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第70話 『一頭の牝ケルベロス』

 アッケルマン辺境伯とその家臣、ライン・モンスター猟獲りょうかく隊隊長が密談を行なった頃から2ヶ月余り前、ラインはヘルダラ大陸中央より少し東に位置する、ラウムテ帝国の属国の一つであるエイズル王国の東端に居た。

 そこからほんの少し東に向かえば「不毛の地」と呼ばれる荒廃した地域に入ることとなり、此処ここわばエイズル王国と不毛の地との境界線上であった。


「やったぜ!遂に地獄の番犬ケルベロスを捕まえた!!」


「運良く群れから離れた一匹を見つけられたぜ!」


「ん?コイツはメスだな。ハーレムの他の牝に追い出されでもしたのか?」


 揃いの茶色い革鎧を着た男達が円陣を作って歓声を上げていた。円陣に囲まれた中心に網でくるまれた一頭のケルベロスが横たわっている。気を失っているのかピクリとも動かない。


「皆よくやってくれた!さぞかし伯爵様がお喜びになられるぞ!」


 歓声を上げている男達に向かってラインが言った。

 ラインも男達と同じ意匠の革鎧を身に付けている。どうやらその男達はラインが率いるモンスター猟獲隊の面々らしい。

 そのラインの後ろから

   小柄で痩せた

   白髪で腰の曲がった

まるで老人のような男が近づいてきた。この男はラインや他の男達と違い、紺色のローブのようなものを身にまとっている。

 その老人のような男は、右手に持った木の杖でラインの、革鎧に守られていない腰骨の辺りを「コツンッ!」と打った。


「イテッ!何をするシュルス!」


「何をする、ではないわいライン!

 最大の功労者たるワシをたたえんかい!!」


「ああシュルス、よくやってくれた。

 やっぱり凄いぜ、あんたの「眠りの魔法」は!地獄の番犬と怖れられるケルベロスもイチコロだもんな。」


「うむ、うむ、そうじゃ、そうじゃ。ワシが居なければ、こんなに楽にはいかんかったじゃろう?ほれ、皆もワシに感謝せい!」


「おう、ありがとよシュルス爺さん!」


「大したもんだぜ、爺さん!」


「本当に恩に着るぜ、シュルス爺さん!」


「何じゃい!爺さん爺さんとは!」

 ワシャ、まだ60を越えたばかりじゃぞ!!


「ハハハ、でもシュルス、あんた実際の歳より20は老けて見えるから仕方ないじゃないか。」


「何をライン!貴様、当分目が覚めぬ魔法をかけてやろうか!!」


「おっと、すまないシュルス。今夜の飲み代は俺におごらせてくれ、それで許してくれよ。」


「ふん、まあ良いわい。さっ、そうと決まれば、さっさとこのケルベロスを馬車に積んで宿場町に向かうぞい!」


 今回アッケルマン辺境伯からケルベロス捕獲の命を受け、この不毛の地との境界に赴いてきたモンスター猟獲隊は、ライン、シュルスと他の隊員達を合わせて計21名。二頭立ての大きなほろ馬車3台に分乗して旅をしてきた。

 その内の1台に眠っている牝ケルベロスを運び、中にあった見るからに頑丈そうな鋼鉄製のおりの中に運び入れた。


「さあ、ここからまた長旅だ。皆、故郷くにに帰ろう。」


 ラインが合図すると、3台の馬車はゆっくりと進みだした。


 魔法の効果が切れた際に暴れることが危惧きぐされたが、目覚めた牝ケルベロスは非常に大人しかった。

 人が檻に近づけばうなり声を上げるが、与えるエサも食べるし、水もよく飲んだ。

 エサを食べて水を飲むと眠る。そのような日が5日程続いた。


「ワォーン!クゥーン!キュウゥーン!」


 ライン率いるモンスター猟獲隊達が牝ケルベロスを捕獲してから5日経った夜、異変が起こった。

 突然、牝ケルベロスが大きな鳴き声を上げて苦しみだしたのだ。


「わっ!どうしたんだ?コイツ。」


「まさか病気かなんかか!?」


「ライン隊長!こちらに来て下さい!!」


 ケルベロスを積んだ馬車とは違う馬車に乗車していたラインが駆けつけたところ、その異変の正体が判明した。


「おい!そのケルベロスの尻の辺りを見ろ!!」


 ラインが叫ぶと、その場に居た全員が一斉に注目した。

 小さな小さなケルベロスの3つの頭が表に出てき始めている。


「コイツ、腹に子がいたのか!?よし!俺が取り上げてくれる!!」


 ラインはそう言うと牝ケルベロスに近づいていった。

 アッケルマン辺境伯に仕える騎士だったラインがモンスター猟獲隊に入って約20年経つ。

 それから今まで色んな種類のモンスターの出産にも立ち合ってきたので、こんな事には慣れていた。


 数時間の後、小さな命は無事に産まれてくることが出来た。

 母となった牝ケルベロスも別状なさそうで、母子共に健康といったところだ。


「ハハハ、やった!ただでさえ捕獲した例が極めて少ないケルベロスなのに、その赤ん坊もとは!

 それにこの子のつの

 これは伝説の王獄犬種コーニング・ケルベロスあかし!珍しい事この上ない!!

 皆!たんまりと恩賞が頂けるぞ!!」


「ウオオォーーーッ!!」


 モンスター猟獲隊の男達の歓声が夜空に響き渡った。


 エイズル王国東端と不毛の地との境界線上からアッケルマン辺境伯領までの道のりは遠く、馬車を使っての移動でも2ヶ月程かかる。

 ライン率いるモンスター猟獲隊達は、途中、何度も宿場町へと立ち寄りながら進んでいく。そして捕獲した牝ケルベロスが子を産んでから、およそ1ヶ月の時が流れた。


「さあて、もうすぐコロネル男爵様の御領内に差し掛かるぞ、帝国本領までもあと少しだ!

 まあ俺達の故郷くには、そこから更に遠方だけどな…」


 ラインがそう言ったとおり、モンスター猟獲隊達はラウムテ帝国の有力貴族の一人であるコロネル男爵の所領に入ろうとしていた。

 皆、帝国本国に近づいてきた安堵あんどからか、昨夜は宿場町の酒場でいささか酒を過ごしてしまい、若干、酒が残っている。


「ギャアアァァーーッ!!」


 突如、ケルベロスの母子を乗せていた馬車から叫び声が上がり、何やら黒い大きな物体が飛び出してきた。

 牝ケルベロスである。3つの顔の内、左の顔の口に子ケルベロスを咥えている。

 続けて同じ馬車から5人の男が飛び降り、すかさず牝ケルベロスを取り囲む。

 他の馬車の者達もそれぞれの馬車を降り、一斉にケルベロスの母子を包囲した。


              第70話(終)


※エルデカ捜査メモ〈70〉


 アッケルマン伯爵家のモンスター猟獲隊は、現在の3代目当主の代になった約20年前に設立され、その際、帝国中から隊員を募集した。

 そうして集まった隊員達の経歴は様々であるが、やはり狩猟を生業なりわいとしていたハンターが最も多く、ついで傭兵上がり、元々アッケルマン伯爵家の兵士であった者と続く。

 現モンスター猟獲隊隊長のラインはアッケルマン伯爵家に仕える騎士家の当主であるが、元々モンスターに興味があったところから抜擢された。

 魔法使いシュルスはアッケルマン伯爵家が抱える何人かの魔法使いの一人であるが、その「眠りの魔法」が生きたままモンスターを捕らえるのに大いに役立つと見られ、モンスター猟獲隊に編成された。

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