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第71話 『ケルベロスの子と、その母』

「な!まさかおりから出したのか?

 おい!アーベとベンは!?」


 ラインがケルベロスの母子を乗せていた馬車の荷車の中を覗き見ると檻が喰いやぶられており、そばに男が2人倒れていた。

 2人とも首から大量に出血している。おそらく喉笛のどぶえを噛み千切ちぎられたのであろう。


「まさか!鋼鉄の檻を破ったというのか!?

 シュルス!シュルス早く来てくれ!!」


「ああライン、判っとるよ。

 このメス犬めが!捕らえた時と同じ、ワシの魔法で眠らせてくれる!!

 眠りの魔法!就落寝しゅうらくしん!!」


 シュルスが手に持った木の杖を牝ケルベロスに向けて唱えると、杖の先から白いもやのようなものが飛び出し、牝ケルベロスに向かっていった。


「ギャ、ギャ!ギャオォーーンッ!!」


 牝ケルベロスが極めて高く、凄まじく大きな叫び声を上げた。

 猟獲りょうかく隊の男達が、その音圧に耳を塞いだ瞬間、牝ケルベロスに向かっていた魔法の白い靄が破裂するように散り、そして消えていった。


「バ、バカな!ワシの魔法を搔き消しよった!!」


 牝ケルベロスは叫び声を上げる際に下に置いた子ケルベロスを、今度は中央の顔の口で咥え直し、立ち塞がる正面の男達に向かって突進していった。

 一瞬で4人の男達の間をすり抜けたが、すり抜けられた男達はいずれも頭が無くなっていた。首の無い4人の男達がゆっくりと地に倒れ伏せた。


「な!あっという間に4人も!!

 いかん!逃げられるぞ!早く馬を!馬をけ!!」


 ラインの声に反応し、その場から数人、馬車の馬を荷車から引き離しにいった。

 しかし、正面に立ち塞がった4人の男を突破し、猟獲隊達に背を向けた牝ケルベロスはそのまま駆け出さずに再び猟獲隊の男達の方へ振り返り、自身の後ろの地面に子ケルベロスを置いた。


「ギャ、ギャ!ギャオォーーンッ!!」


 再び高音の、凄まじく大きな叫び声を上げ、牝ケルベロスが猟獲隊達に向かって突進してきた。

 猟獲隊の男達は皆、腰に帯びた剣や手に持った槍を構えようとしたが、構えるより早く首や胴を牝ケルベロスに噛み千切られていった。


「ワオオォォーーン!」


 牝ケルベロスの3つの内の右の首が後ろを振り向き、立ちすくんでいた子ケルベロスに対して吠えた。


 (ニゲナサイ、ボウヤ!ハヤク!!)


 (デモ、ママ…)


 (ハヤクシナサイ!!)


 子ケルベロスが振り返って走り出した。たどたどしいが結構速い。


「いかん!子を逃がすな!!」


 ラインが叫ぶと、3台の馬車から切り離された計6頭の馬の内の5頭に5人の男達がそれぞれ飛び乗り、一斉に駆け出した。

 だがその時、牝ケルベロスの中央の顔の口が大きく開き、業火ごうかとも言うべき凄まじい勢いの炎を口から吐き出した。


 「ギャアアァーーッ!!」

 「ヒヒイィーーンッ!!」


 5人の男達が5頭の馬もろとも炎に包まれ、一瞬ですみにされた。


「このままでは皆殺しになる!やむを得ん、弓を!弓を使え!!」


 そのラインの号令で皆、背負っていたボーガンを手にした。何本もの矢が牝ケルベロスの身体に突き刺さる。

 ふと見ると、逃げた筈の子ケルベロスがそう遠くもない場所にたたずんでこちらを見ている。


 (ママ、ママ…)


「キャアアァァーーーンッッ!!」


 牝ケルベロスが先程のよりもっと高く、もっと大きな声で叫んだ。

 それは、この場に居たモンスター猟獲隊の連中は知るよしも無かったが、上位のケルベロスが下位のケルベロスに対して放つ絶対命令の叫びであった。


 (ハシレ、ボウヤ!!

 ドコマデモトオクヘ!!!)


 上位のケルベロスのこの叫びを聞くと、下位のケルベロスはいやおうでも従ってしまう。

 子ケルベロスは一目散いちもくさんにその場から駆け出した。もう立ち止まることも、振り返ることもしない。

 全身に矢を受けながらも牝ケルベロスは炎を吐き続け、弓の射手を一人、また一人と焼いていった。


 隊長のラインが残った1頭の馬にまたがった。右手に銀色に光る投げ槍を持っている。

 ラインは馬の腹を蹴り、馬を走らせた。牝ケルベロスは馬に乗って近づいてくるラインに向かって炎を吐いたが、ラインは間一髪かんいっぱつ、馬をジャンプさせてこれをかわし、持っていた投げ槍を牝ケルベロスの背に投げつけた。

