええ、ここ帝都では目立っていませんが、帝国本領を出ると随分とうごめいているようです。

 私達の事はあまり知られていないでしょうが、マイカは、エルフのマイカの名は、既に帝都…いや、帝国中に鳴り響いてしまいました。」


「あ!それは私のせいです。

 私が、彼女がエルフである事の珍しさを利用して…配慮が足りませんでした。」


「いえ、過ぎた事を責めるつもりはありません。

 貴方あなたほどの手練てだれの元にいれば、まずは安心でしょう。それに、私達も目を光らせておきますので。」


「はい!この闘商ハンデルが身をもってマイカを守ります!!」


「お願いします。しかし、マイカは摂政殿下との拝謁の結果、皇家の直臣となりました。

 その臣下としての活動もこれから行なわねばなりません。その際にはどうしたものか…」


「皇家の直臣?では、マイカは貴族の位を頂いたのでしょうか?」


「いえ、それは固辞したので、身分は平民のままで皇家直臣の立場を与えられました。」


「平民のまま直臣…それでマイカに何をさせようと?」


「マイカが望みとして申し出た、警察なる組織の長として活動してもらう事になりました。」


「警、察…?」


「何やら、様々な犯罪を捜査したり、民衆の安全を守る活動をしたり、という公的機関らしいです。」


「それならマイカから聞いた事があります。前世でそのような仕事をしていたと。」


「ええ、まずはその警察の組織を立ち上げるために働いてもらわねばなりません。

 頻繁に皇宮へ来てもらう事になりますが、毎回、今回のように迎えを出す訳にもまいりませんし…」


「確かに。こう見えてもマイカ自身、かなりの武芸の達者なのですが、一人では心許こころもとないですね。」


「そこで提案したいのは、マイカを皇宮内で居住させるのはどうか?という事です。

 ハンデルさん、貴方あなたもこれから皇宮には頻繁に訪れるようになるのでしょう?

 ですので、彼女への用件があれば、その折にでも。」


 (うーむ…そうなればマイカを色んな所に連れ出して、ファッションモデルや客寄せの売り子として使役するのが難しくなるな…

 しかし、その事によってマイカの身に危険が及ぶ可能性を作ってしまった訳だし…)


「判りました。その件、マイカとよく話し合って決めます。」


「よろしくお願いします、ハンデルさん。

 …で、マイカ…マイカ!いつまでボーっとしてるの?

 ハンデルさん、お帰りになるわよ!あなたも一緒に帰るんでしょ?」


「……はっ!あ、うん、帰る。

 リーセロット、ララ、じゃあまたね。」


「うん。またね、マイカ。

 …次に来た時も、また一緒にお風呂入ろうね!」


「今度こそ背中を…いや、全身くまなく洗ってあげます…いや、あげるわ、マイカ!」


「………」


「おい!マイカ、大丈夫か!?」


 ハンデルが見ると、マイカは両の鼻の穴から鼻血を流していた。


             第58話(終)


※エルデカ捜査メモ〈58〉


 かつてヘローフ教を国是とする宗教国家フリムラフ教国は、現ラウムテ帝国が所在するヘルダラ大陸の約3分の2を勢力下に置いていた事もあり、そのため、いまだに大陸全体にヘローフ教信者が多く存在する。

 その中には、フリムラフ教国を駆逐し、大陸北端の寒冷地域に追いやった帝国に対してテロ行為を行う者も、少なからず存在する。

 そのヘローフ教過激派連中であるが、普段は一市民として暮らしているため、判明しにくい現状にある。

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