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第69話 『アッケルマン辺境伯とモンスター猟獲隊』

「あーっ、良く寝た!マイカも良く眠れた?」


「…え?…ん、まあ……」


 (いや、全然眠れなかったし!少しウトウトしても、リーセロットが身動きする度にリーセロットのリーセロットがオレの色んな所に当たって…)


「…あまり良く眠れなかったようね。

 ごめんなさいマイカ、私のせいね…

 今日はなるべく馬車を静かに走らせるから馬車の中でゆっくり休んで頂戴ちょうだい。」


 軽い朝食を済ませた後、マイカとケルン、リーセロットの3名は宿を後にした。

 ララは3名より早く朝食を済ませて既に立ち去っている。

 リーセロットは、またコイフをかぶり、革の胸当てを身に付けて正体を判らなくしていたが、マイカは寝不足のためかボーッとして帽子を被るのをわすれ、手に持っていた。

 そして、フラフラと歩き出すマイカを心配して、ケルンがマイカの回りをグルグルとまとわり付きながら歩いてゆく。

 宿の玄関から馬車を停めている場所までほんの10メートル程の距離であったが、そうして正体を現しながら移動していたマイカとケルンの姿を、少し離れた曲がり角の建物の陰から見つめている者があった。


 マイカ達が馬車に乗り、ルストの宿場町から出立して暫く経った頃、同じくルストから一羽のスネル鳥が飛び立った。

 スネル鳥は人が飼い慣らすことに成功した鳥型モンスターで、非常に高速で飛行できることから急ぎの伝令などによく利用されている。

 ハンデルも「ブラム」と名付けたスネル鳥を飼っており、商売上の急な連絡などに使って重宝している。

 そのルストから飛び立ったスネル鳥は北方へ、マイカ達と同じく北へ向かって飛び、マイカ達の乗った馬車をあっという間に抜き去り、そのまま更に北へ向けて飛び続け、約3時間後、ある城郭の敷地内に入っていった。