 槍は牝ケルベロスの背から腹を突き通し、その先を地に縫いつけた。

 牝ケルベロスは静かに足を折り、その場に伏せた。瞳は光を失っている。


「何人やられた!?」


 ラインが馬上から周りに尋ねたところ


「生き残ったのはワシら5人だけじゃよ。」


と、魔法使いのシュルスが答えた。


「…16人も、腕利きのハンターである我々が、この短時間で16人もやられたのか…

 せめて子のケルベロスだけでも生きて捕らえんと割に合わん!馬ならば追いつけよう、よし!!」


 ラインが馬を駆けさせようとした、その時、槍に串刺しにされて既に動かなくなっていた牝ケルベロスの中央の顔の口が開き、炎を吐き出した。

 それは随分と勢いの弱まったものであったが、馬の前足を焼くには充分だった。


「ヒイィーーン!!」


 前足を大火傷した馬が前のめりに倒れた。

 ラインは素早く馬から飛び降りて無事であった。ラインは倒れ伏している牝ケルベロスを見下ろして


「子を逃がすために、そこまで…

 もはや追いつけない。お前の勝ちだケルベロス…」


完全に動かなくなったその姿に、そう語りかけた。


 (…ボウヤ……イキテ……ドウカ……イキノビテ………)


 牝ケルベロスの意識が静かに消えていった。



「しかしまあ、凄まじいもんじゃったの。

 やはりケルベロスは、まさに地獄の番犬じゃった。」


 歩きながらシュルスが沁々しみじみと言った。

 牝ケルベロスにやられた者達を埋葬し、生き残りのラインとシュルス他3名のモンスター猟獲隊達は荷車をきながら歩いていた。中に牝ケルベロスの遺体を積んでいる。


「しかしワシの魔法を搔き消してしまうとは…

 捕らえた時は何故そうしなかったのじゃろう?なあライン。」


 シュルスが荷車の方を振り返って見てラインに語りかけた。


「腹に子を宿していたからだろう。あんな凄まじい叫び声、腹の子に良くないに決まっている。ろくに抵抗もしなかったのも、その為だろう。」


「ふむ。じゃが突然に…」


「多分、子が離乳したんだろう。それで、そろそろ逃げる頃合いだと。

 たとえ自分が倒れても、子だけでも何とか生きていけるだろうと判断したんだろう。」


「子が生まれてから大人しかったのも、その為だったんじゃな。子がある程度成長するのを待って…」


「ああ、そうさ…しかし、さっきの戦いぶりからすると、はなから子だけ逃がすつもりだったのかもな。」


「自らを犠牲にしてでも…じゃな。ケルベロスは知能が高いと言われていたが、まさかここまでとは…」


「ああ、もしかしたら人間以上かもな。

 知能の高さも、子を思う心も…」



 (ココ、ドコ…?)


 子ケルベロスは一昼夜駆け通し、夜明け前に疲れて眠っていた。目が覚めると日が昇っていたが、真上ほどではないため、まだ朝の内だろう。


 (ママ…ママハ……

 モウイナイ…ドコニモ……)


 子ケルベロスは、その本能によって、もはや母が絶命してしまったことを感じとっていた。


 (ママ、ダイスキダッタノニ…カナシイ……

 ボク、ヒトリ…サビシイ……

 ニンゲン、コワイ…キライ……)


 その時、子ケルベロスが身を隠していたくさむらに何者かが近づいて来ていた。その者は何か甘い香りを伴っている。


 (アマイカオリ…ボク、オナカスイタ……)


 子ケルベロスは甘い香りをさに釣られて叢から飛び出した。


「何だ!?ん?犬…?いや、首が3つあるぞ!」


 子ケルベロスの3つの顔の計6つの瞳に

   白金色の長い髪

   緑色の瞳

   先のとがった長い耳

を持つ人間の少女の姿が映った。


 (ニンゲン…デモ、アイツラトハチガウ…

 ナンカ、イイカンジ…

 ボク…コノヒト、スキ……)


「イチジクが欲しいのか?いいよ食べな。」


 少女は子ケルベロスにイチジクの実を一つ差し出した。



「……ん?ケルン、何だ?今日はやたらとくっついてくるな。」


 ルストの宿場町から発った馬車の中で寝ていたマイカにケルンがピッタリと身体を寄せてきた。


「今日は甘えたい気分なんだね?

 いいよケルン、思い切り甘えな…」


              第71話(終)


※エルデカ捜査メモ〈71〉


 3つある頭の中央の頭に角がある王獄犬種コーニングケルベロスは群れのリーダーとなるが、コーニング・ケルベロスはコーニング・ケルベロスのたねでしか生まれず、しかも生まれてくる子が必ずしも全てコーニング・ケルベロスでないため、ケルベロスのリーダーはハーレムを形成し、種の保存に努める。

 しかし、この時の牝ケルベロスはハーレムの内の一頭ではなく、ただ一頭の妻であり、その事により嫉妬されて、リーダーが離れた隙に群れから追い出されたものらしい。

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