 その城郭は高い頑丈そうな石壁に囲まれた非常に広大なもので、幾つもの塔や武骨な造りの建屋が建っており、壁の上には何基もの巨大ないしゆみが設置されている。

 城というより要塞と言った方が相応ふさわしいかもしれない。たとえ何十万の大軍が押し寄せてもびくともしないような剛健さを、そのいかつい見た目から感じられる。


 その要塞内の一室に

   年齢30歳くらいの見た目

   身長約180cm 細身

   七三分けの茶色短髪 はしばみ色の瞳

の男性がテーブル席に座り食事を摂っていた。

 この男性、実は40歳を超えているのだが、実年齢よりもかなり若く見える。

 すると、その男性が食事を摂っている部屋に

   年齢30歳代半ばくらい

   身長約185cmで筋肉質の逞しい体型

   黒髪短髪 黒い瞳 ひげ

の男が入ってきてひざまづいた。


「アッケルマン伯爵様、御食事中に失礼致します。」


「ラインか、お前なら許す。で、何の用だ?」


「はっ、我がモンスター猟獲りょうかく隊の者がスネル鳥に手紙を付けて報告してきました。

 例のエルフを見たと。くだんのケルベロスの子も連れておるようです。」


「ほう、近頃帝都に現れたという、ケルベロスの子を連れたエルフの小娘か…で、何処で見たと申しているのだ?」


「はっ、ルストの宿場町です。」


「ルスト?あのような辺鄙へんぴな町に何の用か?」


「どうやら旅の途中のようです。馬車に乗りルストから北へ向かいました。

 このままですと、行き先は我らが領域か、ステルクステ騎士団領ということになります。」


「ふむ…で、けておるのか?」


「いえ、乗っている馬車の御者ぎょしゃが只者ではない様子…

 尾けるのは危険だと判断したと報告にあります。」


「ほう、只者でないと?」


「はっ、深く被り物をして面相は判らず…性別も、革の胸当てや幅広の乗馬ズボンを身に付けているため男か女かも判らないようです。」


「ふむ…もしやすると闇の遊隊ゆうたいの一員かも知れぬ、その御者。」


「闇の遊隊?」


「帝国の裏で暗躍あんやくする隠密部隊のことだ。その任務は潜入…探索…流言…破壊工作…そして、暗殺。」


「暗殺…何故、伯爵様はそのような者がエルフの娘と一緒だとお考えになられるのでしょうか?」


「ふむ、噂によるとそのエルフの小娘は帝都において色々と活躍しておるそうな。

 御物ぎょぶつ盗事件を解決したり、海で溺れた貴族の子供の命を救ったりなど…

 あの人気の無い摂政が人気りの為に召しかかえていても不思議ではないわ。」


「なるほど。しかし、であれば何故なにゆえにエルフの娘は旅に出ているのでしょう?そのような物騒な者を連れて。」


「ふむ、まさか私に会うためではあるまい。

 その目的も必要もないし、もし会いに来るならば事前に報せがあろう。いかに帝国政府、摂政といえど、この私に対し無断で使いを送るような無礼を働くことなど出来まい。」


「はっ、まさに…」


「であるので、行き先はステルクステ騎士団領と見た。かのステルクステ騎士団長ペトラは、自身が女の身でありながら、男より女を好むという。

 稀少種かつ美しきエルフの娘とあらば、是非会いたいと思うであろう。」


「はっ、私めもそう思いまする。」


「…はて?しかし、何故今なのだ?何故こんなタイミングで…

 …おう、そうか!そうであるか!

 これはもしや、帝国とステルクステ騎士団との同盟に関わる事ではないか!?」


「はっ、帝国とステルクステ騎士団との攻守同盟でございますね。」


「ふむ、そうだ。その同盟は先帝ヨゼフィーネとペトラ団長とが意気投合したがゆえに結ばれたものと聞く。

 その先帝が死んだ今、その同盟を破棄するといった事も有り得る。

 その同盟を破棄されないための機嫌取りの訪問か?」


 もし、この場に帝国摂政エフェリーネや帝国副宰相ベレイド子爵、ベルンハルト近衛騎士団長などが居たならば、どう思うであろう?

 アッケルマン伯は先程から敬称を付けずに「摂政」とか「先帝ヨゼフィーネ」などと呼び捨てにし、更に崩御ほうぎょとも逝去せいきょとも言わずに、単に「先帝が死んだ」などと言い捨てている。

 明らかに不敬であり、公式の場であれば処罰の対象となるものだが、彼に仕えるラインが何も驚いていないところからすると、普段からこのような言葉遣いなのであろう。


「フフフ、面白くなってきた…もし、帝国とステルクステ騎士団との攻守同盟が白紙になれば、それを機に大きな動きがあるであろう…

 されば我がアッケルマン伯爵家が中原へ出る事も…」


「はっ、群雄割拠の時代へと…」


「フッ、まあそれは良いとして、ライン、お前にはお前の仕事があるぞ。判っておるな?」


「はっ、そのケルベロスの子を…」


「ふむ、そうだ捕らえてまいれ。そのケルベロスの子は、そいつの…」


 アッケルマン伯が後ろを振り向くと、その食事部屋の片隅に一頭のケルベロスがたたずんでいた。

 そのケルベロスは馬ほどの大きさの体格であり、どうやら成獣のようである。


「そいつの産んだ子に間違いあるまい?そうであろう?ライン。」


「はっ、間違いありませぬ。報告によると、あの時に逃げられたものと同様に、エルフが連れているケルベロスの子には、中央の頭につのが生えていたとありました。」


「ふむ、王獄犬種コーニング・ケルベロスか…ならば間違いなかろう。

 そいつの子であれば、そのケルベロスの子も私の所有物モノだ。

 ライン、ステルクステ騎士団領へ赴き網を張っておけ。」


「はっ、では早速。」


と立ち上がったラインに向かって


「次は生かして連れてくるのだぞ。」


とアッケルマン伯が意味ありげに言った。


「はっ、肝に銘じます…」


 ラインはそう言い残し、アッケルマン伯の前から去っていった。


              第69話(終)


※エルデカ捜査メモ〈69〉


 アッケルマン伯爵家は元々は帝国騎士家であったが、フリムラフ教国を大陸最北部へ追いやった約80年前の戦いで最大の功績を上げて伯爵に累進したもので、現当主フィリベルトで3代目となる。

 伯爵の位と共に授けられた領地は広大で、農産物も豊かな土地柄であったため大兵力を充分に養うことが出来、北へ追いやったフリムラフ教国の抑えの役目を充分に果たしていた。

 初代、2代目当主は帝国に従順な態度を崩さなかったが、約20年前、フィリベルトが当主になって領内に膨大な埋蔵量を誇る銀山が発見されて経済力軍事力が増大してからというもの、しばしば帝国に対して素直ではなくなっていった。

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